21-救出作戦
「結論から言うと、ロンド・グレーゴルからガイ・レメットを盗むんだ」
宿にて、壁に防音の魔法陣を張りながら夕は言った。
「盗む……って、具体的には何をするんですか?」
「まず、ロンドがお前の兄を買ったって話だが、聞くところによればまだそいつは『銀の鳥』にいるらしい」
「えっ? どういうことですか? ロンドさんはすでに兄を購入してて、その……あまりこういう言い方はよくないですけど、ロンドさんの所有物になったってことですよね?」
「今、ロンドの手元にあるのは、ガイ・レメットの"所有権"だけだ」
魔法陣の彫刻を終え、夕はポーションを取り出して飲み込む。
液化した鉱物を飲み込んでいるかのような不快感を感じつつもそれを飲み干し、空になったポーション瓶を提げた。
「奴隷の首についてたチョーカーがあったろう?」
「……隷属の首輪、ですね。装着者に対して『抵抗』と『逃走』を封じる木属性の魔法器……。この街のものは、私が知っているものとは別の見た目でしたけど、存在はよく知っています」
「ふむ、知ってたのか。なら、その首輪ごとに『主人』を刻印する必要があることも知ってたか?」
「あ、いえ、それは知りませんでした。その仕組みとかはあまり……」
「そうか。まあ、これも聞いた話でしかないんだが、ともかく『隷属の首輪』ってやつにはそれが必要らしい。で、そのためにはちょっとした手間が要るらしくてな」
実際に何をする必要があるのかは知らないが、ともかくその『刻印』には時間がかかるらしい。
そのことを喋っていた道具屋の店長は、たしか木属性の魔法がどうのこうのと言っていた気がするが、ともかく。
「それがあるから、購入と実際の受け渡しにはタイムラグがあるというわけだ。言いたいことは伝わったか?」
「えっと、はい。なんで兄がまだお店にいるのかはわかりました。ただ……」
「そいつを店から奪い返すためにどうするか、だろう。それも今から話す」
そう言うと夕は、部屋の床に右手を置き、黄色い魔法陣を描いた。
するすると描かれていく魔法陣は数秒で形になり、そこから放たれた光がホログラムのような形を作る。
そうして現れたのは……どこかの見取り図のようなものだった。
「これは……?」
「『銀の鳥』の見取り図だ」
「……えぇっ!? そんなのいつの間に手に入れたんですかっ?」
「手に入れてない。ただ、どうやら俺の魔法はここまでひどく万能らしくてな」
少し無理はしたが、と、夕は口にした。
この魔法陣は『任意の建物の見取り図を出す』だけの魔法陣だ。ただし、そのために必要なリソースは『EP』のみ。無論、代償は大きかったが。
とはいえ1度目の使用の際には非常に多くのEPを必要としたものの、2度目以降はそれほど消費しないらしかった。EP消費の法則は未だ見えないものの、低燃費で何度も見直せるのは大きい。
「これをもとに俺たちは今から『銀の鳥』に侵入して、ガイを連れ戻しに行く。いくらか無茶はあるが、それは俺の魔法で押し通せるだろう。ポーションの貯蓄は十分ある」
「ち、力技ですね……。でも、ポーションでEPを回復しながら行くんですか? それは無理があるのではないでしょうか」
「どうしてだ?」
「ポーション酔いで気持ち悪くなると思います。ポーションを一度に飲み過ぎるとポーション酔いを起こして、下痢とか腹痛とか頭痛とか、とにかく体調が悪くなるはずです」
「ああ。それで夕方ごろから吐き気が止まらなかったのか」
「休んでくださいっ!」
「休んでる暇もないだろう。お前の兄が引き取られるのは明日だぞ」
えっ、と、ミルは驚いて口をつぐんだ。
「だから、今日の夜に決行する。頭痛や吐き気なら、少なくとも俺は耐えられる。本格的にキツくなったらそれこそ魔法陣でどうにかする」
「魔法を使って体調を崩して、それを魔法によって治す……。それってどうなんでしょう……」
「押し通せるなら、力技が一番早くて一番楽なんだ。不都合が多いのが難点だが、そこをクリアできるなら俺はその方法を選択する」
そう言って夕は嘆息した。
「それじゃあ今から侵入ルートと脱出ルートを話す。頭に叩き込めるか」
「はい」
「即答か。なら信じるぞ」
「もちろんです。兄を助けられるなら……私ができることはなんでもしますから」
「なんでも、か」
夕は危ういなと思ったのを口に出さずに心に押し込めて、そしてミルに、その計画を話すのだった。
@@@
「……………………」
その男は、部屋の奥であぐらをかいたまま静かに目を瞑っていた。
吸い込まれそうな黒い髪。耳元が隠れるくらいに伸ばされた髪は、手入れされておらずボサボサだ。
男の上半身には何も身につけられていない。幾つにも割れた筋肉に、幾つかの傷跡。そして背中から生える真黒い翼が露出している。
首元には黒いチョーカーがつけられている──それは、その男が奴隷の身分であるという証拠だ。
それ以外に目立った拘束はされていない様子。手錠も、足枷もそこにはない。
もっともそれは、拘束などその首輪一つで事足りるというだけのことだが。
「……………………」
ゆっくりと、その男は瞼を開く。
その瞳は彼の持つ髪の色と一緒で、飲み込まれそうなほどに暗い色をしていた。
闇の色、夜の色。まさに鴉のような色。背中から生える翼と合わせてそれらは、その男が希少種族『八咫烏族』の男であることを証明していた。
その男──ガイ・レメットは、おもむろに口を開く。
「……なにか、妙な胸騒ぎがするな」
ガイは、その身に感じた違和感を口にした。
確固たる理由があるわけではない。純粋に、ただそう感じたというだけのこと。
しかし、かつて滅ぼされた故郷から逃げ延び、以来の旅の中で培ってきた危機察知能力は侮れない。
「何かがこっちに向かってきてんな。職員の気配じゃねぇ。全く別の気配……な、気がする」
ガイはそこを立ち上がる。
向かってくる何かに対して、少しでも対応するように。身に迫る危機を回避するくらいなら、きっと『抵抗』や『逃走』には該当しないだろう。
もっとも今は、愛用の大剣がどこにもないわけだが……構わない。素手でも戦えないことはない。
──そして、次の瞬間。
「………………」
がちゃりと、扉の鍵が開かれる音がした。
それからまもなく、開かれるはずのない扉がひとりでに、ゆっくりと開かれる。
扉の向こうには誰もいない。
奇妙、奇怪すぎる現象だった。誰の手でもなく、ひとりでに勝手に扉が開くなど──。
「いんや、タネはあんだろ」
「……………………」
「そいつぁひとりでに開くドアじゃねぇ。……姿を見せろ。てめえは誰で、何をしにきた」
「……そうだな。もう姿を隠す理由はないだろう」
ガイ以外、誰もいないはずの空間に声が響く。
男の声、ガイの聞いたことのない声だった。次の瞬間、男の前に二人分の人影が現れる。
片方は、ガイにとっては見知らぬ赤の他人。髪や目の色からして同郷のものだろうか──いや、ガイは直感で『それは違う』と感じとる。
だが、それは良い。問題はもう一人の方だ。
それは本来ここにあるべきではない存在。ガイが可能な限り遠ざけようとしていた、最愛の存在がそこにいる。
幼い、まだ幼いはずの少女が……ガイには欠けようのない、愛しい唯一の家族が。
「────ミル。なんでいるんだ」
「……よかった。無事だったんだね、兄」
ミル・レメットが、何故ここにいる。




