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黄昏の魔法陣  作者: しまけん
第一部 "人領編" 第一章「夢を見る八咫鴉」
15/21

15-川と生きる街

 ベッドに腰掛け、ふう、と息をつく夕。

 ここは宿の二人部屋。街に来た時に取った部屋である。

 向かいのベッドにはミルが座っていた。その顔つきは思い悩んでいる風に暗い。


「それで、これからどうするんだ」


 暗い表情のミルに夕はそう尋ねた。


「……どうするか、ですか」


「この街に節介を焼くか、兄を助けに "奴隷の街" に赴くか。二つに一つだ」


 夕の言葉を受け、ミルはさらに落ち込んでいく。

 自分を抱くような仕草をして、それぞれの手で茶色いロングコートを握りしめていた。


「……できれば、私はこの村を助けたいです」


「ガイ・レメットを見捨ててもか」


「そんなことは! ……たしかに、一刻も早くにいと再会しなきゃいけません。だけど、それでも、この街の人たちやエシトさんを無視できないんです」


「…………」


 夕はそう言うミルを気だるそうに見つめる。おもむろに夕は腕を足を組み、相変わらずの平坦な口調で尋ねた。


「ミル。お前はどうして、そこまでしてこの街を助けようとするんだ」


 願いのため、とミルは言っていた。

 だが、それがなんなのか、夕には一向にピンとこない。

 その問いかけにミルが一度キョトンとしたあと、真面目な顔つきでそのことを話し始めた。


「……私はどうしても見捨てることが出来ないんです。誰も悪くないのに、誰かが悲しんだり、怒ったり、責められなきゃいけない。そんなの、あっちゃダメなはずなんです」


 ミルはそう語る。

 その話を聞いた夕は、気だるそうな視線をいつしか真剣なそれに変化させ、先程の問いかけに重ねて質問した。


「ミル。お前のその考え方は、お前の経験に影響されたものなのか?」


「…………」


「俺にはお前の考えが理解できない。ただ、お前は昨日、自分の集落が人に滅ぼされたと言っただろう。つまりお前は、その光景が目に焼き付いていて、それをどうしても否定したい。だから誰かを助けることに躍起になっているんじゃないか?」


 それなら納得できるんだが。そう言って、夕はまっすぐにミルの瞳を見つめる。

 ミルは夕の方に向き直る。そして夕の眼を見つめ返し、


「違います」


 即答で否定した。


「何?」


「私はあまり、そのことを気にしていません。私の思いはもっと単純で……。私はただ、私の抱いた願いを、夢のままにしたくないだけなんです」


「……願い?」


 夕の問いかけにミルは頷く。


「……あの日、私はこの世界の影を見ました」


「…………」


八咫烏族わたしたちの翼や瞳より、もっと暗くて黒い影。……家族や仲間が殺されたことよりも、この世界にそんなもの(・・・・・)があることの方が、私にとっては恐ろしかった。」


「…………」


「だから私は願ったんです。この世界にそんな『影』があるのなら、それがなくなるように。どうにかしたいことを、どうにも出来ないまま終わる人々がいなくなるように。ーー誰もがただ自分の意思で生きていけるように」


