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変化は、一瞬で訪れた。
二対の羽根が、三対六枚に。
肩につくかつかないかくらいの黒髪が、腰までに。
そして、額にダイヤ型の紋章が刻まれる。
「ふふふふ、あはははっはっ♡」
自信の変化を確かめるかのように、戦斧をひとふりして。
「さぁて、最終ラウンドと洒落込もうじゃないの?」
一瞬での、肉薄。
「ッッッ」
先程までとは桁が違う。
風圧だけで、リツキの【氷柱】がへし折られ、粉々に破壊される。
変化の前では反応できたはずの距離。防げたはずの攻撃。
幾度となく剣閃を交えることで測ることができたそれが、もう意味をなさなくなっている。
防ぐことも、反応することも難しい中、ただ本能だけで後ろに飛び退る。
「ッッ!」
「あぁーれぇ?♡」
この速度も、避けれたんだぁ…と恍惚そうな笑みを浮かべながらも、追撃してくるチャコ。
本能で飛び退ったために、体勢が崩れてしまったリツキは、その崩れた体勢から転がるようにしてその戦斧を避ける。
「あは、」
チャコは、地面に片足をつき、それを軸として身体を半回転させ、捕食者の笑みを浮かべてリツキに戦斧を振るう。
―――それが狙いだとも知らず。
「!」
ばきり、と。
地面についていたチャコの片足が凍る。
【氷柱】の助長として使われた【氷床】だった。
チャコが逃れようとするよりも早く、その氷の侵食は進む。
そして、その氷に一瞬意識が向いた隙に体制を立て直したリツキが、氷の刃を呼び寄せる。
その氷の刃は、風圧でチャコが折った【氷柱】だ。
「こなっごなに破壊してくれたから、ね!」
リツキが手を閉じるモーションをすると、未だ離脱の叶わぬチャコに向かって鋭い氷の破片が飛んでいく。
「あははっ♡」
チャコはその氷の破片達を見て笑い声を上げると、戦斧をそのまま術者へと向かわせる。
「!?」
此処で回避行動を取らず、自分に刃を向けることを想定しなかった訳では無いが来る確率は低いだろうと思っていたリツキは、一瞬回避行動が遅れる。
戦斧はリツキの肌を浅く切りつけ、そのままぐんとチャコの方に引き寄せられて再び突きのようにして振るわれる。
「――……っ。」
狙うは心臓。
戦斧の先端の尖っている部分を利用しての突き。
始めてみせた行動に、リツキは一瞬驚いたような表情になるものの、その体は回避の行動を取っている。
「っっはは、すごいな、これも使われるのか。」
流石にリツキと言えども、こんな状況で数千、数万とある氷の破片を精密に操ることは不可能だ。
だから、あえてリツキは、氷の破片を自身の方へとすごいスピードで向かわせるのみとし、戦斧を起点として自身の身体を回転させ、チャコの身体を盾とした。
逃げようと足に力を込めて、やっと自分の両足が小さな棘のいくつもついた【氷柱】によって貫かれていることに気がつく。
「ぐ、あぁああッ!?」
一瞬後、背後から襲った氷の破片によっていくつもの傷を負うチャコ。
鮮血が地面におち、血溜まりを作る。
「ぁ、はは、ほん、っとに、ぐふ、あ゙…容赦、無いね、キミは…」
痛みに喘ぎながら途切れ途切れに言葉を紡ぐチャコ。
彼女は意思のみでなんとか顔を上げるも、その目に写ったのは無慈悲に氷の剣を振りかざすリツキの姿だった。
「…認めざるを、得ないね」
その剣で首をはねられる一瞬、チャコがそうつぶやいたことをリツキはまだ知らない。




