13-酒場と手がかり
いつも同じような夢を見る。
展開の筋はほとんど同じで、けれど毎回少しだけの差異のある夢。
それは『もしも』の夢だ。過去の出来事を骨組みに、肉付けだけが少しずつ調整されつづける。
けれど、いくら表面を調整したって、骨組みはやはり変わらなくて。
同じ始まり方をして、同じ終わり方をする。
そんな夢ばかり見る。
けれど、その夢は違った。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
何もない。無さえない。有さえない。
時間はなく、空間はなく。物も力も魂もない。
けれど、けれどそこにはたしかに『なにか』がある。そんな夢だった。
そこにある『なにか』はふたつ。自分と、それ以外の何か。
自分以外の何かについては何もわからなかったけど、幸い、自分がなんであるかはわかっていた。
そのとき、なにかが自分に何かを伝えてくる。
ーーー君が一人目だ
ーーー君こそが引き金だ
ーーー君こそが唯一の一であり、唯一の全になる
……引き金?
ーーーけれど君は未だ幼い
ーーー精神が、肉体が、知識が未熟だ
ーーー未だ満たされぬ状態だ
それが自分になにを伝えようとしているのか、自分には全くわからなかった。
けれどそれは、自分の不理解を一切考慮せず、ただひたすらに、一方的に伝えてくる。
ーーー時は近い
ーーー君のことを君が知る時は近い
ーーーなればこそ期待しよう、████
なにかはそんなことを云っていた。そこから消えていくそれは、あまりにも特徴が無く、それ故に異質ななにかだった。
消えていくなにかを引き留めようともがいたけれど、それは意味をなさずに、世界は形を取り戻し始めていた。
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「ーー起きろ、ミル」
「……ん……まって……」
「だめだ。起きろ」
「だいじなこと……なんでしゅ……」
「なんの夢見てんだ。起きろ」
寝ぼけながらぶつぶつと起きたくない旨の言葉を呟くミルと、それを揺らす夕。
これまでミルと何度か野宿をしてきたため、ミルが寝起きの悪いタイプであることを知っていた夕だが、今日に至ってはいつも以上に頑なだ。
野宿の時よりも比較的寝やすいベッドで寝たことで、いつも以上に起きづらくなっているのかもしれない。
「んん……おはよう、ございます……」
そうやって夕がミルの身体を揺さぶり続けて数分。ミルはやっとその身体を起こした。
ミルは眠そうに目を擦って、夕の方に向き直る。どうやらやっと目が醒めたらしかった。
「す、すみません、朝は弱くて……」
「知ってる。さっさと準備して外に出るぞ。人探しをするなら聞き込みをするのが定石だ」
「は、はい! ……それで、どこに向かうんですか?」
「そんなもの決まっているだろう」
夕はつまらなさそうにミルの方を振り向き、
「酒場だ」
と言った。
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ギギギ、と木製の扉を開いていく。
カウンターの内側には店主と思われる男が立っており、その回りの椅子や室内に点々と置かれたテーブルには、ぽつりぽつりと男たちが座っていた。
「……そういえば、大人になってない私が酒場に入って良かったのでしょうか?」
「大丈夫だろ。まあ褒められたことじゃないかもしれないが、別に飲まなきゃいけなんてことはない」
夕は酒場の中を進んでいき、カウンターの席に適当に腰掛けた。
「おや、若いね。……そこの子は? 酒場に子連れで来るってのは……」
店主が夕にそう話しかける。
夕は店主のほうを向いて、その声に受け答えする。
「ああ、変に思うかも知れないが、別に俺たちのことを気にする必要はない」
「うーん、そうか? まあ、それなら気にしないことにしようか」
「……で、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
夕はそう切り出し、先日ミルから聞かされた話のような特徴をもつ男を見なかったか尋ねる。
それを聞いていた店主は思索するように首を捻り、
「……そうだな。この間、うちの店に来た覚えがある。黒髪と黒目は特徴的な外見だったからね、さっきまでは忘れていたが、思い出してみればはっきりわかる」
