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勇者として救った異世界に乙女ゲームの主人公が現れたので攻略相手とのフラグをぶち壊まくったら隠しルートが出てきた件について

作者: みあ


「元勇者、山田圭一よ。そなたは同じく異世界より現れたこの少女と婚約を認める」


目の前にはこの国の女王陛下に、隣には同じく異世界転移によりこの世界にやってきた美少女。


「…圭一さん、一緒に幸せになりましょうね」


俺の隣にいる美少女が嬉しそうに微笑む。その微笑みは、どんな美しい景色よりも綺麗だった。




――いやいや、待て待て!!何やってるの俺!?

なんで俺が彼女と婚約することになってるんだ?!俺は彼女の『攻略相手』でもないのに!!

どうしてこんなことになってしまったんだ!?落ち着け、俺。一回整理して考えてみよう!そう、こんなことになったのは元をたどれば、5年前にこの世界に来てしまったことから始まる。そう、あれは確か―――






5年前、突如異世界転移した。


よくあるトラックに引かれ、気づけば異世界に来ていた。所謂トラック転移ってやつだ。そしてまたありきたりだが、なんと俺はこの世界で勇者らしい。らしいと言うのも、たまたま通りかかった街で岩に刺さっている剣を抜いたらまさかのそれが聖剣だったという。この聖剣は選ばれし者しか抜けないというありきたりなもので、こうして俺、山田圭一は見事勇者になってしまった。


ただ聖剣をもっているものの使い方が分からず(現代において戦闘なんてものをしたことがあるわけもないから当然だが)、レベル1のくせに最強の武器だけ持っているというアンバランスな状態だった。


もちろんここで思うでしょう?どーせチート能力とかあるんでしょう?って。残念、これは最近はやりのチート系ではないんです。俺も期待したよ、チート能力。最近流行っているしさ、いきなり最強魔法をなんなく使って、「え?これ最強魔法なんですか?!初級魔法かと思ってました!」とか言ってやろうかと思っていた。だが、現実はそんなに甘くなかった。魔法がいきなり使えるはずもなく、運動神経皆無の俺には聖剣を使いこなせる訳もなく、まず聖剣を使いこなす修行の日々だった。


まぁ俺のむさい過去の話には皆さん興味がなく、早くかわいい女の子登場させろとか思っているんでしょう?

それが残念、なんと俺のこの勇者伝にはかわいい女の子は登場しないのです。そう無駄にイケメンな男しか登場しないのです。パーティーメンバー全員男。魔法系は女の子が相場でしょ?!なんで僧侶お前男なんだよ。

パーティーメンバーならまだしも、旅の途中で出会った町娘やお姫様と恋愛あると思うでしょう?ところがすっとこどっこい、パーティーメンバーが俺以外全員イケメンのため誰も俺なんか眼中にないわけさ。俺が勇者だよ!主人公だよ!と叫びたくなる気持ち分かります?そこで俺は決心した。

恋愛なんてものなどせず、ただ一心魔王を倒すことだけに全てをかけよう、と。


恋愛を捨てた俺の力は脅威なもので、命からがらなんとか魔王を倒し、この世界は救われました。チャンチャン。と、ここで終わり俺の異世界ライフも終わりかと思ったが、俺は現代に戻ることもなくなぜか異世界ライフが続いた。


あ、ここまで読んで「まだタイトル回収しないのかよ」と思ったそこのあなた!もう少し待ってください。これでも俺の5年をぎゅっとまとめてるんです!とにもかくにも、俺は魔王を倒し、存在価値を失った俺は、とりあえず魔王討伐で女王陛下から褒美として頂いた領土の領地経営を始めた。え?これもどこかで読んだことある話だって?安心してください。これは領地経営の話ではございません。


領地経営も順調にきた今日この頃、なんと俺の領地に突然制服を着た美少女が現れたのだ。

その場にいた人の話だといきなり目の前に女の子が現れたのこと。突然現れた少女に驚いた村人が領主である俺に報告してきたというわけだ。あの既視感を覚える日本人顔に、制服を着ている美少女となれば、もう分かりますよね?はい、これは異世界トリップですね。ようこそ、異世界ライフへ。


JK美少女に話を聞くと、突然この世界に来てしまったようで、一応俺が分かる情報を話すと、あっさり美少女は受け入れた。え?そんなに簡単に受け入れるもの?もっと驚いたりするものじゃない?まぁ、かく言う俺も初めてこの世界に来た時は、「これはよくある異世界トリップじゃね?!」と5秒で理解しましたよ。でも、俺の場合は異世界転生系を読み尽くしてきたからこそできる努力の賜物ってやつで、こんな美少女JKが異世界転生系を読み尽くしているとは到底思えない(それは偏見です)。


それにしても、このJKどこかで見たことある気がするんだよな。でも、俺の知り合いにこんなめちゃくそかわいいJKなんているわけないしな。

……んん?!もしかしたら今まで恋愛もしてこなかった俺に神様がくれたご褒美とか?!これから始まる異世界恋愛ライフ!!みたいな?!

なぁんて期待を膨らませるが、現実はそんなに甘くなかった。



このJK美少女こと、藤原理沙は、実に恐ろしい女だった。

彼女はめちゃくそかわいい美少女で、なおかつ、明るくて優しくて、そんでもって家庭的。まさに男が求める理想な女の子だ。見た目からタイプだった俺は性格もいい彼女にすぐに惚れた。が、こんな理想的な女の子周りの男たちが放っておくわけがない。俺の周りのイケメンたち(この世界はイケメンしかいないのかというくらいに俺の周りには圧倒的にイケメンが多い)が、次から次へと彼女を狙う。当然の如くイケメンでない俺は彼女から全く相手してもらえない。……クソォ、イケメン滅びろ。


彼女が来てからというもの見たくもない茶番劇を何度も見させられた。何度も見過ぎて見飽きたイケメンたちの壁ドンに、「彼女は俺のものだ」と言って争い出すイケメン達。ここは少女漫画の世界かよ!と叫びたくなるようなことばかり起きた。



それにしても、さっきの壁ドンは凄かったなぁ。

壁ドンからの髪についてたスコーンを取るなんて。ツッコミどころ満載だが、俺はあえて触れないからな。


………ん?待てよ。


この『壁ドンからの髪についてたスコーンを取る』このシーンどこかで見たことがあるんだよな──あ、思い出した!!


これは、やばすぎる乙女ゲームとしてネットで有名な「異世界でも恋しよっ!」の名シーンじゃねぇか!!!

この意味不明な『壁ドンからの髪についてたスコーンを取る』シーンが公開されるなりネットで話題になったが、実はストーリーはめちゃくちゃ感動するという伝説の乙女ゲーム。

確か妹もやっていた。あまりに感動しすぎて次の日学校休んでたな、あいつ。暇あれば俺に毎日語ってくる程妹はハマっていた。推しがどうとか、全人類推奨とか言って。

……って、話がそれたが、まぁここまで来たら察しのいい皆さんなら分かるでしょう。突然現れた美少女に、次々と起こる恋愛イベント。そこから導き出される答え、それはつまり──藤原理沙は、妹がやっていた乙女ゲームの「異世界でも恋しよっ!」の主人公だと言うことがね!



しかしまぁ、乙女ゲームの主人公が1人いるだけでこんなに男達はダメになるものなのか?男の俺が言うのもなんだけどさ、彼女の隣に誰が座るかだけで喧嘩するか?大の大人がだぜ?乙女ゲームのモブ達は毎日こんな思いしてたのか。正直魔王討伐よりもきつい。


この乙女ゲームの御一行様を横目に、こいつらとは関わらない様に(飛び火を防ぐため)遠くに座る。遠くからでも聞こえてくる話し声にため息が出る。無心になって今日のランチを口にするが、男共の誰かが言ったある言葉が胸に突き刺さった。


「この世界は理沙のためにある」


その一言だけ俺の中の何かが崩れた。

俺は死ぬ物狂いで戦い続けてやっと手に入れた平和はこんな訳の分からない茶番のためにじゃない。俺が救った世界だ。何が乙女ゲームだ。こんな茶番クソ喰らえ。



――そうこの日俺は誓った。俺が救った世界を乙女ゲームの舞台なんかにさせないことを。そのフラグ全てぶち壊す。



これは、俺が俺の世界を守る(フラグをぶち壊す)物語である。






この世界が乙女ゲームの世界で彼女が主人公だと気づいてから俺は今までの理不尽なアレコレに納得した。


まずその1、この世界にイケメンが多いこと(特に俺の周りにイケメンが多いこと)。


日本ではイケメンと呼ばれる人種はごくわずかで絶滅危惧種レベルなのに、こっちの世界は歩けばイケメンに必ず遭遇するレベルだった。パーティーメンバーを始め、俺の周りにイケメンが特に多かった。

そのせいなのか、俺はなぜか彼女の攻略相手と思わしき人物との接触が多い。いや、正確に言えば、攻略相手と彼女との恋愛イベントに立ち会う率が非常に高い。妹の話しか聞いていないため、だれが攻略相手かははっきり覚えていないが、いきなり目の前で壁ドンやら愛のささやきとかされたらさすがにこいつが攻略相手だということはわかる。まぁそのおかげで、俺は攻略相手との恋愛イベントをことごとく阻止することができた。俺は恋愛イベントを阻止する最強の「咳払い」を習得した。



その2、俺がまっったくモテないこと。


え?これは乙女ゲームと関係ないって?いやいや!俺仮にもこの世界を救った勇者よ?それなのに女の子から「きゃ〜!勇者さま〜!!」という黄色声を聞いたことないのよ!男たちからは尊敬の眼差しはあるけど、女の子との色恋沙汰がまっったくない!!おかげで俺はこっちの世界でも年齢=彼女いない歴を更新してしまった。



その3、俺はこの乙女ゲームの攻略相手ではないこと。


俺が攻略相手ではないことは、彼女がこの世界に来てすぐに分かった。

彼女は全く俺を見向きもしないし、何も起きなかった。本当に何も起きなかった。俺と彼女が話すことなんて業務連絡くらいで(俺がイマドキのJKと気の利いた話ができるわけがない)、 恋愛イベントなんて起きるはずもなかった。

俺はただただ周りで次々起こる恋愛イベントを気まずい思いをして見て見ぬふりをするだけだった。一応俺、この領地の領主様なんだけどね!そして、今も目の前で繰り広げている。俺、領主様なんだけどね!!



