MMOの世界に転生したのだが、即死スキルが足を引っ張る
ああ、何て最悪な日だ。
目の前のゴブリンの首を、豪快に斬り落としながら、私は思った。
手に握る短刀に映る月がやたらと綺麗だった。
こんな綺麗な月は、好きな人と見れたのなら、それは何て素晴らしいことかと思う。
「何て、特定の誰もいない私が思っても滑稽だ」
視界の端に映るHPバーが真っ赤に染まっていることに気付くと、私はすぐにHP回復ポーションを飲む。この真っ赤なHPバーにもいい加減慣れてきたところだが、体を蝕む痛みについてはまだ慣れていないが。
本当に貧弱なステータスだ。このゲームを始めた時から何故かずっとこうなのだ。
ファンタジーアースオンラインというゲーム。でも今はゲームではない。
神の御業か、誰かの陰謀か、定かではないが、私たちプレイヤー約五千万人は揃ってこのゲームと同じ姿の異世界へやって来たのだ。
キリエ。
それが私のプレイヤー名である。
黒い髪に赤い目。
ファンタジーアースオンラインというゲームは現実の見た目そのままで入り込むので、目の色以外は全て私のパーツで構成されている。
私は現在レベル20。絶賛レベル上げの真っ只中である。今のこの世界にいるプレイヤーの最大レベルは50。この異世界においてもゲーム的な部分は変わらないらしく、私達プレイヤーはレベル上げに没頭したり、未知のダンジョンを目指して冒険したりしている。
だがそれもこの世界からの脱出の手立てが、見当たらないという現実を直視しない為のものなのかもしれなかった。
《王都アウローラ》。ファンタジーアースオンライン最大の街は、この異世界でも健在だ。ほとんどのプレイヤーはこの王都を根城にしていて、人間そのものと言える感情を持ったNPCといびつな共存をしていた。
「クエスト完了です! キリエさん。いつもいつもご苦労様です!」
アウローラの酒場はプレイヤーのたまり場だ。特にゲームそのもののシナリオの存在しないファンタジーアースオンラインにおいては、プレイヤーの目的の大半がこのクエストの攻略にある。素材採集や討伐依頼みたいなおつかいのようなものから、少し頭を使うようなものまで様々だ。私が今やって来たのは近隣の森にいるスライム10匹の討伐。10Cだ。Cとはお金の単位である。何とも世紀末間のある通貨だ。
「こっちこそ。いつもありがとうクラレンス。とても助かってるよ」
「……! このクラレンス。感激です!! ありがとうございます。キリエさん」
黒髪の酒場の受付員。NPCのクラレンスだ。どうやら彼女、故郷から遠く離れたこの街まで出稼ぎで来ているらしく、実家にいる家族に毎週仕送りをしているのだとか。そんなエピソードはゲーム時代には存在していなかったのだが、これも異世界化の影響だろう。どこかのプレイヤーがNPCに武器を向けたら、怯えられて逃げられたという話を聞いたことがあった。そんな挙動、クエストでもない限り、NPCは絶対にしない。彼らにも生命があるのだとそう私は思う。
「別にさん付けしなくてもいいよ」
さん付けされると、何だかこそばゆいのだ。別に私は尊敬される様な人間ではない。敬語で話しかけられるのも、本当は嫌なのだが、まあそれはそれ。知り合いでもない、コンビニの店員が慣れ慣れしいと考えると、クラレンスの敬語をどうこう言うつもりもなくなってくるものだ。
「うーん、でもキリエって言うのはちょっと違う気がするんですよね。キリエさんは妹というより、良きお姉さんって感じですから」
「お姉さんって、私に妹はいないんだけど」
「つまり生まれながらの、天性のお姉さんってことですね! 素晴らしいです!」
「いやどこが素晴らしいんだそれ!」
「弟たちにも紹介しなくてはですね。お姉ちゃんにお姉ちゃんが出来たよって」
「意味深すぎるからやめた方がいいって」
「キリエお姉ちゃん。うん、いいですね!」
「どこが?!」
「キリエさん。三連続ナイスツッコミです。今日も冴え渡ってますね」
「はぁ……今の、冗談だったのか。クラレンスの冗談は分かりにくいんだよ」
