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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界で一番、空が青い場所

作者: 朝馬手紙。

 それはもうグシャグシャだった。彼女は両手で、あふれる涙を何度も拭いながら歩いている。あれ?よく見れば同じクラスの桐山さんだ。


 私は友人達と遊んだ帰りの途中、自転車で夕暮れの中を進んでいた。前方にユラユラと揺れているアノ影は一体なんだろうと思って、よく見たら彼女が泣いていたのだ。あぁ、そうか。恋か。十代の我々が涙する理由は恋と相場が決まっている。

 さて、このまま見て見ぬフリをすることも出来るけれど、どうしようか。私は自転車のブレーキを2回、3回握りしめる。そして、決めた。


「桐山さん」

 と、私が声をかけると、お化けでも見たような顔で「ど、どうして?」と言葉を発した。ココで話すには寒すぎる。私は自転車から降りて桐山さんの隣に向かう。余計なお世話だとは思うけれど、彼女をこのまま一人にして帰るほうが嫌だ。

「桐山さん、お腹空いてない?」

「え?」

 まだ何が起きているのか分かっていない様子で彼女は鼻水を啜った。そういえば、と思い出した私は自転車のカゴに入れているカバンからハンカチを取り出して桐山さんに渡す。

「これ、使って」

 桐山さんは素直に受け取った。受け取って「ごめんなさい」と言った。それはまるで、生きてて…と聴こえてしまいそうで。私は、励まそうとした自分を恥じた。

「ねぇ、桐山さん」

「な、なに?谷口さん」

 谷口さんというのは私のことだ。

「桐山さんは食べれないものってある?」

「ないよ、何も」

 自転車を止めた。気付けばコンビニの目の前に着いている。あんまん、肉まん、一つづつ買って急いで彼女の元へ戻る。


「ありがとう」

 桐山さんが初めて笑ってくれたけれど私の胸は痛みを感じてしまう。熱々の肉まんの湯気が、ゆっくりと浮かんで消えていく。無理して笑わないで、という言葉を言ってしまいたい。でも、言えない。この気持ちをどこに持っていけばいいのか分からない。

「谷口さんは帰らなくていいの?」

「あぁ…今日は遅くても平気。心配してくれてありがとう」

 と、私は答えながら彼女の横顔だけを見つめていた。日も沈む時間がそこまで来ている。何か話さなきゃ、と思っている時だった。桐山さんが口を開いた。

「もう、学校に行きたくない…」

「………」

 そんなことを言う彼女を今抱きしめたら粉々に壊れてしまいそうだ。そっと息を吐いて空を見上げたら遠くに一番星を見つけた。

 踏み込んでいいのだろうか…。桐山さんとは特別に仲が良い訳じゃないけど、全くの他人でもない。私は迷っていた。

「ごめんね、こんなこと言って。迷惑だよね。今言ったことは忘れていいよ」

「え…」

 ヨイショ、と桐山さんは立ち上がる。私は慌てて裾を掴んだ。

「あ」

 と思った時には遅かった。一歩、踏み込んでしまった。

「た、谷口さん?」

「えっと…その…」

 私は言葉を探す。遅刻した朝みたいに言い訳を考えているけれど何も思いつかない。ていうか遅刻した朝も考えても思いつかないんだった。

「一緒に…その、……か、帰らない?」

 手に持っている肉まんが冷たく感じる程、自分の体温が上がっていくのを隠せたら良かったのにな…と思った。





 ポツリ、ポツリと彼女は私なんかに秘密を明かしてくれた。好きな女の子ができたこと、でもその子には仲の良い幼馴染の男の子がいること。そして、桐山さんは気持ちを諦めることにしたこと。そしたら偶然好きな女の子に出逢って苦しかったこと。気付いたら涙が止まらなくなっていたこと。

 私に会ったことまで話し終えた彼女は私の左手をギュッと握った。

 右手には自転車のハンドル。左手には桐山さん。つまり、そういうことだ。……いや、どういうことだ?

 歩きやすいということは決してない現在の状況を整理してみるが上手くいかない。原因は何かと言われれば私である。だって握っていないとこのまま消えてしまいそうだったから。仕方なく、仕方なく!手を繋いだんだ。

「なんか…すごいね…」

 私は素直に感想を述べた。

「すごいって何が?」

「ちゃんと好きだって言えることが凄いな、って思ったの」

 本当は当たり前のことかもしれないけれど、自分の気持ちに真っ直ぐなことは凄いことだと私は思う。

「谷口さんは?」

「え?」

「好きな人、いないの?」

 グイッと覗き込んで質問する上目遣いの彼女に私はクラクラした。え…可愛い…と思ったし、ドキドキもした。今、私は少し顔が赤くなっているかもしれない。


「いないよ、うん。いない」

「そっか、残念」

 悔しそうに言う彼女は少し元気になったのかもしれない。それからは他愛のない話をしながらキラキラと星が輝く夜を歩いた。

 桐山さんの下の名前で呼ぶ。

「真奈ちゃん」

 私の下の名前を彼女が呼ぶ。

「彩花ちゃん」

 私たちは「またね」と手を降って別れた。次に会えるのはいつだろうか。真奈ちゃんに早く会いたい気持ちは、朝になっても埋め尽くしているだろうなと思った。










 私は考えていた。得体のしれない感情が自分の胸の中で渦巻いている理由を考えていた。

 朝、「真奈ちゃん、おはよう」と私が言ったあと「おはよう、彩花ちゃん♡」という挨拶をしてもらったことしか記憶がない。だからなのか、ハートマークというバグ表記が起こってしまった。

