1.嵌めた女が嵌められていた
久しぶりの投稿です。是非読んでください。
『陽、ごめんなさい――』
――懺悔は赦しを乞う。
『陽、助けて――』
――懺悔は救いを求める。
『お義兄ちゃん、ごめんなさい――』
――懺悔は無力を嘆く。
『陽くん、ごめんね――』
――懺悔は鳴り響く。
『陽――』
――懺悔は……
『――お前だけは赦さない!!』
* * * * *
今年高校2年生の『東雲 陽』は、かつて「天使様」という大層なあだ名で呼ばれていた。
曰く、中性的で優しい顔立ちをしており、彼の笑顔は天使の様に朗らかである。
曰く、品行方正かつ博愛的な性格で、困った人がいれば必ず助ける姿勢は天使の様である。
曰く、……――
彼が「天使様」と呼ばれる理由は様々だが、その最たる所以は、彼が異能者で他者に『幸福』を齎す事が出来たからだった。
彼は多くの人に囲まれていた。
彼は多くの人に慕われていた。
彼が笑顔の時、皆も笑顔だった。
しかし、それはもはや過去の話。
今、彼を「天使様」と呼ぶ者はいない。
彼は「人非人」や「極悪人」と呼ばれていた。
彼は多くの人に忌み嫌われ、彼に近づく者は誰もいない。
彼が笑顔を見せることはなくなり、彼が人に『幸福』を与えることもなかった。
そして――
そして、彼は孤独だった。
彼が蔑まれる様になったきっかけは何か――
それは明確だ。カンニングに始まり、暴行、傷害、窃盗、監禁、盗撮――果ては殺人と数多の罪に手を染め、欲望のままに多くの人を裏切り傷つけたからだった。
ではなぜ、彼は犯罪者へと変わり果ててしまったのか――
巷では、元々「天使」の仮面を被った極悪人だったと皮肉られた。異能の暴走などというオカルトチックな憶測も飛び交った。
しかし、これらの諸説は根底から間違っていた。彼はそもそも悪事など犯していない。全てが言いがかりや冤罪で彼を貶める陰謀だったのだ。
それでも、彼がなぜ陰謀に嵌ったのかという疑念は尽きない。
彼は洞察力に長け読心を心得ていた。そして、お人好しでも悪意に敏感で、他人に付け入る隙を見せない強さを持った人間だった。
そんな彼が罠に嵌まることなど誰も信じられなかった。
では、なぜ彼は罠に嵌ったのか。
では、なぜ彼は陰謀に屈したのか。
なぜ――
その理由は――
彼は裏切られた。
信じる者に、
愛する女性に――
悉く、
徹底的に――
彼は裁かれた。
仲間だった者から、
家族だった者から――
幾度となく、
陰湿なまでに――
彼に救いを差し伸べる者はおらず、彼は親しかった者からも愛する者からも避けられ誹りを受けた。
そして、彼はかつての輝きを失い全てに絶望した。
しかし、彼を貶めた者達は知らなかった。
己が復讐という業火で焼かれることを――
死よりも辛い地獄の未来が待っていることを――
そして、彼は知っていた。
彼を嵌めた者達が藻掻き苦しみ、人生を閉じるその時まで愉快に踊ってくれることを――
かつて愛した者達が彼がいるこの奈落にまで堕ちてきてくれることを――
* * * * *
陽が停学処分を受けて10日間――
今日で停学期間が明けるにあたり、陽は学校の職員室を訪れていた。
陽の目の前には不機嫌さを露わにする担任の塚田。周囲の教師からの視線も冷たい。
ちなみに、帯同する家族はいない。尋ねられなかったし、陽もまた求めなかった。
陽の味方は誰もいなかった。
「明日からまた宜しくお願いします」
陽は塚田に深く頭を下げた。
しかし、塚田の態度は辛辣だ。
「よく自主退学をしなかったな」
その言葉はおよそ教師がかけてよいものではない。
「言い逃れをしているが、罪を全て認めて刑に服するのがお前の為なんだぞ」
「……」
陽は痛烈な嘲りにも頭を下げたままだった。
「まだ、学びを続けたいので」
「よく言う。本当に学びたい者は罪など犯さないものだ」
「そうですか。それならば――」
――お前の学びは既に止まってるんだね。
「何か言ったか?」
頭を下げたまま発した陽の呟きは目の前で鼻を鳴らす教師には聞こえない。
「いえ、何も」
「ふん……どう足掻こうと、お前の退学処分は確定しているんだ」
「そうですか」
「次に問題を起こせば、言い訳は聞かん。すぐに強制退学だ。分かったか?」
「承知しました。それならば、僕も――」
「問題が起こらないことを祈ってますよ」
陽は下を向いたまま嗤った。
* * * * *
陽は職員室を出たその足で部室棟に立ち寄った。