全く、NPCがこんな風にふざけるだろうか。いやふざけるゲームもあるにはある。だがそういう意味ではなく、クラレンスは自分が楽しいからああしてふざけているのだ。ツッコミとか姉とかはさておき。
「私は帰るよ」
「はい。キリエお姉ちゃん」
「……まだ言ってるし」
「冗談ですよ。キリエさん、また明日もよろしくお願いしますね」
「うん」
私が酒場から出ようとすると、一人のプレイヤーとすれ違った。
大柄な体型で不機嫌そうな顔をした男だ。頭を除く全身を鎧で包んでいる。名前は知らない。このゲームはフレンドでもない限り、名前を知る手段は無いのだ。相手がそれなりの大物ならば噂で聞いているだろうが、生憎とそういったプレイヤーはあまり街では見かけない。
すれ違った時、何故か睨まれた。怖い。
私はこの男が纏う何か嫌な空気に覚えがあった。
一応警戒して、酒場の出口の近くにある椅子に腰かけた。
NPC狩りというものが、この異世界には存在する。それはプレイヤーがNPCを拉致したり殺害したりするものだ。NPCはプレイヤーと違い、この世界に住む生物として存在しているので、殺したりするとプレイヤーの様に復活せず、本当に死んでしまうのだ。私は異世界に来てから何度もNPCの死体を見た。だから出来る限り、私の知っているクラレンスなどは守ってあげたいと思うのだ。
街の中では戦闘禁止だから殺しは出来ない。とはいえ、拉致して街の外に出れば、話は違ってくる。
男がクラレンスの前に立つ。クラレンスは私と同じくらいの背だが、男が目の前に立つと、小さく見える。
「クエストはあるか」
「クエストですね……えっと……」
クラレンスは男の装備を見て、彼のおおよそのレベルを測る。そしてすぐに適正にあったクエストの書いた紙を持って来ていた。ああいうところはさすが元NPCだ。さっきまでのキャラであの仕事ぶりは予想できない。
だが男は不服らしい。紙を見て何か考えている。
「……」
あの鎧、動きにくそうだがゲーム時代ならともかく、異世界にいる今あんなのを装備している辺り、彼のクラスは前衛向きなのだろう。ソロかパーティか知らないが、そんな彼に勧められるクエストは一体何なのだろうか。
「……子供のお守り……だと……?!」
鎧の男がプルプルと肩を震わせている。まあそりゃそうだ。あの成りを見て、子供のお守りを選んでくるセンスが分からない。あれだろうか。お守りはお守りでも超金持ちの家族の子供で、身代金目当ての男に攫われないよう、ボディーガードしろと言う事だろうか。
「はい。お守りです。パン屋の息子さんで、10歳の女の子です」
……すっげぇハートフルなやつだった。そういうクエストはどちらかというと私の様な美少女……否、女の子に任せるべきではないだろうか。よりにもよってあんなコワモテ性悪男に任せてしまっていいのか。10歳の女の子泣くぞ。
「……コワモテな人は意外な優しさを秘めているものですよ?」
とクラレンスが私に言っている気がした。
というか言っている。結構距離離れてるぞ。
「本当にこれを俺が……?」
「はい。アッキーさんなら大丈夫です!」
あの彼、アッキーと言うのか。うん、見た目に合わず、可愛らしいアバターネームだ。面倒見はいいのかもしれない。
「……こ、こんなクエストを……俺がや、やるのか……」
ほら見ろ。どこが意外な優しさだ。肩を震わせて、顔を引きつらせて、超嫌そうだ。あれでは仕方がない。やはりその楽しそ……重要そうなクエストは私がやらなくては。10歳の女の子のお守り。……何か胸が熱くなってきた。
「……俺は……もっと……もっと……もっとキッツイのをお願いします!」
……何だろう。言っている事は合っているのに、言い方に違和感を感じる。
「キッツいのって、例えばどんなのです?」
「キッツいやつと言えばキッツいやつだ。なぜ分からない? ここの職員は馬鹿なのか?」
「バ……バカ?!」
「馬鹿ではないというのなら、俺の言いたい事ぐらい分かるはずだ。いかに君たちがNPCと言えど、いやむしろNPCだからこそ、色々なニーズに答えるべきだ。そう思わないかね?」
