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自傷表現があります。
苦手な人はご遠慮ください。
「……どうします?」
私は『はい』を押したあと、リツキさんに話しかける。
リツキさんもちょうど『はい』を押したあとだったようで、こちらを向いていた。
「あの蜘蛛、寝てるっぽいし、今のうちにあの女の子取り返そう。」
「ですね。」
戦闘中、あの女の子に当たらないように配慮するのは難しい。だったら、今のうちに取り返しておこう、とは思うんだけど…。
「運営の性格的に、あの女の子を取り返すとなにかまずいことになりそうなんですよね…。」
「…まぁ、だよね。」
リツキさんも同じような不安を抱えていたようで、頷いている。
めちゃくちゃ鬼畜だからね、このゲームの運営。
「……とりあえず、あの女の子を助けないことにはどうにもならないから、取り返して様子見って感じですかね?」
「それしかない、かな……。」
じゃあ、と私はナイフを取り出す。リツキさんが不思議そうに見てきたが、今は無視して、ザクリ、と腕にナイフを突き立てる。
「っ!? なにして……。」
リツキさんが驚いたのか、声をかけてくる。
その声を無視してナイフを引き抜くと、傷口からゴボリ、と真っ赤な血が出てくる。
正直、めっちゃ痛そうだ。ナイフの刃がなめらかだったから傷口自体はスパッと切れているが、血の量が尋常じゃない。
現実で受けたら、あまりの激痛に身悶えしていただろう。ダメージリンクを低くしているから、あまり実感がわかないけどね。
この血に……【血液操作】。
細い細い極細の糸にして少女の方に伸ばす。
その際に、さっき血を出すためにつくった傷口を血で塞ぐ。
「………。」
つう、と額を汗が伝う。
この極細の糸は制御するのにかなり気を使わなければいけないので、かなり疲れる。
この魔物は蜘蛛だ。
周りに糸を張り巡らせていたっておかしくない。
それにこの魔物は特殊個体だ。念には念を入れておかないといけない。
そして、案の定、蜘蛛は、自身の周りに見えない蜘蛛の糸を張り巡らせていた。私が実際に行っていたらすぐに気づかれ、たちまちこの糸で切り裂かれただろう。危なかった。
「……よし。」
私は少女に糸を絡みつかせると、私は遠距離で魔法を発動させる。ごめんね、と少女に心のなかで謝りながら、私は少女の魔力だけを使い、魔法を発動させる。
原理は簡単。少女を少し魅了してから少女の魔力をちょっと操り、私が作り出した術式に少女の魔力を注ぐだけ。
術式を使う魔術は、はるか昔、非効率だと言われ、廃れた魔法だ。ただ、こういうときには役に立つ。
…そんな廃れた魔法をなぜ私が知っていたのか、って?
もちろん、血腐城にあった本を読んだからだ。まぁ、その存在を知ったのが血腐城にあった本というだけで、それ以外のことは【叡智の書庫】で読んだ。
流石に、何千年も前から保管されていた本は半分腐っていたからね。
私が組んだ術式は、無属性魔法である、【障壁】だ。【聖域】のいわば劣化版の魔法である。
少女の体は薄い半透明の膜によって包まれ(蜘蛛の牙によって貫かれている足は傷の形に沿って)ている。
これなら、蜘蛛の巣を破ってもいいだろう。
「リツキさん。」
「ああ、やぶるの?」
とっくのとうに私の意図を理解していたリツキさんはスキルを発動させるため、手のひらを前へ突き出す。
「はい。じゃあ、1、2、3でいきますね?」
私は、リツキさんが頷き、再び前を見たことを確認してから口を開く。
「1…2…3!」
3、と言った瞬間に私は血の糸を引き、蜘蛛の口から少女を救出する。それに合わせ、リツキさんは蜘蛛の糸を魔法で切り裂いた。
蜘蛛の目の焦点が合う。
もうすでにその時少女は、私の腕めがけて飛んできていた。
「ッキャッチ!」
「【障壁】!」
私が少女をなるべく優しく受け止めたと同時、リツキさんはすかさず【障壁】を展開する。
その【障壁】は少女を覆うそれとは厚みが違い、こちらめがけて振り下ろしてきた蜘蛛の鎌を受け止めていた。
「ナイスです、リツキさん!」
「こういうのは、得意だから、ねっ!」
え。詠唱、してないよね? なんで魔法が発動するの?
少し考え、リツキさんは先に詠唱を済ませ、発動段階で魔法を止めていたのだろうと思い至る(この間0,1秒である)。いや、魔法の制御上手いな!? 1〜2週間でここまでになるとか、もうそれ化け物クラスだよ?
そんな事を頭の隅で考えながら、私は抱え込んだ少女の状態を確認する。
結構出血が多いな……。太ももにも牙が食い込んでいたけど、幸い動脈には傷がついていないようだ。
「【高位治癒】。」
光魔法である【治癒】の上位魔法、【高位治癒】を使い、あらかた傷を治す。
みるみるうちにふさがっていく傷。こういうのはゲームって感じがする。
が、そこまで悠長にしていられないので少女を【聖域】であるうろの中にいれる。
「よろしくね。」
最初にすすり泣いていた少女は、もうひとりの少女を抱きしめると、コクコクと何度もうなずく。
それを確認してから私は再び蜘蛛を見据える。
今はリツキさんによってなんとか捌いている攻撃だが、【障壁】にはもうすぐ壊れそうなほど亀裂が入り始めている。
「子供の保護、完了しました!」
「よし!」
ここから、だ。
久しぶりに感じる激しい戦闘の予感に、私は唇を釣り上げた。




