黒き心は闇を描く〜第一章〜
暗黒界。
今ここに、その性格故に死神界から追放された死神の少女がいた。
名はヴェーレ。
…初めから死神界のような箱庭にいる気はさらさら無かった。ヴェーレは喜んで追放勧告を受けたのだが、暗黒界に着いた後、何をすれば良いのか分からなかった。
それは当然の事である。てっきり魔界のような知名度が高い世界に追放されると思っていたヴェーレは、見た事も聞いた事も無い暗黒界に追放されて、少し戸惑っていた。
まぁ…行くあては無いのだが、取りあえず歩いて行けば良いだろう。
…そのヴェーレの考えは当たっていた。
目の前に人だかりが見えたのである。
その先には
「暗黒学園」という立て札が着いた建物。きっと学園であろう。
唖然としてその学園を見ていたヴェーレに、1人の少年が話し掛けてきた。
「お前もこの学園の入学試験を受けるのか?」
そこには青い髪をした悪魔の少年がいた。見た目は自分と同じ、13歳程だ。
急に質問されたので、ヴェーレは答えられないでいた。
その様子を察知した少年は、静かにこう言った。
「…この学園の事を知らないのか。ここは"暗黒学園"。この学園で一番の優等生になった者は、数年後、暗黒界の魔王になれる…」
"この学園で一番の優等生になった者は暗黒界の魔王になれる"…そのフレーズに、ヴェーレは強く惹かれた。
何せ自分の小さい頃の夢は、"魔王になって世界征服をする事"だったからだ。
この学園に入れば、小さい頃の夢を叶えられるかもしれない…
「ん…?何か入る気満々みたいだな。俺は何かこの学園の教頭にスカウトされちゃってさ…別に入学試験を受けなくても良いって言われたけど、受けた方がスッキリするかなー…と思って。…じゃあ、俺はもう行く」
その少年はそう言い残すと、学園の中に入って行った。
この学園で優等生になれば、暗黒界の魔王になれるのか。…よし!決定だ!この学園に入る事にしよう!
ヴェーレは少年の後を追い、試験会場まで走って行った…
…ワクワクしながら試験会場に入った。どうやらこの学園は、面倒くさい入学手続きなどは、しなくても良いようだ。
面倒くさい手続きがないというのは非常に都合が良い。ヴェーレは…あまり賢くなかったからだ…
しばらく会場で待っていると、やがて試験官らしき魔族の女が会場に入って来た。
それまで騒がしかった会場のどよめきが、一瞬にして消え去った。
試験官は試験会場の奥にある、舞台に立った。
「この学園の入学試験内容は…」
ヴェーレはなるべく聞き漏らさないように、慎重に話を聞いた。
「強さを確かめる実力試験と…」
ヴェーレはそれを聞くと、静かに口角を上げた。強さには自信がある。今まで沢山の罪無き者を闇に葬ってきたからな…
ヴェーレは次の試験の内容も聞いた。
「心の黒さ、醜さを確かめる面接と…」
これもバッチリだ。自分は死神の中でも特にあくどい性格をしていると言われている。その性格のせいで、死神界を追放された程だ。
…だが、ヴェーレは最後に試験官が言った試験内容を聞き、絶望した。
「知力を確かめる筆記試験をやってもらう!合否は、これらの3つの試験を平均させた点数で決めるぞ!では、皆、次の第二試験会場に移れー!」
周りがもう大移動を始めているというのに、ヴェーレは立ち止まっていた。
知力試験…自分には絶対無理だ…勉強など生まれてこの方、一度もした事が無い…
ヴェーレが立ち止まっていると、誰かに肩を叩かれた。
…それは、さっき門で会った少年だった。
少年はヴェーレにピースすると、ニコリと微笑み、そのまま第二試験会場へと移っていった。
何なんだ…あの微笑みは…。一気に毒気を抜かれた気がした。それと同時に、何故か安心感が湧いてきた。
誰でも不安な時に微笑みかけられると、安心するのだろうか…
それにしても…門での時といい、今回といい、愛想の良さそうな少年だ。
あんな奴が本当にスカウトされたのか…?