「え、NPC? えっと……」
男はどんどんヒートアップしていくが、周りにいる人間はプレイヤーもNPCも誰もクラレンスを助けようとしない。そしてこうして見ている私も。
こういうのは現実世界でもたまに見かけた光景だ。友達がバイトをしてるお店に招待されて行った時、近くのパチンコやで大負けでもしたのか、50代くらいのおじさんが、不機嫌そうに店に入って来た。きっと誰かに当たりたかったのだろうその人は、丁度その時レジをやってる友達に、強く当たった。友達は最初は他の人を呼びに行こうとしたり、どうにか機嫌をとろうとしていたのだけど、他の店員は店長も含めて、友達を助けようとしなかった。そして最後に彼女は私に助けを求めた。「助けて」口ではなく、彼女の目がそう言っていた。なのに、私は彼女を助けなかった。怖かったのだ。
彼女を助けたら私がターゲットになるから言えなかったのだ。結局その日は、店長が呼んでいた警察が駆け付けて来て、難を逃れたのだが、それっきり私はその友達と疎遠になった。
「……」
また同じことをするのか。私は。
クラレンスは私を見ていない。彼女なりの優しさだろう。
私を巻き込むまいとしているのだ。しかし、それに甘えて何もしないのはあの男や、あのおっさんと同じということだ。今度こそ助けなければ。私は私を許せなくなってしまう。
「全く、最近のNPCは。やれモラルだ、やれ規制だ。規制だらけの社会に一体何があるのか。制限され続けた子供が夢を持てるか? 俺はそうは思わない! なあそうだろう?!」
「えっ……そ、そうですねぇ……ははは」
「ふっ、君もそう思うか。ならばこの俺と共に新しい扉を開こうではないか!」
「ええっ……私、そういうつもりで言ったんじゃ」
クラレンスは頬を赤らめて言っている。あの感じでは自分一人で切り抜けそうだ。それにあの鎧男の主張。何か違った意味がありそうだ。
「ち……違うだと?! 何と言う事だ?! 俺は、勝手に一人で舞い上がっていただけだと言うのかぁぁぁぁ」
鎧男は正しい自己認識を高らかに叫ぶ。
「お、落ち着いてください!」
「俺は落ち着いている! 至極落ち着いているのだ! どれくらい落ち着いているかと言うと、偏差値ギリギリの高校の入学試験の日の前日並みに落ち着いている!」
「それ落ち着いてるフリしてるだけじゃないですか?!」
「うるさい。俺は落ち着いているのだ。誰が何と言おうとも、俺は落ち着いているのだ。今からそれを証明してやる!」
「……え?」
と落ち着いていない様子の鎧男は、腰の裏に差しているナイフを取り出すと、それを自分の首へと突き立てようとする。
「やめてください!」
プレイヤーは死んでも生き返る。例えどんな痛みを負って死んでも、教会で何もなかったように生き返る。何度も何度も。一部のプレイヤーの中には自傷行為の代わりに死んでいる様なのもいる。あれもその一種なのだろう。それを知っているから誰も彼を止めようとはしない。クラレンス以外は。
「あ……」
飛び散る鮮血。それは鎧男の首から出たものではない。クラレンスの右手から出た血だ。
「……っ」
クラレンスは目尻に涙を浮かべる。が、それも一瞬で彼女は気丈に顔を上げると鎧男の目を正面から見据えた。鎧男は彼女から離れる。
「命は大事にしてください……」
「……くそ、こいつ……NPCの癖に……何故……」
忘れていた。私でさえ、忘れていたことだ。命を大事に。そんなとても単純な事を。
死なないからと安心しきって、自傷行為や無謀な冒険に出るのは間違っている。普通にゲームをしていたって、より安全を意識して行動するというのに。
鎧男がナイフを持つ手に力を籠める。私はそれに嫌なものを感じた。
「……」
私は地面を蹴り駆けた。その瞬間、私が習得している発動スキル《アクセルスライド》が発動し、私の体はまるで瞬間移動をしているかの如く、男の懐へと近づいた。
「こ……こいつ……」
私は鎧男の短剣を持つ腕を掴んで止めた。鎧男は驚愕している。まさか私がいたあの距離から、一瞬でここまで詰められるとは思っていなかったのだろう。
