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10.癒し

週間3位!感謝です!


 自ら地獄に堕ちる――


 破滅宣言をした雪希は身体ごと陽に迫り、息遣いがダイレクトに伝わる程に顔を接近させた。


「償い、奉仕――何をすればいい?」


「それを僕に聞く?」

「陽への贖罪だから」


「僕に任せちゃってもいいの?」

「お任せ。条件無し。陽のためなら何でも望むところ」


 挑戦的に応答する雪希は目が爛々だった。


「じゃあ――」


 陽は少し仰いで考える仕草を見せ、それから再び雪希にニヤリとして顔を向けた。


「君の身体を使って僕を癒してくれないか」


 何とも抽象的なオーダー。

 陽からは試すような視線が突き刺さる。


「是非させて」


 雪希はすぐに頷く。


 雪希はすっくと立ち上がる。

 セーターを乱雑に脱ぎ捨て、ファスナーを下ろしてスカートを地面に落とした。

 続けざまに、ブラウスのボタンを外して身頃を開けて――


(身体を使った奉仕と言えば、性的なもの――)


(昨日の続きを……今日は最後まで……陽に気持ちよくなってもらって……昨日の反省、勿体つけずに大胆に――)


 既に陽に己の純潔を捧げる覚悟が出来ていた雪希に一切の躊躇は無かった。

 そして、雪希の今日のブラ・ショーツは可愛らしいフリルをふんだんに設えた所謂勝負下着だった。


 彼女は万が一に備えて選んだそのショーツに手をかけ――


「何をしているの?」


 そこで陽に呼び止められた。


「癒せと言ったはずだよ。なぜ服を脱ぎだしているんだい?」

「え? 身体を使って……性的ご奉仕で癒しを……」

「え〜と、それは……」


 雪希はキョトン。

 同じく、陽もキョトン。

 そして、雪希は「癒やし」の意味を恥ずかしい形で誤解したことに気付く。


 かぁぁぁ……


 彼女の顔は一瞬で茹でダコの様に真っ赤に染まった。


 雪希の恥辱は陽にも伝わり――


「そうか、くくく……あははは!」


 陽は耐えきれずに声を出して笑った。

 それが更に雪希を(はずかし)めるのだった。


「面白い反応を示してくれないかと期待していたけど、あはは! いや、ごめん。性欲の強い君には期待に応えられないと分かりやすく伝えるべきだったかな? ふふふ」

「お願い。忘れて……」 

「いやいや、忘れられそうにないね」


 陽は涙を拭い、それでも笑いを浮かべていた。


「今度からお願いはハッキリ言うことにするよ」

「そうして……(赤面)」


「眠れるまで手を握っててくれない? 眠れなくてね、人肌を感じてると眠くなると言うし試してみたいんだ」


 あっけらかんとして言う奉仕内容は本当に癒やしを求めたものだった。

 陽は「可愛いらしい下着にしてくれたところ申し訳ないけれど、性行為は諦めて欲しいな」と言って、顔を赤らめる雪希を無視してベッドに仰向けになり手をひらひらさせた。


「陽、眠れない?」

「そうだね」


「最近ずっと?」

「そうだね」


(あれだけのことがあったんだ。不眠も分かる)