「リサ!おはよう。 今日はよく眠れた?」

「わっ!レオン!おはよう! レオンのおかげでよく寝れたよ。ありがとう!」

「どういたしまして。何かあったらいつでも頼っていいからね」

「ありがとう!レオン!!」


俺の秘書兼彼女のお世話係のレオンが後ろからそっと彼女に抱き着き、耳元で囁く。

レオンは穏やかな雰囲気を伴うイケメンで、所謂癒し系ポジだ。誰に対しても温厚で優しく皆から愛される男だ。

確かレオンは乙女ゲームの中では、異世界からやってきた彼女をそばでずっと支える人気なキャラだったはずだ。自分の世界に帰りたいと嘆く彼女を優しく抱きしめるシーンは最高らしい(妹談)。


話がそれてしまったが、今抱き着く必要あるかな?しかも俺の目の前でやる必要ある?わざわざ俺の部屋で?!

目の前の書類を破り捨てそうになる衝動をグッと抑える。レオンが何かを耳元で囁き、彼女はそれを聞いては顔を赤く染め、だんだん部屋の雰囲気がピンク色へと変わっていく。


「…コホン!」


部屋の中がピンク色に染まる前に咳払いをし、現実へと戻す。

二人はようやく俺に気づいたようで急に離れ、レオンは何か用事を思い出したようで部屋から出た。いや、とっとと仕事しろよ。俺一応お前の上司だからな。

部屋からレオンが出て行き、ようやく仕事に集中できると思ったら、まだ顔を赤く染めている彼女が部屋に残り、ボーッと突っ立っている。何をしているのだろうか。ここには彼女の男たちはいない。


「…あ、あの~藤原さん? だ、だいじょうぶ?」

「ふぇ?!あ、大丈夫です!ボーッととしちゃって…」

「あ、そ、そうなんだ。具合悪いなら医務室に行くといいよ?」


遠回しに早く出て行けと言っているのだが、彼女にはどうやら伝わらないようだった。

なんでこう主人公属性の奴らって空気読めないんだろう。

彼女はなぜか俺の近くの椅子に座り始める。何がしたいんだ。俺としては彼女が近くにいると男どもがやってきて、見たくもない茶番劇を見るはめになるからできれば離れてほしいのだが。まぁ彼女のフラグを壊すという俺の使命のためにはちょうどいいが。


「圭一さん、聞きたいことがあるのですが…」

「な、なにかな?」

「圭一さんは、どんな女性がタイプですか?」


「………は?」


予想もしない質問に手に持っていたコップを落としてしまった。ズボンが水で濡れてしまったが、そんなことどうでもよかった。


それよりも今彼女はなんて言った?俺の好みの女性のタイプ?いや、俺の聞き間違いかもしれない。レオンの好きな女性のタイプのことかもしれない。そうだよ。彼女が俺のことを聞くはずがない。うん、そうだよ。


一人脳内会議に夢中な俺に、心配そうに彼女が俺の濡れてしまったズボンを拭こうと近づいてきた。

タオルで俺の大事なところを拭こうとする前に脳内会議からログアウトし、直前で止めることができた。危ないところだった。

それよりも今は彼女の発言だ。彼女からタオルを受け取り、いたって冷静ですという顔でズボンを拭きながら聞く。


「藤原さん、いまなんて言ったかな?」

「あ、えと、圭一さんの好きな女性のタイプを教えてほしくて…」


おい、どういうことだ。俺の?レオンじゃなくて?なんでだ?なんでそんなことを聞く?もしかして誰かに頼まれたのか?でもそんなこと誰が知りたい?

いや、もしかして俺の好みのタイプを聞いて俺を笑い者にするつもりなのか?!「こいつあの顔で理想高くてウケるんですけど」とか影で言うつもりなのか?!


「な、なんでそんなこと聞くのかな?」

「え?あ、そのぉ、どうしても、知りたくて…」


彼女がモジモジしながら言う。

くそぉ、かわいいな…。もうこの際、影で「マジ童貞ウケる」とか言われてもいい。こんなかわいく言われて答えないなんて男じゃない。


「…お、おれの好みのタイプは―――」

「リサ~~!!!!」


バン!と大きな音とともに開いた扉から優雅なオーラを放つイケメンがバラの花束を持って入ってきた。


「ハワードさん!どうしたんですか?」

「…ふふ、リサに会いに来たのさ!!」


この突然花束を持って登場してきたイケメンは隣の国の王子だ。

俺が魔王討伐の報酬として戴いた領地はこの国の国境付近だ。そのためこの領地はこの国に入るための関所としての役割も担っている。この国に入国するため立ち寄った隣国の王子が偶然すれ違った彼女に一目惚れし、こうしてほぼ毎日やってくる。お前の国大丈夫かよ。


「リサ、このバラを君に。これは世界に数本しかない貴重なバラなんだ。まぁ君の方がこのバラよりも美しくかけがえのない存在だ」

「ありがとうございます!すごくきれいです!」


あ、ちなみにこのキザな男が『壁ドンからの髪についてたスコーンを取る』をやりのけた男ですよ、皆さん。まさに伝説を作った男ですよ。


ハワードはこんなキザな男だが、一番バッドエンドが多いらしい。その一つに毒入りスコーンを食べて死亡するルートがあるらしい。スコーンで始まって、スコーンで終わる。そのため、ファンからはスコーン王子と呼ばれているらしい。そんなスコーン王子だが、国を追われ駆け落ちするルートは涙なしにはできない感動もので、ファンの中では一番人気のルートらしい(妹談)。


まぁそんな彼が、毎日彼女に会いに来ては俺の目の前でイチャつき始める。なんで俺の前でわざわざやるのかは理解不能だが、またこの部屋がピンク色になる前に現実へと戻す。


「……コホン!!」


俺の咳払いによって、ようやく俺の存在に気づいたようで、二人は気まずそうに距離をとる。ハワードは国務があると言って、薔薇を渡してすぐに帰った。本当にお前の国大丈夫か?



やっとうるさい奴がいなくなって、これで仕事に集中できる。気合いを取り掛かろうと深呼吸すると、まだ彼女がこの部屋にいるのが見えた。

だからなんでいる?ここ俺の部屋なんだけど?そろそろ俺も自分の仕事に集中したい。いい加減出てもらおう。


「…ふ、藤原さん?そろそろ帰った方がいいんじゃない?」

「あ!すみません!わたしお邪魔ですね……」

「いや!別に邪魔という訳ではないけど…」


なんて言えば彼女はこの部屋から出ていってくれるかな?!もういっその事言おうかな?!ここ俺の部屋だって!

よし、もう言おう。ここは俺の部屋だから出ていってくれと。

立ちあがり、彼女に向かって言おうと口を開いたとき───



ガシャン!!!



突然窓ガラスが割れ、窓から二人の男の子たちが俺の部屋に入ってきた。

俺ん家の窓ガラスが?!?!


「ウィル!やった!成功だね!」

「あぁ、ヴィル!僕たちやったね!!」


二人の男の子がハイタッチをして嬉しそうな笑顔をしてる。他人の家の窓ガラス割っておいて何ハイタッチしてるんだよ?!割れた窓ガラスの修理代で頭を抱えている俺に対し、彼女は心配そうに悪ガキどもに近づいていった。


「ウィルくん?!ヴィルくん?!大丈夫?怪我はない?」

「大丈夫だよ、リサ!この程度へっちゃらだよね?ヴィル!」

「うん!この程度師匠のお仕置に比べたら痛くも痒くもないね!ウィル!」

「……そっか。2人が無事ならよかった」


……俺は全然良くないんですけどね?!

この2人の悪ガキ──ウィルとヴィルは可愛らしい容姿で母性本能くすぐらす系の見た目をしているが、如何せん中身が最悪で、常にイタズラのことしか考えていないどうしようも無い双子だ。

一卵性双生児ということで俺はこいつらの見分けがつかないが、彼女は見分けがつくようで、この双子は彼女のことを気に入っているようだ。


ちなみに、この双子は俺の元パーティメンバーの魔導士の弟子だ。それもあって、この双子は魔導士のお使いでよく俺の屋敷までやってくる。そこで彼女と出会ったという訳だ。まぁつまり、この双子も乙女ゲームの攻略相手ということだ。


「それより、ヴィル!リサにあの魔法に見せてあげようよ!」

「そうだね、ウィル!せっかくリサのために覚えた魔法だ!見せてあげよう!」



「「せーの!!!」」



おい、待て!!部屋の中で魔法?!やめろ!やめてくれ!

思わず立ち上がり止めるように言うが、双子の耳には俺の声が届かないようで、双子は演唱を続ける。

だからここは俺の部屋なんだよ!俺の部屋に何の恨みがあるんだよ?!強引に止めに入るがそれも間に合わず、俺の部屋で魔法が行われるまで3・2・1──!



ドッカーン!!!!