「もういいんじゃないかな」
「もう……いいだと……? 俺は」
「どうせ死なないから何をしてもいいなんて、間違っていると思わないの?」
「……っ」
「それにその子はNPCだ。あなたがバカやってその子が死んだりしたらもう、その命は戻ってこないんだよ」
「お前まで、俺を止めるのか?」
「別に私やその子の目の前でなければ自傷行為でも何でも好きにすればいいよ。あなたの自傷行為に嫌な気分になる人も多かれ少なかれいるんだという事は理解してほしいんだ」
「……。確かにお前の言う事も一理ある。俺達はこんな身とはいえ、元は普通の人間だ。だが今の俺達は死んでも死なない。そんな俺達に現実世界のルールを当てはめようとするのはそれこそ間違いではないか?」
「まあ今の今まであなたと同じ事を思っていた私が言うのも、変な話か。いいよ。それなら、好きにしたら。私を殺して君も死ねばいい」
男が私を殺すためにナイフを向ける。ファンタジーアースオンライン時代は街の中は戦闘禁止エリアだ。異世界とはいえ街で剣を振りぬこうとしたらどうなるか。
「ぬおおおおおおお」
神の審判と呼ばれるシステム。空間から現れた緑色のツタが、男の体を拘束する。ツタはどんどん締まっていき、男を捻り殺そうとする。攻撃による脱出は不可能。唯一の脱出方法が、戦意の喪失だ。
この異世界でも発揮するのか疑問だったが、どうやらあったらしい。無ければ今頃私は死んでいたところだ。
「あなたが良ければ、私は別に事を構えたりする気はないんだけど、どうする?」
「確かに。神の審判が出たら、もうどうすることも出来ないな。でもそれは俺が戦闘禁止エリアにいるからだ」
「……」
「俺はお前に決闘を申し込む!」
男が宣言すると、酒場に衝撃が舞った。決闘とは、漢字から分かる通り、決闘だ。プレイヤーとプレイヤーが戦って勝敗を競う。ランキングイベントが開かれる事もあるくらい人気のコンテンツだった。この異世界でも同様のものがあるのかは、分からなかったが、この感じではあるのだろう。
決闘はどこでもやれるのだ。本来は戦闘禁止エリアの街中でさえも、決闘というルールの上でなら、戦えるのだ。
「決闘か。正気なの?」
「俺はいつだって正気だ。そう例えば……」
「正気かと聞いたのは、そういう意味で聞いたんじゃないよ。私に殺される覚悟が出来たのかと聞いたんだ」
「……そういう意味だったか。しかしそういう意味だとしたらお前の方こそ正気なのか? 見たところ強そうには見えないが」
男の疑問は別に何もおかしなことではない。男が装備している鎧は、アイアンメイル。20レベル相当の装備で、最も強力な物だ。それに比べ、私が装備しているのは紅装束という、速度重視の防具で、防御力に関しては全く強化してくれない。おまけにレベル10相当。見た目だけで、既に私は男よりも弱いのだ。それだと言うのに強気な私に、疑問を抱くのは当然のこと。
「受けるよ。その決闘」
「何だと?!」
「意外……って雰囲気だけど、もしかして私が逃げるとでも思ったの?」
「どう見ても勝てない相手と戦うなど、お前の方こそ命を何だと思っているんだ?」
「いやだって私達死なないじゃん?」
「? さっき俺に言った事は何だったんだ?」
「私はクラレンスに迷惑をかけるのをやめろと言っただけなんだけど。それにちゃんと戦ったうえでの死は、意味が違うでしょ」
「そ……そうか……? それでいいのか?」
男は酒場の出口へと向かって歩く。
さっきまでの行動は迷惑ではないのか、と言いたいのをグッとこらえた。
「……あ、あの……キリエさん」
といつの間にか私の後ろに隠れていたクラレンスが、おずおずと頭を出した。
「ああ何かごめんね。ここで揉めたりして。手、大丈夫?」
「ああはい。それは大丈夫です。それに揉め事も日常茶飯事なのでいいのですが、いいんですか? 私の為に決闘をして」
「……何だか言葉に込められる意味合いが変わって来そうだけど……。でもいいよ。これは何というか、私の為に戦うようなものだから」
