9-絶望作り
「そこの二人を引き渡せ。断るなら対峙するが、渡してくれたほうが楽で助かる。どちらか選べ、盗賊頭」
「あ……、あなたは、だれ?」
ミルではない少女がそう呟く。夕はその声に気づくと、見下ろすようにして少女の顔を覗き答えた。
「宿屋の男に依頼を受けて、お前を連れ戻しに来た人間だ。見ればわかるが、別にこいつのお仲間ってことはない」
「たすけてくれるの?」
「そういうことになるな」
「ーーーおい。おいおいおい。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! なんで、なんでどいつも倒れている!? そんな簡単にやられるような奴らじゃないはずだ!」
パリスは取り乱し、大声でそう怒鳴りつける。
それに対して夕はうるさそうな顔をしながらパリスと正面から対峙した。
「別に、不意打ちだ。……しかし、取り乱すわりには顔に出さないんだな、お前は。そう言う性格なのか、それともなにかの病気なのか」
「ど、どうして来たんですか、ユウさん?」
そう口にしたのはミルだ。
「さっきまで、あんなに頑なに助けようとしなかったのに……」
「報酬ができたからな」
夕は不愛想に受け答える。
「報酬? クハッ、おいおいおいおいおい、まさかアレを俺から横取りしようとやがッたってことかよ?」
「ああ。逆恨みするなよ、お前の運が悪かっただけだ」
「運が悪かったぁ?」
パリスは再び無表情でガハハと笑う。そんな奇妙な光景に夕は露骨に怪訝な顔を見せた。
「おいおいおいおい……。そりゃあウチの野郎どもを勝手に殺されまくったのは最悪だよ。だが、それを補って余りあるほどのモノを俺は手に入れたんだ!」
そう言ってミルの背中から伸びる墨染の翼を掴み持ち上げた。ミルの顔が苦痛に歪む。
「へえ。お前、獣種ってやつだったのか」
「おいおいおい、ただの獣種じゃねえってわかんねえのか? 八咫烏だぜ八咫烏。奴隷商に売れば、どれだけ低く見積もろうとも一千万はくだらねえ。うまくいけば三千万を超える!」
「三千万ゼヌ……円に換算すれば三億か。大金だな」
「そうだ! それだけの金が有れば一生、奴隷で遊びながら暮らしていける!!」
パリスの妄言は止まらない。
「苦痛に歪み、非凡に狂い、絶望に酔うその顔をいつでもどこでも眺められる! 俺には出来なかったことを、俺の代わりにいくらでも演じてくれる奴隷が、何人も何匹も何種も何時も何人も何人も何人も常備される! 最ッッ高じゃねェか!!」
「そんな、ことって……」
恍惚とした声で、興奮した息で、パリスは悪趣味な理想を高らかに自慢した。
激情をやどした無表情のまま、ひたすら自身の未来に酔いしれるその在り方は、とらわれた少女にはまるで悪魔のように映し出された。
「…………」
「全く、あいつらの死に顔が見れなかったのが残念で仕方ない。何のためにここに置いておいたと思ってやがる」
彼の部下の死体の方を振り返ってそう言った。
それに夕は、はあ、とため息を吐く。
「絶望する顔を観るのが楽しいのか。俺にはよくわからないな」
「そうだろうよ、俺は狂ってるからなぁ」
「でも、その狂った日常こそが、お前にとっては当たり前の日常なんだろう?」
とにかく、と夕は言い、
「そいつを離す気はないってことだな」
そう言って夕は、剣先をパリスの方に向けたまま剣を持った腕を引き、右足を後方へと伸ばす。
「おいおいおい……、そっちの娘はともかく、そこの烏を助ける義理はなくねェか?」
「悪いな、依頼には何故か、そいつの救出も含まれてるんだ」
「なら仕方ねェ! どっちにせよ、こんな丁度いいオモチャを手放す気は無かったしなァ!」
「そうか」
そしてそのまま、パリスの方へ突っ込んだ。
右手に構えた剣の先が体ごとまっすぐこちらに向かってくる。
突っ込んでくる夕に対し、パリスは。
「愚直だなァッ! ヘデル!」
地面が波打ちうごめきながら、パリスの目の前で障壁の形を取る。夕の刺突は当然ながら阻害された。
「ヘデルッ! 串刺しになれェ!」
続けてその壁は錐状に変形し、夕を突き刺さんと飛び出していく。身を翻し、なんとかそれを辛うじてかわすが、しかしその先端が夕の肩を少しかすった。
「チッ、かすっただけか……」
肩を押さえる夕にパリスはそう呟く。
「そういえば、魔法っていうものを相手にしたことはまだ無かったんだ。これはいい練習になる」
「練習で死んじまうたぁ悲しいなァ! 悲しくて悲しくて、もしかしたら俺の顔も歪むかもしれねえぞ!」
「無理だろうな」
次に先手を打ったのはパリスだ。
パリスは左腰に携えた鉄杭を握りしめ、それを夕の方へ向ける。
「ルパニア!」
詠唱とともにその鉄杭は発射された。
速度は速めだが、よけられないスピードではない。夕は横にステップを取りそれを避け、
「パルルニ!」
しかしそれは軌道を直角に折り、夕の方へと向かってきた。
速度は殺されていない。殺傷には十分な速さだ。
「……ッ!」
そしてその鉄杭は左腕に直撃した。
鈍い痛みに耐え、夕はすぐさま杭を抜く。その隙にパリスは夕の方へ赴き、地面に触れて「ヘデル」と詠唱。
石柱状に変形した岩石が夕を天井へと吹き飛ばし、背を天井に打ち付けてどさりと床に落ちる。
「ユウさん!」
「おいおいおいおいおいおい、あれだけ大口たたいといてそれだけかよ」
首を振り、土埃の向こうで倒れているであろう夕を見下すようにパリスは言う。
「身の程をわきまえたか? クソガキ!! てめぇじゃ俺に勝てないと、やっと理解できたかよッ!! ーーさあ、身の程知らずのクソガキが顔を苦痛に染め上げるところを見せてくれよ……!」
次第に土埃が晴れてくる。
薄暗い洞窟でパリスは、苦痛に満ちた表情を拝むため、土埃に向かって歩いていった。
「……は?」
しかし、そこに夕の姿はない。
ーー次の瞬間、パリスの頭部に衝撃が走る。
「づぉっ……!?」
「身の程くらいわきまえているし、実戦への覚悟なら異世界に来た時からできている。足りなかったのは俺じゃなくて、お前だ」
「何を、言って……」
「確かに俺はお前よりも弱い。経験がないからな。だがそれでもお前に勝てる確信があったんだよ」
横たわったパリスが夕の方を見上げる。
夕の腹部には紋章が刻まれていた。青い紋章だ。鈍く光るそれは、一目で魔法による代物だとわかる。
どうやらそれで攻撃の衝撃を防いだようだった。この様子だと、おそらく背中にも刻まれていることだろう。
「……だが! だが、そんな魔法、俺は知らねえぞ! なんだ、『魔法技術』ってやつか!? それとも……!」
そこでパリスは思い出したように目を見開く。
「ーーー黄昏の、魔法」
「だから言ったんだ、運が悪かったって」
夕はそう言い、パリスの後頭部を剣の柄で思いっきり殴ったのだった。