……もう俺は何も言わないからな。

まるでフラグを回収するかのように双子たちは部屋の中で魔法をしては失敗し、部屋の中で爆発が起きた。

ギリギリのところで俺と彼女は防御魔法で被害はなかったが(一応俺勇者だから簡単な魔法ならできる)、部屋の中は最悪だ。今日あんなに頑張っていた書類は全部黒焦げとなった。


「…ウィルくん?ヴィルくん?大丈夫?!」


俺の部屋の心配よりもこの2人の悪ガキどもを心配する彼女。

もういいからお前ら俺の部屋から出ていけよ…。

双子は彼女に心配してもらったのが嬉しいのか、「失敗しちゃった」と照れながら言う。俺は殺意しか湧かないが、妹はこのイタズラな所も可愛いとか言っていた。


ちなみに、妹の推しはこの双子の弟のヴィルらしい。

陽気でイタズラっ子に見えるヴィルだが、実は兄のウィルに合わせているだけで、実際はひねくれた腹黒キャラと言うギャップを持つキャラだ。

兄に合わせて陽気に振舞った方が楽だという理由で陽気なイタズラキャラを演じる腹黒で、それが主人公にバレ、主人公の前では素の自分を出すようになるらしいが、そこが妹は好きらしい。兄の俺は全く理解できない。


補足だが、兄のウィルは俺の元パーティメンバーでもある師匠の魔導士の後継者としての葛藤が描かれているらしい。妹が弟推しなのであまりよく詳しくは分からん。すまん。


……まぁそんなことより、この状況だよ!!窓ガラスは割れ、部屋は爆発で丸焦げ。むしろ部屋が吹っ飛ばず、丸焦げで済んだことにこの屋敷を立てた職人達を褒めたいわ!目の前の双子は彼女とわいわい楽しそうに話をしている。


「………コホン!!!」


俺の必殺技『咳払い』で彼らの視線をこちらへと戻す。

てか、俺の部屋なのになんでお前らだけの世界を作ってるんだよ?!双子はようやく今の状況に気づいたようで、俺宛に持ってきた荷物を慌てて渡しては何やら早口で言い訳を言ってはすぐに帰って行った。


「こ、これ、お師匠様からです!」

「あ、僕たちお師匠様に呼ばれているんだった!!」

「そうだった!もう僕たち帰らなきゃ!じゃあね、リサ!」

「またね!リサ!」


早々と帰っていく双子。

この部屋の有様でよく帰ったなアイツら。俺に一言も喋られせないまま出やがって。この部屋の修理代は双子の師匠に付けておこう。


それにしても、この部屋はすごいな。爆発が起きたのに部屋は吹っ飛ばされず、ただ部屋の中が黒焦げになるだけで済むなんて。この屋敷の建築を任せた業者一体何者なんだ?!今度は窓ガラスも割れない設計にしてもらおうっと。


業者に頼むリフォームのことを考えながら黒焦げになった書類を拾い集めていると、近くにいた彼女も手伝ってくれた。うぅ、ありがたいけど、正直彼女といるとまためんどくさい事になるから早く出て行って欲しい。俺の思いは全くもって伝わらず、彼女がせっせと書類を拾っていると、突然大きな音を立て扉が開いた。……ほら、やっぱりなんか起きるじゃん。もう今度は誰だよ。


「…おい!爆発音が聞こえたけど大丈夫か?!」


双子の魔法により爆発されたこの部屋を心配し、イケメンが焦った顔でやってきた。


あーやっぱり貴方様でしたか。


だから彼女と離れたかったんだよ。また何かめんどくさい事が起こるのではないかと頭を抱える俺の横を通り、イケメンは一直線に彼女の元へと向かった。


「おい!フジワラリサ!何があった?!」

「ルシウスさん?どうしてここに?」

「それは今どうでもいい!それより何があった?」

「ちょっとウィルくんとヴィルくんの魔法が暴走しちゃって……」

「あの双子どもは!!怪我はないのか?大丈夫か?!」

「私は大丈夫です!心配してくださってありがとうございます」

「べ、別に心配などしていない!!爆発なんかして今回の商談がなくなるのを心配しただけだ。 俺がフジワラリサのことなんて心配するはずがないだろ!」


……商談を心配するならまず1番に俺を心配しろよ。商談相手俺だろ。

腑に落ちないが、俺は空気が読める子なのでここは敢えて黙っておく。


このわかりやすい程のツンデレは、この国の資源である魔鉱石の発掘を担う大富豪ラジーム家の息子だ。

我々の世界で言えば、石油王の息子というわけだ。つまり、金持ちのボンボンということですね。

俺が冒険しているときにシリウスの親父さんにお世話になった。武器や防具とかの調達でね。その縁もあって、親父さんに代わってシリウスがこの屋敷に商談をしによく来るわけだ。その際に彼女と出会って……まぁ言わなくても分かると思うが、そういうわけだ。


「……フン、お前のような者がどうなろうと俺には関係がないがな」

「私はシリウスさんに何かあったら悲しいです」

「お、お前に悲しまれても嬉しくもないわ!」

「……ふふ、じゃあ、私が勝手に悲しんでますね」

「べ、べつに、勝手に悲しめなんて言ってないだろ…」


……お前の家金持ちならなんで恋愛に関しては勉強してこなかったんだよ。まるで小学生を見ているようでこっちまで恥ずかしいわ。


こんな恥ずかしい恋愛をするシリウスだが、やはりツンデレは人気ということで一番人気なキャラだ。妹が言うには、俺様ツンデレはいつの時代も供給があるとのことだ。

確かに黒髪にキリッとした目つきのシリウスは初めてゲームのパッケージを見た時一番カッコイイと思ってしまうくらいだ。パッケージにも一番大きく載ってたし、運営側も一番推しているのだろう。

妹曰く、日本人は黒髪イケメンに弱いらしい。あ、別にこれは統計を取ったわけでもないから妹の主観だからな。ご意見は受け付けておりません。


それは置いといて、シリウスはやはり一番人気のキャラということもあって、ストーリーも壮大らしい。

国すらも左右させる魔鉱石を担うだけあって、ストーリーが世界基準だ。世界を救うか彼女を救うかの究極の選択をさせられるそれはハラハラドキドキのストーリーらしい。


正直俺は妹からのオタク特有の早口による感想とネットでの情報しかないので、どの辺がハラハラドキドキなのかは全く分からないが、一番人気のキャラがこんな恋愛初心者でいいのか?こっちまでソワソワするぞ?今だってお花のエフェクトが見えるくらい喜んでいるのにお決まりの「べ、べつに喜んでない!」

なんて言ってるけど大丈夫か?これ以上は俺が耐えきれないので申し訳ないが俺の必殺技を披露させていただく。


「………コホン!!!!」


おれの必殺技『咳払い』によって、シリウスが俺の存在をようやく思い出したようで、「今日はそちらも忙しいようなので、日を改めよう」とドヤ顔で言って帰っていった。

ドヤ顔で言う必要あったか?彼女へのアピールか?

分からないが、シリウスの顔を見ず黙々と散らかった書類を拾い始めた彼女には1ミリも伝わっていないのだろう。フラグをぶち壊している俺が言うのもなんだけど、ドンマイ!!!




彼女の手伝いもあってか、ようやく部屋に散らかった書類や家具などを元に戻すことができた。

部屋の中が黒焦げなのも窓ガラスが割れたままなのも仕方がない。明日業者に来てもらおう。次は窓ガラスも割れないようにしてもらおう。


コーヒーでも飲んで一休みしようと厨房に向かうが、何故か彼女も一緒に付いてくる。

もう君の攻略相手全員出てきたから付いてこないでほしいんだけどな。まるで紹介するために次々と現れた攻略相手たち。おかげでスムーズに攻略相手を紹介することができたが、少し強引すぎないか。

(俺の脳内で)紹介するだけしたらすぐに帰って行く。確かに俺が咳払いで甘い雰囲気から断ち切ったが、それだけですぐ帰るか。もう少し頑張れよと邪魔した張本人の俺すら思ってしまうよ。


……まぁいい。おかげでこの小説を進めることができる。

この時点でキャラ紹介までしかできていないのだ。ここからは巻きで本編を進めなくてもならない。

それなのに、彼女が俺に付いてくるためまた何が乙女ゲーム的な何かが起きそうで怖い。攻略相手も一日に二度も現れないだろうが付いてこないでほしい。


俺について来ず、自分の部屋にでも行くといいよと言えたらいいのだが、俺にそんな勇気もコミュニケーション能力もない。女の子に気軽に話せるはずもない俺は黙って隣でニコニコしながら付いてくる彼女の横を歩くことしかできなかった。

2人並んで厨房へと向かうと、厨房から男女の話し声が聞こえてきた。


「……ねぇ、ホント君かわいいね?今からデートしない?」

「…し、仕事もありますし、困ります」

「えー仕事なんてサボっちゃえばいいじゃん。仕事よりも俺は君との時間の方が大切だよ」

「そ、それなら、お茶だけなら」

「ホント?!君みたいな可愛い子とお茶できるなんて俺はなんて幸運なのだろうか」


おいおい、このチャラチャラとした喋りをするこの男って──!