「……妹を守る為に戦うお姉ちゃんですか。見習わなくては……!」
「この状況でふざけるとか結構肝座ってるよね」
あはは、と笑うクラレンスを見て私は思う。
実は助けに入らなくてもどうにかしたのではないか、と。
「まあクラレンスはこういうタイプだよね」
私なんかに助けられなくても、彼女は自分で復帰する。だが、私の目の前で友人を侮辱されたのが目に移っただけだ。
「……?」
酒場から出た私を男は待ち構えていた。
やる気の根本的な部分は割とそがれたが、まあ別に気にはしない。
異世界に来てからの数少ない決闘に、この街に住むプレイヤーやNPCがやって来ていた。
「場が温まって来たな」
「悪趣味な人たちだな」
「ゲームだった頃は、割とこんな風だったと記憶しているぞ」
「私、初心者ですから」
酒場からカウンターを持ち出して、賭けを行っていたりする。ちなみに完全に男の方に偏っていたりする。癪だ。私だって割とやるほうなのに。
「周りのやつらはちゃんと見る目を持っているという事だな」
「圧倒的劣勢を覆す……。こっちの方がカッコいいかも」
「どこまでも余裕な奴だな、お前は。ヤバいとか思わない質か?」
「実は割と窮地を楽しむタイプなのかもしれないと、最近思うようになってきてる」
「ふっ、気に入った。お前は出来る限り惨たらしく殺して……と言いたいところだが、決闘は殺しちゃアウトだったな」
「勝利者の報酬はどうする?」
「報酬?」
「勝負をするんだから必要じゃない? 意地と意地のぶつかり合いなんだし」
「……それならば、勝利者は相手に何か一つ要求できる。というのはどうだ?」
「いいね、乗った」
お互いの同意がとれると、私達は共に10mの距離をとる。鎧男の名前が目の前に映ると同時に彼のHPバーが可視化される。名前はアッキー。クラレンスが言っていた名前は愛称では無かった様だ。更にやる気を削がれそうな名前である。そして彼が持っている武器は、大盾だ。
「俺はアッキー。大盾術士で、武器は見ての通り、大盾だ」
「私はキリエ。クラスは双剣術士、武器は双剣」
私は両手に持った短刀を構える。狙いは一つ。彼の首。大盾術士相手に、長期戦は不味い。自動回復スキルは習得しているだろうし、ステータス抜きに装備から分かる防御力も高い。だからこそ彼の急所を狙うしかない。このゲーム……異世界においてアバターには急所が設定されていて、そこを攻撃するとダメージアップや弱体効果の強制付与が約束されるのだ。ちなみにこれはモンスターにも適用される。
アッキーが何か操作をすると、私の前に『アッキーLV25から決闘を申し込まれました』というウインドウが出てくる。下のボタンの私はYESを押した。すると私とアッキーの間に10秒間のカウントダウンが始まる。それが0になると、
「決闘開始!」
システムメッセージが聞こえた。アッキーはすぐに大盾を前に構える。
「ガーディアン!」
アッキーが叫ぶと、それに呼応するかのように、彼の体が緑色のエフェクト光を放つ。あれは大盾術士が持つ発動スキルの一種だ。このゲームには二種類のスキルがあり、パラメータアップなどのパッシブスキルと、ガーディアンのような実行するタイプのアクティブスキルがある。どちらも何かしらの特殊な要因で習得する。
「攻撃を捨て、その数値を防御力にプラスするこのスキル。お前に破れるか!」
「……」
私は短刀を構えて、地面を蹴る。
「速い……!」
まるで滑る様に地面を異動する私。ギャラリーも一斉に「おおっ!」と驚きの声を上げる。
「せあ!」
短刀をアッキーに向けて振るうが、大盾に弾かれてしまう。
「……痛っ! 弾かれた!」
「正面から向かって来るだけか。次の手もない。それでよく俺と戦おうと思えたな」
アッキーが大盾を水平に構えて、私へと攻撃を行う。弾かれて体勢が崩れている私は回避が出来ず、大盾の攻撃を思いきり腹に受ける。
「ぐぅぅ……」
「俺が言えた事ではないが、命は大事にしろ」
アッキーは大盾を持つ手に力を籠め、前に置いた足を軸に、体をコマの様に回す勢いで、私を吹き飛ばした。防御力が全然無い私は、ものの見事に吹き飛ばされ、そして壁に叩きつけられた。
