3-この世界
まずはこの世界のことだ。
「ラフルト」と呼ばれるこの世界は、上から見ると綺麗な正方形の形をしているらしい。
なんでも正方形の縁には『世界の壁』と呼ばれる見えない壁が存在しているらしく、よく『壁に囲まれた世界』と称されるのだそうだ。
そんな正方形の世界には、「人種」「獣種」「魔種」という三種族の人々が住んでいるという。
それぞれの種族は自分たちのすみつく場所を「領」として主張しており、それぞれ「人領」「獣領」「魔領」と呼ばれているとのこと。
夕が今いるのは、人領に浮かぶ二つの大陸のうち西側のエリア大陸、その最西にある「"人王国"エリア」
人王国は字を見てわかるように、人領の全てを統べる王のいる国だ。そもそもこの世界で"国"と呼ばれるものは、それぞれの種族を統治する『王』の住う街のみを表し、それ以外では街、町、村と表されるのだという。
「そういやあんちゃん、魔法は使えんのか」
唐突に、彼はそんなことを言う。
「魔法? 何もないところから火を出したり、電気を走らせたりするあの魔法か?」
「なんで知ってる魔法が火属性に偏ってんのか分かんねえけど、その魔法だ」
「……?」
「まるで魔法のマの字も知らねえ風だなぁ……。うし、しかたない。俺が一から説明してやろう」
そう言って彼は、魔法について語り始めた。
「まずだ。魔法ってもんの属性には、大きく分けて七種ある」
指を七本立てて彼はそう言う。
魔力を司る、水属性。
形や状態を司る、金属性。
エネルギーを司る、火属性。
魂を司る、木属性。
認識を司る、土属性。
空間に干渉する、天属性。
時間に干渉する、冥属性。
どうやら水属性で水を操ったり火属性で着火したりするわけではないらしい。三すくみのような相性も無いそうだ。
「そしてさらに、人によってどの属性が適してるのかってのが違ってる。どんな魔法が使えるのか、もな」
「それなら、自分の使える魔法はどう確認するんだ」
「簡単だ、ステータスって唱えてみな」
「……なんだって?」
突然知っている単語が出てきたことに夕は驚くが、取り敢えず言われた通りにステータスと呟いてみた。
すると突如、目の前に、透き通った青色の膜が出現する。そこには白い色で文字も記されており、名前通りのステータスウィンドウであった。
「これは……」
ーユウ・ワタリビー
Lv:1 XP:0(10)
適合属性:
不適属性:
所持価値:21853
▼HP・EP・AP
▼適正職業
▼魔法一覧
表示された画面に描かれていたのはそんな単語群であった。
書いてある語句は、この世界で使われているものそのものだった。文字であっても翻訳機能は発動するらしく、その意味がすっと頭の中に入ってくる。
そうしたそれらの単語のうち、まず目を奪ったのは上から二行目と六行目。
「おい、このLvとかHPとかって、なんだ?」
「ん? ああ、それはレベルとヒットだな。ほかにもエクスとかエイチとか、イープとかエープとかって呼んでる」
青年はそう答える。
注意深く聞いていたが、HPなどの単語の発音は限りなく日本語に近い。まるで、その単語だけが外来語とであるかのようだった。
「変な言葉だよな、他の単語と比べると響きが気持ち悪い。ま、そんなことはどうでもいいけどよ」
そう言って彼は身を乗り出し、
「あんたの適正属性はなんだ? 火属性なら教えてやれんでもないが」
「ん? ああ、ちょっと待て」
そう言われた夕はステータスに視線を戻す。
しかし適正属性の欄に表示はなく、ただの空白のみがそこにあった。
「……属性が無い? 本来はこの世界の住民じゃ無いからか……?」
魔法が使えないのかと思った夕は、ためしに魔法一覧の逆三角形に触れ、その詳細を覗いてみる。
思った通り、黒い逆三角形は白い三角形に見た目を変え、新しいウィンドウがその左上に表示された。
△魔法一覧
・黄昏の魔法陣△
《黄昏の神の加護を得た者に使用できる個有魔法》
《EPを使うことで、接触点を中心に、目的の魔法陣を彫刻できる》
┗・面彫刻
「……黄昏の、魔法陣?」
「おお? お前、"黄昏" 持ちか!」
ふと呟いた台詞に、彼は珍しいものを見るような眼差しを向けそう言った。
「黄昏持ち?」
