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―――ジジッ……。
ネェ、ナンデ。
ナン、ナン、ナン…で。
なんで、あの子は、ノエルは。
私と、違うのだろう。
ねぇ、なんで?
―――ルヴィ様……………。
*
ふ、と現実に戻ってくる。
精巧過ぎるムービーのせいで、私の頭は少しこんがらがっていた。
数秒ほどして、やっと私の脳は再起動する。
『ねぇ、なんで? 貴方は、わかる?
ノエルが、なんでオネエサマを殺したのカ。』
そこへ投げ込まれた質問。
…さあ、私はこれにどう答えるべきか。
肯定か、それとも、否定か。
……それがわかるほどこの子に関わってないから、わかんないな。
…………………うん、よし、正直に答えよう。
「………ううん、わかんない。でもね、これだけはわかる。
あなたのお義姉さんは、貴方に幸せになって欲しいって、言ってた。」
代行領主をしていた令嬢―――この子の義姉の言葉。
小さく、か細く、もうすぐ命の火をすり減らしてしまいそうだった令嬢の言葉。
だが、たしかに私の耳朶を揺らした言葉。
―――『願わくば、優しい優しい貴方が進む道が…幸せでありますように』
「復讐をやめろ、とは……言わない。というか、言えない。
貴方の気持ちの問題だし、他人である私が干渉しようとは思わない。
でもね、お義姉さんの願いだけは、覚えていてほしいな、って思う。」
亡き令嬢の、思い。
最後の最期に、姉として伝えたかった言葉。
体を張ってでも、自身を守ろうとしてくれた妹へ、向けた言葉。
『…………………やめろって、言わないんだね。』
「言われるかと思った?」
『えぇ。だって、皆私にそういったもの。
………良いと、復讐を止めないと、そう言ってくれたのは貴方で二人目よ。』
クスリ、と邪気を抜かれたような笑みを見せる堕天使。……いえ、ナナ。
その表情も、言葉も、動作も。すべてが、堕天使であったときとは大違いで。
まるで、別人かのような錯覚を起こす。
ふわ、とナナの輪郭がぼやける。
『そうね、もう私は無理でしょう。…この身体も、もう限界。』
すっと、目を伏せ、わずかに悲しげな表情を見せるナナ。
だが、少し満足そうな笑みを浮かべる。
『貴方が、貴方達が居てくれて、よかったわ。
…おかげで、これを託せる。』
「これ、は?」
ナナがこちらに差し出してきたものは、鍵だった。
金でできたシンプルな鍵。
『ふふ、今は秘密。……いつか、貴方も、知るときが来るでしょう。
この世界に眠った、管理者たちのことを。』
その時に助けになるはずよ、といって笑うナナ。
『私はね、とっくのとうにノエルを殺しているの。
……恐らく、堕天使化したときにね。』
だが、その時の記憶は混濁していて無いという。そして、堕天使の時の記憶も、薄っすらとしか思い出せない、と。
『だから、私はさまよっていた。
いるはずもないノエルを探して。』
ナナはおかしいでしょう、と自嘲する。
『あぁ、そうだ…………これも、渡さないと。』
リン、という音が鳴る。
気が付かなかったが、彼女はピアスをしていた。
その一対のピアスは、白い羽根の形をしている。
中に鈴が入っているのか、時々リン、と音が鳴る。
『鈴はほぼ壊れてしまっているのだけれどもね。
ふふふ……。これは、大事なものなの。できれば、壊さないで持っていてもらえると嬉しいわ。』
ニコニコ、と笑う。
霞のように空気にとけていくその手から受け取ったピアスは、私の手の中で転がった。
『もうお迎えかしら? もう少し、居たかったけれど……。
まぁ、ここまでとどまれたことも奇跡のようなものなのだしね。欲を出しても仕方がないわ。
じゃあね、紅き令嬢さん。』
そう言って、ナナの姿は消えていく。
まるで、幻のように。
キラキラと、金色の光に巻かれて。
ひゅう、とひときわ強く駆け抜けた風が、ナナの姿をかき消した。
「さようなら、ナナ。」
ピアスに目線を落とし、そうつぶやく。
“ありがとう”
薄っすらと、そんな声が風とともに聞こえた気がした。
見てたのかな。
―――我が子に、祝福を。
薄っすらと、聞こえる歌声。
―――堕ちつ子に、歓待を。
「賛美歌………。」
リツキさんの呟きで、漸く私も賛美歌なのだと悟る。
―――全ては我らが解き放せし
大丈夫よ、というような。
―――歓びを、感謝を、祝福を。
ナナに似た、だけど何処か違う。
―――全ての子らに、祝福を!
あ、これ…って。
「亡き令嬢の、鎮魂歌」
ムービーで聞いた、お義姉さんの、声だ。
ナナちゃんよく喋るなぁ、と作者も思いました。
…………あれ、こんなこと言っちゃなんだけど、あなた死にかけだよね?
…生前はおしゃべりな子だったのかな?
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