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新米魔王と千枚舌勇者の世界征服記  作者: 長埜 恵
第6章 魔王城防衛戦
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9 染み込む泥

「無事ですか、ピィ!」


 ピィの目の前に、白銀の美しい大鷲が舞い降りる。それに続いて赤毛の大犬も現れた。


「おいおい、なんだこの匂い! あのバケモンは泥と人間どっちなんだ!?」

「……宝珠によって生み出された泥に、人間が一体化させられたものらしい。ノマンの仕業だ」

「なんという……! ところでピィ、あのアホはどこへ?」

「あのアホ……いやクレイスは、吾輩を助けてノマンに連れて行かれた」


 その言葉に、ルイモンドは驚いたように目を丸くする。だが、すぐに頷いた。


「ガルさん、どうやら今のピィは動けないようです。すいませんが、彼女を連れて先にヨロ国へと戻っていてください」

「なんでだよ。オメェが連れてきゃいいじゃねぇか」

「私はこの泥人形の弱点を調べます。そういうの、ガルさんは得手ではないでしょう」


 ああ、とガルモデは声を漏らす。


「そんじゃ頼むわ。だが、コイツからは何か嫌な匂いがする。危ねぇと思ったら深追いすんなよ」

「ええ」

「よしピィ、とりあえずヨロまで行くぞ。だーから俺は一人で城守んのは反対だったんだ」

「面目ない」


 ガルモデはピィを背負うと、扉に向けて走りだした。けれどルイモンドに斬られた泥のバケモノの上半身が、往生際悪くピィらを追う。


「行かせませんよ」


 しかしそれを集中的な風圧で押し潰し、ルイモンドは冷たい目で見下ろした。


「……思うに、あなたはノマン軍の新しい兵なのでしょう? まったく、こちらはいい加減カツカツだというのに。あなた方みたいなモノがごまんと現れたら、非常に困るんですよ」

「……」

「見た所、泥の中にはまだ人の形がありますね。人ならば、上体と下体を切り離せば死ぬ。泥ならば、散らせば無力化できる。けれど、その合いの子だというのなら……」


 ルイモンドは、一つに戻ろうとする泥に向かって翼を振るった。


「――人の体から全て泥を吹き飛ばせば、どうなるのでしょう」


 引き剥がされた泥が、まるで血飛沫のように壁に叩きつけられた。










「……そうか。クレイスはノマンを裏切って、ピィを連れて行くのをやめたのか」

「ああ。だから早く助けに行かねば、クレイスが殺されてしまう」


 少しずつ体に力が入るようになってきたピィは、ガルモデの背中の上で頭を持ち上げた。


「吾輩はアイツに命を救われた。だからノマンに殺されるなら、決して見過ごせない」

「いや、自業自得じゃねぇか? アイツのせいでピィが宝珠だってバレたし、つーか話聞く限り途中までノマンにピィを捧げる気満々だったじゃねぇか」

「手厳しい」

「……まあ、遅かれ早かれピィのことは漏れていただろうがな」


 ガルモデはピィが回復してきたと知ると、速度を上げた。


「それよか、あの泥兵器は何なんだ。人間と一体化させられてるっつったけど」

「フーボ国の宝珠から作られた泥の中に人を入れて、馴染ませたものらしい。クレイス曰く、ノマンはあれを大量に作って国を襲わせると言っていたが」

「つーことは、まだ数は揃ってねぇと見ていいのかね」

「恐らくそうだろう」

「……」


 冷たい空気を切り裂き、魔力に満ちた灰色の世界を駆けていく。ガルモデが黙り込んだのを不思議に思ったピィは、彼の顔を覗き込んだ。


「どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「……いや、俺にゃ難しいことは分かんねぇんだがな。なんかずっと嫌な予感がすんだよ」

「嫌な予感?」

「ノマンは、なんであの泥人形一体だけをクレイスに渡したんだろな」


 ガルモデは、眉間を曇らせて鼻を鳴らした。


「城を制圧するなら、数を揃えて行った方がいいに決まってる。未完成なら、下手に手の内を晒すより身内でテストした方がいい。それがどうして、中途半端に一体だけクレイスに寄越したんだ」

「……」

「なぁ、ピィ」


 ガルモデの顔が険しくなる。彼の次の一言は、ピィの胸を抉り抜いた。


「クレイスの裏切りは、本当にノマンにバレてなかったのか?」










 ルイモンドの体を、ズルズルと黒い泥が這い上ってくる。まるで、各組織に意思でもあるかのように。


「……くっ」


 それを振り払っても、また別の泥が付き纏ってくる。徐々に体を飲み込んでいく醜悪な臭いを放つそれに、ルイモンドは顔をしかめた。


(泥を、全て吹き飛ばした所までは良かった)


 しかし、なおもルイモンドは冷静に状況を分析していた。


(だが、アレは人間の体から離れるなり私の体を覆い始めた。恐らく、全て覆われると私もあのようになると考えられる)


 ルイモンドの視線の先には、さきほどまで泥の中に入っていた人間が転がっている。皮膚はドロドロに溶けており、もう外からでは性別の判断すらつかなくなっていた。


(さて、どうするか)


 黒い泥を這う部分を、痺れるような痛みが襲う。……もう、あまり時間も無いのかもしれない。

 どうする? 外に出て全速力で飛べば、自らの体についた泥は振り払えるだろう。だが、魔国にこの不気味な泥を撒き散らすわけにはいかない。

 ならば、自分諸共ここでこの泥を殺し尽くすか? ……駄目だ。自らの命を犠牲にしてまですることではない。これがノマンの持つ宝珠により生み出された泥なら、滅したとしてまた無限に作られるからだ。

 どうする。どうする。どうしたら。

 ――自分ができる、もっとも有効な方法とは。

 考えて考えて、ふとルイモンドの頭にとある者の顔が思い浮かんだ。思いつけば、それは意外なほど名案に思えた。とはいえ、あまりにも自然に“他者を頼る”思考が出てきたことに、長く孤独だった魔物は自嘲気味に笑ったものだが。

 美しい純白の大鷲が、バサリと両翼を広げる。そうして彼は、泥をその身に這わせていくのであった。

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