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―――特殊個体。
基本クエストで何回か存在が確認されているモンスター。
通常、基本クエストに出てくるモンスターはスキルを持っていない。ただ、この特殊個体といわれるモンスターたちは違う。【HP自動回復】や、【武器化】など、普通に私達が使っているようなスキルを持っている。
それ以外にも、普通のモンスターよりHPが多かったり、倒すためには特殊な条件が課せられていたり、など強い理由はいくつも存在する。
このモンスターが出てくるクエストは普通に町中を歩いていただけでも起こったことがあった、という事例が確認されており、【はじまりの街】においては、『初心者殺し』とも揶揄される。
それが、そんなモンスターが、ここに、いる。
背筋がゾクゾクする。
ひょっこりと、戦闘狂な私が顔を出す。
―――早く、早く、戦いたい。
「……ぁ、っっ!?」
私より先に階段を登り終えたリツキさんが息を呑み、足を止める。
階段を登り終えた先は、神社。紅い鳥居に巻かれたしめ縄が、経年劣化のせいかちぎれている。ペンキも所々剥げており、元の木目が見えている。
そして、その下にあるのは……おびただしいほどの赤、赤、赤。
血だ―――と、理解するまでには、時間を要した。
原因は、鳥居の真下に積み重なるように倒れている子供の死体…だ。
四肢をもがれているのもあるし、内臓が飛び出ているものもある。
年齢はバラバラ。青年に片足を突っ込んでいるくらいの少年もいるし、まだほんの4歳くらいの女の子もいる。
死体から目をそらすように境内を見ると、5〜8歳くらいの少女が見えた。
―――いや、正しくは、私二人分あるくらいの大きさの蜘蛛に、下半身を食われた少女、だ。
その目は虚ろで、虚空をさまよっている。
私は理解した。
鳥居の下の死体は、この蜘蛛に食い荒らされた人たちだ、と。
ゾッとした。
人食い蜘蛛。その蜘蛛のぎょろりとした目は、私たちが見える位置にいるはずなのに、動かない。
―――寝て、る?
「た……ぅ。…ひっく……すけ……っ……ひく…。」
誰かの、すすり泣く声。…蜘蛛に食われている女の子―――じゃない。
私達がいる階段のすぐ横に生えている松の木にある細長いうろの中。幼い子供が入るので精一杯であろうそのうろの中に、人がいた。
10歳よりは上だろう、まだ幼さの残る少女。クリクリとしたまん丸の瞳には涙が浮かんでいる。キレイに結われていただろう黒い髪の毛は乱れていて、赤い梅柄の着物の、太もものあたりが赤黒く染まっている。
怪我を、してるのか。
「………。どうする?」
横にいるリツキさんが、小声で問いかけてくる。
「とりあえず、聖域で保護しましょう。このくらいの範囲なら、消費もそんなに激しくありませんし。」
それが今私達が一番確実に保護できる手段だ。
これからここは戦闘になることが確実なのだから、それくらいはしないとこの子に流れ弾が当たってしまうだろう。
「だね。【聖域】。」
私がやります、と言う前にリツキさんは【聖域】を起動する。
すると、キンッ、と金属音のような音を立てて【聖域】が発動する。
【聖域】はぼんやりと金の光を放つの六角形をつなぎ合わせたような丸い膜の形をしている。その膜が、今回は、松の木のうろの部分だけを覆っている。
リツキさんは後ろから魔法や弓などの遊撃を得意とする後方支援型である。
だから、比較的魔力を使わない私がやりたかったんだけどなぁ……。もう、この人は……。たぶん、抗議をすると俺は近接戦もできるからって言いそうなんだよなぁ……。
この人は器用すぎるので、必要とあらば剣で近接戦も可能である。本人曰く、本職にはかなわないから温存はしているとのこと。…まず、遠距離も近距離もどっちもできるのがおかしいって気づきましょうね??
こんなに実力を持ってるけど、リツキさん、トップランカー内では見たことないからなぁ……。不思議だ。
能ある鷹は爪を隠すってことかな?
あ、ちなみに私はやっぱり前衛型かな。
刀でばっしばしモンスターを切る感じの剣士。
ただ、血吸櫻を使うと確率は低いといえども、ゾンビ化(痛覚を感じたりしないので、倒すのが面倒くさい)したりして生き返ってくるのが面倒くさいので、だいたい血でつくった日本刀かな。
本来のスタイルが大剣なので、大体大きくなるけどね。
「………ふ、ぅぐ………たす…け、て……。」
混乱していて【聖域】が貼られたことにも気づいていないようで、がくがくと身を震わせながらも少女は私達に訴える。
流石に見ていられなくなって、抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫だよ…。私達が助けに来たから。ほら、【治癒】。」
ぽわ、と傷口の周りに白い光がまとわりつく。数秒の後、光がすうっ、と消えていく。
「……たす、たす……け……。」
「大丈夫…。」
大丈夫、と繰り返しながら抱きしめる。
少女の手が後ろに回され、抱きしめ返される。
「……ぉね、ちゃ……ぁゆを……あゆを、助けて……。」
か細いながらも、そう言われたのがわかった。
それが、キーワードだったのだろう。
―――ピコンッ
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クエスト:しあわせなこのゆめに
が始まりました。
キャンセルしますか?
(はい・いいえ)
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クエスト名は……「しあわせなこのゆめに」か。
何とも不吉な名前のクエストが、始まったのだった。




