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黄昏の魔法陣  作者: しまけん
第一部 "人領編" 第一章「夢を見る八咫鴉」
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8-黒い翼

 ざっ、ざっ、と足音を立てて、黒髪の少女は林を進む。

 彼女に行き先を与えたのは、ミルが去った後に宿に向かってきていた女性だった。

 宿に向かっていた彼女と、宿から出たミルは、正面からばたりと出会ったのである。


 手紙の中身までは読めなかったが、差出人と送り先を聞いたところで察せた。

 送り先はあの店主、差出人はーー


「まさか、あの盗賊団だなんて……」


 オウルス林には、わりと名の知れた盗賊団がいる。

 そのことはミルも知っていて、最初に夕と出会ったときに警戒したのもそのせいだったのである。


 盗賊団"絶望作り(グィル・イット)"。被害の数はわりと少ない代わりに、彼らの行う行為があまりにも非人道的であることから、林の周辺の村や町では有名な者達である。


 彼らが強盗するのは物だけではない。人間を拉致し、拘束し、奴隷商に売り捌くこともある。

 にも関わらず、何故か捕まらないことでも有名な盗賊団でもあった。


 ーー間違いない、店主さんの息子さんとお孫さんはそこにいる!

 そう思ったミルは、当てがないままに林に飛び込んだのだった。


 当てがないとはいえ、なにも考えなしに走っていることはない。


「やっぱり……、国が整備した林道じゃないのに、人がよく通っている跡がある。この先にあるんだ」


 それは彼女が得意に有する才能のなせる技だ。

 察すること、観察することにおいて、ミルはその感性がずば抜けている。今回はそれが追跡という形で現れていた。


 微細な差異を見分け視認する。

 それは彼女だからこそ許された才だ。


「っ……はあ、はあ、あった」


 息を乱しながら、彼女は大きめの洞穴を見つけたところで身を隠した。

 穴の前には二人の男が立っている。盗賊団の下っ端だろうか。

 正面から戦おうとすれば、当然押し負けることだろう。それこそ無謀というものだ。


(でも、私にだって、できることはあるはずなんだ!)


 ミルは靴を脱ぎ、見つからないようにしながら、遠くの茂みに投げ込んだ。がさりと大きな音が鳴る。


「誰だ!?」


(今のうちに……!)


 音が鳴った茂みを男たちは警戒する。すかさずミルは穴の中へ入っていった。


 裸足の足で洞穴を走る。靴がないおかげで足音はあまりしないが、小石が足裏に激痛を与えてきた。

 しかしミルは音を上げず、ただ前だけを見て走った。


 洞窟の側面には松明が置かれている。おかげで目を凝らすこともなく走ることができた。

 一向に分かれ道は現れず、ただ一直線に走るのみだった。


「ーーーて」


「っ! 今のは……!」


 微細な声。しかし静寂に包まれた洞穴の中で、ミルはその声をしっかりと聞き取れた。

 女の子の声だ。年はミルほどもいかないだろう少女のか細い声。


「奥の方……!」


 その微弱な音を頼りに進む。果たしてその先に、檻はあった。

 鉄格子で閉ざされた横穴の中に、一人の小柄な人間が横たわっている。


 檻の鍵はただの木版だった。ミルはそれを取り外して檻の中へと入っていき、横たわった少女の元へと駆け寄っていく。

 少女の手足には枷が取り付けられていた。外すことはできないが、つけたままおぶっていくくらいの事はできなくもなさそうな様子だった。


「大丈夫?」


「……だれ?」


 少女は目を開けて、ミルの方へと振り返った。


「助けに来たよ。もう大丈夫、早く村に帰ろう」


「たすけて……くれるの? へいたいさん?」


「ごめんね、兵隊さんじゃないの。でも安心してね、ちゃんとお家に帰れるから」


「……め」


 ミルはそう言って少女の脚と背に手をかけようとした。

 しかし直後に少女の目が見開かれる。


「だめ、おねえちゃんーー逃げて!!」


「……え?」



「ーーおいおい、おいおいおいおいおいおい……」



 少女が叫ぶが、すでにタイミングは失われていた。

 新たに現れた大男と、その他数人のの男たちによって、入ってきた扉が塞がれていたのである。


 大男は目頭を押さえて、いや、顔面を押さえて肩を震わせる。

 声は笑っていた。手で覆われて見えないが、その表情はきっと蔑むかのように嗤っていたはずだ。


「魔法器に反応があったから来てみれば、やってきたのはこんな子供だとは! しかも黒髪、黒髪ときた、おいおいおいおいおいおいおいおい……幸運の希神様は、こんな俺みてーな極悪人に手をお貸しするのかよぉ!!」


