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聞きました奥さん!異世界が転生してきたんですってよ!?

作者: こうケ崎

 トラックに跳ねられ

 異世界転生


 時には転んで

 異世界転生


 気が付いたら

 異世界転生


 もう理由なんてなんでもいいんじゃないか?


 豆腐のかどに足の小指をぶつけて異世界転生しそうな昨今の異世界転生ブームだけど


『実際にトラックに跳ねられている時』に何を考えているんだ自分は!


 トラックに跳ねられるという衝撃は凄まじい

 2トントラックってそんなに大きなトラックではない

 普通のトラック


 でも、よくよく考えたら2トンってさお相撲さん何人分よ?

 跳ねられたら一溜りもない

 発進直後の十キロに満たない速度でも人一人軽く吹き飛ばせる重さなんだよ


 みんな気を付けよう


 本当に一溜りもないよね

 でも低速だったことで、軽く自転車ごと吹き飛ばされただけで

 大きな怪我もなく全身打撲ですんだ


 色々検査はしたが

 全身打撲といっても湿布と痛み止で様子を見てくださいという程度だ


 トラックの運転手に丁寧に謝罪され、後日、挨拶に伺いたいという申し出をなんとか断ってアパートに帰宅した


 休日だったので仕事に穴は開けずにすんだけど

 疲れた


 本当に次から気を付けよう

 走馬灯は見なかったけれど

 命の危機を感じるような瞬間に

 実際に異世界転生なんて考えている自分の思考パターンに呆れつつ

 そんな自分だからこそ気をつけてないと、異世界ではなく、空の彼方か、三途の川にはすぐさま行ってしまいそうだ


 本当に気を付けよう


 アパートのドアを開けると1Kのリビングに見慣れない人がお茶を啜りながら座っていた


 雰囲気が異様だった、髪が明らかに発光しているし

 彼女の周りになにか星のような惑星のようなものがフヨフヨと浮いてる

 コスプレか?と思いたかったが、目の前の女性は明らかな異質さを纏っている

 彼女がこちらをみて視線が交差する


『お帰りなさーい(*’-^)ノ』


 脳に直接響いたその声に

 俺の日常が終わりを告げたのだと知った


 ...いやいやいや!このタイミングで!?

 誰...いや、何者、何なんなのか?


『いや、声に出してくれなと、分かんないですよ―?』


 わかってますやん...伝わってますやん...


『でも、人は声で意思を伝えるんでしょう?なんだか、声に出してもらえないと、ディスコミュニケーションというか、無視されている感じがするというか...』

 モジモジしながらテレパシーを飛ばしてくる

 姿は神秘的だけど、口調や表情は親しみやすさがあるが、後光のように感じるオーラが異質さを増して感じさせた


 しかしだ、実際に異世界というか人外と接するというのは恐怖感が凄かった

 未知との遭遇に胸高まるかと思っていたが、胃がギュッと締めつけられる、胃が痛い 


『そんなに、怖がらなくてもいいじゃないですかー運命の出会いなんですから(///∇///)』


 神秘性と脳内に送られてくる絵文字に気がおかしくなりそうだった


『けど、おかしくはならないですよ。私達、相性良いんだから!』

 にこりと笑う


「せ、説明パート...ですよね?」


「今後、お世話になるんだからばっちり説明しますとも~」

 僕が声を出したからか彼女も発生して返答してきた、綺麗な声・・・!


「綺麗な声を心がけてますっ、じゃあリアルに伝わるように映像も合わせてお送りしますねっ」

 一言終わるや否や、彼女の後ろから暗闇のような、宇宙のような空間が広がり、僕を包み込んだ


 僕の意識は途切れた


 ■■■


 中世の城、その場内のような場所・・・その空中に僕の意識はあった

 俯瞰する位置から場内の円卓に座る人たちを見下ろす形だ


『あなたの所に行くことになった理由を録画映像でお届けしますね』


 圧倒的説明パート!