いや、まさかあいつがここにいるはずがない!来る時は必ず連絡してくれる。それに来週行われる武闘会の準備で忙しいと言っていた。あいつのはずがないと思う一方で、喋り声を聞けば聞くほどあいつだと確信するようになる。


急ぎ足で向かうとメイドと金髪のイケメンが楽しそうにコーヒーを飲みながら話している。他人の家のメイドをなに口説いているんだよ、お前は!メイドは俺を見るなり気まずそうにどっか行ってしまった。


「……エド!そこで何をしているんだ?!」

「おぉ!ケーイチ!久しぶりじゃん!元気―? お!それが噂のリサちゃんね!めちゃかわいいねぇ〜!」


エドの勢いに押され、彼女は少し引き気味に挨拶をした。

それもそうだ、いきなりこんなチャラ男風の挨拶をされたら誰でもそうなる。チャラ男から引き離すようにエドを引っ張りなんでここにいるのか問いただす。


「なんでお前がここにいるんだよ!」

「いや〜、ケーイチのところに異世界から可愛い女の子がやってきたって聞いたからどんな子か見に来たんだよ。たまたまこの辺に用があったからついでにね。それより、ケーイチもこんな可愛い子がいるなら早く言ってくれよ!このむっつりスケベさん!」

「むっつりスケベ?!」


このチャラ男、エドワードは元パーティメンバーだ。

エドワードはこの世界に来て最初に出会った仲間だ。俺がこっちの世界に来て訳もわからず途方に暮れている時に出会い、魔王を倒すまで共にした親友だ。一見軽薄そうに見えるが、根は真面目という女の子が好きそうなギャップを持つイケメンだ。

だが、如何せん女にダラしない。女の子を見ればすぐに口説き出す。旅の途中でしょっちゅうコイツのせいで女のトラブルに巻き込まれた。

そんな軽薄な男が今やこの世界で指折りの白薔薇騎士団の団長を務めている。騎士を目指す者の憧れの存在だ。


「ねぇねぇ、リサちゃん。今度の週末空いてる?俺とデートしない?」


こんな姿を見たら騎士を目指す者たちはショックを受けるだろう。

それにしても何しにコイツは来たのだろうか。本当にただ藤原さんに会いに来たとは思えない。まぁそれも目的の1つだったのだろうが、本当の目的はなんだ?連絡もせずに来るのだから何か急ぎの用だろう。


「……おい、エド。そろそろ何しに来たか教えろ」

「やっぱりケーイチは鋭いね。リサちゃんの顔を見たかったのも本当だけど、それと別にケーイチにお願いがあって来たんだ」

「お願い?」

「……来週行われる武闘会で八百長試合が企てられているようなんだ」

「八百長試合?!武闘会は八百長を禁止しているはずだろ?」

「その通り。我が国の伝統ある武闘会で八百長など許されるものではない」

「それに武道会はトーナメント戦だろ?八百長試合なんて無理なんじゃないのか?」

「それが今回の八百長に武闘会の運営幹部の誰かが関与しているようで、トーナメントを操作する恐れがあるんだ」

「それはまた大掛かりなことを」

「武道会は毎年闇市場で賭博が行われているからね。八百長試合をして儲けようとしているようなんだ」

「なるほど。確かに八百長試合すれば確実に儲けることができる。 ……それで俺に何をしろと?」

「ケーイチに武闘会に出て欲しいんだ。そして、優勝してほしい。どの試合で八百長が行われるか分からないが優勝までも八百長試合だったなんてことになれば我が国創立以来最悪の汚点になる」


確かに優勝までも八百長だったなんてあの女王陛下が知ればどうなる事やら。考えただけでも恐ろしい。

別に武道会に参加することはいいんだけど、俺じゃなくてもいい気がするんだよな。毎年陛下から武道会に出場するよう言われてきたが、俺の中の危険センサーが発動して一回も出場していない。出場すると面倒なことが起きそうな予感しかしないんだよなぁ。


「……なら、エドが武闘会に出ればいいんじゃないか?」

「俺は武闘会の運営側だから参加はできないんだよ。それで勇者さまの出番ってわけよ。そのうちに俺は誰が八百長試合に関与しているのか調べるからさ」


そういう事か。闇市場で大儲けした奴が八百長試合を企てた可能性が高いとすれば、武道会が始まらない限り分からないわけか。


「あ、ケーイチには身元がバレないように参加してほしいんだ。勇者が相手だとなると怖気付いちゃうかもしれないしね。まぁ武道会に出場する人はそれくらいで怖気付いてほしくはないけど、一応ね! それに元勇者がいると知って出場者が減ってしまうかもしれないしね!」


……最後のが本音だな。運営する側も大変だな。でも、まぁ身分を隠しての出場ならまだ面倒事に巻き込まる可能性は低くくなるか。それなら仕方ないか。


俺はエドに了承して、来週そちらに向かうと伝えた。

だが、ここで完全に存在を忘れていた彼女が自分も武闘会を見に行きたいと言い始めた。俺は危ないからやめろと言ったのにも関わらず、エドは面白がって彼女も来るように促す。そのせいで彼女と一緒に武闘会に行くことになってしまった。

少しは乙女ゲームのことも彼女のことも忘れて羽を伸ばせるかと思ったらこれだ。今からでも悪い予感しかしない。

どうやら神様は俺を乙女ゲームの巻き込まれモブにしたいようだ。


俺この世界を救った元勇者なんですけど!!





武道会当日。

俺の予想は見事に当たり、乙女ゲーム御一行様も来ることになってしまった。

彼女がいけないんだ。なんで皆に話しちゃうのかな?武道会を見に行くって。誰か一人だけにしておけよ。全員に言う必要ないだろ。

馬車の中でレオンと彼女が外の景色を見て何やら盛り上がっている。もはやツッコむ元気もない俺は静かに目を閉じ神に祈った。これ以上めんどくさい事にならないようにと。

だが、神はいつも俺に試練をお与えなさる。


「ちゃお〜☆リサちゃん、いらっしゃ〜い!王都ブリュッサムにようこそ!」

「エドワードさん! 今日はお招き頂いてありがとうございます」

「いえいえ! それよりこの近くに今若い女の子に人気なカフェがあるんだけど、良かったら一緒に行かない?」

「いいですね!ぜひ皆で行きましょう!」


……こいつは会ってそうそう、女の子を口説くことしかできないのかよ。しかも、皆で行きましょうとか言われてるし、ざまぁwwww

デートの誘いが伝わらず、肩を落とすエドを満面な笑みで迎える。


それにしても、さすが王都だけあって街も賑やかだ。

俺の治める領地は関所くらいしかなく、何もないのどかな場所だが、王都はThe異世界と言った街並みだ。

西洋の造りの建築物に、人々が行き交う市場やお店の数々。俺がこの世界にやってきて初めての街である。ここでエドとも出会い、そして、この国を治める女王陛下とも会った。


もう5年も前か。あれから随分経つなぁ…。


なぁんて思い出に耽っている俺の横で何やら男達が彼女を取り合って騒ぎ出した。


いい感じに思い出に耽ってたんだぞ!空気読めよ!


騒ぎの元凶を見ると、どうやら攻略相手様たちがご到着なされたそうだ。

なんでそれだけで騒ぐかな?ここは幼稚園か!というツッコミは胸にしまって、俺は先に歩き出した。

俺は今回だけは、フラグぶち壊す使命を忘れ、羽を伸ばすと決めたからだ。もう彼女とはここで別れよう。彼女といるともれなく攻略相手様たちもセットでついてくる。それは何があっても避けたい。

俺は乙女ゲーム御一行様を見て笑い転げているエドすらも置いて女王陛下がいらっしゃるお城へと向かう。後ろからエドが俺を呼ぶ声が聞こえたが、聞こえないふりをして歩き続けた。



久しぶりに来た城はいつ見ても凄かった。

日本人の俺にとって西洋の城は物珍しく、いつ来てもキョロキョロと見てしまう。

俺が観光客のようにお城見回している俺に後ろからようやくエドがやってきた──乙女ゲーム御一行様を連れて。


なんで一緒に連れて来るかな?!その辺でも散歩させておけよ!そしたら何かの恋愛イベントが起きるだろ!『初めての王都でのデート』みたいなスチルありのイベントが起きそうじゃん!何やってんだよ、お前ら!!

年齢=彼女いない歴の童貞クソ野郎の俺でも分かるぞ?!まぁ彼女の顔を見るれば分かるが、お城に興味があったのだろう。城に入るなり嬉しそうに騒いでる。

俺はお世話になった陛下への挨拶があるが、お前らは挨拶要らないだろ!これが乙女ゲーム枠ってやつ?!

……まぁいい。武道会が始まれば離れられるし、これくらいは我慢しよう。乙女ゲーム御一行様と一緒に女王陛下謁見の間へと向かう。



「ケーイチよ、久しぶりではないか。元気にしておったか?」

「はい、これも陛下のおかげでございます」

「そんな畏まらなくても良い。お前と私の仲だ。もっと力を抜け」

「ありがとうございます」


この国を治める女王陛下イザベラ様は、それはもうお美しい容姿に、全身から溢れ出す王としての品格は、いつお会いしても圧巻だ。歳を全く取らないいつまでも若々しい見た目は魔法で姿を変えているという噂だ。


イザベラ様は異世界から来た俺を快く受け入れ、ここ王都での衣食住の提供などを全面的にサポートしてくれた恩人だ。そして、今の領地を褒美として下さったのもイザベラ様だ。


ちなみに、イザベラ様はこの世界有数の魔女でもあり、俺やエドよりも強いと言われる程の実力者だ。

そのため、他の国々からは絶対に手を出してはいけない国と言われている。現にイザベラ様を怒らせて消えてしまった国もあると言う。絶対に陛下を怒らせてはいけないというのが暗黙のルールだ。

今回俺が参加する武道会はこの国を代表する伝統行事で、他の国からも人が来るほどの大きなイベントだ。そんな中、八百長試合があるなんて女王陛下に知られたら……想像するだけでも恐ろしい。


