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新米魔王と千枚舌勇者の世界征服記  作者: 長埜 恵
第6章 魔王城防衛戦
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2 研究室

「師匠が目を覚ましたんですか!?」


 使者からの報告に、ミツミル国王子であるリータは勢いよく走り出した。しかし、すぐさまヨロ国立魔法科学局実装置研究課課長ヒダマリによって阻止される。


「行かせないぞ。君にはまだやってもらわないといけないことがあるんだ」

「うぐぐぐ……すいません、ヒダマリさん! せめて半日だけでもお見舞いに行かせてください!」

「がっつり居座る気じゃねぇか! 遠慮ってもんを知らねぇの!?」

「お前が言うと説得力無いねー」


 そんなヒダマリにツッコむのは、魔物軍兵器長ネグラだ。

 三人は今、ヨロ城深部の研究施設にいる。ネグラはヒダマリに押さえ込まれじたばたと暴れるリータを見下ろすと、恐る恐る話しかけた。


「と、とりあえず落ち着きましょう、リータ王子。あの、今行ってもまだベロウさんは体力とか戻ってないと思いますし……。せめて、もう少し待ってから行くのがいいかと」

「うっ、確かにそうですね……」

「は、はい。今は、僕らと一緒にこちらの研究を頑張りましょう」


 そう言うと、ネグラはぐるりと広い部屋を見渡した。


「……僕らに残された、ミツミル国に伝わる“力の宝珠”の片割れの」


 ガランとした部屋の中央には、いくつかの器具が取り付けられた透明な宝珠。黒い宝珠はノマンに持ち去られてしまったが、透明の宝珠はベロウが隠し持っていたのである。


「こ、こんな時だけどね。この透明な宝珠は、もっと詳しく解明すべきだと思うんだよ。だって、宝珠が二つもあるって他の国じゃ無かったし……」

「何かしらの意味があると見なすのが順当だよな。例えば、二つ揃っていないと力が発動しないとか」

「いえ、それは無いかと。以前父が宝珠の力を使うのを見た時も、黒い宝珠しか持っていませんでしたから」

「ふーむ」


 ヒダマリは、難しい顔をして宝珠に繋がれた装置をいじっている。そしてモニターに映された計測結果に、舌打ちをした。


「……ダメだ。やはり魔力の測定結果は芳しくない。この宝珠の魔力量は殆どゼロだ」

「殆どってことは、ちょっとはあるってこと?」

「そうだな。中心部から微量な魔力を感知している」

「種類は?」

「それが判断できる量にまで達してねぇんだよな。どうだ、ネグラ君。魔物の中でそういう判断ができそう奴はいないか」

「うーん……一応魔物なら誰でも魔力感知はできるけど、一番鼻が効くといったらガルモデ様かな。けどあの人は今、前線に出てるから……」

「流石にそれを呼び戻すことはできねぇな。そんじゃネグラ君、君がやってみてくれ」

「えええ!?」


 突然の指名にギクリとする。生まれてこの方、そんな魔力感知などやってみたことが無かったからだ。しかし「同じ魔物だ、いけるいける」とヒダマリにゴリ押しされては断ることもできず、ネグラはそろそろと鼻を宝珠に近づけてみる。