「此度の魔王戦、人類側の勝利は決まったも同然ですな!」

 円卓の一人が声を上げる

「魔王四天王は落ちた、残すは魔王のみ、此度の100年も人類がいただきましたな」


 圧倒的に分かりやすい設定!


『あはは、でしょ~?わたし人類贔屓だから、設定も勝敗条件も人類よりなんですよ~。で、あそこの中央にいる美少女が人類贔屓の女神の転生体です、自分で美少女って言っちゃうくらいには、わたしお調子者なんですよ~」


 女神が転生して、人類に味方しちゃうくらい、お調子者ってことですね


『物語の管理者じゃなくて勇者として演者になっちゃうくらいお調子ものってことですね!』


 そ、相当のお調子ものですね


 眼下の勇者兼女神が口を開く

「いえ、油断は出来ません!魔王の力は未知数、四天王を倒し一度は眼前に迫りましたが、その強大な力を前に私は撤退を選択しました」


 ざわり


 どよめく円卓の騎士とか大臣?偉そうな人たち


「絶対の勝利を手にするために、一手打ちたいと思います」


「その一手とは・・・?」


「異世界からもう一人の勇者を召喚しますっ!」


 おお


 どよめく円卓の騎士たち


 ふー

 隣りでため息を深く吐く女神


『あれ、一計とか言ってますけど、本当は超余裕って思っててですねっ、こう、なんというか、物語にアクセントというか、もうちょっと楽しみたいなーって、思っちゃったんですよね、あのお調子ものは

 で、敵を強くすると被害が人類にでちゃうかもしれないし、敵に塩は送るのはやめたんですよね。

 お調子ものなりに気を使ったというか、推しも結構人類側にいますし、いやむしろ魔王側にもいましたね、でもどうしても倒さないといけないじゃないですか、断腸の思いでしたよ。

 これは今後、演者は出来ないなって思ったくらいです。

 というか今期の魔王サイド、結構粒ぞろいだったんですよー

 世の中の矛盾というか、悪意とか、法則に反する誤りを定期的に集めて、魔王以下魔族に組み込み倒すことで世の中の矛盾を一定に保つ。それが私の宇宙の魔王システムなんですけど、歪みが酷くなり過ぎないように、魔王がチカラをつけすぎ無いように魔王の発生周期も100年と短めなんですけどね?

 で、なにが言いたいかっていうと、歪みが小さいせいか魔王側の性格もそんなに捻くれてなくてですね、なんというか、結構推せるんですよね・・・

 こう、悪の美学みたいなのが乗ってるというか、普段いがみ合ってた四天王が、命の危機を前に、庇い合うんですよ、なんやかんやと理由をつけてですよ・・・!

 まあ、命の危機ってあそこの女神兼勇者の美少女の私のせいなんですけどね。わたし、感動に震えてしまって三回は見逃してしまいましたね。

 で、辛いんですよ?辛いんですけどこう四天王を倒しきって、後は魔王のみ、物語が終わってしまう・・・そう感じた時にロス感が凄くなってしまってですね。

 ええ、もちろん100年周期ですから、女神のわたしにしてみれば、次回は直ぐくるといえば来るんですよ、でもしばらく演者は精神的に出来そうもないじゃないですか?

 そうすると、もう少しこの物語を楽しみたい、物語の中に居たい、そう思っちゃったんですよね

 ありません?大好きな物語が終わってしまいそうな高揚感と刹那さ・・・幸せに平和になってほしい、でもまだ物語をみていたいそんな気持ちです

 あそこにいる女神兼勇者の戦闘力はこの物語を一瞬で終わらせるチカラがありますが、いかんせんロス感が凄すぎました、なんせ何度も何度も魔王攻略という宇宙の調整システムを観てきましたが、演者としては初参加だったんです

 もう、これはしょうがない事態ですよね?

