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黄昏の魔法陣  作者: しまけん
第一部 "人領編" 序章
1/21

1-完璧な少年

 目を覚ますと、背中と後頭部に硬い石の感触を感じた。どうやら石の上で寝そべっていたようで、体のあちこちが痛い。


 なんだろうと思い上体を起こそうとするが、途端に起き上れないほどの倦怠感が全身を襲う。

 今までに感じたことのないほどの強烈な怠さだった。まるで何本もの毒針に全身を刺されたかのような感覚。どうしようもないほどの気だるさに身を侵されながら、しかしいつまでも寝ているわけにはいかないと思い、それをを振り切って体を起こした。


 そこは、森に囲まれた神殿のような場所だった。いわゆるパルテノン神殿のような見た目で、石柱と床、そして石の屋根のみで構成されている。もっともこの神殿はパルテノン神殿とは違い、どうやら円の形をしているようだ。

 床には何やら魔法陣のようなものが彫られており、その彫刻がまた、この場所に神殿らしい神聖さを与えていた。


 見知らぬ場所での目覚め。そのことだけでも十分不可解だが、奇妙さを感じさせるものはまた他にもある。


 床に描かれていた魔法陣。その内側には、見知った顔たちの人間が何人も転がり気を失っていた。

 彼らは少年のクラスメイトだった。先程の自分と同じように寝転んでおり、身動きひとつ取らず眠りこけていた。


 魔法陣の外では、今度は白いローブを見にまとった集団が、また同じように寝転がっている。

 よく見ると、もともとは夕たちを囲むような形で円形に整列していたらしいことが見て取れた。


「……ここは、どこだ?」


 倦怠感に耐えながら立ち上がり、ふらつきながら外の方へ向かう。

 今いる場所にある程度の検討をつけるためだ。太陽の角度や気象から、大雑把な時間を把握することができるはずだ。そう思い、目線を上空に向けたのだがーー


「ーーは、あ?」


 あろうことか、空には太陽が二つも浮かんでいた。

 一つは青白く輝く星、もう一つは赤く光る星。

 果たしてそれが正しく太陽なのかはわからないが、なんにせよ、太陽のように昼間に輝く星が二つもあるのは異常だった。


「どういうことだ?」


 頭を押さえながらそう呟く。

 どうしてこんな場所に来てしまったのか。夕はまず、そのことから振り返る事にした。




@@@




 渡日わたりび ゆうは、高校3年生の青年だ。

 見かけ上は普通と何ら変わりない青年。しかしながら彼は普通などとはとてもでないが言えない青年だった。


 夕は、クラスメイトから頻繁に「完璧」などと謳われていた。

 要領は非常に良く、物覚えも異常に良い。身体能力もほどほどで、あらゆる点において平均以上の性能を発揮する。

 そんな高スペックを兼ね揃えた高校生が渡日夕という青年だった。


 とはいえ天は二物を与えないらしく、一見完璧に見られる彼にも、欠点といえる要素はあった。

 それは彼の性格の部分にあった。

 合理主義で実利主義。現実的かつ機械的。傍若無人とも取れる無機物的なその態度に、生来の完璧性が拍車をかけている。

 そんなだから友人は殆どおらず、むしろ周りからは嫌厭されていたのだった。


「はあ……」


 授業中。教室の窓際の席に座る夕は、窓から望める校庭をぼんやり眺めながら溜息を吐く。

 いつからだったか、このため息は夕の口癖のようになっていた。


 ふと、何とは無しに斜め前の席に目を移した。

 居眠りをこいているクラスメイトの机の端に、一冊の本が横たわっていた。その表紙には、アニメ調のキャラクターが強調して描かれている。


 いわゆるライトノベルという類の小説だ。「異世界」の単語が誇張された、説明口調のタイトルの本である。


 主人公がある日唐突に剣と魔法の異世界に召喚され、そこで与えられた能力を駆使して活躍する。そんな物語なのだろう。

 普段の夕なら興味も示さないような書籍だ。


「異世界……。こことは異なる世界か」


 しかし、退屈を持て余した夕には、そんな都合の良い世界がある意味で魅力的に見えた。

 もし本当に異世界なんてものがあるのなら──その世界は、こんな世界よりもずっと生きやすいのだろうか。


「……馬鹿馬鹿しい」


 そのあたりで我に帰り、手元の教科書に目を移す。

 教科書、というよりかは大学の赤本だ。誰もが聞いたことのあるような有名大学の赤本。そのそばにあるノートには、赤い丸がいくつも残されていた。


「なんだぁ、これ?」


 3講時目の休み時間、真ん中あたりの席に座った一人のクラスメイトが、しゃがんで床を見つめながらそう言った。


 彼が見つめていたのは半径三センチほどのまるい紋章であった。円が何重にも重ねて描かれていて、中心には六方星が鎮座している。

 それらの線の隙間の所々に、見たことのない文字や、あまりみられないようなデザインの文様が描かれていた。


 「なにこれ、魔法陣?」 「細か……、しかも妙に完成度高いなあ」 「三彦、お前の仕業か」 「誰が中二病だ」


 注意する教師の声は誰の耳にも入ってこず、彼らは皆その奇妙な落書きに注目しており、またそれについて互いに言葉を交わし合っていた。

 誰が描いたのか。何で描いてあるのか。どうやって描けたのか。憶測や冗談が教室中を飛び交う。

 その中で、一人の少年が驚いたような声を上げた。


「なんだ? なんかでっかくなってってないか?」


 異常に気がついたのは最初にそれを見つけた青年だ。

 彼のセリフに反応し、「どれどれ……」と彼の友人がそれを覗きに歩み行く、次の瞬間。


「ーーなんだ!?」


 その落書き──魔法陣は急劇に輝きを増して、同時に教室全体を内包するほどにまで巨大化する。

 気がつけばあたりは魔法陣の光で埋め尽くされていた。


 困惑するクラスメイトたち。だがその中でも、冷静にいち早くそこから逃げ出そうとする者もいた。

 しかし、その希望は打ち砕かれる。


「あ、開かねえ!」


 彼そう叫び扉に力を入れるが、世界に固定されたかのように動かない。

 窓も同様、叩き割ろうとしてもびくともしない。さながら透明な鋼鉄のようだった。


 皆が慌てふためき、驚愕に声を上げ、教室は喧騒に包まれる。その中で、夕はただ至って冷静な素振りで机に座っていた。

 無論、夕も困惑しているし警戒もしている。たが今は、それ以上の興味が彼の心を支配しているのだ。


 もし本当に異世界があって、魔法が蔓延っているのなら。

 原始からその歴史の一切がこの世界と異なり、常識や一般論が通用しない世界に、今、唐突に召喚されたのなら。

 その世界は、きっと──


「……」


 普段一言も笑わない鉄のような人間が、ささやかながら胸を昂らせていたことを、クラスメイトは知るよしもなかった。

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