…この時のヴェーレは勘違いをしていた。あの少年の"微笑み"の意味を理解していなかったのだ。
少年を知る者なら誰しもが震え上がる、あのどす黒い微笑みを…
第二試験会場に着いた。ここから先の試験は皆、この会場で行われるらしい。
気合いをいれていこう…
ヴェーレは深呼吸をすると、胸を張り、緊張しながら、第二試験会場の中に入っていった。
…ヴェーレは入学試験に合格する事は出来るのか…
…ヴェーレは全ての試験を終えた後、げっそりしてやつれていた。
実力試験や面接は楽勝だった…だが、筆記試験には頭を悩まされた…
"算用漢字が入っている四字熟語を3つ上げよ"…分かる訳無いだろう…自分は"四字熟語"という言葉の意味さえ分かってないのに…。
…ってか、"算用漢字"って、どんな凶器の名前デスカ?自分は機関銃とかマシンガンとかしか知らねーよ。
ヴェーレがそんな風に、心の中で変な葛藤を続けている中、ついに合格発表が貼り出されたようだ。
暗黒学園は合格者を"キャル"と呼ばれる5つのクラスに分ける。キャルはE〜Sまであり、Sに近付けば近付く程、優等生という事だ。
ヴェーレは、せめてキャルがEでも良いからと、自分の名前を探し始めた。
ヴェーレ、ヴェーレ…。Eには………自分の名前が無かった。
安心すると同時に、落ちたのではないかという、不安な気持ちも出て来た。
Dには………あった!合格者Dの所に"ヴェーレ"と書かれていた。
D…か。合格出来たのは嬉しいのだが、キャルがDとは何か微妙な気持ちだ。
Sにはどんな奴がいるのか…
ヴェーレが合格者表を見ようとした瞬間、スグ近くでどっと歓声が湧いた。
「テスト全問正解の首席で、キャルがSだってよー!」
1人の少年が叫んだ。テスト全問正解の首席でキャルがS!?
ヴェーレが見たその先には………あの時の髪が青い悪魔の少年がいた。
少年はヴェーレを見ると、今度はニタリと口角を上げて笑い、ヴェーレにこう言った。
「お前も合格したんだな…」
そう言うと、少年は人混みの中に消えて行った。
今回の微笑みは気持ちが悪かった…いや、怖いと言った方が良いだろうか。自分の全てを見透かされたような気がして、とても恐ろしかったのだ…
…見た目にそぐわず腹黒い少年だ。あの試験を"満点合格"したからな。
試験内容には実力試験と筆記試験のみならず、心の黒さを確かめる面接試験もある。
この面接試験さえも満点合格してみせたのだ。きっと、とんでもない極悪人に違いない…アイツにあったら、まずは警戒しよう…
だが、ヴェーレはこの先、さらに衝撃を受ける事となる…
…暗黒学園では入学試験が行われた後、スグに入学式があるらしい。何故そんなに入学式を急ぐ必要があるのだろうか…
…ヴェーレは疑問を持ちながら、体育館へと急いだ。
校長が話す長ったらしい話。それは暗黒学園でも同じであった。
「…で、あるからにして…」
ヴェーレや他の生徒達も、校長の話は聞いてなかった。よくある話だ。だが…
「次は新入生代表に出て来てもらう」
校長がそう言った瞬間、皆の顔が凍りついた。あの少年はどんな風に出て来るのか…普通に出て来てその場のテンションを下げるのか…はたまた突拍子に出て来るのか…皆、興味津々であった。
「新入生代表、入れ」
その言葉と共に舞台に出て来た少年は…何故か片手に業務用のクッキーを持ち、クッキーをむさぼりながら歩いてきた。
「んぐ…このクッキーウマい。中々やるな…。これ、食い終わったから捨ててくれ!」
少年はマイクの前まで立つと、そう言って、若い魔族の教師に向かって、クッキーの包装袋を投げた。
どこの学園に、クッキー食いながら、新入生代表挨拶をする生徒がいるのだろう…
少年は
「ゴホン!」と咳払いをした。そしてその後、訳の分からない事を言った。
「えーと…台本貸してくれないか?」
一気に周りがどよめいた。ヴェーレも、新入生代表挨拶で台本読もうとするなよ…と思っていた。
「…うるせぇー!分からないモンは分からないんだよ!何なら、テメーらが俺の代わりに、新入生代表の挨拶をやるか?台本無しで!」
すると、周りは不気味な程に静まり返った。そして、教師とおぼしき者が、その少年に静かにこう言った。
「アドリブで頼む…」
「アドリブ?はいはい。分かりましたー。」
アドリブをやると言う事で、少年はまたどんな衝撃的な発言をするのだろうか。
少年は二度目の咳払いをすると、語り始めた。
「ここの奴らとは初めましてだな。俺はこの学園の首席になったソードという。ちなみに甘い物が大好きで、方向音痴なお茶目さんだ。…乾物が好きだと言う奴は表に出てこい。体を10個にバラしてやるからな!」
何かどうでも良い事まで言ってないか…名はソードというらしい。
「あ、彼女募集中じゃないから。」