 男も女も、神も女神も初めてって大事というか印象に残るというか、初めてって上手くいかないことが多いじゃないですか。

 初恋とか初宇宙創成とか、割と上手くいかないじゃないですか!?わたしも初めての宇宙創成はなんか空気作り過ぎちゃって惑星間航行が簡単すぎてですね、宇宙の広がる前に真理に到達した人類が宇宙の最果てにたどり着いてしまって、矛盾があっという間に処理しきれなくなってしまって、私に攻撃までしかけてきて、宇宙が割と早めに爆ぜちゃったりしたものです

 えっと、何の話でしたっけ?

 そうそう、で、初めての顕現でもう感情移入も凄くって、まだまだ物語に浸っていたかったんですよね

 で、あそこの女神兼勇者が考えた一手が

 異世界の勇者召喚だったんです

 つまり、異世界の勇者を召喚することで、魔王討伐を確実にするという名目のもと、召喚したてでレベルの低い異世界勇者を連れまわしてですね、新たな出会いと物語の延長を図ろうとしたってことなんだよね

 ・・・

 それが、余分な一手でしたっ・・・!( ;∀;)』


 圧倒的な一人語りと薄い内容に眩暈がしました

 それが、どのような失敗に繋がったんですかね・・・?


『うう・・・流石、予備知識豊富な異世界にリンクしただけあって飲み込みがいいですね、わたしの運命が見込んだだけのことはありますっ(ノД`)・゜・。次の決定的場面に行きますねっ』 


 ■■■


 一転して部屋から同じ城だろうか?

 大きな広間いっぱいに魔法陣が描かれている場所へ移動した。その中心にいる自傷、女神兼勇者の美少女


『自傷ってすでに扱い酷いですね、流石わたしの運命が見込んだ異世界の勇者』


 どう、見込んだんですか・・・


 魔方陣の中心で小声で呪文を唱える女神兼勇者の美少女

 どうやら異世界勇者を召喚しようとしている場目みたいだな


『理解も早いし、自傷を心のなかでもつけない優しさ、流石わたしの見込んだ異世界の勇者』


 お褒めに預かり光栄ですが、召喚するつもりがその対象の元に来ることになってしまった理由って...もしかして...


『う...察しが良すぎるのもどうかと思いますけどねっ。そうですね、まあ、つまり、かいつまんでいうとこう言うことですね』


 轟音と共に城が揺れ

 乾いた音と共に女神兼勇者の美少女、その眼前の空間がガラスのように砕け散る

 暗く黒い、しかし肌だけその黒さを際立たせるように白い流麗な男がその空間から瞬間飛び出てきた

 双眼から黒い涙を流し

 雄叫びを上げ

 突き出した諸手が女神兼勇者の美少女を貫いた


「っー!!そんな」

 女神兼勇者が驚愕の声を上げる


『いやー、今思うとやらかしてますね、異界と繋ぐ勇者召喚の魔術を利用して、無理やりこの場に押し入ってきたんですね、こうなんというか、完璧に狙い撃ちされちゃってますね、ええ。』


「魔王なぜこの場に?、魔王がその玉座を離れる事など・・・ありえないっ、いったい何を・・・した?」


 驚く女神兼勇者のとなりでため息をつきながら

 録画された映像のとなりで今の女神が独白する


『そうなんですよね、システム的に魔王が序盤、終盤含めて遊撃、強襲なんかしてきたら人類とか勇者とか、ぼっこぼこにされる可能性があるから、魔王三原則できつーく縛ってるんですよ。

 魔王サイドからしてみれば、無理無理、勝てるわけないじゃんって叫びたくなるとは思いますけど、宇宙のバランサーが魔王システムの目的なんですから、そのくらいの安全マージンは確保してたんですよね、ずっと。

 それがですよ、ここにきての大どんでん返しですよ、何もわたしが初めて物語の主人公として参加したときに、こんなサプライズしなくてもいいと思いません?魔王の風貌もこうなんというか、人よりの姿というか、好みというか、まあ、それは私が最初に今回の為に100年近くかけてエディットしたから、しょうがないんですけどね。

