20-奴隷の街
奴隷の街、ラグバ。
人王国、すなわち人領の王が住まう国を除けば、人領でも一、二を争うほどの規模を持つ大都市のひとつである。
奴隷の街、とは文字通りの意味だ。
この町には奴隷の文化が非常に根強くしみついている。大通りを行けば奴隷商店がいくつも立ち並んでいるし、街を行けばそこかしこに奴隷が見受けられるだろう。
……というのが、夕とミルの事前知識だったのだが。
「そんな人間、一人もいないじゃないか」
街を行き交う人々は皆幸福そうに見えた。
手を繋ぎ、笑い合いながら街を行く夫婦。露店で値切り交渉をしているらしい女性と、負けじと声を出す露天の店主。兄弟らしき二人がかけっこをしていて、母親らしき人物が危ないからと呼び止めている。
一般的な『奴隷』のイメージを体現したような人物はいない。鎖で繋ぎ止められている様子もなし。
本当にここが『奴隷の街』なのか、夕はただ困惑するだけだ。
ただ。
「あの、ユウさん」
「なんだ?」
「もしかして、なんですけど……」
ミルが視線を向ける方に、夕もまた顔を動かす。
露店のうちの一つ、雑貨屋らしき店だ。そこには店主らしき男が一人と、もう一人、女性が立っていた。
「あれがどうした」
「あの女の人の首元にある、あの黒い首輪。なんだかつけている人が多いと思いませんか?」
そう言われて夕はあたりを見回してみる。
言われてみれば、確かに、街を行く人々のおよそ三分の一ほどは、首元に黒いチョーカーを巻いていた。
枷、というような見た目ではない。布か革でできているように見える。
だが事前知識と照らし合わせて考えればやはりそれは。
「奴隷の証、ってことになるのか」
「かもしれません。けれど、それにしては皆さん……」
幸せそうに見えます、とミルが言う。
確かにその通りだ。傷跡も、つらそうな表情もそこにはない。服を着て、当たり前に人と会話していた。普通の人との違いなどないように思える。
すべての奴隷が虐げられている、という考え方は確かに偏見かもしれないが、それはそれとして夕としてはやはり奇妙に感じていた。
「まあいい。とにかく、目的を果たしに行くぞ」
「……そうですね。とにかくまずは、兄がどこにいるか探さないと!」
そうして、二人はラグバの街を歩く。
多種多様な人物が首輪をつけて行き交うこの町では、希少な黒髪と黒い瞳も目立たなかった。
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「……あまりたくさんのことはわかりませんでしたね」
聞き込みを終え、二人は側にあったレストランに立ち寄っていた。
レストランの中は、外よりも首輪をつけた人物が多い。主に給仕がそれだった。調理師まで奴隷なら驚きだが。
「多くはないが、収穫はあった。売り出された場所が分かったのは僥倖だ」
聞き込みでわかったことは結局そこに集約される。
八咫烏族の男が売り出されたという話は、街の一部の間では大きめのニュースになっていたそうだ。当然といえば当然かもしれないが。
その売り出された店というのが、『銀の鳥』という高級スレイブショップだという。
「けれど、兄はもう買い手がついちゃったって……」
しかし。オークションに出されたその男は、すでに『ロンド・グレーゴル』という権力者が購入済みなのだそうだ。
誘拐され、売り出され、そして買い手がつくところまで来てしまっているというわけである。
ロンドという男からそれを買い戻すのも無理だろう。ミルの兄、ガイの種族である八咫烏族は希少だ。夕やミルの手持ちで買い戻せるものではないだろうし、何とか買えたとしても、資金が尽きた状態で行う旅は極めて苦しいものになるだろう。
「……ごめんなさい、エナヴィゼの街で私がわがままを言ったから……」
「過去を責めたところで生産性はない。この先のことを考えるぞ。それに、状況はそれほど絶望的なわけじゃない」
「え?」
「詳しくは後で話す。ここはレストランだからな、誰かに聞かれると困る話だ」
と、そんなところで料理が届いてくる。
やってきたのはパンとスープ、そしてハンバーグ。夕がハンバーグで、パンとスープがミルだ。
二人はそれを一口食し、
「……不味い」
「そんなことないですよ。……味が薄めなのは分かりますが」
と、難色を示したのだった。
「味覚の違いだと思っていたが、お前もそう感じるんだな。これは人領だけなのか」
「そうですね。……そうだ、今ので思い出したんですけど」
そうミルが話を切り出した。
「あれ以降触れないようにはしていたんですが……、その、ユウさんの言ってた『異世界人』って、どういう意味だったんですか?」
おずおずと、慎重にミルはそう尋ねた。
夕は前に訪れた街、エナヴィゼを出た後、自分の出自をミルに明かしている。ミルの願いを手伝う約束も、またそれと同じタイミングで交わしたのだ。
夕は「ああ」と淡白に相槌を打ち、
「文字通りだ。異世界、つまりここじゃない場所から召喚されたらしい」
「え、えっと……つまり、どういう……」
「まあそうだな……。俺が住んでいた場所は、太陽と月はひとつづつしかなかったし、種族だって大まかでいいなら、人種に近い1種族しかなかった。魔物も魔物宮もなかったし、大陸とか地形もこことは全く違うものだ」
「『世界の壁』も?」
「なかった。俺らは球の形をした世界で生活していたから、まっすぐ歩いていけば理論上は同じ場所に戻ってくるような作りだった」
「それは……想像できないですけど、なんだか幻想的ですね」
「俺に言わせてみればこっちが幻想だ。魔法なんてもんはなかったよ」
「魔法がなかった? じゃあ、どうやってみんな生活していたんですか!?」
「魔法はないが、科学があった。動きや変化について法則を見つけ出し、それを悪用することで様々なものを作り上げていた」
「わあ……っ! たとえば、どんなものがあったんですか?」
「……妙に食いついてくるな、ミル」
「あっ」
突っ込まれて、ミルはすこし顔を赤らめてはにかんだ。
「その、もともと冒険譚とか、伝記とかが好きだったんです。あの頃は集落の外に出ること自体ができなかったから」
「そうだったのか。まあ、考えてみればそりゃあそうなるのかもしれないな。外を出歩くこと自体がお前らには危険だったんだろう」
「外に出たい! って気持ちは強かったんですけどね。やっぱりそういう本の話に惹かれたんだと思います」
ただ、とミルは言う。
「今はそれより大切なことがあって、そのために旅をしているのですが」
「……そうだな。まあ、とにかく異世界人ってのはそういう意味だ。わかっているとは思うが、このことはむやみに他人には明かすなよ。お前には軽々しく言ったが、あんまり人に知られると面倒がある」
「はい、わかりました。……あれ? でもそしたら、ユウさんはどうしてそのことを私に明かしたんですか?」
「……………………」
言われて、夕はすこし黙った。
「……別に、その方がこの先齟齬がないと思っただけだ」
「……そうなんですね。わかりました」
ミルはどこか仕方ないかといった様子でそう返した。
「飯を食ったら宿の予約を取る。まずはそこでこれからやることを話すぞ」
「はい。だけど、あまり人に聞かれたくないことって……」
「そりゃあそうだろう」
夕はなんでもないといった様子で言った。
「犯罪なんだからな」
ミルのかじるパンが、少し喉を通りづらくなった。




