12.親友だから
1000P突破!感謝です♫
『ごめんなさい――』
『ごめんなさい――』
『ごめんなさい――』
――僕は……
――俺は……
俺は昔から休日の外出を心掛けていた。
初めは「出会いを知りたいから」だった。何とも老成た事だが、実際に沢山の出会いがあった。
今の義姉義妹と家族となったのも、彼女達とのドラマチックな出会いがきっかけだ。家族となってからも血の繋がり以上に結び付きを強め、俺達は何があっても決して切り離せない特別な関係になった――と思っていた。
思春期に至って、親友達とカラオケや買い物に行ったり、遊園地や海水浴に遠出したり、テスト前は図書館等で勉強会をしたりと、とにかく彼等とはいつも一緒にいた。
俺達はお互い一生モノとなる仲を深めていた――つもりだった。
今は――
戸籍上だけの家族と遭遇しないため、頭のおかしくなるような情欲に満ちたその声を聞きたくなくて、僕は家を飛び出し夜遅くまで時間を潰した。
僕は彼女達との関係を早く断ち切りたかったのだ。
* * * * *
三連休の最終日――
陽は連日の悪夢で眠れず強烈な怠さと心の不調に悩まされていた。
それでも、彼はいつもの様に朝早くに身支度し早々に我が家を脱出した。
しかし――
(今日は強制イベントの日らしいね)
玄関を出た先で悪夢の元凶とも言える雪希が待ち受けていた。
「あっ……」
彼女もこちらに気付いたらしい。すぐにこちらに近付いてきた。
「陽……お、おはよう」
「……」
雪希はミス日本もかくや整った顔立ちをしている。しかし、表情の変化が乏しいため「冷淡だ」「人形みたいだ」と言われることがままあった。
しかし、今の雪希ははにかむ様な全力で可愛い微笑みを浮かべ、相手への好意を露わに頬を染めていた。
服装もいつもの制服姿とテイストが大きく異なる。
胸の谷間が垣間見えるオフショルダーのふわもこニットに、奇麗な太ももが露わになるほど丈が短いフレアミニスカート――肌の露出度が高く甘々なファッションだった。
髪型もいつもの清楚なハーフアップと異なり、リボンと一緒に編み込まれた三つ編みツインテールだ。ちょっとバカっぽいがとにかく可愛さに全振りしたヘアコーデだった。
彼氏の堂島だってこんな身なりの雪希を見たことがないだろう。それ程までに、今日の雪希は目の前の男性に媚びた乙女のルックスをしていた。
(休日の朝からこんな恥ずかしい格好で待ち構えて何のつもりかね?)
どのような心境の変化でこの様な積極的なアプローチをしてくるのか、陽としても不思議に思うところだったが――
「――っ!?」
陽は何も言わず雪希の横を通り過ぎた。
今更、雪希の思惑や心境の変化に関わろうとは思わない。ましてや、雪希のファッションなど本当にどうでもいいことだった。
「よ、陽っ!?」
彼女の努力を無駄にする陽の完全無視に呆然と立ち尽くす雪希。
しかし、今日の雪希は立ち直りが早かった。彼女はすぐに陽の後をついてきた。
「外出時にはお供が必要だと思う」
「いらない」
「一人よりも可愛い女の子と一緒の方が楽しい。腕組んで歩く?」
「いらない」
「そこは『雪希は綺麗系では?』と突っ込むところ」
「知らない。君と掛け合い漫才をする気もない」
「陽が心配。学校の連中に絡まれるかもしれない。でも、私がいれば大丈夫。学校の連中に出くわしても迂闊に手を出してこない」
「いらない。君がいない方が目立たない」
「私が陽の活動の邪魔になると思ってる? 大丈夫、手伝う。邪魔にならない」
「手伝いもいらない。傍にいることが邪魔なんだよ。離れてくれないか」
「……分かった」
雪希は陽の言葉に従い、彼と少し距離を離した。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……なぜ、ついてくるんだい?」
「ついてくるなとは言われてない」
「じゃあ、『ついてくるな』。はい、言ったよ」
「拒否。昨日、私は嫌な思いをした。だから、正当な報酬を――陽と過ごす時間を貰いたい」
「何のこと? 言っている意味が分からないんだけど」
「堂島と仲直りをして、それから昨日はデートもした。しかも、初めての二人きり」