 急に一番の推しが、超眼前に来て激しくハグしてきたら、もう動揺して固まってもしょうがないですよねっ』


 驚愕の新事実を後半、ぶち込んできましたね・・・

 貫通する諸手をハグというセンスは異世界ギャップですかね、かなりの驚きです


『言葉とは裏腹に、冷静な声と刺すような視線が、流石、私の見込んだ異世界の勇者ですっ」


 ・・・


 どうしようもない気まずい沈黙を破ってくれたのは、録画魔王だった

 深い

 深いため息を魔王が吐いた

 魔王は勝利が目前という態度ではなかった


「愚か、だと思うか?玉座を離れる魔王を、存在が消えゆくと知り玉座を離れる魔王を、だがもう意味など・・・ここに有る事こと以外、自らの存在理由を見出せぬよ・・・」


 魔王の独白は続く、胸を貫かれた勇者より、苦痛を感じているようだった


「イシュタール、マガラ、レオン、ドノバルト・・・、あれら四天王は我と共にあった、生まれ落ちた時から共にだ。

 知っているか勇者よ?魔王は生まれ落ちた瞬間から存在理由と目的を知っている。

 それは支配だ。

 強烈な渇望、使命感であり、今となっては脅迫としかいえぬ渇望だ、その為に四天王を使い、魔族を使う。明確に浮かぶ方法に何の疑問も持たずに暴力を行使した」


 いつの間にか魔王の周りに黒い靄が浮かび魔王と女神兼勇者の美少女を抑え込んでいるようだった


「もう、誰かからは覚えておらぬよ、最初は児戯だったな。だが勝軍の褒賞に『妹』の称号が欲しいとイシュタールが言い出してな。くくく、他の三人の呆けた顔が思い出されるな。だが次々に『弟』やら『従妹』など褒賞を要求され、最後に呆けたのは自分だったな

 蹂躙し、支配しようとする対象の真似事、親などというものも持たずに生まれ方も違うのに家族などというモノの真似事とは如何様か?とな

 思えば四天王も同じように魔王への『繋がり』を求めるように出来ているのだろうな、その手段が家族の真似事という訳だ

 児戯であったはずだったが...

 くくく、思えば最初から変化の兆しはあったのであろうな、失って気が付きはしたよ、四天王にとっての「繋がり」の手段でしかなかったはずだがな

 児戯は確かに私の心を変えてしまったのだな

 誰にも気が付かれない場所で頭を撫でろと要求するイシュタールの願いを叶えてやればよかった

 玉座に悪戯に座るマガラを無視などせず叱ってやればよかった、きっと弟として構って欲しかったのだろう

 軍議で違える進言をそのまま受け入れる事などせず、意見を交わせばよかったのかもしれぬ

 仇を討つと出撃する肩を掴み、魔王の目的など捨て、残ったもので訪れる破滅を待てばよかったのかもしれん

 失って気が付くものばかりだ


 ああ、家族だったのだな、と


 喪失感に気が狂いそうだった、憤怒に心は焼かれ、魔王の渇望は止まず、我が内は複雑だったよ

 最後の四天王が倒れたあの日、あのまま貴様が魔王の玉座へ来ることがあれば、私は憤怒に身も心も焼かれ、獣がごとく貴様に襲い掛かり敗れていたのだろうな」


 女神兼勇者は身体を貫かれているのに魔王を静かに見つめている

 戦いの最中であるはずなのに魔王は視線を切り、天を仰ぎ、また勇者を見る


 まだ聞くのか

 聞いてくれるのか


 続きを


 視線だけでそんなやり取りがあった気がした


『いや、まじパねえ洞察力ですね、そうまさにそんな感じでしたこの場面!』

 関心した様子で話しかけてくる、女神


 没入感半端なかったのに、軽いノリで茶化された感が凄い

 映画館とかで話しかけてくるタイプの人か・・・?ちょっと、苦手なタイプかも...