俺が挨拶をし終わると、乙女ゲーム御一行様達も挨拶を始める。

そういえば、こいつら皆すごいヤツらだったな。隣国の王子に、魔鉱石を担う大富豪ラジーム家の息子。

乙女ゲームの攻略相手ってなんでこんなにすごい人ばっかりなのに、恋愛に関するとポンコツになるのだろうか。

この世界では恋愛についても必須科目にした方がいいんじゃないか。そうこう考えているうちに、全員の挨拶が終わり、イザベラ様が彼女を興味深そうに見ていた。


「……フジワラリサか。おぬし、大層なことをやろうとしておるのう。それは鬼が出るか蛇が出るか」


……ん?イザベラ様は何を言っているのだろうか。


彼女をチラッと見ると何やら思い詰めた顔をしている。

これは所謂主人公向けてに言う意味深発言かもしれない。よくある「……なるほど、お前が」的な発言か。これが主人公対応ってやつか。


「それにしても、ケーイチはまた面白そうなことに関わっているのう。魔王討伐の次は何を始めるつもりだ?」


イザベラ様は笑いながら言うが、俺にとっては笑い事ではない。社交辞令としてニコッと笑うが、内心全然笑えない。

俺はただ平和に暮らしたいんだ。乙女ゲームとは関係なく。

そんなことを女王陛下に言える訳もなく、「あはは〜」と曖昧に濁した。俺が濁したことで陛下はそれ以上の追求はせず、武道会の話へと変わった。


「エドワード、ケーイチは今年の武道会に出るのだろう?」

「はい、陛下。 ただ、元勇者が出場するとなると出場者が減ってしまう可能性もあるので身元を隠しての出場となります。」

「そうか。元勇者がいようが出場して欲しいものだが致し方ない。良き戦いを期待しておるぞ」

「はい、陛下。誠心誠意頑張ります」




緊張の女王陛下との対面を終え、応接間で何故か乙女ゲーム御一行様とエドと一緒にお茶を飲む。

乙女ゲーム御一行様は彼女を中心に何か話しているようだが、その隣で俺はエドと武道会について話す。


「犯人特定できそうなのか?」

「いや、それがまだ分からないんだ。陛下はこの事をまだ知らないから、絶対言うなよ!いいな?! ……あ、これフリじゃないからね?!」

「分かってるよ!俺だってこんなことが陛下の耳に入ったらどうなるかくらい分かってる!そんな恐ろしい事できるか!」

「良かった。……まぁ、こっちの問題は俺がなんとかするからケーイチは武道会の事だけ心配してなって!一応ケーイチが出場することを知っているのは陛下と俺だけだからさ、その辺よろしくね!」

「武道会ねぇ…。 ちなみにどんな奴が出場するの?」

「毎年色んな国からすごい人たちが出場するんだよね!どこかの国の拳法の達人や魔法協会推奨の凄腕の魔道士とか。 あと、うちの騎士団からは出場することができないけど、あの黒薔薇騎士団から数名出場するみたいだよ。黒薔薇騎士団の奴と当たったらコテンパンにしちゃっていいからね!コテンパンに!」


笑いながら言っているが、エドの目は笑っていなかった。

エドの所属する白薔薇騎士団と黒薔薇騎士団は昔からの因縁のライバルだ。どちらもこの世界で指折りの騎士団だが、どちらが上かでいつも喧嘩している。

エドは世界で一番白薔薇騎士団が強いと言っているが、黒薔薇騎士団も中々に強い。特に黒薔薇騎士団の団長は一度会ったことがあるが、漂うオーラが常人ではなかったことは覚えている。


……まぁ、一応俺もこの世界を救った勇者ですし、それなり強いわけですから大丈夫だとは思うが、それより問題が俺たちの隣で盛り上がっているコイツらだ。

いまなんかチラッと聞こえたんだが、武道会に参加するとか言ってなかったか?いやいや、そんなことないよね。

ほら、今は武道会ってこともあって街は賑やかだし、デートでもするならちょうどいいじゃない!武道会なんか参加するんじゃなくて、デートすればいいんだよ!デートすれば!

俺は脳内会議にて、いい方向にと解釈を進めていたが、それをぶち壊す声が隣から聞こえてきた。


「え?!君たちも武道会に参加してくれるの?!」


エドの大きな声により俺の脳内での会議は幕を閉じた。俺の平和終了のお知らせ。

一人肩を落とす俺の隣でエドは嬉しそうだった。良かったじゃん。俺もう参加しなくていいんじゃないかな?


「はい。その予定です。 ケーイチ様報告遅くなってしまい申し訳ございません」

「僕たちのカッコイイとこをリサに見てもらうんだよね、ヴィル!」

「うん!優勝は僕たちだね、ウィル!」

「ハッ、お前らなんかが優勝する訳ないだろ。優勝はこの俺様だ」

「いいや、僕さ。リサに優勝という名の愛をプレゼントしよう」


……おいおい、マジかよ。武道会だけは乙女ゲームと関係なく過ごせると思ったのに!


神はどれほど俺に試練を与えれば気が済むのですか?!

いや、もしかしたら神は俺に恋愛フラグをぶち壊す使命を全うしろと言っているのかもしれない。

ならば、絶対優勝してやる!何があっても優勝して、コイツらに恥をかかせてやる!!


だんだん性格までも歪んできてしまったが、そんなこと今は気にしている場合じゃない。ここまできたらヤケクソだ!何があっても優勝してやる!

ヤケになって一人燃えている俺の横でエドはいい事思いついた!と言ってとんでもないことをぶちかました。


「みんなリサちゃんのため優勝を目指しているんだね!じゃあ、優勝した人がリサちゃんと1日デートできるってはどう?」


……はい、優勝するのやめました。絶対優勝なんかしません。わざと負けます。八百長なんてどうでもいいです。


一瞬で俺は優勝への熱意が消え去った。

盛り上がっている攻略相手たちのその隣で彼女がソワソワしながら俺をチラチラと見てくる。


……え?もしかして俺が優勝するのを嫌がっている?


確かに俺はブスだし、貴方の攻略相手たちに比べたら地味ですけど、そんなに露骨に俺を見なくてもいいんじゃないんですか?!それともなに?お前はデートの対象の中に入ってないから勝手にデートできると思って盛り上がんなよとか思ってるわけ?!別に盛り上がってないし、デートしたいなんて思ってないから!一体全体俺がなにをしたと言うんだ!


……あ、確かに今まで散々邪魔してきましたけど、そこまで嫌がらなくてもいいじゃないですか!目の前でイチャイチャされるこっちの身になって考えてくれよ!

彼女は俺と目が合うと、直ぐに目を逸らした。……チーン。童貞にその対応はあかんて。傷付くやろ。俺氏無事死亡。俺が呆気なく成仏しているところに、突然まさかの人物が現れた。


「…話は聞かせてもらったぞ! エドワード!デートなんかでは面白くない!いっそのこと婚姻でもどうだ?」

「陛下?!どうしてここに?!」

「…フッ、エドワード、面白いことがあるのにこの私が加わらない訳にはいかないだろ?」

「さ、さすが!陛下!! でも婚姻は急すぎません?」

「……ふむ。では、婚約ならどうだ?いつでも破棄することができるしのう」

「それはいいですね! どう?リサちゃん!婚約は?」


……コンビニ行く?のテンションで、婚約は?って聞くなよ。それに婚約ってそんな簡単に破棄できるもん?!デートから婚約なんて話が大きくなり過ぎだろ?!


本当にこの国大丈夫?面白いことに全力に乗りたい系が国のトップだなんて。どこの迷惑の陽キャだよ?!

彼女はいきなり婚約と言われて戸惑っていた。それはそうだ。デートがいきなり婚約だぞ?駆け出し勇者がいきなり魔王倒しに行くようなもんだ。さすがに可哀想なので口を出す。


「へ、陛下さすがに可哀想ですよ。まだ16歳やそこらの女の子に婚約なんて早すぎますよ? ここは、デートくらいにしておきましょう」

「…ムッ!それでは面白くないだろ? なら!ケーイチが優勝したら東の国の姫と婚約とはどうだ?」

「なんでそんなに婚約に拘るんですか?!」

「それがお約束だとエドワードが言っておったぞ?」


あのクソチャラ男め!余計な知識を吹き込みやがって!!

エドを見ると、『俺いいことしたっしょ?!』と言わんばかりのドヤ顔をしている。コイツは本当に面倒臭いの病原菌だな!

それに、東の国のお姫様だって可哀想だろ?!いきなり見ず知らずの男と結婚なんて!


……ん?でも、待てよ?


確か東の国のお姫様はものすごく可愛いとエドが言っていたな。

これは可愛いお嫁さんを手に入れるチャンスでは?!今のままでは俺は童貞を卒業することも恋人すらも難しい。

それに、これをきかっかけに乙女ゲーム御一行様とおさらばして、俺の最高の結婚生活を始めることができるのでは?!


……ふふふふ、これはいいぞ!!よし、婚約したいと言ってがっつくのはみっともないので、それらしい理由を言って陛下にお願いしよう。


「……では、それでいきましょう。藤原さんのように若い子に婚約は酷なので、私が優勝したら東の国のお姫様との婚約ということに致しましょう」


……よし、彼女を庇うことで周りの株を上げつつお姫様と婚約もできる!俺ってば天才じゃん!これで可愛いお姫様と結婚生活が送れるぜ!


嬉しさを顔に出さないよう真面目な顔で陛下に言えば、陛下は少しつまらなさそうな顔をしたが了承した。


よっしゃあああ!!絶対に優勝してやる!!


一人優勝へと意気込む俺だったが、どうやら神は俺を幸せにしたくないらしい。突然彼女が立ち上がり、陛下に向かって恐る恐る話し始める。


「ま、待ってください! わ、わたし!こ、この武道会で優勝した方と婚約してもいいです!」


……おいおい、何を言い出す。せっかく俺が助けてやったのにそれを全て無駄にする気か?空気読んでくれ、頼むから。


彼女の申し出を聞いた陛下が突然笑い出し、エドと何やらアイコンタクトをした後、俺を絶望へと落とす一言を言う。


「分かった。優勝した者とフジワラリサが婚約できるとしよう。 婚約に関しての手続きは私の方で全てやっておこう。良き戦いを期待しておるぞ」


そう言うと、陛下は部屋を出ていった。残された俺たちがどうなることになるか知らずに。

陛下が部屋を出た直後、今まで静かにしていた攻略相手たちが嬉しそうに喜んでいた。一人一人が自分が優勝してみせると彼女に宣言をし始める。

俺はもう付いていけず、こんなことになってしまった元凶のエドを一発殴ってから部屋を後にした。





そして、始まった波乱の武道会。

もう優勝しなくていいや。優勝した人が彼女と婚約すると言っていたが、あれは攻略相手たちに言っていたものであって俺は対象ではないことくらい分かっている。

それでも、この中優勝してしまったら俺が彼女と結婚したいと思われそうで嫌だ。

……まぁ、どうせこういうのはお決まりで攻略相手の誰かが決勝戦まで残るだろうから俺は適当に切り上げようっと。 それに、攻略相手が決勝戦に出たら決勝戦が八百長試合だったという最悪の事態は切り抜けるられる。


攻略相手が優勝して、攻略相手と彼女が上手くいくってのは腹が立つが、この際それもどうでもいいや。今までならそんなフラグぶち壊してやる!となっていたが、ここまでくるともう疲れた。早く誰かと結ばれてどっか行けよ!と思うようになってきた。むしろ彼女から解放されたいので、誰でもいいから早く婚約でもなんでもしてほしい。



俺はもう恋愛フラグをぶち壊さないと決めた。

むしろ応援する。誰でもいいから彼女を俺のいない場所へと連れて行ってほしい。これ以上面倒事には関わりたくない。余生をのんびり暮らしたい──そう意気込んで優勝は彼ら(攻略相手たち)に託した、はずだったのに。


なんでみんな一回戦で負けてるの?!?!