「ぬあっ……ぅぅ。痛ってぇぇぇ……」
視界が真っ赤だ。目のあたりが血だらけという意味ではない。HPがもう残り少ないのだ。まだ一撃しか受けていない。それも攻撃力のほとんどを防御力に変換している大盾の攻撃でだ。私の損傷具合はHPバーが見えるアッキー以外にも分かるだろう。何故ならこのゲーム、異世界に来た影響で傷付くとそれがアバターに反映されるようになっているのだ。顔に手を当てると、どうやら本当に目のあたりは血まみれみたいだった。私の余りの弱さにギャラリーとアッキーが驚いている。
「……? おかしい。いくら何でもダメージを受けすぎだ。今の俺はガーディアンによってダメージを余り与えられないはずだが……」
そう。そうなのだ、私の攻撃力と防御力は何故だか永久に1にされているのだ。これは初心者にも劣る。初心者ですら最低限のステータスは持っている。アッキーは今頃、思っているはずだ。私はこんな状態で何故、決闘に挑んだのかと。
クラレンスを助けに割って入ったのは私だ。そして今、ここで何も出来ずに彼に倒されようとしているのが私だ。
だが、それだけならば、私は戦いには望まない。私が戦うのは常に、勝機があるからだ。
「……」
私が立ち上がるのを見て、もう緑色のエフェクト光は消えているアッキーは、大盾を構える。良い判断だと思った。彼はなるほど。馬鹿だが、ちゃんとしたプレイヤーなのだ。敵を前に油断はしないタイプらしい。いや、ひょっとして、私に不信感を抱いているのかもしれない。何にせよ、いい傾向だ。
私は内心に湧き上がる感情を何とか抑え込む為にも、口を開いた。
「私はさ、実は攻撃と防御関連のステータスが滅茶苦茶低いんだよ。レベルを上げても、装備を変えても、その数値は変えられない。まるで呪いだよね」
「何……を言っているんだ。そんなスキルは聞いた事がない」
それはそうだ。だってそれは私のゲームデータに初期搭載されていた歪みだからだ。
「そしてそのステータスの代わりに私には、即死攻撃スキルを手に入れたんだ。人間、モンスター問わず、急所へ攻撃をぶち込めば一撃で相手を殺せるスキルが」
「嘘だ。……俺は知らない。そんなものは」
「嘘だ。というのなら私の攻撃を食らってみればいい。さっきあなたは自分のスキルの効果を私に話したから、私は素直に教えたつもりだけど。それを信じないというのなら、食らってみればいい。あなたが話してくれなければ、私はあなたの攻撃を必死で避けようとしただろうし、その過程で殺されていたかもしれない」
「俺は大盾術士だ。どれだけ弱い攻撃だろうと、食らうのは恥だ!」
アッキーは大盾を構える。彼は本気だ。彼は本気で私の攻撃をもう食らわないつもりなのだ。前衛で仲間の為に盾になる、大盾術士としての覚悟と教示を私は彼から感じた。
「最初の印象に比べて随分と、刎ねがいのある首になってくれてありがとう。じゃあ遠慮なくやらせてもらうよ!」
彼に心からの敬意を込め、私は両の手に持つ短刀を、投擲した。投擲スキルの類は持っていないけど、これは何度も投げた経験や技術によるものだ。
「……武器を投げただと?!」
このゲームでは落とした武器は装備から外れ消えてしまう。異世界の今も同じシステムは適用されている。装備から外れた武器は、いちいちメニュー画面から装備しなおさなければいけない。だから武器の投擲を本気で行うプレイヤーはまずいない。だが落としてから3秒以内に拾えば、何も問題は無い。正確には手から離してからか。
「何がしたいのか分からないが、食らってやるつもりはないぞ」
私が投げた短刀は2本とも、アッキーの大盾に弾かれてしまう。弾かれた勢いで、短刀は両方とも上空へと打ち上がろうとする。あの様子では落ちてくるまでに3秒以上はかかる。
「……」
だがこれがいいのだ。あの弾かれた角度が大事なのだ。
「アクセルスライド……!」
地面を蹴り、私は音速を超えて、動く。瞬間移動に近いその移動スピードで私は、アッキーに肉薄する。そして私の短刀を打ち上げたことで、少し斜めになっている盾を足場に、自分の短刀を回収する。