『あ、いあや、あ、続き、続き観ましょうっ、えへへ』


 意識を魔王達に戻すと、魔王が語り出した


「殺意の衝動に焼かれる中、いかに貴様に復讐するか、可能性を手繰る事だけが魔王の玉座に縛られる私に出来る事だったよ、イシュタール、マガラ、レオン、ドノバルト彼らだったらどの様な策をとるか、彼らを上回った勇者にどの様な策なら通じるのか

 勇者の事を考え、四天王を想った、そして、いつも失ってから私は気が付くのだな

 この喪失感を人に与えてしまっていたのだと気が付いてしまったよ

 人は命を繋ぎ、親から子へ、子がまた親となり子へと命を繋いでいくのだろう、家族として

 私は魔王として四天王と魔族を操り、支配の過程で多くの命を奪ってきた

 同じように家族を失わせていたのだと気が付いてしまったよ、大切な物を奪われる苦しみを与えていたのだ

 人は過ちを子どものうちにするのだろう?非力なうちの過ちはそう大したものではあるまい、小さな過ちを親や家族に正され、過ちの先の可能性を想像し守るべき境界線を知っていくのだろう?

 だが、私は力ある魔王として生まれ、支配の渇望に従い、命を奪ってしまった、失われれば戻らぬものをだ。もちろんなんの罪悪感も無く

 この狂気にも似た殺意に身を焼かれながら、また同じように人より殺意を向けられている事実に気が付いてしまったよ

 守るべき境界線を知ったのは、その境界線を越えてからだった

 いつもそうなのだ、失って気が付く、取り返しがつかぬのであれば気づく必要など無かったのかもしれぬ、だが、知ってしまった、姿形は違えど。家族を失った辛さというものを

 復讐も支配すら私を満たすことはないだろう、許しを得る虫の良さも私にはない、だが、ただ恐ろしいこの身の内に巣くう殺意と同じものが、人にあり私が与えたものであるという事実がただ、恐ろしい

 ドノパルトあたりに言わせれば、家畜に同等の感情を抱くとはと一笑されそうであるが、尊さを知ってしまったのだ

 家族というものの尊さを

 玉座に縛られてなお、愚かな答えしかでなかった

 殺意の衝動に突き動かされずとも、後悔に苛まれ玉座を離れてしまえば結果は同じであったな・・・

 最早自分が何を望むのかも分らぬよ


 ・・・


 詰まらぬ話であったな

 結局のところ死にに来たのだろうな・・・それとも彼らとの最後の繋がりを勇者との戦いにでも見出そうというのか・・・

 それともまた何か、失い、そして気が付くとでもいうのか

 貴様の魔術の隙間を縫い、転移と不意打ちで急所を貫いてなお涼しい顔で

 敵のつまらぬ話を聴く・・・

 勝ちの芽は無いのは良くわかった・・・

 ・・・いや、もうよいな、語るべくもない

 貴様は無言で何を聞く?何を考える?

 ・・・

 答えぬか

 ならばよい、終焉を始めようではないか

 生まれ落ち暴力で始め暴力に終わるのだ、詰まらぬ思考の波に焼かれるより、らしいだろう

 なあ、皆よ・・・」


 魔王の目には涙が滲んでいた

 最初にみた黒い涙ではない

 人と同じ無色の涙だ


 女神兼勇者の体から自らの腕を引き抜き距離をとる

 最後の戦いに臨むつもりなのだ


 女神兼勇者が僅かに何かを呟いた、魔王にも聞こえなかっただろう小声が何故かはっきりと僕には聞こえた


「やっばい、超・・・推せる!」


 その瞬間、女神兼勇者の体が引き裂け光輝き爆散した

 そして同時に女神の管理宇宙が消滅した

 のが、理解できた。

 小声が聞こえたのも、宇宙消滅を理解出来たのも隣にいる女神のチカラだろうけど


 なんですか、この超展開は・・・?

 結果は分かったけど、過程が意味不明なんですけど

 敵の魔王を女神が推したら世界が滅びたってことでしょうか・・・?