 雪希だって化粧で目の下の隈を誤魔化しているが、不眠気味で昨晩に至っては一睡もできていなかった。


 雪希は下着姿のまま、陽に身体を寄せた。


「手を握ってと言っただけだよ?」

「手繋ぎで添い寝」


「服は着ないの?」

「密着。より人肌の温もりを感じる構え。その方が効果的」

「そんな説聞いたことないよ」

「諸説あり。あと、陽は無理しないで」

「何を?」


「性欲発散」


「はぁ?」

「我慢できなくなったら私を襲って発散すればいい。スッキリさせた方が眠くなりやすい。大丈夫、私は性欲が強いから悦んじゃう」


 雪希は先程の仕返しとばかりニヤリと口角を上げ、陽は眉間に皺を寄せた。




「眠れそう?」


 暫くして、雪希は目を瞑る陽に囁く。

 陽は首を横に振った。


「下着姿の君にムラムラしてじゃないよ」

「それは残念」


「……」

「……」

――ぎゅうぅ♡


「胸を押し付けてもムラムラしないよ」

「それはダウト。谷間に挟まった腕が気持ちよさそう。ふふふ」

「……そんなことないよ」


 彼との触れ合いで、期待した幸福感は伝わってこない。

 しかし、彼の温もりは伝わってきて、雪希はその事実だけで幸せを感じた。


「眠れないなら、私のお話に付き合って」

「奉仕してくれるんじゃないの? お願いしてどうするの?」

「奉仕すれば、私の願いを聞いてくれると言った。それに陽を癒やすために必要なこと」


 陽は首を傾げるが、それ以上の反論はしなかった。



「とても暖かい」

「エアコンの温度を下げるかな?」

「大丈夫――昔にもこんな話があった気がする。確か小学校に上がったばかりの頃――クーラーで部屋をすごく冷やして寝た。すごく気持ちよかった」

「あの後、母さんに「電気の無駄だ」と怒られたことを思い出したよ」

「環境に悪かった」


「陽と一緒に寝るのは嬉しい」

「久しぶり――小学生以来だね」

「そんなことはない。中学卒業の祝いに一緒に寝たことがある」

「僕にその認識はないよ……時折、うちの義姉妹が布団に忍び込んでくることがあったけど、入れ替わってたの?」

「しまった。それは月奈(るな)さんとの秘密だった」


 バツの悪そうな表情を浮かべる雪希。

 笑みを浮かべる二人――


 これが陽の癒しになっているかは分からない。

 それでも、在りし日を思い出し親友同士の馬鹿な会話をして――陽が調子を合わせてくれたからこそ成立する偽りの関係だとしても――雪希の顔に思わず笑みが浮かんだ。

 そして、失われたモノに想いを馳せ、雪希の笑い顔に涙が(にじ)んだ。




(陽の傍は心地いい)


 雪希は穏やかな表情で微睡(まどろ)む彼を見て安堵し、次第に自身も眠気に包まれていった。


(このまま一緒に――)


雪希(・・)――」

「よ、お……?」


 不意に陽から呼ばれる。

 雪希は陽を仰ぎ見た。


「僕の異能、雪希はどう思う?」


 唐突な質問。

 雪希は知り得ることを素直に答えた。


「触れた相手の心に『幸福』を伝える。心から『幸福』にする陽は凄い」

「ありがとう」


 陽は雪希の頭を優しく撫でた。


「でも、この異能はそれだけじゃない。この異能は伝えるだけじゃない。そして、伝えるのは『幸福』だけじゃない」


 伝えるだけじゃない?

 『幸福』だけじゃない?


(『幸福』とは別の堕楽した気持ちに覆われる――堂島の声が正にそれ)


 特定の感情を流し込み、その感情を強化し、やがて相手の心を支配する――


(異能者に近づかないこと以外、異能の支配から逃げようがない)


 ふと視界が暗転する。雪希は陽の手で目隠しをされた。

 自ずと陽の手の温もりに意識が向いて、先ほど沸き起こった堂島への恐れが薄らいでいった。

 しばらくして雪希の心が凪いだ時、陽の手が離れた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 陽は異能を使っているわけでもないのに、雪希の心はどうしようもなく陽に引き寄せられていく。


「雪希は僕に償いたいと言った」

「言った」


「僕の心を癒したいと言った」

「言った」


「その気持ちは今も変わらない?」

「今も――これからも、それは不変」


 雪希は頷き「なんだってする」と宣った。

 雪希の回答に満足してか、陽はもう一度雪希の頭を撫でた。


「じゃあ、僕の心を癒すために――」


――僕()が抱いたこの感情を預かってもらないかな?