待て待て、何が起きた?!負ける要素あった?ここは一番好感度が高い奴が優勝する流れでしょ?!

決勝戦どころか一回戦目にして全員敗退になるとは予想もしてなかった。

なぜそうなったかトーナメント表を見ると……あ、コイツら攻略相手同士でぶつかってるわ。

ここは決勝戦にぶつかるようにしておけよ!一回戦目にぶつかるってどういうこと?!それに仮に一回戦目でぶつかったとしても攻略相手は5人いるんだから誰か一人は勝てたはずだろ。

あんなに優勝するとか言ってい意気込んでたのに、なんでだよ。勝利という名の愛をプレゼントするんじゃないのかよ。

まさかの結果に呆然と立ち尽くしていた。


……あ、もしかしてこれは八百長試合せいでトーナメントが操作されたせいなのか。クソォ、八百長企てた奴許すまじ。

しかも、攻略相手たちの試合のとき、意中の彼女は迷子になった女の子と一緒にその子の母親を探していたため試合を全く見ていなかったらしい。今までならざまぁwwwwとか思ってたけど、ここまでくるとあまりにも可哀想で、むしろ同情してしまった。


しかし、ここまで来たら俺が頑張るしかない。

とりあえず決勝戦まで進めればいい。そしたら決勝戦は八百長試合とはならない。まぁ俺が決勝戦で負けようと考えているから実質八百長試合みたいなもんだけどそこは気にしないでほしい。要は、八百長を企ててる奴の手によって優勝さえされなければそれでいいということだ。



そして、俺は順調に勝ち進み、遂に決勝戦までやってきた。

色々と省略されてもう決勝戦になってしまったが、そこは突っ込まないでほしい。

俺だって、対戦相手をワンパンで倒す俺に、会場中がアイツ何者だよ?!みたいな展開の描写を入れて欲しかったが、どうやらこの小説は俺の戦闘に一切興味がないらしい。今はチート系が主流なのに。


まぁそれは置いといて、遂に決勝戦だ。

相手は誰でも良いが、ここまで勝ち上がってくると言うことは相当腕が立つ者だろう。一応元勇者として気になるその相手は、どうやら黒薔薇騎士団の若手エースらしい。

決勝戦前に何度もエドに絶対勝ってね!と言われたが、俺は負ける気でいる。優勝なんかしたら面倒臭いことしか待っていない。

それよりエドは八百長試合を企てた犯人をとっとと捕まえてほしい。ちゃんと犯人を特定できてるのかエドに聞いても、エドは「いまちょっと色々あって…」などと言い始める。犯人捕まえなければコイツを締め上げてやる。




──様々な感情が交差する中、決勝戦の幕が上がる。


決勝戦が始まり、会場へと入場する。

俺の入場に対してそこそこの歓声が上がったのに対して、対戦相手の黒薔薇騎士団の若手エースくんには会場が湧き上がる程の歓声だった。


……おい、なんだこの差は。


しかも歓声のほとんどが女性で、カッコイイ!とか結婚して!という黄色歓声だ。ちなみ、俺には誰一人も女性からの歓声はない。これが顔の差ですか……。


確かに若手エースくんは爽やかイケメンだ。

更に、決勝戦まで勝ち上がる程の強さも持っている。モテないはずがない。しかも、わざわざ俺のところに来て握手までしてくれて、「お互い力を出し切りましょう」とか言ってくるし、なんなのお前。前世でどんだけ徳を積んだらそんな風になれるの?

俺なんて人の恋路を邪魔することを生きがいにしたクソ野郎で、今も身元を隠すため変な仮面被ってるし、戦う前からすでに俺の負けだよ。


クソォ、こういう女性からモテモテの完璧くんは嫌いなんだよ。こっちが惨めな気分になるし──それに、ぶっ倒したくなる。



俺は、年齢=彼女いない歴の童貞を長年拗らせてしまったため、こういう完璧くんを見ると完膚なきまでにぶっ潰したくなる。特に女性にチヤホヤされていると余計にね。

そのため、攻略相手たちにもひどい仕打ち(恋愛フラグをぶち壊す)をしてしまう。


人はそんな俺に対して最低だと言う。

だが、言わせてもらう!お前らはモテない童貞の気持ちを考えたことあるか?!未だに女子と喋るとき緊張してしまうんだぞ?!この気持ちがお前に分かるか?!

若手エースくんを見れば見るほど怒りが芽ばえる。きっとこいつは女に困ったことがなく、自分からいかなくても勝手に寄ってくるタイプだ。俺には一生かかっても体験できないことをこいつは数多くこなしている。

しかも、ここで優勝なんかしたら更に女の子にモテててしまう。それはぜっったいにあってはならん!!!


俺は目の前の完璧くんを見て、童貞魂に火がついてしまった。絶対負けてはならないと。





「おめでとうございます!優勝は謎の仮面さんです!!」


その声で意識が戻った。

このままだと世の中のリア充たちを撲滅するところだった。危なかった。

若手エースくんは観客席まで吹っ飛んでしまったようだ。こんな姿を見たら女子は幻滅するだろうと思ったが、会場の女子たちは若手エースくんの所まで駆け寄っていく。


なんで?!優勝したの俺だよ?!やはり顔の力は強大なようだ。


最後まで勇者とは明かさず、俺は『謎の仮面』として優勝トロフィーを受け取った。今勇者だとカミングアウトすると、女子からの非難の声が上がりそうな気がしたからだ。


俺が黒薔薇騎士団の騎士に勝ったことでエドは大喜びだった。

それに八百長試合を企ててた犯人も捕まえることができたようだ。企てた犯人はよくある悪役がやられたときに言うセリフを叫びながら連れてかれていた。

エドが決勝戦前に「いまちょっと色々あって…」などと言っていたから捕まらないのかと思っていたけど、こんなに早く捕まるとは思わなかった。

それにしても、八百長試合を企ててた奴、全然知らない男だったな。こういう時普通は小説のどこかに登場した人物なのに全く登場していないキャラだったな。こういうところ雑だな、この小説。


……まぁいいや。今は完璧くんも倒すこともできたし、エドからも感謝されるし、陛下からもお褒めのお言葉を頂けた。これ以上いい事はない。最高な気分で帰ろうとしていたとき、俺は肝心なことを忘れていた。


「圭一さん!優勝おめでとうございます!」


彼女が俺のところまで駆け寄って、お祝いの言葉をくれた。


うわ、忘れてた。優勝した人が婚約するとか陛下言ってたじゃん。攻略相手差し置いて俺が優勝することになるなんて。めちゃくちゃ気まず。いくら俺がその対象に入っていなくても、気まず過ぎるよ。


彼女に「ありがとう」とお礼を早口で伝え、用があると言って彼女から離れようとしたとき──八百長を企てた犯人が近くにいた騎士の剣を抜き取って暴れ出し、彼女へと襲いかかろうとした。


考えるより先に身体が動いた。

勝手に身体が動いて、彼女に覆い被さるように抱き寄せた。俺は勇者なんだから剣か魔法で相手を倒せばいいものの、何故かその時の俺は彼女を守るように抱きしめることしかできなかった。


彼女の悲鳴と共に背中から燃えるような痛みを感じた。背中が刺されたのだ気づいたのは刺されてから数十秒後だった。そんなことにも気づかないほど痛みによって意識が朦朧としていたようだ。勇者として冒険している時はもっと大きな怪我だってしてきたのに、ただ刺されただけで意識が遠のいていくなんて情けない。立っていることすらもできず倒れ込む。


目の前がぼんやりとしていく、意識が朦朧とする中最後に見えたのは彼女の泣き顔だった。泣かせたいわけじゃなかったのに。彼女の涙を拭うため最後の力を振り絞って腕を伸ばす。「泣かないで」そう言いたいのに言葉が出ない。彼女が何か俺に言っているようだが、もう聞こえない。

そして、だんだんと目の前が暗くなっていき、そこで俺の意識は途絶えた。







夢のようなものを見た。

俺が彼女を庇って死んでいく姿の数々を。全て違うシチュエーションなのに、その度に俺は彼女を庇うようにして死んでいった。


これは何を意味するのだろうか。

俺は彼女を庇って死んだということなのだろうか。勇者として魔王を倒した俺がその辺の知らない男に刺されて死ぬなんて、どんだけダサいんだよ、俺。

でも、彼女を助けることができたならそれはそれでカッコイイかもな。これで俺の人生終わりなら悪くないかもしれない。


だんだん眠くなってきた。さぁ寝ようか。

眠るため目を閉じると、俺を呼ぶ声が聞こえてくる。



「──ち、け─、い─さ─、けいいち、さん─!」



微かに聞こえていた声がだんだんと大きくなっていく。


この声、誰の声だっけ?聞き覚えのある声だ。

俺の睡眠を妨げようとするこの声がどこか懐かしく、愛おしく感じた。何故だか分からないが、この声の人に会わなきゃいけない──そう脳が俺に命令する。

閉じた目を開き、声の主を探しに行こうと歩き出そうと、足を上げたとき──意識が戻った。




「……っ、けい、いち…さん!」


目を覚ますと涙でボロボロの顔した彼女がいた。

どうやら俺は生きていたようだ。あのまま眠りについていたら死んでいたところ、なんとか無事生還したようだ。危なかった。


目を覚ました俺を見て、彼女の目から再び涙が溢れ出した。それ以上泣いたら脱水症状でも起こすのではないかと思うくらい彼女は泣いていた。彼女の涙を拭おうと腕を伸ばす。


「……泣かないで」


今度はちゃんと言えた。

その言葉を聞いて、彼女は泣きながら笑った。その笑顔は目を奪われるほど、美しかった。彼女の頬に触れ、顔を近づける。彼女がそっと目を閉じ、そして───



ガチャン!!!



