11 嘘、とは
「すごい……じゃないか! ノマンにバレずに内部に入れるんだろ!?」
真っ先に身を乗り出したのは、魔王であるピィであった。
「それを使えばヨロ国の研究者らも助けることができる! そこから兵を送ることも……」
「ですが、それもまた記憶錠に記録されてしまうのではないですか? 敵の手に錠が渡った今、この魔力水晶の存在も明るみに出てしまうのでは……」
「ええ、ルイモンドさん。だから俺は記憶錠を持ち出し、細工を施したのです。この特定の魔力水晶だけ、情報を追わないように」
なるほど、その為の記憶錠だったのだ。記憶錠の内容をいじることさえできれば、それがまた敵に奪われたとしても、持ち出した魔力水晶の存在は守られることになる。
「しかし、その上で最も警戒していたのが、俺が行動不能になった際に自分の体を調べられることでした。魔力水晶を発見されてしまいますからね」
映像は、ヒダマリが雪の中に倒れてしまったことでネグラの顔を映していた。
「だが、何故かクレイス氏はそうしなかった。そこが俺にとって最大の違和感なのです」
「……こ、交換条件を飲んでくれただけじゃないのか? 記憶錠を渡す代わりに、僕たちを助けてくれるっていう」
「そうだとしたら尚更妙なんだよ、ネグラ君。俺が提案した交換条件に、強制力は一切無い。一方的に破棄したって良かったぐらいなんだ。けれど彼は律儀に守り、俺を探るようなことはしなかった」
ここでヒダマリは、ピィらに目を向けた。
「ところでお伺いしたいのですが、皆さんの知るクレイス=マチェックは、ノマンから逃げてきた研究者の『これ以上何も持っていない』という言葉を鵜呑みにするような人間ですか?」
「……いや、アイツは吾輩が思うに身ぐるみ剥がして自分の目で確認しないと気が済まないだろうな」
「ええ、執念深いと言われるネッチョリ族と同じぐらいしつこいと思います」
「つーか本当にこれアイツか? 偽物だったんじゃねぇか?」
「酷い言われよう」
「でも俺も同じ意見なんだ。何せ、これほどまで用意周到にヨロ国の宝珠を狙っていた男だよ。こんな些細なミスをするはずがない」
「ならば、あえて見逃されたと?」
ピィの質問に、ヒダマリは頷いた。
「その可能性が非常に高いと思われます。そして見逃されたとしたら……彼は、俺が生きてここにたどり着くことも把握している。ノマン王国の中で、彼だけが」
「……それはゾッとしない話だな」
「はい。……けれど」
映像の中では、クレイスが怒鳴り声を上げている。
「彼は、完全なるノマン王国側の人間ではない。その可能性も、高いと考えています」
「……」
「彼の行動は、ノマン側の人間として適切ではなかった。あの場でノマン王国の大臣が取るべき行動は、ネグラ君を殺し、身ぐるみを剥いだ俺をノマンに引き渡すことでしたから」
「そうだな」
「しかし彼はそうしなかった。あろうことか、リスクを背負ってネグラ君まで助けた。だからクレイス氏は、ノマンでも魔国でもヨロ国の為でもない、何か別の目的があって嘘をついているのではないかと俺は推理しているのです」
「……嘘を、か」
ピィは目つきを鋭くする。ただならぬ雰囲気であったが、友人のマリリンが一層穏やかな声で問いかけた。
「そういえば、ピィちゃんはクレイス様と最後にお話をされていたでしょう? あの時、彼は何と言っていたのですか?」
「……今度自分らの前に現れた時は、敵だと。どんな甘言を吐いても、決して乗らぬようにと言っていた」
「……そう、ですか」
「だが、吾輩の味方であるとも言っていたんだ」
ピィの真っ赤な目は、怒りにも疑念にも染まっていなかった。ただ、この状況を少しでも解することのできるよう真剣な色を帯びて輝いている。
「確かにアイツの言動は妙だ。どこまで真実でどこまで嘘かはさっぱり分からん。だが、ヒダマリの言う通り真の狙いが別にあると考えたら、これら行動にも理由がつくのかもしれない。……ルイモンド」
