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正体  作者: ナツメグ
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1章 はじまり

第1章 はじまり

 鳥の鳴き声と寒さで目を覚ますと目の前にはコンクリートの壁があった。よく分からず、見上げるとシルバーの手すりが付いており、どうやら、私の住んでいるアパートの玄関前のようだった。昨日、飲み過ぎたのかまだ頭はボーっとしており、状況が理解できない。朝日は昇っておらず、暗かったが新聞の配達員のバイクや早朝からの仕事であろうか車の走行音がうっすらと聞こえる。また、それとは別にパトカーだろうか、サイレンを鳴らして走行している。鳥のさえずりやバイクと車の走行音と違い、サイレンの音は大きく、耳に響いてくる。悪い事をしていなくても逃げたくなるような音だ。

寒いと感じていたが、なぜか上半身は裸である。季節はまだ春先で早朝はかなり冷え込むため、家にいるときは未だに暖房を使用していた。家に入ろうとするも、鍵が見当たらない。鍵だけでなくカバンも携帯もメガネもない。昨日、持って出たはずの所持品(衣服も含めて)で、持ち帰れたのはズボン、パンツ、靴のみである。これまでにもお酒は何度もやめようと試みてきたが、今回ばかりは本当にやめた方がよさそうだ。いつか本当に問題を起こしてしまうかもしれない。

なぜだろうか、こんなとき、鍵が開いていないことを理解しているのにも関わらず、何度もドアノブを引いてしまう。鍵を隠していないのにガスメーターボックスや玄関ポストの中を探してしまう。絶対にありえない一縷の望みを託してしまう。

どうしようもなく少し途方に暮れていたが、眠気がかなり強かったので玄関に置いていた傘のビニールを骨組から剥がし、それにくるまって眠ろうと試みた。しかし、一度目覚めた寒さはそう簡単には消えない。そこで、ガスメーターのボックス内に入り込もうと試みた。何とか入れたが、足が全く入らない。これでは扉が閉められないので寒さは防げない。そうこうしているうちに少し明るくなってきた。

目が覚めてからどのくらいたったのだろうか。体を動かしていたこともあり、少しではあるが頭がすっきりしている。頭が働くにつれて、このまま朝になり他の人の生活が始まると身動きが取れなくなると焦り始めた。上半身裸で活動するのはどう考えても変人であり、このままでは通報されかねない。

選択肢は3つである。1つ目は交番に助けを求める。しかし、引っ越してきたばかりで、交番の正確な場所が分からない。。。こんな時に携帯のありがたさをしみじみと感じる。2つ目はコンビニへ行き、事情を説明して電話を借りる。幸い、徒歩5分くらいのところにコンビニがある。3つ目はこのアパートの他の住民に携帯を借りる。もちろん、知り合いや顔見しりは居ない。上半身裸の男が早朝にインターホンを鳴らした場合、出てくれる可能性はかなり低いが、移動距離はほとんどないので無駄にフラフラして通報されるリスクは少ない。

そこで、まずはアパートの人に助けを求め、それがダメな場合はコンビニに行くことに決めた。私の住むアパートは2階建ての計12室、私の部屋は角部屋である。チャンスは11回、まずは隣のインターホンを鳴らす。「ピンポーン、・・・・」、誰も出てくる気配はない。もう一度、「ピンポーン、・・・・」、やはり誰も出てこない。仕方がないので、さらに隣部屋へと順にインターホンを鳴らしていく。こんなにインターホンを鳴らしたのは小学校くらいのときに流行っていた“ピンポンダッシュ”をした以来だなと思いながらインターホンを鳴らしていく。2階は全滅。望みを1階に残し、階段を降りる。道路には犬の散歩をしている人がおり、そろそろ少しやばいなと焦りをつのらせる。残りのチャンスは6回、まず1室目、「ピンポーン・・・・」やはり、誰も出てくれない。仕方がないと思い、次の部屋へ。次の部屋のインターホンを鳴らそうとしたとき、先ほどの部屋の扉が開いた。

「(101号室の住民)どうされましたか。」、私より年下であろうか、20歳後半くらいの男性だった。

「(私)すいません、携帯を貸してはいただけないでしょうか。実は朝、目が覚めたら上半身裸で玄関の前で寝てまして。私は206の滝澤と申します。」

「(101号室の住民)はー、それは大変でしたね。ちょっと待っててください。」、そういうと男性は一度部屋の中へ戻っていった。

助かったと内心で思いながら男性を待っていると、男性はすぐに携帯を手に持って戻ってきてくれた。

「(私)ありがとうございます。助かりました。」

「(101号室の住民)ところでどこに電話するんですか。」

「(私)鍵のレスキューに連絡しようと思っています。」

「(101号室の住民)あー、なるほどですね。」

私は借りた携帯を使って検索した。多くの鍵のレスキューがヒットしたが、早朝にやっているところはほとんどなさそうだ。今からでもすぐに対応してくれそうなところが1件あり、電話をしてみた。

