第4話 落ちた先
余りに高いところからまっ逆さまに落ちていく。
婚姻前の女だ。余り触れるのもよくないと軽くしか握ってなかったが、その手を振り払われると思わなかった。何か恨みがあるのか。
歯軋りしながら、目を固く瞑る。できる限り身を丸めるが、きっと意味ないなと自嘲した。
急にからだの下へ風が吹く。落ちる速さが緩やかとなり、雲に乗ったような心地にゆっくり目を開いた。白い光が身を包んでいる。
「神、か。まこと有難い」
手を合わせて天を拝む。加護されているならば、これは神からの試練かもしれない。
この仕打ちをしたあの女どもの元へ今後集う気は更々ないが、神隠しの際の試練ならば喜んで受け、侍の名を轟かせたくは思った。
ふわりと落ちた先は地獄だった。
草原に降りたってすぐに生き物とおもえぬような葛湯か寒天の固まりのような奇妙な生き物に取り囲まれたり、角の生えた狼の群れに囲まれたり。
斬り倒したとはいえ、紫と群青の混じった色の肉に食べる気も失せ。なんとか小川でとりあえず水だけは飲んだ。
唐突に辺りが見えぬほど暗くなった。慌てて火打ち石を取り出し、戦う合間に拾った枯れ木に火をつける。しかしこれだけだと心もとない。
森からは背が凍るような猛獣の叫び声が聞こえてくる。外で寝るのは初めてだ。今まで身分があったからかこんなことなかった。急に涙が込み上げてきて膝に頭を埋めた。
いつの間にか眠っていたらしい。
首の皮が繋がっている、襲撃もなかったことに息をつく。起きて顔を洗い、日が上れば一旦森へ入ると決めた。
少し微睡んだからか、落ち着きは取り戻ってきた。なんとなし、刀を手にとって刃文を眺める。激しく打ち寄せる波の文様はその程度でくじけるのかと挑発しているようだ。
「よしっ」
火を消し、刀を腰に差した。
森の中はでたらめだ。根が地面の上を這い巡り、生き物のように蠢く。
時おり枝が体をつかむように襲いかかる。襲われる気配を察知するのは案外大変だ。道場でも殺気で相手の動きを読むことはしていたが、その連続は足取りを重くするのに十分だった。
ふらっと岩影に身を隠す。目を閉じ、干し肉をかじった。少しでも力が戻る。
大丈夫だ。まだやれる。
目を開け、一歩踏み出したときだ。
「きゃん、きゃん」
小さな角付き狼が木に吊り上げられていた。周りを大きめの狼が囲って唸っている。
何匹か飛んだり、背に乗りあったりして助けようとしているが、せせら笑うように他の枝で振り払われている。小さな狼もだんだん声が小さく、掠れていった。
ああ、ほっとけない。
地を蹴る。策なんてない。ただ助ける。きっとあの木も善三郎を気にしてないはずだ。
3匹折り重なって延びていた狼を飛び台にし、一気に枝に迫った。
居合。
一刀両断、子狼の囚われた枝を切り落とした。下で狼どもが受け止めたらしい。ほっと息をついたときた。右側を抉るように風が迫る。
身を捻って辛うじて避ける。木が怒ったらしい。枝をしならせ、善三郎を殴り飛ばした。
油断していたし、宙に浮いてはなにもできない。
全身の痛みに目がくらむ。やがて意識が遠ざかった。