「…………」


 夕は何も言わない。ただ絶句していた。

 形容し難い気味の悪い何かが夕の心にわだかまる。だが、その不快感を押し殺し、ミルの話を要約した。


「……つまりお前は、こう言いたいのか」


 額に触れて、ため息を吐き、ミルの目を見る。

 その目は至って真剣だった。自分は何もおかしな事は言っていないと主張している。


「お前は、世界平和を夢見ていると」


 おかしな事、ではないだろうが。

 しかしそれは、十四の少女が二年間も抱き続けるような願いではないはずだった。


「……笑わないんですね」


 少し間を置いてミルがそう言う。


「一度だけ、にい以外の人に言ったことがあるんです。その時は大笑いされて、不可能だと罵られました」


「そりゃそうだろうな」


「だけどあなたは笑わなかった。……こんなの、笑われたって文句は言えないって、私でも思ってるのに」


 それはそうだと夕は思う。

 そんな話を本気で語るなど、小学生でも出来ないだろう。ふつうは一生に付されるべき話題だ。

 だが、夕はそれを笑えなかった。

 何故だろうと夕は考えたが、その答えは一向に出なかった。夕はため息を吐いて頭をリセットし、話題を振り直す。


「まあ、なんにせよだ。エシトの話を街の人間が信じようとしない以上、この街を救うのは難しいだろう」


「……やっぱり、そうでしょうか」


「ああ。話を聞こうとしない人間を説得することはできない。説得というのは、会話を通してするものだからな。会話が成り立たなければやりようがない」


「…………」


 そう言われてミルは黙りこくってしまう。夕が面倒そうにため息を吐くと、ふいに扉を叩く音が聞こえた。


「………?」


 夕が立ち上がり扉を開けると、そこには店主が立っていた。


「何だ?」


「あなた方あてのお客さんだそうですよ」


 店主はそう答える。

 夕が「客?」と問い返すと、店主は軽く頭を掻きながら、


「いやあ、この辺りを回ってるみたいだから、あなた方あてというのは語弊がありましたけどね。この村の青年団ですよ」


 彼の返答に、夕は訝しむような顔をして見せた。



 @@@



「はじめまして、旅人さん。俺たちは、この街の青年団に属してる者です」


 下の階に行くと、そこにいたのは二人の男だった。

 片方は金髪で背の高い青年、もう一人は茶髪で童顔の青年だ。

 金髪の青年が話を続ける。


「お二人は、この街にあるはずの水がない、というのはご存知ですか?」


「ああ。原因も知ってるし、そいつと話もした」


「おお……!」


 金髪の男が驚いたような顔を浮かべる。

 すると隣の茶髪の青年が「じゃあ」と食いつき、


「それなら、オレたちに協力してくれる気はありませんか?」


「協力、ですか?」


 ミルが聞き返す。


「は、はい! オレ達は先ほども言った通り、街の青年団なんですが……」


「その活動の一つとして……いや、今はこっちの活動の方が多いか。俺達は今、川と取り戻すためにいろんな活動を行っているんです」


「その活動っていうのは、具体的に何をしてるんだ」


 夕がそう問うと、二人は待っていましたとばかりに顔を明るくした。その質問には金髪の男が答えた。


「具体的には、定期的に彼が今いる住処に直接行って、青年団や街の人と集まり抗議しています。他には、王国の学院や騎士団に文書を送ってみたりとか。……まあ、成果は乏しいわけですが」


「抗議、か」


 金髪の男の話を聞いて、夕はエシトのいる小屋を思い出した。

 抗議の張り紙、罵言の文字、立て付けの悪い扉。あの様を既に見ていると、やはり二人に好印象は持てない。

 それはどうやらミルも同じらしく、複雑な顔で二人を見上げて口を開いた。


「……抗議というのは、実際、どのようなことをしているんですか?」


「……それは」


「先ほどユウさんが言ってくれたけれど、その……私たちは見ているんです、エシトさんのいるあの小屋を。もしああいった事をするのであれば……」


「いえ! ああいった事をするのは、本当にごく一部の人だけです! 俺達はただ、彼への説得を促すために声を出すだけで、あんなことはしません!」


「だが、するやつは居るんだろう」


 夕が言うと、青年は言い訳のしようがないといったように俯いてしまった。


「それほどの価値があるものなのか? あの川は」


 夕がそう質問する。


「そりゃあ、この街にとって川は生命線なんだろうよ。魚や水は勿論だが、観光業を大きな収入源としているんだから大事なのはわかる。だが、説明は受けたんだろう?」


 説明とはもちろん鉱毒のことだ。

 摂取するほど体に蓄積される毒。苦痛はなく、ただ人間の寿命を縮めるだけの能力を持つ毒液ーー『ルル晶液』。


「お前は今、何歳なんだ」


「……17歳です」


「そうか。俺には29歳ほどに見えるぞ」


「…………」


 エシトは「気付いていないのだろう」と言った。症状がないからだと。

 そんなのはありえない。多くの人々が40になる前に息絶えるのだ。気づいていないはずがない。


「その理由がエナヴ川だと知った。なのにお前たちはいつまでも川に執着する。その理由が、俺には理解できない」


 夕だけではない。多くの人には理解できない感性のはずだ。

 数秒の沈黙が流れる。その時間は、青年に見える少年たちには長く感じられた。


「……あの川は、オレたちの人生なんです」


 そして、茶髪の男がつぶやくように言う。


「オレたちはエナヴ川と一緒に生きて、誰よりもエナヴ川を愛している。この街を出る人もいるけど、少なくともオレ達は、あの川と一緒に生きてく生き方を選んだ」


「……けれど、寿命がどんどんなくなってしまうんですよ?」


「それならそれでいい」


 茶髪の男は、ミルの言葉を遮って言った。


「オレ達は川と共に生きてきたんだ。先祖から代々受け継ぎ、恵みを受け、大切にしてきた。だから……」


 そこから先は紡がれない。だが、この街の実態を二人が理解するには十分だった。


「……ミル。それでもお前は、この街を助けようとおもうのか?」


 青年達にはぎりぎり聴こえないくらいの小声で、夕がミルに問う。

 助かる気がない人間を、助けを求めてない人間を、助けだと思ってない人間を助けるのかと。

 返答は、些細な頷きだった。


「…………」


「……お気に障ったのなら申し訳ないです。お二人は旅人で、本来こんなことに関与する必要なんてありませんでした」


 非常識であったと金髪の青年が詫びる。彼が頭を下げると、それを真似するかのように、茶髪の青年も頭を下げた。


「これから、どうするつもりなんだ?」


「あと何軒か回っていきます。そうしたら、彼のところに再び向かいます」


「そうか」


 そうして二人は宿を出て行った。

 扉の閉まる音が響いた。目の前にはもう、彼らの姿はない。

 宿の一階には夕とミルの二人だけが残り、微妙な空気がその部屋を満たしていた。

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