「なんでも、名前に黄昏とつく魔法は、魔法の中でも例外に値する魔法の一つでな。その特徴は千差万別。剣を生み出すやつ、粉を作り出すやつ、と言った感じにバラバラなんだが……。それらに共通して認識されるのは "万能である" という点だそうだ」
「万能?」
「ああ」
そう彼は頷く。
「とはいえ、万能だけど最強ではないっていうのが共通見解だ。虹色の粘土が汚い土に堕ちるか芸術品に成るか。その差は作り手の腕次第ってことよ」
「ふうん」
「だけどその、魔法……ジン、ってのはなんだ?」
「ん? 別に、魔法の陣と書いて魔法陣だぞ?」
「いや、見たことも聞いたこともない。……もしかしたらお前、ハズレを引いたかもしれないな」
まあ、黄昏の魔法ならどこ行っても重宝されるだろうがよ。と、男はからからと笑いながら付け足すようにそう言う。
「……黄昏の魔法陣、か」
結局、この魔法については万能かもしれないという情報しか出なかった。
のちに使える機会があればテストしてみるべきだろう。そんなことを思いながら、夕は男に向き直る。
「感謝しておく。取り敢えず大体のことは分かった」
「お、行っちまうのか。俺ぁまだ誰でも知ってるようなことしか教えてねえから、ちょっとばかし物足りないんだが」
「その程度がわかれば十分だ」
「ん。いいや、それならいいが。うし、それじゃあまた会おう」
彼はそう別れの挨拶を述べながら、手をふらふらと振った。
「そうだ、お前旅人だろ? ならギルドに登録しといたほうが色々と便利だぞ」
去り際に彼はそんなことを言う。
夕は素直にうなずき、カウンターで適当に手続きを済ませ、ギルドライセンスというカードをもらってから建物を出た。
発行:茜
【ユウ・ワタリビ】
ランク 冒険者G(0)
パーティ ーーー
称号 ーーー
ギルドライセンスに書かれた情報を見つめながら、夕は街の中を歩いていた。
「魔法にギルドにステータス、か。全く、まるでゲームの中に入り込んでる気分だ」
夕はそんなことを呟く。
とはいえ問題なのは、この世界がRPGに似ているということではなく、その単語がこの世界に存在していることだろう。
「魔法やギルドはともかく、なんでステータスなんてものがあるんだろうか。性質も知ってるものと全く同じだし……何より発音が一緒だった」
HPやらEPなども同様だ。何故かこの世界には、地球に存在したステータスという単語がそのまま活用されている。
この世界と地球はなにか接点があるのか、などと考えたりしたが、結論はわりとあっさりと出た。
それは、夕やクラスメイトが召喚されるよりずっと前に、既に誰か別の人物がこの世界にやってきたという可能性だ。
魔法陣という言葉をあの男は知らなかったようだが、しかし召喚されたあの塔には確かに魔法陣が掘られていた。おそらくは、魔法陣という技術はなんらかの理由によって失われて、それでも現代に残ったものを今の人々がそのまま流用している、という形であろう。
ならば、大昔に同じ地球から召喚された者が、このステータスという魔法を作り出し、そして現代に至るまでその魔法は風化せず残された、という可能性も否定しきれない。
「……まあ、どうでもいいか。」
……などと色々考察してみたが、夕は結局関係ないことだと吐き捨てた。
異世界から来た者が既にいる? だからどうした。というのが夕の感想だ。夕は首を振り、別のことに頭を働かせることにした。
「それよりも、気になるのは……」
夕はふと「ステータス」と呟く。
"黄昏の魔法陣"
黄昏の神とやらに魅入られた者のみに賜わりし万能魔法の一種、らしきものだ。
実際、夕は魔法というものには割と期待している。火を灯す、風を起こすなどもいいが、遠くのものを運べたり空を飛べたり、あるいは移転などができたりするなら実に実用的でありがたいからだ。
しかし蓋を開けてみれば、賜ったのは正体不明の謎魔法。その効果は魔法陣の彫刻だけだった。
「などと貶してはみるが、使ってみたら有用な可能性もあるからな……」
なので、国を出るよりも早めにテストをしておきたい。そんなことを思い、ギルドライセンスをしまって前を向く。
「ーーおい」
途端、背後から声がする。
振り返ると、そこに立った男が、いやにニヤつきながらこちらを見ていた。