「陽の、感情……?」

「そう」


 正直、陽の感情を知るのは怖かった。

 それでも、彼女は頷いた。


「陽を癒すためだったら、何でもする」

「そっか。それじゃあ、渡すよ。そして――」


 彼は優しい笑顔を浮かべて雪希を抱き――


「安易な発言をした自分を恨んでね」


 次の瞬間、陽に触れられた二の腕から雪希の肌が粟立った。

 発作が広がり心臓にまで至りつくと、それは『発狂』となった。


「いやあああァァァッッッ!!!」


 慟哭にも似た憎悪――

 やるせない悲痛――

 消えてしまいたくなる恥辱――


 彼が何をしたというのだろうか。

 陽が強烈な憎悪に包まれ復讐を決意するのは必然だった。


(こんなの、誰かのせいにしないと狂ってしまう!)


 雪希が受け取ったものはほんの一部だ。

 それでも、雪希は絶叫の様な悲鳴をあげた。


「はっはっはっ、うううぅぅぅ…………」


 悲鳴で喘いで、雪希はそれでも呻きを漏らすのをやめられない。


「まだこの感情に触れただけ。預けてないよ」

「うぅぅ……」


「だから、僕から離れればこの苦痛から解放されるよ」

「――っ!?」


 心に激痛を(もたら)すこの憎悪は陽から伝わるものだ。彼の言う通り、離れればこの激痛から逃れられるだろう。


「離れていいよ」


 陽は抱く腕の力を弱める。

 これで雪希はいつでも陽から離れられた。


「(い)やっ!!」


 しかし、雪希は陽の言葉と反して強く彼の腕にしがみついた。


「何をしているの? 離れなよ。苦しいでしょう?」


(苦しい! それでも駄目!)


 それでも、彼の傍から離れるわけにはいかなかった。


(二度と陽から離れないと決めたから!)


 この苦しみは雪希のせいだ。

 だから、雪希が引き受ける必要があった。


 しかし、雪希がこだわる理由はそれだけではない。


(陽を憎んで苦しめたわけじゃない。それを伝えたい)


 手段を間違えた。

 それでも、そこには溢れる程の陽への想いがあったのだ。


(陽だってわかってるでしょう? 陽は心を読めるのだから)


 雪希の愛は(いびつ)だ。

 人はこれを偏愛という。


(それでも伝わって欲しい。私がどれだけ陽を愛しているかを。陽がどれだけ愛されているかを――)


 意識すら混濁する絶望の中、雪希は願った。


(陽の幸せを――)


 ありったけの気持ちを込めて――


(私の気持ち――)


 伝わって――――



 ……

 …………

 ………………


 その時、雪希は形容しがたい温かなモノに触れた。


「あっ……」


 それは一瞬の出来事。しかし、それでも分かる。

 それは全ての苦痛から解放する『温かさ』と共に、『愛情』や『優しさ』に満ちた心地よさに包まれて――


 雪希は気付く。


(陽がみんなに優しくしていた理由。今、私達を避ける理由。それは――……であれば――)



「眠くなってきた。寝ていい?」


 何とも呑気な呟きが陽から洩れる。


 傍にいる雪希が悶え苦しんでいるのに、こんな事を言われれば普通は怒りも湧いてくる。

 しかし、雪希としては彼に久々の眠気を与えたことが誇らしかった。


「うん、一緒に寝よ」


 雪希は遠のく意識の中――


(彼の苦しみ、少しは受け取れた?)


 雪希はウトウトとする陽の頬に擦り寄ってそのまま口づけをした。



  * * * * *



 雪希が次に目を覚ました時、陽は既に起きていた。

 彼の代わりに彼女には温かな毛布がかけられていた。


 陽は机に向かってこちらに振り向くことはない。

 お陰で雪希は思う存分、陽の横顔を眺めることができた。


(少しは眠れたかな? 少しは癒すことができたかな?)


 先程よりは幾分、彼の顔色は良くなった気がする。


「陽……」

「なんだい……」


「ごめんなさい」

「あぁ……謝罪はいらないよ」


「うん、知ってる。言いたかっただけ」

「そう……」


「陽……」

「うん……」


「今日はもう帰るね」

「二度と来なくていいよ」

「それは拒否」

「そう……」


「あと……」

「うん……」


「私も陽のいる場所に行くから」

「そう……」


「だから、私にもちゃんと復讐して欲しい」

「…………言われなくても」


 そして、陽と繋がる場所を知った雪希は想いを静かに暴走させた。


拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

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作者の今後の執筆の励みになります。

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