「……それがどうしたと言うんだい?」
「堂島はベタベタと髪とか身体を触ってきて気持ち悪かった。キスをしようとしてきてものすごく嫌だった」
「君と堂島とのスキンシップなんて今更でしょう?」
「そんなことない。ものすごく嫌だった。それが紛れもない私の気持ち」
「……」
「ちなみに襲われそうだったから仕方なくチークキスだけ許したら写真を撮られた。堂島のインスタにアップされて、しかも私からキスしたように扱われた」
「『彼女からの熱いキス』だって? 捏造も良いところ」
「友達からも『堂島君とラブラブ♡ ご馳走様♡』とかメッセージが来た。あいつとラブラブ? 何がラブラブ?」
「こんなの猥褻画像を広められたのと同じ。デジタルタトゥーを受けた気分」
「陽は分かる? アイツと並び歩く時間がどれだけ苦しいか」
「陽は分かる? アイツと笑い合う度にどれだけ自分が嫌いになるか」
「陽は分かる!? アイツと関わる度にどれだけ死にたい気分になるか!?」
雪希は「はぁはぁ」と息を切らす。
それから、彼女はニィッと微笑みを浮かべた。
「私は可哀想な人間。そして、私は着実に落ちぶれている」
「……僕には関係ない話だよ」
「関係ある。約束した。私が堂島と付き合い続けて苦しむ様を見せる――そうすれば、陽は私の望みを叶えてくれるって」
「都合よく脚色し過ぎじゃない?」
「そんなことはない。似た事は言ったはず。元でも親友だったら約束を守ってくれるはず。約束に従い陽と過ごす時間を見返りとして求める」
不遜な言い方。そして、親友ポジションを強調。
陽は思わず顔を顰めた。
「まだ足りない? 私が堂島のオ◯ホになるまで堕ちることをご所望? でも、それは無理。それなら私は自ら人生を終わらせる」
雪希はじっと陽を見上げる。
「お願い。陽、親友としてのお願い」
「……」
「お願い。私の人生を終わらせないで」
雪希は繰り返し強請り祈るのだった。
「……」
「……」
「…………勝手に着いてくるのは止めない。けど、君に合わせるつもりは――共に過ごすつもりはないから」
「――っ!? ありがとう!!」
口を大きく開けて、目尻に涙を湛えて――雪希は満開の笑顔を浮かべた。
「見逃すといっただけだよ。お礼を言われることじゃない」
陽は雪希から顔を背け歩を早める。
「あっ、待って……」
雪希は彼を慌てて追いかけるのだった。
* * * * *
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
息が上がる。スカートがはためいてすれ違う通行人に中を見られそうになる。履きなれない踵が高めのパンプスが仇となった。
方や陽は早歩きで、事前の宣言通り雪希にペースを合わせるつもりは全く無さそうだ。
雪希は小走りに陽の後を追いかけ続けた。
(早い……それでも、追いかけられる)
雪希の想いを試されてる様で――
陽の最後の慈悲の様で――
趾が痛んでも、雪希はひたすらに足を動かし続けた。
二度とはぐれない様に――
これからもずっと陽の傍にいられる様に――
どのくらいの時間を歩いただろうか。
辿り着いた場所は森林公園の一角だった。
一面に広がるクローバー畑は見ているだけで心が洗われた。子連れの家族が遊具で遊ぶ様はこちらまでほっこりさせられる。
ここには陽を貶めようとする連中はいない。陽が犯罪者のレッテルを貼られた悲運の人だと知る者もいない。
ここは陽が他を気にせず心を安らげる場所だった。
「なぜついてきたんだい? 普通は、空気を呼んで諦めるもんだよ」
「私……空気……読まない……得意……」
「どうだい? ここは君には場違いな健全な場所だろ?」
「仲良しな私達に……お似合い……滑り台にいるあの子達のよう……私たちも一緒に滑り台……滑ろ?」
「……いや、結構」
陽は雪希を睨みつけ皮肉を言ってみせるが、今日の雪希は怯まなかった。彼女は少年少女が仲よさげに一緒に滑り台を滑る様をわざとらしく羨んでみせた。
今の陽には雪希を説得する言葉が見つからない。
陽は荒っぽくベンチに腰を下ろすと、本を開き彼女から目を背けた。