 スン、と一嗅ぎ。意識しないと分からないぐらいのほのかな甘い匂いが、鼻腔の奥をくすぐった。

 が、次の瞬間、意識全部を鷲掴みにされるような感覚がネグラを襲った。くらりと体が揺れ、思わずその場に膝をつく。


「ネ、ネグラ君!? 大丈夫か!?」

「ん、んんん……? な、なんかわからないけど、体が傾いた……?」

「は? なんだそりゃ」

「え、えっと……甘い匂いがしたと思ったら、なんかこう……頭の中全部、持っていかれそうになって。な、なんだこれ?」

「……類似の経験はあるか?」

「いや……特に思い当たらない」


 額に手を当てて、頭を振る。……何が起きたのだろうか。けれど自分の身に異変が起きたということだけは、はっきりと分かる。

 ということは、この宝珠もまるっきり無力というわけではないのもしれない。

 そんなネグラの反応に、ヒダマリは顎に手を当てて考えている。しばらくして、ふとリータ王子を振り返った。


「そういえば、君の国に宝珠関連の伝説は無かったか? 寝物語に聞かされたものでもいい。宝珠にまつわる話があれば、教えてほしいんだ」

「そ、そうですね……。あ、そうだ。僕がミツミルの末裔であることを証明する為の文言などどうでしょう」

「なんだそりゃ」

「宝珠の部屋に続く扉の前にて、僕の血を捧げて唱えられたものです。短いですが、二つの宝珠についての言及がなされています」

「期待できそうだな。よし、早速誦じてみてくれ」

「はい」


 ヒダマリの頼みに、美しい少年は少し緊張したようだった。けれど両の拳を握りしめ、はっきりと言葉を紡ぐ。


「――連なる血と名において、命ずる。満たされし器を解放せんことを。空虚なる器を護することを。古の力を王の手に委ね、与えたまえ」

「……満たされし器と、空虚なる器?」


 ヒダマリは、人差し指をぐにゃぐにゃと曲げて考えている。めちゃくちゃ気持ち悪い癖なのでやめた方がいいと思うのだが、何度言っても全く直る気配は無かった。


「……順当に考えるなら、魔力の塊だった黒い宝珠が満たされし器だろうけどな」

「じゃあ透明な宝珠が空虚なる器ってこと?」

「恐らく。加えて文言を丸々素直に受け取るなら、どうもこいつは守らなければならないものらしい」


 うん、とネグラは相槌を打った。


「で、守らなければならない理由は、やはり透明な宝珠に明確な用途があるからなんだろうけどな。リータ君、その辺りは伝わってないか?」

「残念ながら……」

「ふむ。なら他からアプローチする必要があるが……」


 チラッとヒダマリがネグラを見る。「何か名案は無い?」という期待の目だ。しかしそんな顔をされても、ネグラが答えを出せるわけもなく。


「……」


 じりじりと詰め寄られても、無いものを出せるわけもなく。

 だが壁際まで追い詰められたせいで長きに渡る被虐者としてのトラウマが刺激されたネグラは、防衛反応として咄嗟にあることを思い出した。


「あー、えー、あー……あ! えと、あの、さ! 本から調べる……ってのはどうかな!? ほら、以前マリリン王女が“宝珠”をキーワードにして図書館のデータベースを検索した時に、『世界五代名工の技』って本を見つけたよね。も、もしかすると、その本なら、作られた宝珠の仕組みについて書かれてるんじゃない、かな、と……!」

「それだぁっ!」

「ヒッ!」


 ギリギリまで迫られた哀れなコミュ障魔物は、ヒダマリの大声にピャッと縮こまった。だが勿論気にしないヒダマリは、遠隔音声送受信機(電話)を振り返り大声を出す。


「可愛い可愛い世界一可愛い俺の妹、マリリン! 聞こえるか!?」

『は、はいっ! お兄様、どうなされたの!?』


 すぐに返事したのは可憐な声。図書館で待機するヨロ国の姫、マリリンである。


「至急『世界五代名工の技』って本を持ってきてくれ! なおその際は女性の家臣に頼み、君は一歩も図書館から出るなよ! いいな!?」

『も、もう! いつもながら過保護が過ぎますわ! ですがお兄様、もう少し後でも構いませんか!?』

「なんだよ。大好きなお兄様以外に優先すべき事項はどこのどいつに取り付けてるんだ。言ってみろ」


 明らかに不機嫌になったシスコンに、マリリンは全く臆せずに言う。


『たった今、情報が入ってきたのです! 現在、魔王城が襲撃されていると!』

「は……!?」


 驚きのあまり、ヒダマリのみならずネグラとリータも固まる。構わずマリリンは続けた。


『ヨロ国は今、ノマン王国軍とミツミル国軍の苛烈な攻撃を受けています。けれど、同盟国である魔物軍が加勢してくれているお陰で、何とか持ち堪えている状況です……。その一方で、魔王城は魔王であるピィちゃんと僅かな魔物しかいない手薄の状態になっています。きっと、そこを狙われたのでしょう』

「……分かった、至急ガルモデ軍隊長とルイモンド参謀長に連絡する。他に敵の情報は?」

『それが……現れたのは、ノマン王国諜報大臣であるクレイス=マチェック様のみだそうですの』


 その名に、ネグラは息を呑む。彼の頭の中で、クレイスに救われた一年半前の光景が蘇った。


『けれど、彼がいるということは魔国内に空間転移装置ポイントが設置されたと考えるべきでしょう。じきに援軍も来ると思われますわ』

「了解。急がねばな。マリリンはさっき俺が言った本を探しておいてくれ。……ネグラ君!」

「ああ、すぐルイモンドさんに“耳”を飛ばす!」

「リータ君!」

「はい、師匠に知らせてきます!」

「いや違う君は俺とこっちの宝珠についてああああ足速ぇなぁもう!!」


 リータは、あっという間に研究室を出て行ってしまった。……まあ仕方ない。気が済んだら戻ってくるだろう。

 それより、魔王城にクレイスが現れたことである。


「……クレイスさんは、どういうつもりで魔王城を訪れたのでしょう」

「知らん。だが、十中八九ステキな目的ではねぇな」

「……」


 残念ながら、ネグラも同意見であった。胸に渦巻く嫌な予感を必死で打ち消そうとしながら、彼は黄色い小鳥の魔物の為に窓を開け放ったのである。

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