「(私)もしもし、鍵を無くしてしまい、家に入れなくて困ってて。なるべく早く対応して頂きたいのですが。」

「(鍵のレスキュー)住所はどちらでしょうか。」

「(私)○○市○○区○○です。」

「(鍵のレスキュー)あー、市内でしたら30分ほどで到着できますよ。金額は・・・」と金額等の話になったので、

「(私)お金関係は大丈夫なので、すいませんが、急ぎでお願いします。」

「(鍵のレスキュー)分かりました。それでは住所の確認ですが、○○市○○区○○ですね。後、お名前とご連絡先はこちらの携帯電話でよろしいでしょうか。」

「(私)住所は大丈夫です。名前は滝澤と申します。連絡先は・・・」

「(101号室の住民)大丈夫ですよ。」、横で電話の内容を聞いていてくれたのか、連絡先として使って大丈夫とのことだった。

「(私)連絡先も大丈夫です。」、そう言って電話を切った。

「(101号室の住民)とりあえず、良かったですね。どれくらいで到着されるのですか。」

「(私)30分くらいだそうです。本当にありがとうございました。」

「(101号室の住民)今日は特に予定もないので、30分付き合いますよ。」、そういうと男性は鍵のレスキューが到着するまでの間、話相手になってくれた。

男性も仕事で最近引っ越してきたばかりとのことだった。ただ、私と違い、男性はこの地が出身県のため、知り合いもたくさん近くにいるとのことだった。私は、全国転勤で右も左も分からないこの土地に来ていたので、知り合いは仕事関係の人しかいなかった。

話をしていると、2階の住民がゴミ袋をもって階段を降りてきた。私がインターホンを鳴らしたことを知っているのか知らないのか、分からなかったが、相手もかなり気まずかったのか、目は合わなかった。

そうこうしていると鍵のレスキューが到着した。

「(鍵のレスキュー)お待たせしました。滝澤様ですか。」、20代半ばくらいの体格の良い男性が車から降りてきた。

「(私)はい。ありがとうございます。部屋なんですが、2階の奥になります。」と上半身裸の私が伝えると、

「(鍵のレスキュー)えっと、はい。服はどうされたんですか。」と少し、笑いをこらえているが、こらえきれないようで、半笑いで言った

「(私)朝起きたらこれ(上半身裸)だったんですよ。」

「(鍵のレスキュー)え、あ、はい。それは大変ですね。」と状況をあまり理解できていないようだ。

101号室の方へ再度、お礼を伝え、レスキューの方と部屋へ向かった。

これが逆の立場だったら私も同じような反応をするだろうと思っていると、

「(鍵のレスキュー)えっと、金額が¥〇〇,〇〇〇-になります。あと、滝澤様の部屋で間違いないという証明が必要なので、身分証明証はありますでしょうか。」と仕事を続ける。

「(私)すいません。財布も今手持ちが無くて、家に入れば、保険証かマイナンバーカードとキャッシュカードがあるので、それで対応できないでしょうか」

「(鍵のレスキュー)お金はそれでも良いのですが、身分証がですね」

「(私)本当にお願いします。入れないと、まじでやばい状況なので、不審者で通報されかねません。お願いします。」

思いが伝わったのか、

「(鍵のレスキュー)分かりました。あと、鍵はこれ、もしかしてディンプルキーですか」

ディンプルキーとは鍵穴の溝が円形になっているタイプのものでピッキングがし難くなったものである。

「(私)はい。難しいですか。」

「(鍵のレスキュー)はい。正直、開けれないと思っていただいたほうが良いです。」

「(私)まじですか。何か方法はないですか。何としても入りたいんです。やっぱりガラスを割るしかないですか。」

「(鍵のレスキュー)えっと、方法は3つありまして、1つ目は覗き窓から開ける方法でこれは空くかどうか運によります。2つ目は廊下側の出窓の格子を外して、窓を割って入る方法です。ただ、ここの格子は内側から取り付けられているので外側から外せそうにありません。3つ目はベランダにはしごをかけて、窓を割って入る方法です。どうしますか。」

「(私)なら、一旦は運にかけて覗き窓からでお願いします。それが無理だったらベランダでお願いします。」

覗き窓から開ける方法とは、外側から覗き窓を壊して、特殊なL型の金物を使って、内側の鍵を無理やり開けるという方法とのことだった。ただ、これが失敗すると、ベランダからということになり、そのためには下階の方の庭を使用させて頂く必要があった。つまり、不在の場合は振り出しに戻ることを意味していた。

