第96話 流星
「誰も信用するなと、教えただろう??」
にやりと笑みを浮かべるガウルの後ろには、ニックやミスティ、そしてラウも武器を構えているのが見えた。
「何故か……お聞きしても??」
「がはははは!! 何故ってそりゃ金の為に決まっているだろうが。現デナーリス様から依頼を受け、クロースの旦那を殺ればヘルメスでの地位を約束されている。だが……まだもう一つやる事が残っているがな!!」
片手剣を引き抜き、盾を前に突っ込んで来る。
俺は怪我人を置くと、すぐに前方に飛び出して魔刀を叩き付けた。
昨日の激戦で酷使した身体は、衝撃を受けて悲鳴を上げるが、そんな悠長な場合ではない。
「無属性魔法たぁ驚いた!! いざって時にとっておきがある奴は、いい冒険者になる。だが、残念だ!!」
後方からラウが矢をつがえるのが目に入った。
【ダークミスト】
ナナが絶妙なタイミングで妨害する。
「闇属性の魔法? ベテラン舐めんじゃないよ!!」
ミスティが叫び声の後、すぐに魔法を唱えた。
【ウインドブレス】
ナナの視覚妨害はすぐにかき消されたものの、既にラフに向かって攻撃を仕掛けていたが、ニックのナイフが邪魔をしてそれをさせない。
「ライチ!! 頼む!!」
ライチに向かって叫ぶと、彼女は空を見詰めたまま頷き、行動を起こす。
【ダンジョンクリエイト】
正方形の穴が地面に現れ、再びダンジョンが生まれる。
彼女は続けざまに『魔物召喚』を行い、デュラハンを呼び、続けて指示を出した。
「デュラハン……主を手伝え。他の者は急ぎ……ダンジョンへ。そこの箱、余を安全な……場所へ」
《おおお、いきなり戦闘とはライチ様も粋な計らい!! して? エント、我の相手はどいつだ!?》
デュラハンはウキウキした声で問いかけて来る。
《かなり数がいるが、あっちの兵隊達を少しの間止められるか!?》
《任せよ!!》
ガシャンガシャンと走り去り、雄々しく剣を抜き放ち突進して行った。
「おいおい……あの変な魔物も戦うのかよ。それに王都への手土産にそいつらが必要なのに、変な穴に入れられちゃ困るじゃねぇか。まぁ、予定は狂っちまったが、お前らを殺せば問題ないか!!」
盾を斜めにスライドさせ、剣を持つ腕で左上から斜めに斬りつけて来たが、ギリギリ左側に身体ずらし躱す。
しかし、ガウルの左手はそれを追いかけ、横一線に刃が戻って来る。
俺は慌ててさらに身をかがめ避けるが、目の前にはすでに勢い付いた蹴りが飛んで来る。
なんとか両腕をクロスし、衝撃を少しは吸収出来たが、俺はものの見事に吹き飛ばされる。
(くそ!! 戦い慣れしてやがる!!)
「そこそこやるが、人を殺した事もない童貞小僧とは、修羅場をくぐった数が違うってな!! そうだ……そんなお前に格の違いってものを見せてやろう……」
剣をわざと俺に見せつけ、ガウルは魔力を高めた。
【ファイアブレイド】
剣の刃の部分を炎が包み込み、その明かりでガウルの醜悪な顔が映し出された。
「それは……」
「隠してた訳じゃねぇが、俺は勇者の血を引く者でな、そして、過去の勇者が普段愛用していたこの技こそ魔法剣!! そんで!!」
再びガウルが突進して来たが、今度は剣を振り下ろす気だ。
魔刀で下から受け止めたその時、ガウルがにたりと笑うのが見えた俺は、不気味な予感がして重心を横に逃がす。
バランスを崩して横に転がった後、俺はそれに気付いた。
「無属性魔法は、形状変化が多彩で便利だが致命的な弱点がある。それは、他の属性にめっぽう弱いんだよ。つまり、もう剣すらまともに打ち合えねぇってこった。諦めて降参しろ、そうすれば楽に殺してやるからよ」
どうやら生かしておくつもりはないらしい。
ガウルの言うように、魔法の干渉のせいなのか魔刀の刃がボロボロと欠けている。
アストレイアが取り組んできた、勇者の血を拡げる為の『交配』は予想以上に進んでいたのかとふと思う。
余裕をさらけ出すガウルに俺はまた質問する。
