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黄昏の魔法陣  作者: しまけん
第一部 "人領編" 第一章「夢を見る八咫鴉」
5/21

5-黒髪の少女

「この剣をくれ」


「あいよ、2100ゼヌだ」


 夕は武器屋に赴き、店内の端におかれた剣を指差した。

 短めの両刃剣だ。2100ゼヌ……二万千円にあたる金額でも、比較的安物の剣である。


 そういえば、この世界に置いての物価は前の世界より10倍ほどであるらしい。1ゼヌで10円の価値を持つということだ。

 

「そんな剣でいいのかい? 洞窟用の短剣だぞ?」


「これでいい。長すぎても扱えないからな」


 そう言いながら、店主の指輪に右手を触れる。

 すると青い光が放たれるとともに、所持金のやり取りがなされていく。

 ステータスを開いて確認すると、確かに所持価値の欄の値が5100だけ減っていた。


 夕が短剣を選んだ理由。それは、片手で扱えるということにある。


 いくら夕でも、剣術はもちろん、護身術や武術などそうマスターしていない。

 それでもヴェルに勝つことができたのは、ひとえに『黄昏の魔法陣』のおかげだ。


 しかし、魔法陣だけで戦えばいいのではと思われたが、そうもいかない。

 つまりそれはEP管理の問題であった。


『茜』の前を去ったのち、夕はふたたびステータスを確認した。

 あの時には見なかった項目……『HP・EP・AP』の欄である。

 それをみると、どうやら現時点での最大値は、HPが20、EPが100ということらしい。


 最初、EPがHPに対してかなり多いことに驚いたが、しかし消費量もまた、それと比例するように大きいらしい。

 EP残量は60……一度に40も使うのだ。

 そんなわけで仕方なく、夕は武器での戦闘を強いられたのだった。


 そうして考えた結果、剣で戦いながら魔法陣でフォローする形式に決めたのだ。

 つまりこれはそのための短剣である。

 右手で剣を振るい、左手で魔法を行使する。この形が一番無駄がなくていい。


「さて、ほかに準備するものと言ったら……そうだな、ここの服と食料か」


 店を出て、洋服店からコートを、雑貨屋からいくつかのポーションと携帯食料、ついでに地図と、あれば便利そうなものをいくつか買っておいた。

 ロープを買ったのは念のためだ。応急処置や命綱、即興で道具を作るなど、意外に幅広く応用が利くものである。


 そうしていると夕の所持金も10000ゼヌを切っていた。物資もある程度買い揃えたので、もう買い物しに行く必要はないだろう。


「さて、そろそろ出かけるか」


 適当に訪れた飲食店で、夕は先ほど買った地図を広げた。

 地図にはエリア大陸全域と、その周辺の海域、そのなかに点々と地名が書かれている。


 夕が今いる人国エリアは、大陸の最西に大きく描かれていた。

 そこから近いところにある街は、ケイン山脈とナウチカ山脈に挟まれたオウルス林の向こう側にある、テイルズ町かユリカ村である。

 それとは別に、ケイン山脈を越えれば向こう側の麓にルラル村があるが……


「山を越えるのは少し疲れるな。林を抜けた方がいいだろう……よし」


 地図をしまい、数倍に薄められた不味い果汁を飲み干して店を出る。

 そのままギルド付近を避けるようにして関門へと向かい、手続きをして国を出た。


「空気が不味くない。やっぱり都会とは違うというわけだ」


 空気には味がないと夕は思っていた。

 しかしこの世界の空気は確かに美味かった。排気ガスの匂いも土埃の味もしない澄んだ味だ。


 そんな上質な空気を味わいながら、夕は足を踏み出した。

 向かうはオウルス林の向こう側、"小さな村" ユリカ村だ。



 @@@



 ユリカ村へ赴くその途中。

 オウルス林に伸びる林道の傍で、夕は座って休んでいた。


「そういえば、林を歩くなんてのはら小学校の体験学習以来か。わかってはいたがきついものだ」


 そう呟いて、夕は「さてと」と立ち上がった。

 時刻は夕方近く。空は昼の明るさを抑えつつ、少しずつ夕方へと向かっている辺りだ。

 二つあった太陽は今は青白い太陽が一つしか浮かんでおらず、それもゆっくりと傾き始めていた。


 ふと、がさり、という音が聞こえる。


「ーーだれか、いるんですか?」


「ーーーー」


 そんな時、ふとそのような声が聞こえた。

 少女の声だ。声のした方向へ振り向くと、木陰に隠れた子供がこちらを見つめていた。


「旅人さん? それともギルドの方ですか?」


「旅人だ。別に襲いかかるようなことはない、何か話したいなら出てこい」


「は、はいっ」


 びっくりしたように返事をすると、その少女は木陰から姿を現した。


 14〜15歳くらいの、ボブカットの少女だった。