陽も元はバスケットボール部に所属していたが、既に退部処分となっていた。しかも退部時には、私物を目の前で処分される仕打ち付きだ。
本来は傍に寄ることすら忌避する場所だったが、陽は敢えてその場に訪れた。
その時間、学生の誰もが部活に勤しんでいるはずだが――
サッカー部の部室では若い男女が逢瀬を交わしていた。
「――話? それなら部活の後、俺の家でゆっくり聞こうじゃないか。いいだろう?」
「――今ここで。あと、襲われる様な場所に行きたくない」
男は女の肩に手を乗せ彼女を宥めた。
「襲うとは酷いな」
「エッチ目的で自宅に招いた事実は変わらない。下心が見え見え」
「うぐっ……そ、その気があることは認めるが、そろそろいいだろう? 付き合い始めてもう2ヶ月になるんだ。な?」
「まだ2ヶ月。それに堂島君のことを好きで付き合ってるわけじゃない。やめて、離してっ!」
女は怒気を強めて男の手を振り払う。
言い争う男女は両方とも陽の知る人物だった。
男は『堂島 聡』と言う。
そして、女は『如月 雪希』と言い、陽の元幼馴染だった。
雪希は学校三大の一人に数えられるほどの美女だ。
西洋人形もかくや芸術的なまでに端正な容姿をしており、背中まであるシルバーブルーの髪も艷やかで、香水をつけているわけでもないのに常に色香を纏っていた。
ちなみに、堂島と雪希は彼氏彼女の関係にあった。
しかし今、雪希はその関係にあるまじき不穏な空気を発していた。
雪希は整ったその顔立ちを歪ませて怒りを顕にし、服の上からでも分かる豊満な胸を鞄で隠して警戒心を彼に示してみせた。
なお、堂島はサッカー部のキャプテンで雪希はそのマネージャーだ。
今は部活の時間で、他の部員がグラウンドで青春に励む中、キャプテンとマネージャーが部室で密事とは外聞が悪いことこの上なかった。
「部のみんなに迷惑をかけてる。手短に話すから堂島君も私の話を真面目に聞いて」
「部活のことは気にしなくて大丈夫さ。誰かに聞かれれば、『東雲に迷惑をかけられていた』とでも言えばいい」
「陽は停学中。彼のせいに出来る訳が無い」
「『電話が掛かってきてわめき散らされた』とでも言えばいいさ。なぁに、皆も信じてくれる。それよりも、彼氏の前で東雲の事を親しげに名前呼びするのはやめてくれよ」
「彼氏?」
「そうだ、俺は雪希の彼氏だろう?」
「彼氏……」
雪希は「彼氏」と言う言葉を呟き復唱すると、真っ直ぐに堂島の顔を見据えた。
「やっぱり、このまま嘘をつき続けることはできない。友達にも、陽にも……」
「どういう意味だ。雪希は何を言ってるんだ?」
「『別れましょう』と言っている」
突如告げた別れ話――
雪希のその言葉は堂島と陽に驚きを齎した。
(僕を裏切ってまで結んだ関係なのに、たった2ヶ月で破談とは元幼馴染の気まぐれには恐れ入るよ)
しかし、陽は所詮他人事として事の成り行きを見守る。
「別れるんだったら、私が東雲君を陽と呼んでも、堂島君を相変わらず堂島君と呼んでも問題ないはず」
「何を言ってるんだ。別れるなんて冗談だろう?」
「堂島君には私の言葉が冗談に聞こえる?」
「まだ2ヶ月だ。俺達の関係はこれからだろう? 考え直してくれないか?」
「もう2ヶ月と言ったのはさっきの堂島君。判断するには十分な時間」
「くっ……」
「そもそもが打算塗れの結び付き。始めたことが間違いの偽りの関係」
「今更じゃないか?」
「今更なのは分かってる。それでも、このままだと本当に陽を失ってしまう」
しかし、雪希の真剣な眼差しを堂島は鼻で笑い飛ばした。
「相変わらず東雲のことばかりだな。でも、東雲が雪希に名前呼びを許すと思うか?」
「……幼馴染なんだから当然」
「幼馴染? へへ……東雲もそう思っているかは別だ。もう手遅れだ」
堂島は雪希の苦悶の表情を見て、更に笑みを深めた。
「そもそも、あいつは犯罪者だ。お前は犯罪者を恋人にしたいのか?」
「あれは冤罪であって……」
「確かに一つはそうかもな。だが、それがどうした? あいつは他にも沢山の罪を負ってるんだよ。今更、どれか一つが冤罪かなんてどうでもいいことだ」
堂島は両手を広げてみせ、雪希が己が胸の内に飛び込んでくることを求めた。
「俺にしておいた方がいい。俺だって雪希を大事にするさ」
「貴方は嘘つき。すぐに身体を求める男が言う『大事にする』なんて信じられる訳がない」
「ヘヘ、身体を重ねる気持ち良さを知れば信じられるようになる。安心しろ、懇切丁寧に教えてやるからさ」
「下衆すぎ。そこまでとは思ってなかった」
