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黄昏の魔法陣  作者: しまけん
第一部 "人領編" 第一章「夢を見る八咫鴉」
6/21

6-小さな村





 @@@






 それは、どこでもないどこかだった。

 そこは、なにもないと表現するのもおこがましいどこかだった。


 そう。なにもない。

 「無い」さえ「無い」、「有る」さえ「無い」、あまりにも原始的な場所。

 粒子も、エネルギーも、魔力も、魂も、空間も、時空も、なにもかも削除された空間。

 しかしそこには、ふたつの「なにか」が確かに"居た"。


 片方の「なにか」が思考する。ここはどこだ、などと考える。

 けれど結局、その「なにか」には、ここが「どこか」ではない、ということしか分からない。

 むしろそれさえも、分かりはしても解らない。判るのは自分のことだけで、それ以外が解らなかった。

 不可解、不条理、不合理が周りを覆っている。あるいはそれらは、あくまで彼の中にしかない、ただの主観なのかもしれなかった。


ーーー予報、あるいは予告、あるいは予言をしよう


 そこで、もう片方のなにかが何かを伝えていた。



ーーー君はこれから幾人もの子と邂逅する

 ーーー君はこれから幾人もの子と交流する


ーーー君はその中で

 ーーー君の使命を成育させることになる

  ーーー君の使命に意味が生じることになる


ーーー君に期待しよう

 ーーー君は太陽の子

  ーーー君は、奴を破壊する一枚の██に成るのだ



 それでもなにかは、そんなことを伝えていた。

 それは、あまりにも特徴が無く、それ故に異質ななにかだった。








@@@



「……夕さん」


「……」


「夕さん!」


「……ああ」


「どうしたんですか? 今朝から何か様子がおかしいですよ?」


「いや、奇妙な夢を見た気がするんだが、内容を思い出せないのが気味悪くてな」


「それって大丈夫なんでしょうか?」


「まあ、大丈夫だろう。ほら歩け、そろそろ林を抜けるぞ」


 林道をまっすぐ進み、そして林の外へ向かって足を踏み出す。

 ミルと出会った翌日。その日だけでは林を抜けることができず、二人は一度野宿をしたのだった。


 現在は朝の8時ほど。この世界の暦がどうかはまだわかっていないが、もともとの世界の暦に合わせればそのくらいだった。


「そういえば、ユウさんはどうして旅人に?」


「……言わなきゃダメか?」


「あ、いえ! そんなことはありませんよ、全然! 言いづらかったら言わなくても大丈夫です、ちょっと気になっただけなので」


「そうか。なら言わないでおく」


「……なんだか、すみません」


「気にするな」


 そんな会話を交わしながら、夕とミルは林を歩く。

 ミルは少女でありながら意外とタフで、林を数時間歩く程度では音を上げない。

 夕はそんなミルのタフさに素直に舌を巻きながら、朝のオウルス林を進んでいた。


「あ、見えてきましたよ!」


 はしゃぐようなミルの声が夕の耳に届く。どうやら林を抜けてきたようだ。

 

 林を抜けて目に飛び込んできたのは、黄緑色の草原。ずっと向こうに視線をやると、山が青緑色にそびえ立っているのが見える。

 そして視界の右側には、目的の村がひっそりと佇んでいた。


「あれがユリカ村か」


「はい。"小さな村" と呼ばれる村です」


 "小さな村" ユリカ。

 これは他称ではなく、ユリカ村が自称している肩書である。


 肩書きの通り村の規模は小さいが、その実態は意外に豊かだという。王国への通路であるナウスカ林のそばにあるため、行商や旅人と交易できるからだ。


 派手さはなく、しかしどこか落ち着いた雰囲気のあるユリカ村。

 外から来た人には故郷に来たかのような感傷を、国から来た人には多忙な生活にはない独特な癒しを与えてくれる。

 故に小さな村。それ以上でもなくそれ以下でもない、のどかな村なのだ。


「ただの田舎だろう」


「そんなことはないですよ。豊かなのに多忙でない、こんなにも落ち着いた村はあまりありませんから」


「そんなものか」


 そう会話しながら、二人は村の入り口に赴く。

 そのまま門で簡単な手続きを終わらせ、ユリカ村の中に入っていった。


「俺は今日は宿を取るが、お前はどうする」


「私も宿を取って、そうしたらこの街にいるはずの兄を探します。多分、村の人に聞けばすぐ見つかると思うので」


「お前の兄がまだこの村に来ていなかったら?」


「その時は待ちます。にいが来てくれるってわかっているなら、私はいくらでも待てますから」


 そうミルは語る。

 夕は「そうか」と返事をし、到着した宿の中に入っていった。ミルも慌ててついていく。


「……ああ、お客さんか。いらっしゃい、旅人さんだね」


 受付の男性は、やってきた二人に挨拶した。そのあと、余裕のある表情を繕って二人の方を向く。


「今夜、この宿を取りたい。俺は一泊でいい」


「私も今はとりあえず一泊にします。部屋は別々でお願いできますか?」


「……ああ、わかったよ。二人とも一泊二日だね」


 そう言って、男性は手元の紙にメモをとった。

 そのあと「降日暦こうじつれきの第八刻には鍵を閉めているからね、それまでに宿に来てくれ」と忠告した。


「降日暦の第八刻?」


 夕が首を傾げると、ミルがそれを教えてくれた。

 どうやらこの言い方は、この世界特有の暦の数え方だそうだ。


 一日を降月暦こうげつれき十刻・降日暦こうにちれき十刻の二十時間に分けて数えるものであり、降月が午前、降日が午後という捉え方になる。

 半日を十刻に分けるため、一刻はおよそ1時間12分となる。


「つまり午後の9時半くらいか。わかりづらいが、文化が違うなら仕方ない」


「夕さんの故郷では暦の数え方は違ったんですか?」


「まあな。とりあえず、そのときに来ればいいんだな」


「うん、それ以外には特に注意はない。それじゃあ、うちの街を満喫していってくれ」


 そう明るく振る舞う店主。その声を受けながら、夕は宿を去ろうと背を向けた。

 しかしそこでミルが声を上げる。


「あの、店主さん」


「なんだい、黒髪のお嬢ちゃん」


「あの、もし勘違いだったら失礼かもしれないんですけど……」


 ミルは一瞬口ごもるが、少し間を開けてふっと顔を上げて、言った。



「店主さん、なにかあったんですか?」



「ーーーー」


 店主は一度黙った。


「どうした、ミル」


「なんだか、店主さんが落ち着きのないように見えたので。焦っているというか、なにかが心配でたまらないといったような……」


「何かが心配でたまらない?」


 夕はミルにそう訊き返す。

 だがそれにミルが答える前に、店主が口を開いた。


「はは……判ってしまうものなのだね。巧く覆い隠せていたものだと思っていたが……」


「まさか、本当なのか」


 ミルの鋭い観察眼に、夕は素直に驚嘆する。

 店主はこくりと小さくうなずき、


「聞きたいなら私の自室に来ると良い。……あまり、あなたたちのような旅人さんに話すようなことでもないが」


 そう言って、奥の部屋へと二人を促したのだった。

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