じゃあ言うなよ。
「…取りあえず、本題に入るぞ。この学園は"次期魔王"を選出する為の学園だ。だからな…この学園に"弱者"は不要だ!!!」
いきなり物凄い事を言い出した。このソードという少年…ただ者ではないな。
新入生代表の挨拶の時点で、もう変人ゾーンに行っている…
「そこで…今から5分間、俺の目の前で殺し合いをしてもらう!先述の通り、この学園に弱者は不要だ!生き残った奴らだけが、この学園の正式な生徒だ!くれぐれも手加減したりするなよ?以上だ!」
ソードはそう言って、舞台裏に隠れた。
「ちょっ…さすがにそれはっ…」
あのクッキーの包装袋を投げつけられた教師が、ソードを止めようとしたのだが、それを教頭に阻止された。
「な…何と素晴らしい提案なんだ…!よし、君達!今から私がタイマーで5分計るから、殺し合いをしたまえ!」
この教頭も教頭だ。普通なら止めているだろう…。だが…ヴェーレは殺人が大好きなのであった…
「ペイルスト…」
ヴェーレがそう言うと、ヴェーレの手の中から、小さな鎌が付いた長い鎖が出てきた。
ヴェーレはその鎖を強く握り締めると、こう言った…
「俺を目の前にして、生きて帰れると思うなよ…」
…そこから壮絶な殺し合いが始まった。鮮血が飛び交い、断末魔の叫びが聞こえてくる。そこはまさに地獄と化していた。
ヴェーレはペイルストを振り回して、相手の首を斬っていく。
…ソードはその様子を饅頭を食べながら見ていた…
…ソードの舞台挨拶から約5分後。終わりの合図と共に、ヴェーレはペイルストを持つのをやめた。
周りを見渡せば死体だらけ。生徒の五分の一は死に絶えたようだ。しかも、全て自分が殺ったような気がする…
ソードはまたヴェーレを見てニタリと笑うと、マイクを持ってこう言った。
「各自、教師の指示でクラスに行け!」
教師の指示でクラス…?ヴェーレがその場にいると、あのクッキーの包装袋を投げつけられた教師が、ヴェーレの首根っこを掴んだ。
「…ほら、君は私のクラスだぞ。私は新任教師のアレイヴと言う。…早くついて来なさい」
アレイヴは、まるで見下したかのようにそう言った。少しムカついたのだが、ヴェーレは我慢してアレイヴについて行く事にした。
…着いた先はA組。アレイヴによると、クラスはキャルに関係なく、適当に編成されているらしい。
…何かその運営の仕方はマズいと思うぞ。
ヴェーレは教室に入ると、空いている席に座った。隣は自分と同い年ぐらいの魔族の少年だった。
魔族の少年はヴェーレからの視線に気付くと、体をヴェーレの方に向けた。
…穏やかそうな顔をしている。コイツは恐らく、筆記試験で良い成績を収めたのだろう。
先に言葉を発したのは少年の方だった。
「初めまして。僕はラスティと言います。暗黒学園には自分で入りたかったからではなくて、両親に勝手に入学させられたんです。なので、まだ暗黒学園について何も知らなくて…」
両親に勝手に入学させられた…そんな奴もいるのか。
ラスティはため息を付くと、話を続けた。
「さっきの殺し合いだって…僕は防御魔法を駆使して、逃げ回ってましたよ…特に金髪ストレートで、ゴスロリの女の子が怖かっ…って…あ!」
「"金髪ストレートでゴスロリの女の子が怖かった"だと?」
金髪ストレートでゴスロリの女の子なんて、ヴェーレしかいなかった。
ヴェーレはラスティにジリジリと体を近付けて言った。
「言われた本人がどれだけ傷付くか分かっているのか…?」
「すいませ…って、あなた顔が笑ってるじゃないですか!逆に怖いです!やめて下さい!」
ヴェーレがラスティの首に手をかけようとした瞬間…
「コラー!早く全員席に着け!」
アレイヴが入って来た。
ラスティが安心し、ヴェーレが舌打ちをした。
アレイヴはヴェーレ達の事など気にせずに、神妙な顔で出席表を見た。
「まだ…1人来てな…」
「おはよー!」
アレイヴの言葉を遮って入って来たのは、風船ガムを口にしたソードであった。
アレイヴはソードを見ると、呆れ顔でこう言った。
「お前…登場当初から現在に至るまで、ずーっと菓子食ってるな…。いい加減にやめろよ…」
「悪いが、これは俺の生まれながらにした趣味だから、やめられないんだ。菓子を食う事は見逃してくれ。」
「見逃してくれと言われても…」
ソードはアレイヴのツッコミを綺麗に無視し、ヴェーレの後ろの席に座った。
…アレイヴは気を取り直すかのように、ヴェーレ達にこう言った。
「…今からお前達には3人ずつ平等に班分けをしてもらう!」
「3人ずつ平等に殺し合い?」
「違う!班分けだ!」
アレイヴはそう言うと、どこからか箱を取り出した。
「班分けは…このくじ引きを引いて、同じ数字になった者同士が、同じ班だ!」
…ヴェーレは一体、誰と一緒の班になるのか!?
終了.