 いや、まぁ確かに嬉しかったよ?でも予想以上にもほどがあるよ。少しなんてもんじゃない。心臓が高鳴っている。非常に嬉しい。ていうか真奈ちゃん可愛過ぎ。なんなの?あのスマイル。

 反則級だと思っていた矢先、隣のクラスから背の低い女の子が「真奈ちゃ〜ん」と言いながら彼女に抱きついたのだ。あ!っと勢い余って立ち上がったから椅子が倒れて冷静を取り戻す。その後、同じくらい背の低い男子がその女子を引きずるように帰っていった。恐らく真奈ちゃんが話していた二人だろうと思う。


 お似合い。という言葉は二人のためにあるのかもしれない。廊下で「離してよ!このチビ!」「お前もチビだろうが!」という喧嘩が起こっている。

「真奈ちゃん」

「あはは…なんか騒がしいよね」

 という彼女は見ていて辛い。そして私の胸に、ボタッボタッと黒い溶液が落ちて溜まっていく心地がする。もしこの感情が溢れたらどうなるんだろう。私はどうするんだろう。

「彩花ちゃん、次って移動教室?」

「あぁ…うん。そうだね」

 彼女の声で現実に戻る。私は真奈ちゃんの恋が上手くいくように行動しなくちゃ。そして私は筆記用具と教科書ノートを持って席を立つ。いつもより楽しい学校。だけど、その裏でボタボタと胸に溜まる感情。全部撒き散らすことなく飲干さなくちゃ。だって、恋は早いもの勝ちなんだから。



 そう決心した私だけれど、ついに零れそうになった日が来てしまった。真奈ちゃんが好きな女子が「寒ーい」と言いながらハグした時、私の中でチャプンと溢れた。

「わ、私もハグし、しようかなぁ〜」

 酷く緊張して舌が回らないまま、真奈ちゃんに抱きついた。

「えぇ!?」

「な、なに?嫌なの?」

「いや…その…えっと…ごめんなさい!」

 ボッと火がついたように赤くなったかと思った瞬間、抱きついている私達を置いて何処かへ逃げていく真奈ちゃん。妙な空気がクラスに流れる中、ガラガラとドアを開けて数学の先生が入ってきた。

「おーい、授業始まるぞー。はやく席につけー」

 その後、保健室に行っていた真奈ちゃんが戻ってきて、何事も無かったように時間が流れた。私は何をやっているんだろう。ノートの隅っこに書いて消しゴムで擦った。丁寧に擦っても書いた痕は完全には無くならない。人差し指でなぞると少し凸凹していた。










 数日後、真奈ちゃんから「話があるの」と言われて誰もいない教室に移動した。窓の外を見ると、大きな雲が太陽を覆って少し視界が暗くなる。そして、向き合う形で二人きりとなった。


「駅前に新しくコンビニが出来るらしいよ」

「へぇ、そうなんだ。便利になるね」

 二人で行こうね、とは言わない。

「………」

「………」

 本題に入る前の空気は苦手だ。

「彩花ちゃん」 

「なに?」

「私、決めたよ」

 正直、聞きたくないと思った。

「勇気出して告白してみる」

「………」

 応援するね、って言わなくちゃいけないのに何故か言えない。でも言わなくちゃ。私が口を開けようとした、その時だった。





 ぎゅう、と私の手を握りながら、私の目を見つめながら真奈ちゃんは真っ直ぐに答えた。


「彩花ちゃんが好きです。付き合ってください」


「…え?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。真っ白になるってこういうことなんだ。

 ブワァっと教室のカーテンが風になびいて、眩しい太陽が私たちを覗く。水槽の水に反射して足元を転がっているみたい。どこまでも続いている今日の空の色を、この場所を、二人は一生忘れない。雲が再び動き始める前に私も告白の返事をしてみようと思う。


 私も彼女の手を握り返した。


「はい」

こんな私で良ければ喜んで。




 胸に溜まっていた溶液はスッカリ消えてなくなった。その代わりに、海と、空と、涙と、スキという言葉を混ぜたような青の色が深く残ったのでした。

真奈「彩花♡」

彩花「ヴッ(カノジョが可愛すぎる)」

真奈「手、つなご?」

彩花「うん♡」


真奈「彩花♡」

彩花「な、なに?」

真奈「ううん、何でもない。好きな人の名前を呼びたかっただけ」

彩花「真奈〜♡もう!大好き!」

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