神に祈る想いで見ていると、3回目くらいでガチャっと鍵が開く音が聞こえた。

「(私)ありがとうございます。」、心底ホッとして部屋に入り、まずは服を着てた。そのあと、身分証とキャッシュカードを取り、玄関へ戻るとレスキューの方は覗き窓の修復作業をしているところだった。

「(鍵のレスキュー)もう少しかかるのでゆっくりしていてください。」

カバンと上着、メガネの落とし物が届いていないか警察に確認しようと思い、電話をした。仕事用の携帯は家においていたので、助かった。

「(私)もしもし、落とし物をして、届いていないか確認をして頂きたいのですが。。。」

「(警察官)えー、どのようなものになりますか。あと、いつどのあたりで落とされましたか。」

「(私)カバンと上着、メガネです。昨日落としました。場所は飲んでいたので記憶が曖昧で、繁華街のどこかだと思います。」

「(警察官)ちょっと待ってくださいね。えーと、カバンの落とし物なら1つ届いていますね。上着とメガネはありません。カバンの確認ですが、どのような色ですか。また、中に何か身分を証明するものを入れていますか。」

「(私)色はネイビーです。私のカバンであれば、中に財布が入っていると思うので、そこに身分証があると思います。」

「(警察官)財布は・・・、ありますね。お名前と生年月日を教えて頂けますか。」

「(私)はい。滝澤弘樹たきざわ ひろきです。生年月日は1990年3月12日です。」

「(警察官)はい。確かに届いていますね。いつ取りに来られますか。」

「(私)ありがとうございます。助かりました。今から取りに行きます。ありがとうございました。」、良い人もいるもんだなと思い、電話を切り、玄関に戻ると、ちょうど覗き窓の補修も終わったようだった。

「(鍵のレスキュー)終わりました。」

「(私)ありがとうございました。」と感謝を伝え、身分証を提示する。合鍵で鍵を掛け、清算をするためにコンビニへ、鍵のレスキューの方に連れて行ってもらう。

「(私)ちょっとまっててください。すぐにお金下ろして、崩してきます。」そういい、コンビニへ入る。手慣れた手つきでATMを操作し、お金を下ろし、朝食用の弁当と濃いめのハイボール500mlを3本購入する。車に戻り、鍵のレスキューの方に清算を済ませると、アパートまで送ってもらった。

道中、「(鍵のレスキュー)また、飲まれるんですか。」少し呆れたような表情で言った。

「(私)今日は休みなので。」

アパートに戻ると、101号室の男性が居た。

「(101号室の住民)大丈夫でしたか。」

「(私)はい。おかげさまで無事に何とかなりました。本当にありがとうございました。あ、あとカバンが警察に届いていました。」

「(101号室の住民)全然大丈夫ですよ。本当に良かったですね。よかったら、警察署まで車で送りましょうか。」

「(私)いえ、大丈夫です。もうすでにかなりお世話になってるので、あとは自分でなんとかします。いやー、本当に助かりました。」

「(101号室の住民)そうですか。分かりました。また、何かありましたら声かけてくださいね。」

「(私)はい、ありがとうございました。」

お礼を告げて、部屋へ戻り、とりあえずベッドの横に座る。疲れた。外で寝ていたせいかあまり寝た気がしない。実際、どのくらい寝ていたのだろう。

暖房が付いていないのでフローリングに体の熱が奪われ、フローリングの冷たさを感じる。

立ち上がってリビングに移動し、先ほど購入した弁当とハイボールを机に置き、テレビを付けた。時間を見ると、8時30分だった。朝のニュース番組を見ながら、弁当を食べる。弁当は温めていなかったので少し冷えていたが、空腹のためかそれでもとても美味に感じた。ニュースでは昨日の出来事が放送されている。速報で殺人事件のニュースが流れた。かなり近所で起こったようだ。ニュースによると、殺人現場は繁華街のS公園で犯人はまだ捕まっていないとのことだ。目撃者はおらず、昨晩におこったことのため、情報がまだ全然集まっていないようだった。最近、繁華街には外国人も多く、少し治安が悪そうに感じていたが、殺人事件が起こると少し、怖くなる。昨日、私も近くの店でお酒を飲んでいたはずなのだから。

ニュースは速報であったため、すぐに次のニュースに映った。U動物園でシロクマの赤ん坊が生まれたそうだ。急にほのぼのとしたニュースに変わる報道を見て、やっぱり日本はまだまだ平和なんだろうと思い、残っていたハイボールを飲み干した。







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