「速い……そして、この動きは……」
アッキーは私が何をしようとしているのか、分かったようだが。もう遅い。
私は彼の大盾を超えて、懐へと侵入しようとしている。
短刀を構える。狙いは彼の首だ。
「その首、貰っていく!」
「させるか、ガーディアン!」
アッキーの体が再び緑色の光に包まれる。彼の防御力が、攻撃力の数値をプラスした値になる。普通の剣術士の剣ならば、容易く折れてしまうだろう。だが、私の攻撃は即死攻撃だ。そこに一切のステータスは関係しない。
「ぬおおおおおおおお!」
叫ぶアッキー。その太い首へ私の短刀が襲い掛かる。
「最後まで諦めない姿勢は気に入ったよ。だから遠慮なく……死んでいきなさい」
物騒なことを言いながら、私は短刀を持つ手に力を籠めた。まるでハサミで切るかの様に、私の両の手の短刀はアッキーの首を跳ね飛ばした。首はまるで黒髭のおもちゃが飛んでいくみたいに、跳ねて、そしてぐしゃりという音を立てながら、地面に落下した。
彼のHPバーが一瞬にして消え去る。アッキーのアバターは力なくその場に倒れた。首無しで。
スキル《死を想え(メメントモリ)》。攻撃力と防御力関連のステータスが永久に1となる代わりに、急所への攻撃が即死となるスキル。
「残念だったね。あなたがいくら硬くても、私の即死攻撃は止められないみたいだ」
誰も想像だにしなかったであろう展開に、クラレンスだけが拍手をしていた。
「私はあなたを殺しちゃって反則負けだから、戦いには勝ったけど、勝負には負けた感じになっちゃったね。で、私はどうすればいい? 出来ればいかがわしいのは無しにしてほしいけど」
「……」
戦いが終わった後、私はすぐに手持ちの蘇生アイテムでアッキーを蘇生した。かなり高価だからしたくなかったけど、このまま教会まで飛ばれてもそれはそれで面倒だったのでいいかと、私は自分で納得した。
完全に死んでいた体が元に戻っている。切断した首まで。
クラレンスらNPCはこの現象を冒険者が持つ加護によるものだと認識しているようで、特に混乱している様子はない。自傷行為ならともかく、勝負による怪我や死にはそこまで敏感ではないらしい。
「確かに、俺は勝った。だがこれは勝負での話だ。実際の戦いならば明らかに負けていた」
「……」
「これは装備から、お前が弱いと思い込んでいた俺の甘さが原因だ。最も初めから本気で挑んでて勝てたかと言われると、疑問だがな。少なくとも、自傷行為で悦に浸るようでは勝てないという事だな」
アッキーが笑う。すると観戦していたNPC達やプレイヤーからも、笑ったり、戦いを称える言葉が投げかけられる。何というか、これはそう空気がいいというやつだ。でも
「そういうのは正直、どうでもいいから私がどうしたらいいかを速く教えてほしい」
「えええええええええ?!」
という声がまるで合唱の様に響く。早く帰って寝たいのだ。
ふっ、とアッキーが笑った。
「そこだ。俺はお前のその容赦のなさに惚れたのだ」
「……褒めてくれているのなら嬉しいけど、別に褒められたものじゃないでしょ」
「客観的に自分が悪と分かった上で、行動をしているタイプだな。そういうタイプは総じて判断力や行動力に優れる奴が多い」
「買いかぶり過ぎだって。まあ、判断力に優れるのは間違ってないと思うけど」
「だから、俺がお前に要求するのは一つ」
……何だろうか。この流れでいかがわしいのが来るとは思えないが、一応警戒はした。私の即死攻撃の秘密を知りたいとか言われたらどうしようか。それだけは私の最大の恥なので墓まで持ち帰りたいのだが。
「俺を、俺を……」
ごくり、と私は喉を鳴らす。何だ。彼が私に要求するのは、何なのだ。
「俺を奴隷にしてください! 女王様!」
と、アッキーは目鼻から液体を漏らしながら言った。土下座して。しかも敬語である。
「女王?!」
さっきまでのキャラはどこへ行ってしまったのか。一話の中でのキャラの変動が激しすぎる。
「……いや、何ていうか……その、嫌だ」