 推測と呆れをゆっくりと隣にいる女神に向ける


『さっすが、わたしとリンクした逸材ですねっ。その推測・・・超正解ですっ(^_-)-☆」


 ■■■


 呆れ顔を向けられて、女神は叱られた子犬のように困った顔をしながら

 説明を始めた


『つまり、こう推せると思った瞬間ですね、勇者としての敗北をしてしまった、という想定だったのですが、わたし、むっちゃくちゃ貫かれていたじゃないですか

 転生体を維持するのに女神のチカラを利用していたんですね

 うっかりでした

 勇者として負ける可能性は想定内だったんですけど、女神の敗北は宇宙の管理権限を奪われる場合もあるわけですよ、そうならないようにやばい状況になったらシステム初期化してトンズラこけるように設定してたのが仇となりました

 無念です

 うっかりでした

 いや、だって、転生体が負けたくらいなら魔族時代がそこそこ続くくらいだったんですよ、そうやって安全策ちゃんととってたんですけどね、魔王三原則破って、目の前に来られてあんなに、推しにハグされて

 まあ、貫かれたのをハグっていうなっていうその顔は今はスルーしますよ?

 で、推しが最後のチカラを振り絞って語ってくれるんですから、転生体の命が尽きて話が聞けなくなってしまうのはもったいないじゃないですか

 そりゃ、ちょっと反則かなって今は思いますけど、思わず女神のチカラ使っちゃいますよね

 使っちゃいました

 で、延命してたらやっぱり、その推しが、心の内を吐露して、苦しんでいて、ちょっとこうなんていうか

 もう、負けたっていうか

 感慨深くって、感じちゃうところありますよね?

 分かります、分かりますよ?、最終回だけ見せられて感情移入できないあなたの気持ちも

 でも、私にとっては最初っからのお付き合いだったわけで、あの魔王がここまで育ったかーと、超感慨深くてですね

 いやはや、超推せるって思ってしまうのもしょうがなくないですか?

 そうきたかー

 負けたわこりゃー

 みたいな?

 そんな風に考えたら、こうなんていうか、女神のチカラつかってたせいですかね

 召喚の術式が作用した気もしますよ?

 これはシステムの話なんですけど、わたしも勇者としてはともかく、女神としては簡単にやられたくないんで、女神敗北時は緊急脱出として宇宙の初期化をして、宇宙の卵をもって脱出出来るようにしてたんですよね

 負けたわこりゃーって思っただけで

 勇者じゃなくて、女神の敗北って判定処理されて、システム発動するとは思わなかったですよね

 えへへっ(^_-)-☆』


 呆れると口が開くって本当だったんですね


 呆れ切った自分の口が無意識に開いていたことに気が付いた

 そんな体験は人生初だった


 ぶっとんだ解説ありがとうございます

 とにかく、これが原因であなたが、活動を制限され、召喚対象である僕のところに来た、もしくは来ることになってしまった

 そういった事でいいでしょうか


『なんど言ったか分かりませんが、流石わたしとリンクした逸材ですねっ』


 言葉を選びますがこの、失態を見せられた後ではちょっと、褒められている気がしません


 いくら(ぽんこつで)失態を見せられた後とはいえ人智を超えるであろう存在に気を許せる発言は控えたかった


『漏れてますよ・・・』


 すみません


 で、女神様がここに至った現状は分かりましたが

 ここからは、いったいどうすれば


『流石以下略ですねっ!お話が早くて助かりますっ、システムが発動してしまって宇宙が初期化されてしまいました

 あの魔王達も城のもの達も世界の全ての存在が最早私の記憶のみ

 わたしの能力では新しく宇宙創成を行うことは出来ても、元の状態に復元することは出来ないのです

 ですが、出来る事ならば彼のもの達を取り戻したいと思っています

 その為に恥を忍びここまでやってまいりました』


 ???

 流石にさっぱりですけど、どういうことでしょうか?