 両手を開き、男は高らかに嘲笑った。声は鈍く洞窟に響く。

 しかしその表情は意外にも、死んでいるかのように無表情だった。


「……!?」


「この顔にビビったかい? くはっ、残念ながら俺の顔は生まれた時から死んじまっててよォ、笑いもしなきゃ怒りもしねえ」


「……それは」


「憐むなよクソガキ。憐むのなら自分を哀れめ」


 俺に出会ったことをな、と言って男はミルに近づいた。


「パリスのかしら、そいつどうするんです。売っ払うのか、それともうちの物好き供に使わせんのか」


「おいおいおいおい、よく見ろベラ。黒髪だぜ黒髪。黒髪は珍しいよなあ」


「そりゃ珍しいですけど、だからなんです?」


「黒髪は珍しいーーしかも耳がないときた(・・・・・・・・・・)


「!!」


 パリスと呼ばれた男は慄くミルの胸ぐらを掴み持ち上げ、くいっと横髪をたくし上げてみせた。

 そこには確かに耳と呼ばれるものはなく、ただ小さなあなが空いているだけだった。 


「まあ、正確にはこの孔が耳なんだがな。まぁ耳たぶも何もないなんてそうそうないだろォ? 切り取られた痕もねェから、元奴隷ってこともなさそうだ」


「おいお頭、それってまさか……」


 パリスはにやりと笑ったーーように見え、そしてミルの上半身の服を破ってみせた。

 コートや半袖を破り捨てられ、露わになったのはただの白い背中だけではなく。


「……っ」


「黒い目も黒い髪も、からすのような黒色だ。おいおいおいそりゃそうだろ、だってからすなんだからよぉ」


 見た者を取り込むかのような純黒の翼が、その背中には確かにあった。

 白い肌と黒い翼、そのコントラストが見事に映えている。その特徴は、少女が亜人であることの何よりの証拠だった。

 だが彼女はただの獣人などではない。


「まさか、八咫烏ヤタガラス族……!?」


 彼の部下らしき人がそう叫ぶ。


「そうだ。獣種に伝わる希少種ーー幻獣族には三種類あるわけだが、そのうちの一種だな。戦闘に身を燃やす九尾、獣ながら魔法に長けた鵺、そして、各々が得てして得難い才能を有する八咫烏」


「その一体がここに……、なんだか売っぱらうのもったいないっすね」


「おいおいおいおいおい馬鹿言え、こいつを手元に置いとく方がもったいねえだろ! がははっ!」


 無表情で笑うパリス。パリスはその手を離しミルを床に落とした。どさりという音がする。


「うっ……」


「しかしまあ、よくこんなところに来ちまったよなあ八咫烏さんよ。おいおいおい、いつまでも死なないでいるもんだなぁ。こんな幸運に恵まれるなんざ生まれて初めてだ!」


 そう言ってミルの方を振りかえった。


「……おい」


 しかし、ミルは恐れない。

 ただ悲しい顔を浮かべるだけ……否、それは悲しみとはまた違う。ならばそれは。


「憐むなと、言ったはずだァ!!」


 怒号と共に、パリスはミルを殴る。ばしりという音が鳴り響いた。


「憐むなよ、憐むな、ふざけるな! 哀しめ、絶望しろ、俺の代わりに苦しんだ顔を見せてくれよ!!」


 その硬い拳でミルの顔を何度か殴る。

 ミルは痛そうな表情に顔を歪ませるが、しかしその表情は持続しなかった。

 ただミルは唖然とし、店主の娘は驚くように眺めるだけ。

 そこでパリスはふと我にかえったのか拳をしまい、


「……おいおい、熱くなるなよ、俺。せっかくの高級商品を傷つけるもんじゃない」


「……」


「おい、ベラ! こいつを連れて行け!」


 そう言った。


「……ベラ?」


 しかし返事はない。


 しかばねに声をかけたかのような虚無感を感じた。

 そして同時に恐ろしくなる。ぞっとしたパリスはゆっくりと、仲間がいるはずの背後を振り返った。




「ーーーー」


 なるほど、意識のない者たちに声をかけてもそりゃあ返事はない。ーーそこにいるのは、昏倒した男たちと、昏倒させた男が一人いるだけなのだから。

 そこには、黒髪の男が一人だけ立ち尽くしていた。


「ーーなんで、こいつらが」


「ーーどうして、あなたが」


 灰色のコートを身につけたその男は、さながら死神のようにも見えた。

 だが、そのくせにその顔は、あまりにも人間らしく機械的で。


「そこの二人を引き渡せ。断るなら対峙するが、渡してくれたほうが楽で助かる。どちらか選べ、盗賊頭」

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