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「いや、ガチかー。」
一人残された廊下で、俺はそんな呆然とした声を上げる。
いや、あそこまでピュアピュアな子だったとは……。龍王とかについて話している(というか書いている?)ときはキリッとしててカッコいい感じだったんだけど、褒めた途端真っ赤になってたなぁ。可愛い。ちょっとちょろすぎて逆に心配。
シーーン、と、先ほどまで人がいたとは思えないほどの静寂に、少し寂しくなる。その寂しさを打ち消そうと、一際大きな声を出す。
「俺も、ログアウトしようかな〜。」
「そのようなことを声に出しすぎると危険ですよ?」
「はぁっ!?」
先ほどまで人っ子一人いなかったはずの廊下に、誰かが立っている。
深い青色の髪に、金の目。そして顔には涙を流しているような、特徴的な道化師のメイクが施されている。その背は高く、確実に180はあるだろう。
ただ、道化師と言われれば思い浮かべる赤と白の衣装ではなく、青い衣装を着ているのが特別目を引く。その色は、この荘厳な赤いカーペットのひかれた廊下とは全く合っていないと言えるであろう。
「いやはや、小生も自己紹介をせずに話しかけて申し訳ございませんな。なにぶん、人と会うのは久しぶりでございまして……。
私は『青の道化師』と申します。
この城の主人に用がありまして少々立ち入らせていただきました。…ですが、入れ違いになってしまったようですね。」
「よくしゃべりますね……。」
頭上には緑のマーカー……おそらく、年上のプレイヤーだろう(NPCは黄色、危険人発の場合はどんどん赤色が濃くなっていく)。
「ふふ、そうでしょうか?」
ニコニコと笑みを浮かべながら話し続ける『青の道化師』。ただ、その笑みは何処か薄気味悪く、軽薄で、道化師に相応しいと言える笑みだった。
「おや?」
青の道化師は、急に首を傾げると、ジロジロと俺のことを見だした。
「なんです?」
「いえ……そうですか、あなたが今代の……。」
今代の? なんなんだ? と首を傾げていると、突然白い薔薇が目の前に差し出された。
「あなたは何色がお好きですか?」
「……え? あ、黒、ですけど。」
突然の質問に、頭が混乱する。
「では、見逃さないでくださいね?」
そう言い添えると、青の道化師は、白薔薇を持って居ないほうの手を薔薇の上で一周させる。
すると、みるみるうちに白薔薇は黒く染まっていき、とうとう黒い薔薇になった。
「なっ……!?」
「ふふふ、驚いていただけたようで小生も満足で御座います。無論、タネも仕掛けもございません。」
「そんなわけ……!」
勿論、何か仕掛けがあるはずだが、わからない。青の道化師の方はといえば、ただニコニコと笑いながら、その黒い薔薇を俺の手に渡しただけだった。
「小生は青の道化師。闇と月、そして笑いを司る者で御座います。
それでは、また、何処かでお会いしましょう。」
そう再び名乗り、一礼をすると、青の道化師は、長い衣装の裾を翻し、次の瞬間には、煙のように消え失せていた。
「闇と、月。そして、笑い……。」
プレイヤーなのは間違いない。ただ、あんな特徴的なプレイヤーが有名になっていないというのはおかしい。
「調べてもいいかもな。」
調べて、別に不利になることはないだろうし、知り合いにでも片っ端から当たってみるか。
俺はステータスボードを出し、フレンドにメッセージを送り始めた。
———世界歴史書クエストまで、残り十日。