 女神はにっこりとほほ笑んだ

 何の疑いもない、無垢な笑顔

 小さな子どもが、絶対の信頼を寄せる親に見せるような

 圧倒的に疑いを持たない無垢な笑顔でにじり寄ってきて

 女神様は、信じられない事を言ってのけた


『転生特典くださいっ!』


 眩暈がした


「特典を渡すとか、僕にはできませんけど・・・」


 余りの事に、ここにきて初めて声を出した


 それとも、女神様とのリンクとやらでそのようなことが出来るようにでもなったのだろうか?

 女神様が驚愕の表情を浮かべているのでその線は一瞬にして消えた

 女神様の希望も一瞬で消えた様子だった


『ええええええええええっ、転生とか転移とかするとチート的な能力が貰えるんじゃ!?」

「いや、最近は無いパターンもありますよ?」

『そうすると、特典による宇宙の巻き戻しの可能性は無しって事ですね・・・」


 女神様は両手両膝を床について項垂れた

 女神様の周りを廻る惑星も勢いがなくなった気がする、これが宇宙の卵なのだろうか


「えっと・・・」

『これは、同棲ルートってことですねっ!』


 は?


『宇宙創成しないと、わたしの住む所がないんです、けど、あの状態への巻き戻しの可能性を捨てれません、あの続きが気になってしまって仕方ないのです・・・!

 わたしのせいで中途半端に終わってしまった物語などあってはなりません

 魔王の答えの先が超気になりますし

 出来れば幸せになってもらいたい・・・!

 推しロス半端ないんです!

 分かってもらえますよね?ね?

 で、宇宙を戻すまで、ここでお世話になりたいんですー

 特にこの宇宙で出来ることはないんですけど、あんまり派手にやらかすと、この宇宙の神か女神か創造主に排除される可能性があるんで

 ええ、ただ飯くらいになる可能性大ですけど、なんとか、なんとか此処に置いてくださいまし

 働ければいいんですけど、惑星周りに浮遊させてもいい働き口ってありますかね?

 ああ、そんな嫌そうな顔しないでください

 リンク先であるあなたから一定時間離れると、ここに留まれなくなる感じがするんです

 そうすると、宇宙創成モードに強制突入しちゃうんで

 ほら、わたしも宇宙の奴隷といいますか、社畜といいますか

 でも、今のわたしの生き甲斐なんですー、魔王の勇姿がみたいんですー魂の解放、救いがみたいんですー!きっとうちの子なら、あの絶望から立ち直ってカタルシス感じてくれると思うんですよー!

 ね?そう思いません?あのちょっとでもうちの子の良さ分かってもらえたと思うんです、お願いします、お願いします、ここに置いてください

 ご飯とか食べますし、ネットとか、TVも観たいですけど、基本的には大人しくしてますんで、よろじぐおねがいじまずー!』


 ぽんこつさを演じているのだろうか

 最後には他の欲望を混ぜ込んできた女神さまに


 眩暈がした


 女神様ごと異世界が転生してきた日常が突拍子もなく始まってしまった


 そして、情報を与えられる側だった僕に現状が突き付けられ思考が溢れだした

 頭のなかを覗かれるとか、覗かれてしまうなら隠しても仕方ないと思ってしまえば、溢れる思考を止めることは出来なかなった


 何でこんなことに...なってしまったんだ!


 凡庸で平均のややしたを地で行き、かつそんな自分に満足しつつ、社畜でもなく、彼女もいて、恨みを買うようなこともなく人生を平穏に過ごしてきたのに

 なにかに巻き込まれたらガッツをみせるとか、出来ませんよ

 どちらかと言えば諦めるタイプですよ

 座右の銘は「人生諦めが肝心」

 戦って負けるなら戦わない、勝敗のつくことにはそもそもか関わらない

 物語のハシッコにいる村人Aを地で行く僕になんでこんな運命が...