雪希は更に堂島から距離を置くが、堂島は己の身体で部屋の入口を塞いだ。
「それより、俺を拒否って大丈夫なのか?」
「何を言ってるのか分からない」
「へへへ、この期に及んで惚けるなんてびっくりだ。東雲がトイレ盗撮で捕まった件だ。あれの真実がバレてもいいのか?」
「あれはあなたが持ち掛けた作戦……」
「でも、証拠はないだろう?」
雪希はその言葉に顔を歪める。
「実際に東雲を嵌めたのはお前とお前の大事なお友達だ。雪希だって被害者役を買って出てくれただろう?」
「それは他の人を巻き込みたくなくて……」
「ちなみに、俺はお前達がトイレにカメラを仕込んだ映像を持っているぞ」
「――ッ!? な、なぜそんなものを!?」
「なぜだろうな、ふへへ。お前は勿論、お友達の顔までバッチリ映ってるぞ」
「私だけじゃなく、友達を人質にして脅すなんて……本当に下衆」
「なんとでも言えばいいさ。そのうち、脅してでも関係継続を望んだ俺に感謝するさ。本当は夢見心地のまま堕としてやろうと思ってたんだが……雪希が別れるなんて言うのが悪いんだぜ」
普段の爽やかイケメンも台無しな下卑た笑みを浮かべる堂島。
雪希は罪の証拠に人質まで堂島に掴まれていた。
なお、陽も彼等の証言とは別に、己が無実である証拠を持っていた。
しかし、陽はこれらの証拠に価値を見出してなかった。
なぜなら、それらは――
堂島による雪希への脅迫はなおも続く。
「お友達ごと暴露してもいいんだぞ。そうなったら、東雲は――お友達はどう思うだろうな」
「うぅ……」
「抱かれとけ。これは雪希のためだ」
「卑怯者……」
「雪希、脱げ。服の上からでも分かるお前のエロボディを彼氏の俺に直に味あわせてくれよ、へへへ」
「うぅ……」
尚も雪希は抵抗するが――
《脱げ》
堂島は力の籠った言葉を発した。
そして、雪希は――
脱がなければならない――
堂島の言葉に従わなければならない――
堂島の言う通り、脱がなければならない――
堂島の言葉は雪希の心の中に浸透し、否定する彼女の意思を排除する。
雪希は瞳のハイライトを曇らせ、堂島に操られる様にセーターを脱いだ。
「よぉ……よぉ……」
そして、雪希は涙を零しながらブラウスのボタンに手を掛けて――
震える手でボタンを外そうとして――
――ビリィッッ!!!
「っ!?」
どうやら堂島の嗜虐心が勝ったらしい。
堂島は雪希の脱衣を待ちきれず、彼女のブラウスを引き破った。
(やはり、堂島は小物だな)
堂島の根気は陽が嘲るほど短かった。
「脱ぎにくそうだったからな。服を脱ぐ手伝いをしてやった俺に感謝してくれよ、ふはは――」
堂島の言動はどこまでも独善的だった。
「俺達は恋人だろう? 俺だってこんなことはしたくなかったさ。でも、雪希がいつまでも恋人らしいことをさせてくれないからな。雪希が悪いんだぜ」
「うぅ……」
「これ以上、抵抗するな。そして、東雲のことは忘れろ」
涙を零す雪希。
しかし、堂島は雪希の涙を気にすることなくブラウスのボタンに手を伸ばして――
(ここらでいいかな)
陽は手に持つ防犯ブザーの紐を引っ張り、それを室内に投げ込んだ。
――びぃぃぃっっっ!!!
「「っ!?」」
防犯ブザーはけたたましく鳴り響く。
堂島は驚き慌てて音源を探すが、雪希はその隙に堂島の脇を走り抜けた。
彼女は上半身を開けさせたまま部室から飛び出した。
「あっ! くそっ!!」
堂島は悔しげに吠える。
陽はその様子を見届けた後、その場から離れた。
人目を避けて歩む陽――
彼は呟く。
「先程までの会話は撮影できている」
それらは己の身の潔白を示す証拠となるだろう。
「だけど――」
陽はこの映像に価値を見出せなかった。
「なぜなら、それらは――」
それらは相手が陽の話を聞いてくれることが前提だった。
「加害者達が僕の話を耳を傾けるかなんてどうだっていい」
それに――
「この内容では堂島は惚けようと思えば惚けられる。あいつらを十分に痛めつけられない」
つまり、その程度の証拠でしかないのだ。
堂島を地獄の底に叩き落とすには――
堂島の全てを破壊するには――
「これからが楽しみだ」
復讐を企む陽の顔には醜穢な笑みが貼り付いていた。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
よろしければ、下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして『ポイント評価』をお願いします。
作者の今後の執筆の励みになります。