という大きな音と共に扉が開いた。

その音と共に俺はすぐに彼女から離れた。


いま、おれ、彼女に、キス、しようとしてた?え?え?何してるんだ、俺?!


一人頭の中で葛藤しているところに、女王陛下とエドが走って駆け寄ってきた。


「ケーイチ!?生きてる?生きてる?生きてる?!」

「そんなに何回も言わなくても生きてるよ、エド」

「……ほ、ほんとに、よ゛がっだぁぁぁ!!!」


エドが泣きながら抱きついてきた。

痛いわ!抱きつくな!と言おうとしたが、俺が生きていたことに安堵して泣くエドの姿を見れば何も言えなくなる。

泣き叫ぶエドと対照的に陛下は落ち着いていた。エドに怪我人に抱きつくなと冷静に言って下さり正直有難かった。


「……無事でよかった、ケーイチ」

「ありがとうございます、陛下」

「お前を刺した者はあの後すぐ取り押さえた。今ごろは監獄塔にでもいるだろう。 それと、何があったかは聞かないが、エドワードを手伝ったのだろう。私からも礼を言わせてくれ。 ありがとう、ケーイチ」


きっと陛下は初めから気づいていたのだろう。俺がなんで今回武道会に参加したのかを。俺らが必死になって隠していたのに、陛下はずっと気づいてあえて知らないフリをしていたのだろう。

全く一枚も二枚も上手な人だ……なんて陛下に対し感銘していたのに、ちょっと待って、なにその顔?!面白いこと言うぞ!という顔をしてるよ?!

聞きたくない。聞きたくない。どうせろくな事じゃない。言う前から分かる。どうかそのまま胸に秘めててほしいという俺の切なる願いは届かなかった。


「ところで、ケーイチ、婚約についてだが……」

「ほえ?!?!」

「手続きは済ませておいたぞ。ほら、この書類。後は署名するだけだ」


陛下に渡されたのはこの国の婚約証明書だ。

婚約証明書とは、婚姻届とは違い、お互いが婚約者であるという証明書だ。

政略結婚の多いこの異世界では二重婚約が行われる可能性がある。そういったとき、婚約証明書が第三者に対抗する手段なのだ。日本でいう登記みたいなものだ。

ここで面白いのが、婚約を破棄する時は婚約証明書を破ってしまえばいいのだ。実はこの婚約証明書は魔力によって造られたもので、どちら一方が婚約証明書を破った場合、もう一方の婚約証明書も破れるのだ。

しかも、回数に制限がないのでまた婚約するときは婚約証明書を発行すればいいだけとあってこの国では手軽に婚約証明書を利用しているようだ。

ただ、ここで注意することが相手の同意なしに破ぶってしまうと、契約違反として罰金が課される。ここでどうしてか同意なしに破れた場合婚約証明書は赤色になるそうだ。

なんでも魔力の込められたこの婚約証明書には同意があったかどうか魔力によって判断できるらしい。未だにこれが何故そうなるか解明されていない。作った本人であるイザベル様だけが知っているというこの国の七不思議のひとつだ。


でも、確か婚約証明書には戸籍が必要なはず。

異世界人の俺たちに戸籍なんてないはずだ……あ、まさか俺たちのように戸籍もない異世界人の分で作ったのかよ?!なんでもありだな、この人は!


婚約証明書を受け取ったまま固まっている俺とは正反対に彼女は「どこに署名すればいいですか?」など言うほど乗り気だった。


なんで?!いくらなんでもそこまで親しくない人と婚約なんてそんなあっさりしちゃダメよ?!若い子ってこわいな!


「いやいや!待ってください、陛下! あの話はレオンたちのやる気を出すためであって私は関係のない話のはずじゃ……!」

「なぜお前だけ関係ないのだ?あそこにお前もいたはずだ」


助けを求めるためエドを見れば、何故か泣いていた。

俺の怪我に対してではなくて、俺が婚約ができることが嬉しくて。元はと言えばお前のせいなのに!

エドを睨みつけているとその横の陛下が真剣な顔つきへと変え、そして──冒頭へ


「元勇者、山田圭一よ。そなたは同じく異世界より現れたこの少女と婚約を認める」


目の前にはこの国の女王陛下に、隣には同じく異世界転移によりこの世界にやってきた美少女。


「…圭一さん、一緒に幸せになりましょうね」


俺の隣にいる美少女が嬉しそうに微笑む。その微笑みは、どんな美しい景色よりも綺麗だった。




──ようやく長い回想が終わった。

回想にしては長すぎないか?しかもこれ短編なんだからもっと省略しろよ、色々と。読んでいる人ほとんどここまで読んでないよ。途中で「長すぎだろ」って言って読むのやめちゃうよ!


いやはや、そんなことより問題は、今の状況だ。

俺の手にある書類に彼女が名前を書き出した。これは俺も書かないといけないパターン?そんなことすれば……いや、待てよ、プラスに考えよう。

ここで彼女と婚約すればこんな可愛い子と結婚できるんだぞ?こんな可愛い子と婚約なんて、俺があと人生100回やり直しても巡ってこない奇跡のようなものだ。このチャンスを逃せば一生こんな可愛い子と結婚できない。

それに、年齢=彼女いない歴のクソ童貞の汚名返上することもできる!これは──この波に乗るしかない!


俺は後のことは考えず、このチャンスを逃すわけにはいけないという思いでペンを取ったそのとき──



「ちょっと待ったぁーー!!!」



突然開いた扉からシルクハットに正装やマントを着たいかにも怪盗だと思わせるような格好をしたイケメンが入ってきた。


……え?だれ?


突然現れた全く見覚えない人物に一同が呆然とする。

今までの描写にこんな奴出てきたか?確かに全員イケメンだから顔の判断はできかねるが、こんないかにも怪盗だと言うような格好した人物は出てきていないし、怪盗に関する描写もなかったはず。

沈黙が続く部屋の中で、エドが何かを思い出したようで沈黙を破る大きな声を出す。


「ああーー!!!お前、怪盗アルフレッドだ!!」

「か、怪盗アルフレッド?」

「これ!これを見て! 決勝戦前にこんなものが届いたんだ」


そう言ってエドから渡されたカードのようなものを見ると、


『武道会で一番のお宝を盗みに行きます

By怪盗アルフレッド』


と書かれていた。


え、こんな予告状が来てたの?


それならそうと描写しとけよ!伏線回収下手くそか!

いや、待てよ、決勝戦前にエドが「いまちょっと色々あって…」とか言ってたのはこれの事か!もっと匂わせておけよ!

伏線のことしか考えていない俺にエドが説明するかのように怪盗アルフレッドについて話し出す。


「怪盗アルフレッドはここ最近世間を賑わせてる怪盗で、狙ったお宝を必ず盗み出す大泥棒。その正体は誰も知らないと言われている」

「……なるほど。説明ありがとう。 それじゃあ、なんで今の今まで忘れていたのかな?」

「そ、それは、ほら、色々なことがあったじゃん?それに、優勝トロフィーも盗まれてなかったから、イタズラかなって思って…」


……優勝トロフィーが盗まれていなかったから存在を完璧に忘れたな、コイツ。


確かにこの武道会においての一番のお宝とは優勝トロフィーと言える。

この優勝トロフィーは全て純金でできていて、かつ、優勝した者しか持っていないとして希少性が高く、売れば莫大な富が手に入ると言われている。

もしかして俺が貰ったトロフィーを盗むつもりか?!そういえば、刺されて倒れてからトロフィーどこやったか覚えてないぞ?!まさかその時に?!

でも、そしたらこんな風に怪盗自ら現れないか。もしかしてただ登場したいだけからコイツ?

うわ、そういうの一番困ります。余計に文字数増えるじゃねぇか。

不審な目で怪盗アルフレッドを見ていると、ようやく「ちょっと待ったー!」から今まで黙っていた重い口を開けた。


「……優勝トロフィーよりももっと美しいお宝がこの部屋にあるだろ?」


意味不明な発言をドヤ顔で言う怪盗アルフレッドが指をパチンと鳴らすと、手に持っていた婚約証明書が彼の手に渡っていた。


「…え?え?どうやって?!」


突然目の前から消えた書類に驚いていると、怪盗アルフレッドはペンを取り、その書類に何か書き始めた。


「……これで、フジワラリサを盗み完了」


そう言って見せた婚約証明書には、俺の欄を怪盗アルフレッドに変えて署名してあった。

ということは、つまり……彼女と怪盗アルフレッドが婚約したということか?!?!そして、武道会の一番のお宝というのは彼女のことだったのか?!