 ほらもう言われるがまま諦めかけてますよ

 同性でもただ飯でも破産しない程度にならしょうがないかなって流されるままに考えている

 平穏と自由が無くなるのは嫌だけど抵抗の先に同じ平穏があるとは限らない

 起きていない事を考えすぎて不安に苛まれるのは得策ではない

 落ち着こう、一旦落ち着こう


『流石、流石わたしの運命が選んだ異世界の勇者様です~、メンタル超大事ですものね、わたしも転生特典無しで、超へこみましたけど、同棲ルートでがんばりますねっ!

 あ、さっそく巻き戻しの可能性を探るので能力のほぼ全てを演算に回しますので、ぽんこつニート女神同棲コースでお願いしますっ!』


 清々しいほどの開き直り・・・さっきから運命、運命言いますけど

 いったいなんの運命ですか、砂浜に針を投げて刺さった砂粒が僕ですか?

 雷に打たれた直後に頭に隕石が落ちてくるような確率な気がしないでもないんですけど・・・

 なんで、なんで僕なんですかね

 異世界転生物の読み物好きな人でくくったって、もっと好きな人もいるでしょうし

 最近は年齢層も多種多様化してますけど、もう少し面白みがある人いると思うんですよね


『あー、運命って言葉便利なんですけど、聞いちゃいます?理由・・・きっと後悔しますよ?』


 一瞬迷ったが、どうせ知りたいという欲求はいずれ決壊するだろう

 立ち止まるより、先に進むことだ

 現状を最短で収束して終わらせるには、僕も進む必要があるに違いない

 だって、読み物がそうだから、もうそういう事に頼るしかないじゃないか


「聞きます」


 告げる事実の重さに僕が耐えられないと予測したのだろうか

 逆に女神様が緊張した様子になった


 なにか前世にでも彼方の宇宙との因縁でもあるのか

 転生とか転移とか

 宇宙の初期化が起こる可能性があったのであれば安全弁の役割として前もってこちらに退避させておいたなにかかもしれないし、そうであれば、家族が家族でなかったり、そもそも記憶が偽りで、人間ですら無いかもしれない

 そういった重たい運命かもしれないし

 まったく、本当に砂浜に投げた針にあたった運の無い偶然かもしれない

 どちらにせよ、きっと呻きたくなるような気分になるに違いないな


 すみません、考えるこむと辛くなるので、せかして悪いですけれど

 教えてください


 覚悟が出来たと言えばそんな準備は出来ていないけれど、自分の思考で心をすり減らすくらいなら、女神様から告げられる真実と向き合おう

 その為に心を使おう、そう考え女神様を促した


 女神様は思考を読み取ったのだろう

 まっすぐこちらを向いて言った


「魔王と似ていたのです」


 魔王と?あんな超絶イケメンと僕は似ていない、間違いない

 ならば何が?

 次の言葉は思い切り目を逸らして言い放った


「その、名前が似ていてですね・・・魔王の名はシグルスといってですね、その貴方の名前と似てたから・・・異世界の勇者と名前被るのどうかなって思ったんですけど、逆に新しいかなって、人間サイドでも一波乱起きそうかなって・・・えへへっ」


 佐藤士久琉栖(シグルス)


 北欧神話大好きな両親が周囲に内緒で名付けた名前だ

 キラキラネームなんて今時珍しくもない

 だから、画数が多くて名前を書くときにうんざりするくらいで、今日まで両親を恨んだことなんて一度もなかったが


 眩暈がした


 名前が似ていたのなら国外の方のほうが


「わたし、日本推しなんで、えへへっ」

 なぜ日本推しなのかという独り語りがべらべらと語られる中、眩暈が止まらない


 いっそ、気を失ってしまいたかった


 完全に女神様の匙加減で選ばれてしまったらしい

 話の落ちはついた

 もう、粛々と同棲ルートとやらをこなそう

 死んだ魚と同じ目をした僕の顔を女神様はしばらく見ようとはしなかった


「い、良い名前だと思いますよっ」


 うっさいわ!!!


 こんな時にもご近所迷惑を考えてしまう純日本人な僕は思考で盛大にツッコミを入れた


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