 自分が身を隠していた樹木に手を添えながら、相変わらずおっかなびっくりな様子で夕の方を見ていた。


 あまり着飾った装飾はつけておらず、茶色いロングコートにポーチを携えた、いかにも旅人然とした格好だ。

 そんな地味な格好ではあったが、反面、その顔立ちはとても整っている。

 美少女と呼べる程度には整った外観の少女だった。


 しかし、何よりも夕の目を引いたのは、格好でも、ましてや顔でもなく、その髪色と目の色であった。


「黒い眼、そして黒い髪……」


 吸い込まれそうな黒い眼と黒い髪。むしろ黒というより漆黒に近いその色は、何か不吉なものを感じさせなくもない。

 そのからすのような黒色は、この世界においてあまり見ることのなかった特徴だ。


 基本見かけるのは、金髪か茶髪か青髪、たまに緑髪や銀髪の者もいた。しかし黒髪というのはおらず、見かけたことはない。

 強いて見かけたと言えるのは、あの時そばにいた40名ほどのクラスメイト達、そして自身の髪色のみだった。


「あ、えっと、珍しいですよね。……これは、その、生まれた場所が特殊で……」


 言いづらそうに少女は説明する。

 説明するが、どうにもぐだぐだで、なにかを包み隠そうとしていることが丸わかりだった。


「一つ尋ねてもいいか?」


「え? は、はい。なんですか?」


「ーーお前は、日本から来たのか?」


 夕はストレートにそう尋ね、そして黒髪の少女をじっと見つめた。

 少女はその目線に若干たじろぎながらも、夕の言葉を受け返答する。


「ーーこの近くに、ニホンという村があるんですか?」


「…………」


「すみません。私はその、ニホンという場所は知らないんです」


「いや、なんでもない。忘れろ」


 黒髪に黒目ということから、夕と同じく日本から転移してきた人物なのかと一瞬勘繰ったが、そんなことはなかったようだ。

 嘘をついている様子は無い、おそらくこの少女はそういう種族なのだろう。


「なにか用でもあるのか」


「あ、いえ。物音が聞こえたので、ちょっと気になっただけです」


「そうか。……お前も旅人なのか?」


「は、はい。エル町から、山脈を越えるために林まで来たところなんです。林に入ったものの、ちょっと迷子になっちゃって……。それで、物音を頼りにこっちにきてみたんです」


「そうか。だが、そんな歳でよく旅になんて出ようと思ったな」


 そう言うと、少女は途端に表情を暗くした。


「……本当は、私だけで旅をしてるわけじゃなかったんです」


「旅仲間……いや、保護者がいたのか?」


「保護者……そうですね。いつも兄に守ってもらっていました。優しくて、それでいて強い兄です。……けれど、エル町から出たあたりで逸れてしまって」


 エル町とは、ナウチカ山脈の近くにある町である。

 ナウチカ山脈にはそり立つ岩壁がいくつも立ち並んでおり、登山などはとてもじゃないが不可能なのだと聞いている。

 エル町から出て山脈を越えたいのなら、オウルス林を抜けるのが妥当なのだ。


「なるほどな」


「でも、林を抜ければきっと会えると思うんです。もしこのあたりで逸れた時は、ユリカ村で落ち合うことになっているので」


 そう、少女は明るく振る舞いながら説明した。


「なんだ、お前もユリカ村を目指してるのか」


「私もということは、あなたも?」


「ああ。旅をしてるとは言ったが、どちらかというと流浪人だ。とりあえず今はユリカ村に向かって歩いてるってだけなんだが」


「へえ、そうなんですか!」


 出会い難い偶然に出会えたように、少女は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「そうだ。せっかくですし、一緒にユリカ村まで行きませんか?」


 すると少女は、ふとそんなことを言い出した。


「……何故だ?」


「こうして出会ったのも何かの縁、太陽神様のお導きですから。それに、二人いた方が便利なときもありますし、何より……」


「何より?」


「一人より二人の方が、旅はきっと楽しいですよ」


「……まあ、目的が同じなら、同行しても問題はないが」


 夕は悩むような仕草を見せ、一度考える。

 少ししてから少女に向き直り、そして頷いた。


「わかった、ユリカ村まで同行しよう」


「はい! ユリカ村までの短い間ですけど、よろしくお願いします」


 柔らかな笑顔で少女は言う。


「私の名前ははミル・レメット。名前の方で呼んでもらって大丈夫です、旅人さん。……あなたの名前はなんですか?」


 黒髪の少女ーーミルはあどけない様子でそう尋ねる。

 最初のおどおどした雰囲気はいつのまにか晴れており、どうやら好印象を持って接してくれているらしい。

 夕はいつもの仏頂面で自分の名前を名乗ったのだった。

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