「本当か?」
「本当ですか?」
早速有力な情報を得られそうで、夕とミルは同時に反応した。
店主はハハハとかるく笑う。
「仲良いな、君たち。長い付き合いなのかい?」
「……いや、数日前に初対面だ。今のはたまたまだろう」
「へえ、そうなのかい? それは意外だな」
「それで、どうなんだ。そいつが今、どこにいるかは分かるか?」
その話題を遮るようにして話を戻す夕。店主はそうだなぁ、と右手を口元に添え、
「それはわからないかな。けれどこの間、黒髪の男があの研究家の家に入っていってたという話は聞いたよ」
「あの研究家?」
ミルがそう聞き返す。「知らないのかい?」と店主は言い、
「エシト・タルデア。この街の生命線ともいえる用水路をせき止めている男さ」
「……エシト・タルデア、か。その男なら、ガイの行方について何か知ってるってことか?」
「そこまでは僕はわからないね。けれど訪ねてみる価値はあるんじゃないかな」
「そいつの居場所はどこに?」
「街に水を引くための水門さ。そこに奴は立てこもってる。酒場を出てから右のほうにまっすぐ進めば着くよ。かなり目立つから、見れば一眼でわかるはずだ」
「……そうか」
夕が席を立つ。
「ミル。どうやらエシト・タルデアという男を訪ねるのが一番いいらしい。行くぞ」
「は、はい! あ、えっと……店主さん、ありがとうございました」
「構わないよ」
店主はそう言ったが、難しそうな顔をしてそこに立っていた。
「……待ってくれ」
そして、少し間を置いてから店主は二人を引き止める。
「なんだ?」
「情報代がわり……というのはすこし違うかもしれないけれど。一つ、頼まれて欲しいんだ」
「頼み?」
「ついででいい。無理だったならそれでもいい。……どうか、あの男を説得して欲しい。僕たちの街に、どうか再び水をもたらして欲しい」
「…………」
夕のほうを向いていたのは店主だけではなかった。酒場の、そのやりとりを聞いていた人たち全員が、懇願するような顔で二人のほうを見つめていた。
「……はあ、めんどくさい」
夕はそう言って、その部屋を出て行った。
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その建物は確かに悪目立ちしていた。
石造りの周囲の建造物に見合わず、木造で建てられた建築物だった。大量に貼られた抗議の張り紙、壊された窓、壁に墨で記された罵詈雑言。その様は酷いもので、目に入るだけでも不快感を催す。
「これじゃ観光客も逃げて行ってしまうだろうに」
「街に水が通わなければ意味がないって、そう思ってるんだと思います。……川と生きる街というのは、川が無ければ死ぬという意味じゃないはずなのに」
「まあいい、とりあえず入るぞ」
そう言って夕は扉の取っ手に手をかける。しかし、叩かれてボロボロになっているその扉には、どうやら鍵がかけられているようだった。
ノックしても反応はない。外出しているのかとも思ったが、これだけ街人から恨まれている人間が簡単に部屋を出るとは思えなかった。
「居留守か……。こっちとしては出てくるのを待つほどここに長居したくはないな」
そう呟き、夕は取手のあたりに指を触れる。
そして目を瞑り、全身を通う魔力をそこに集約する感覚をイメージする。
「それはーー?」
ミルは、初めて見るそれに驚きの込められた呟きを漏らした。
赤い魔法陣は小さくまとまって描かれていた。夕がその指を離すと、がたんとなにかが外れる音がした。
「なにをしたんですか、ユウさん……?」
「気にするな。ただの魔法だ。さて……」
再び取っ手に手をかける。扉の歪みのせいで多少開きづらかったが、今度はすんなりと扉が開いた。
外の見てくれとは違いだいぶ清潔にされた室内。そこにいたのは、白衣を羽織った一人の青髪の男だった。
「……また抗議にやってきたのかい。鍵はかけていたはずなんだがね……んん?」
白衣の青年が口を開く。最初はうんざりしたような声。しかし二人の方に目を向けると、それは困惑のこもった声色に変わった。
「君たちは、ガイくんの知り合いかい?」
「お前がエシト・タルデアだな」
メガネをかけた白衣の男はその問いかけに応え、縦に首を振って頷いた。