「陽――」
「……」
「陽――」
「…………」
雪希が声を掛けるも、陽は無視をする。
それでも、雪希はスカートを握りしめて決意の眼差しを陽に向け続けた。
「お願い、聞いて」
「はぁ」と嘆息をつく陽。
「……共に過ごすつもりはない、と言ったよ」
「陽の憩いを邪魔してごめんなさい。でも、どうしても親友としての記憶を、そして私の気持ちを伝えたかった」
「……いらない」
「必要。聞いてもらいたい」
「確かに後をつけることは許した。でも、君の想いを聞くことを了承したつもりはないよ。義理もない」
「義理はある。親友ならば」
雪希は繰り返し「親友」という言葉を強調した。
陽は無反応。それでも、雪希は陽に自分の気持ちを伝えることを止めなかった。
「小学5年生の時、私は友達と思っていた子達に裏切られた」
「……」
「でも、その時、陽だけは私を助けてくれた。励ましてくれた」
「……」
「靴を隠されて泣きながら帰っていた時、おぶってくれた。優しかった」
「…………」
「私の代わりに怒ってくれた。犯人をすぐに捕まえてくれた。すごく格好良かった」
「………………」
「陽は親友だと教えてくれた。その言葉は裏切られて生きるのも辛いくらい深く傷付いた私を救ってくれた。とてもとても嬉しかった」
――バチンッ!!
陽は荒っぽく本を閉じる。
顔は決して上げない。
彼はじっと本の表紙を睨んだ。
「裏切った私が何を言ってるんだと思う。でも、もう私は裏切らない」
「何を言ってるんだ。信用できるわけがないだろう」
「うん、信じられないと思う」
「じゃあ、なぜそんな事を言うのさ?」
「宣言したかった、『もう、陽だけは裏切らない』と。そのせいで他の誰を裏切ることになったとしても」
「君には何も期待していない」
「知ってる」
「君が何をしようと知ったことではない」
「うん」
「勝手に苦しんでろ」
「うん」
「堂島なんかと付き合いだした時点で終わってるんだ」
「うん。素直になれなかった私は終わってる」
「一生、棒に振ってろ」
「うん、人生捨てる」
「地獄に落ちればいいんだ」
「うん、地獄で裏切りを償う」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……僕達の知らない所で勝手に堕ちててくれ」
「…………」
(陽は先日は苦しむ様を見せろといった。でも、今は「自分の知らない所で」と言う。陽はやっぱり優しい)
陽は元より雪希を含めて罪を被せた者達に復讐する気だったはずだ。
それでも、己の復讐により雪希が苦しむ様を見たくなくて、彼は葛藤に藻掻いているのだ。
だから、雪希は決意する。
(私を責めきれない陽の為に……陽の憎しみを癒す為に――代わりに私は私に復讐を果たす。でも、その前に――)
「陽に言いたいことがある。聞いて欲しい」
雪希は陽の返事を待たず彼から5歩ほど離れると、スカートの裾を摘まみ可愛くて清楚な――今の雪希の心を表すような薄桃色のショーツが露わになる様にたくし上げた。
「えっ!? あの女の子……」
「うそ……何をやって……」
先程から穏便でない二人のやり取りを注視していた者達は下着を露わにする雪希を見て、ぎょっとした。
陽もまた、瞬間立ち上がった。
「……」
しかし、そこで彼は挙げた手を降ろした。
雪希の奇行は今さらだ。陽にとっては、これらの彼女の行動は想像の範疇で、彼は慌てるが悪手と己を落ち着けた。
しかし、それは陽の失敗だった。
雪希の執念はそんなものではなかった。
雪希の想いは彼の想像を遥かに超えていたのだ。
「陽は勘違いしてる! 陽だけが恨みを持ってる訳じゃないっ!」
それは広場の隅々まで届く程の絶叫だった。
「私だって陽を恨んでる! だから――だから! 今日ここで陽に復讐を果たす!!」
そして、雪希の復讐劇が始まった――
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
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作者の今後の執筆の励みになります。