「ええ、今後はクレイスの狙いを知る為に多少手を割いてみることにしましょう。そうでなくとも、彼にはこちらの手を知られているのです。動向を見張らねば、裏をかかれるかもしれません」
「しかし面倒くせぇなぁ。敵じゃねぇってんなら、ノマンの目が無ぇ内にとっとと本当のことを吐いてくれりゃ良かったのに」
「いえ、敵ではあるんですよ、ガルモデさん。彼はピィにそう言ったのですから」
「でもピィの味方ではあるんだろ? それも意味わかんねぇんだよ」
魔物軍は、クレイスの目的を調べる方向で一致したようである。そして、ここにも賛同の声を上げた者がいた。
「……私も協力しよう」
ヨロ王である。
「クレイス殿の狙いは分からんが、目的があるとするなら恐らく数年をかけて練られたものだろう。その目的が我が国をも巻き込むかもしれないのであれば、事前に把握しておくに越したことはない」
「うむ」
「……もっとも、真実を知れば対立すべき敵かもしれんがな。既に、彼は我が国の宝珠をノマンに引き渡しているのだ」
額に手をやり、彼はため息をつく。ゾンビなので息をする必要は無いのだが、生前の癖はどうしても抜けないのだ。
「あの古今東西の知識が蓄えられた宝珠が、ノマンの手に渡ったと考えるだけで恐ろしいよ。その上、今ノマンには我が国の技術者と研究者が捕らえられている……。ヒダマリを逃がした彼らだ、今後彼らに抵抗するのは難しい。宝珠の知識を元に、ノマンの思うままとんでもない兵器を開発させられるかもしれない」
「ですがお父様、宝珠を起動させるには特別な呪文が必要ですわ。きっとノマン王国の王には使いこなせないはずです」
「いいや、忘れたのかいマリリン。彼は我が兄、ダークスのペンダントを持っていたんだ。もしクレイス殿が彼と繋がりを持っているならば、恐らく宝珠を起動させる呪文さえ知っているだろう」
「あ……」
指摘され、マリリンはうつむく。けれどその隣で、美麗な白髪の魔物が首を捻った。
「……一つ疑問なのですがね。そもそも、この宝珠とはノマンの王が望んだものなのでしょうか。それともクレイスが?」
「む?」
「いや、あの場で部下に見せたということは、王自身が望んだに他ありませんね。ならば、これでノマン王国には魔国以外全ての宝珠が揃っていることになります。なんせ大陸を六分する国の内、自国を含め既に四国を手中に収めているのです。宝珠も奪われている可能性が高いでしょう」
「けどよぉ、そんなに宝珠を集めてノマンはどうする気なんだ。漬物でも漬けるのか?」
「流石にそんな贅沢な漬物は作らないでしょうが、確かに具体的な目的は気になりますね。宝珠はその一つ一つが莫大な力を持つと聞きますが……ヨロ王は何かご存知ですか?」
「……いいや。それこそ、異空図書館の書物をひっくり返せば宝珠に関する知識はあったかもしれないが、こうなった今では……いや」
ヨロ王の視線が、未だ顔を伏せる自分の娘へと向けられる。
「マリリンよ。君ならもしや、転写をしているのではないか?」
「え? ……あ、そ、そうですわね! 調べてみます!」
「転写?」
「ああ、そうだ。実はマリリンは、ちょっと変わった魔法が使えてな」
跳ねるように走り出したマリリンに代わり、王がピィに答えた。
「それが、本の内容を一字一句違わず写す魔法なんだ」
「ほ、ほう」
「一見地味だがな、人の手によって書き写すより圧倒的に速いのだぞ? それに宝珠によって生み出された本は、外に持ち出せない。ダークスの件で思う所もあってな、前王の死後、私は外にもう一つ図書館を作ろうとしていたのだ」
彼女を追うように皆を促しつつ、ヨロ王は立ち上がる。
「故にマリリンが幼少の頃から、その作業を続けていた。それでも、蔵書の百分の一にすら至っていないが……。だが、運が良ければ宝珠に関する情報が何か得られるかもしれない」
あるいは、クレイスの狙いも見えるかもしれないと。そう付け加えたヨロ王に、ピィは黙したまま目を逸らしたのであった。