な、なんというキザな野郎なんだ。

そもそも彼女と面識がないのに、いきなり彼女を盗むとか言うコイツ変態か?軽蔑した目で怪盗アルフレッドを見ていると、聞いてもいないのに語り始めた。


「フジワラリサ、キミは武道会の中で何よりも輝いていた。迷子の女の子のために必死になって女の子の母親を探す姿はどんな宝石よりも美しかった」

「……あ!もしかしてあのとき手伝って下さったお兄さんですか?」

「そう。あのときキミを手伝ったのは俺」

「あのときはありがとうございました。おかげですぐに女の子のお母さんを見つけることができました!」

「どういたしまして。 この程度お易い御用ですよ、マイプリンセス」


そう言って、怪盗アルフレッドは彼女の手の甲にキスをした。

彼女は恥ずかしそうに照れ、怪盗アルフレッドは畳み掛けるように「そんな顔もかわいいね」などと言い始め、だんだんと部屋の中の空気がピンク色へと染まっていく。


こ、この雰囲気は、コイツもしかして攻略相手なのか?!

だが、ゲームパッケージにはコイツ載ってなかったはず。もしや、こいつは……隠しキャラか?!

それなら今回攻略相手たちを出し抜いて俺が優勝できてしまったのも納得だ。俺はコイツを登場させるためのダシにされたんだ!クソォ、童貞を弄びやがってぇ〜!!

この部屋にいる俺や陛下、エドの存在を忘れ甘い雰囲気へとなる二人。もういいから離れろよ!ここで俺は対攻略相手たち用の必殺技を披露する。


「……コホン!!!」


俺の咳払いによってようやく二人は周りが見えるようになったようだ。

怪盗アルフレッドは彼女から離れ、「今日のところはこれくらいで」とパチンと指を鳴らしながら言い、何らかの魔法を使ったのかその場から消えていなくなった。後に残された俺たちの気も知らないで。




「あはははは!! ケーイチといると本当に面白いことばかり起きるのう」


怪盗アルフレッドが消えた後、今まで黙って見てた陛下が突然笑い出した。

俺も好きでこんなことに巻き込まれている訳じゃないんだけどね?!陛下の隣にいたエドも陛下に釣られ笑い出した。


「ホント!ケーイチってば、色んなものを引き連れてくるよね!」

「……うるさい」


陛下やエドだけでなく、彼女も隣で笑い出した。

あーあ、毎日目の前でイチャイチャされるわ、変な奴が現れてきたり、面倒なことに巻き込まれるわ、ついていない事だらけだけど、それでも──



乙女ゲームの世界案外悪くないかもな



なぁんて思いながら一緒になって俺も笑った。









山田圭一は知らなかった。

藤原理沙は自分が乙女ゲームの主人公であることを知っていることを。

そして、藤原理沙が好きなのは圭一であることを。



「……まさか、あそこでアルフレッドくんが登場するなんて。もっと先で登場するはずなのに」


誰もいない廊下で理沙が一人呟く。

彼女は自分が乙女ゲーム『異世界でも恋しよっ!』のヒロイン藤原理沙であることを知っている。

なぜならば、彼女は乙女ゲーム『異世界でも恋しよっ!』の大ファンだからである。彼女は全ての攻略相手の全てのルートを網羅しており、どこで何をすればいいのか全て把握している。

今回のアルフレッドの出会いもアルフレッドと出会うためわざと迷子の女の子と一緒になって母親を探していたのだ。



彼女は自分がこの世界にやって来て彼に出会って初めてここが乙女ゲームの世界であること、自分がヒロインである藤原理沙だと悟った。そう、彼、山田圭一に。


圭一はこのゲームにおいて主人公を一番初めに見つけ、主人公を自分の屋敷に住まわせてくれる人物である。同じく異世界から来たり、元勇者であるなど設定は中々に濃いが、物語においてあまり登場してこない。

しかし、彼女はこのゲームにおいて一番圭一が好きなのである。なぜならば、圭一はどのルートでも必ず主人公を庇って死んでしまう一部ファンから絶大的な人気を持つキャラだからである。


このゲームにおいて山田圭一はどのキャラのルートでも必ず死んでしまう。むしろ、圭一が死ぬことによって物語が進んでいくのだ。

彼女は圭一が好きだった。しかし、圭一はどのルートでも必ず主人公を庇って死んでしまう。それがどうしても許せなかった。彼が死なずに幸せになる方法がないかといつも考えるほど彼女は圭一が好きだったのだ。

そんな彼女が乙女ゲームの主人公としてこの世界に転生したのだ。彼女はこれをチャンスだと思った。山田圭一を救うことができるチャンスだと。



それから彼女の行動は早かった。彼女は常に圭一に付いて回った。

死亡フラグを回避するためでもあるが、それよりも彼女は圭一の事が好きなのだ。推しのそばにずっといたい。それが彼女の願いなのだ。

そのため、圭一はいつも彼女の恋愛イベントに巻き込まれていたのだ。圭一が攻略相手と彼女の会話を咳払いをして止める度に彼女は嬉しかったのだ。そうとも知らず、圭一はいつも咳払いをして会話を止めていた。それが彼女の好感度を上げることとも知らずに。

──そして、彼女が圭一のそばについて回るようになり、展開が変わったのだ。




彼女が最初に違和感を覚えたのは、武道会に圭一が出場することになったときだ。

確かにゲームの序盤で武道会を見に行くことになるが、その際誰も出場しないのだ。ましてや圭一のようにほとんど出番のないキャラは尚更。

実際のゲームでも、エドワードが圭一の屋敷にやって来るが、その際エドワードが主人公だけを武道会に誘うだけだった。圭一は忙しいからレオンと共に武道会を見に行くことになるが、今回は圭一と共に武道会に行き、武道会にまで出場することになった。これはゲームにない展開だった。


ゲームにない展開に彼女は驚いた。

どう対応していいのか分からないである。今まではどこで誰とどうすればいいのか分かっていたが、武道会についてどう行動すればいいのか分からなかった。だが、彼女は嬉しかった。自分の行動を変えただけで展開が変わったのなら、圭一が死なずに済むかもしれない、そう思ったのだ。



そして、迎えた武道会。

まさか女王陛下イザベラ様とお会いすることになるとは思っていなかった。イザベラ様はゲームの後半に出てくるキャラクターだ。

イザベラ様を敵に回せば、世界を敵に回すことになり、イザベラ様の選択肢はかなり重要になってくる。そんなイザベラ様とこのタイミングで対面することになるとは。彼女に緊張が走った。


イザベラ様は何かもかも見透かしているかのようだった。

あの発言だって、いまの彼女がやろうとしていることが分かってて言っているかのようだった。『鬼が出るか蛇が出るか』まさに彼女のやろうとしていることはそれ程分からないものだった。


イザベラ様との対面を終え、皆と話していると、優勝した人とデートすることになってしまった。

優勝した人ということは圭一も入っているのだ。そう思うと、小っ恥ずかしくてチラチラと圭一を見てしまう。圭一がこちらの視線に気づくと目を逸らしてしまった。今の自分の顔を見て欲しくなかった。きっと自分はマヌケな顔をしているに違いない。圭一とのデートを考えて顔がニヤニヤしてしまっているのだから。


圭一とのデートを考えていると、突然イザベラ様が現れた。優勝した人は婚約をすると言って。

この展開には全ルートをクリアした自分でさえついていけない。さすがに婚約は展開が早すぎる。困っている自分に圭一が助け舟を出してくれたが、それがまさか自分ではない別の婚約になるとは思いもしなかった。優しい圭一はそれでいいと言うが、そんなの嫌だ。

イザベラ様は正直怖いが、それよりも圭一が他の人と婚約する方がもっと嫌だった。イザベラ様に勇気を出して言えば、自分との婚約にすると言ってくださった。

これでなんとか圭一が別の人と婚約しなくて済む。ホッとし、圭一を見ると圭一は複雑な顔をしていた。

もしかしたら圭一は16歳の自分が婚約することになってしまったことを気にしているのだろうか。圭一のせいではないのに。声をかけようとする前に圭一は部屋から出て行ってしまった。

圭一の優しさが嬉しかったと言えなかった。



武道会に皆が出場するのはいいものの、この武道会ではアルフレッドとの出会いもある。

ここで逃せば、隠しキャラのアルフレッドのルートに入ることはできなくなる。確かに彼女が好きなのは圭一だが、それでも大好きの作品の主人公なのだから最大限会える人には会いたい。

皆の試合を見ることができないが、アルフレッドと出会いに行かなければ。武道会の入口で迷子になっている女の子に会いに行った。


展開が変わっているが、アルフレッドとは会うことできた。ここから先どこまでがゲームのシナリオ通りかの見極めが難しそうになりそうだ。そう思っていていると、圭一が優勝した。これはゲーム上にない展開だ。

どうすればいいのか考えながら行動していると、突然、捕まっていた男が剣を振り回して自分に向かって来た。


恐怖で動けなくなった彼女をそっと何かが覆い被さるように抱き締めた。突然のことでそれが何かなのか分からなかった。圭一が自分を守るよう抱き着いたのだと理解した時には、既に遅く、圭一は刺されていた。




展開が変われば、圭一を救うことができると思っていた。死亡フラグを回避することができると思っていた。


それなのに──自分を庇うように刺されてしまった。


こんな風に刺されることはゲームの物語上なかった。

もしかしたらゲームの展開を変えてしまったからこういう形となって死亡フラグが起きてしまったのかもしれない。どのルートでも圭一が死ぬことによって物語が進む。まさかこの世界は圭一を殺して物語を進行させようとしているかもしれない。

彼女が行動を変え、展開を変えても、この世界は圭一を殺し、物語を強制的に進めようとする。この世界が圭一を殺そうとしているのだ。それでも、彼女の心は決まっている。



「……なにがあっても絶対に死なせない」



これは、彼女がこの世界から彼を救う(死亡フラグをぶち壊す)物語である。





山田圭一は知らないのだ。

この世界が山田圭一を殺そうとしていることを。

そして、藤原理沙がこの世界から山田圭一を救おうとしていることを。





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