「そんな?! 何故?!」
「何故って、何で分からないの? いや、分かってくれないの?!」
「俺はあなたの奴隷になる為に生まれてきた。そう思ってはダメなのですか?」
「ダメだよ?! 普通に考えて」
女王様……というのがどういうものか、知らないというより分かりたくないが、要はこのアッキーと知り合いの関係になれということだろう。うん、嫌だ。
確かに彼の大盾捌きは戦力として優秀だが、それ以上に人としての部分が嫌なのだ。勝負に負けておいて、格好がつかない話だが、私は嫌なのだった。
フレンドならばまだしも、女王様だとかいう訳の分からないものにはなりたくない。
嫌だ嫌だという私を見かねてかクラレンスが、間に入った。きっと第三者意見で、もっとちゃんとしたのにする様に、彼に説得してくれるのだろうと私は期待した。
「キリエさん。約束を破るのはダメですよ。勝負には負けてしまったんですから、どんな頼みだろうと受けないと」
「な、なななな何故だぁぁぁぁ?!」
まさかクラレンスが、私を売るとは。あまり言いたくないが、人に助けてもらった自覚は彼女にはあるのだろうか。助けなければ良かったとは思わないが、そこまで積極的に助ける必要もなかったのかもしれない。
「クラレンスぅ……あなたは鬼だったの?」
「私は人間ですよ」
「クラレンス嬢もこう言っているようですし、どうですか? いっそ俺を奴隷にしてみたら。そして容赦なく罵って、暴行してくれると嬉しいです」
「ねー」
何でこの二人、こんなに仲が良いんだろうか。ひょっとして……。私の中に最悪の想像が思い浮かぶ。クラレンスは何かに気付いたようで、私を見ると微笑んだ。ぞくりと私は背筋に冷たいものが走る。
「ええ、多分。キリエさんが想像した通りです。私とアッキーさんは元から知り合いでして、彼からいい女性プレイヤーを紹介してくれと、クエストを受けまして、それでああして一芝居打ったわけです。報酬も貰ってますし。それに、大丈夫ですよ。アッキーさんは趣味はどうであれ、手を出すような人物ではありません。それにキリエさんもいい加減にパーティを組みたいと言っていたじゃないですか」
「言ったけどさぁ、でもこれは嫌だよ」
「これ……」
「そこ赤面しない! アッキーから貰った報酬はいくら?」
クラレンスが指を5本立てる。つまりそれはアッキーから渡された報酬の額のことだろうが、百だろうか千だろうか、もしくは万か? だとしても、デスペナルティで教会に多額の金銭を投入している私に、それ以上のお金を支払う余裕は無かった。
「事前に話してたとはいえ、クラレンス嬢には失礼な事をした。すまない。どうか今度踏んで下さ……」
「嫌です」
「それが普通の反応なんだよ。だから私も……」
「キリエさんは普通の人じゃないでしょ?」
「ええ?!」
「それで、どうするのですか? まさか勝負に負けておいて、条件を飲まないなんて、冒険者として、人としてどうかと思う行動をまさかキリエさんがとりませんよね?」
「……ぬぅぅぅぅぅ、何故こんな目に……」
これもあの時、友達を見捨てた罰だろうか。いや違う。これは単純に。クラレンスが真っ黒な策士だったということだ。それに彼女は知っていたはずだ。私のステータスやスキルの状況と、性格を。友人相手ということで無駄にベラベラと話してしまったのがいけなかったか。これからは人を信用しないようにしようと私は心に誓った。
「……仕方がない……か」
「つまり、俺の女王……」
「でも女王様は嫌だ。私とフレンドになって、パーティを組む。そこまでならいいよ」
「つまり姫として扱えと、そういうことですかな?」
「どういうことだ?!」
「キリエお姉ちゃんが、キリエ姫にクラスアップしました!」
「そんなクラス存在しないよね!」
ああ、なんて最悪な日だ。
ファンタジーアースオンラインが異世界になったことよりも、この世界から脱出法が分からないことや、死ねないことよりも、今日のこの出来事は一生、私の黒歴史として残るだろう。黒歴史とか一生の恥とか、多いな私。
【アッキーが仲間になった!】