「なぁ、ガウルさん。あんた達の依頼は、クロースさんを殺し、俺達も口封じで始末して、彼等を王都に送り戻す事だったのか??」
「ああ? お前らが余計な事をしでかしたせいで、急遽また王都を目指さなきゃなんなくなった。余計な手間かけさせやがって」
「護衛クエストは嘘、クロースさんを暗殺するのが本命か。そう言えば、もう一人仲間がいて、あんたの子を身篭ってるって話も結局嘘だったのか??」
「まんざら嘘じゃねぇぜ?? ただ俺達のやり方についていけないだとか、企みをバラすだとかほざいた挙句、パーティを抜けると抜かしやがったんだ。だからな? 薬漬けにして存分に遊んでやったら孕んじまっただけだ。だが、もう正気を失っちまって、その辺のスラムに捨てちまったがな!! がはははは!!」
腹を抱えて笑うガウルを見て、俺の腹からどす黒い何かを感じた。
逆に頭は氷のように冷えてゆく。
人々はもうほとんどダンジョンの中に避難したが、一人ローブで顔を隠した者が、俺の背後までやって来た。
「やれますか??」
そう聞くと静かに頷き返したので、俺は左ポケットから巨大なハルバートを取り出し、彼女に渡した。
手にしたハルバートを軽々と振り回し、その風圧でフードが外れる。
紫の長い髪が砂のようにサラサラと流れ落ち、その隙間からは漆黒の角が生えて見える。
怒りに満ちた金の瞳は、ガウルを捉え離さない。
「な!? そのハルバート……まさか!? パンドラなのか!? さっきお前はダンジョンに入って……いったいどういうこった!?」
「さっきのあれは、パンドラさんを装ったクロースさんだ。そして、馬車に乗っていたのは、俺の友達。罠にハマったのはお前らだ」
ジャク兄さんからあの時教えて貰った情報は、この件についてだった。
どうやったのかは分からないが、アストレイアの使徒であるリュウから得た情報は、灼熱の虎と私兵が前デナーリスを暗殺する計画を企てているというものだった。
半ば信じられなかったが、俺はそうであった時の為に、準備だけはしていたのだ。
「糞が!! まぁいい……結局お前らを殺せば問題ねぇ。だが……パンドラがそんなに美人だったのは予想外の収穫かもな。他の奴等を殺した後、そのでかい乳で遊んでやるか!! がはははは!!」
彼女の手を見ると、ハルバートを握る手が小刻みに震えている。
怒りと恐怖が入り混じっているように思えた。
怒りに任せ、もしくは恐怖に囚われて人を殺す事は、正気に戻った後に辛くなる。
そう判断して、俺は敢えて彼女に問い掛けた。
「パンドラさん。何故人は人を殺してはいけないか、考えた事ありますか?」
何故、今そんな質問をと顔に書いてあったが、彼女なりに答えた。
「そ、それは掟や法があるからじゃ……」
いつも通り、自信なさげにそう答える。
「私がいた世界でも、法の専門家達ですら、この問に対して同じような答えでした。でも、私は違うと思います」
「くっちゃべってんじゃねぇ!!」
ガウルはこちらを気にせず飛び掛って来た。
【星装】
キィィンと耳に響く高音と共に、蒼く輝く魔力を纏い、星刀を作り出し、燃え盛る魔法剣を片手で止めた。
「えぇ!? エ、エント君が光ってる!?」
眩しそうな目で見詰め、驚きの声を上げているが淡々と話を進める。
「では、法や掟がなければ人は人を殺して良いのか。それも違う気がした。ある日、ふと逆に考えたんです。人が自由に人を殺して良い世界ならどうなるか……とね」
星装により速度を増した俺は、即座に刃をかち上げガウルの腹に前蹴りをねじ込む。
「ガハ!!」
吹き飛ぶガウルに向かって歩きながら、さらに話を続けた。
「そんな世界がもしあったなら、腹が減ったら物を奪い殺すでしょう。周りがうるさいからと殺すでしょう。そして、好きで結婚した相手ですらも、些細なケンカでもしかしたら、相手を信じられなくなり、やはり殺すのでしょう。そんな殺戮の世界で、最後に残るものはーー」
土埃と共に炎が巻き起こった。
「小僧の分際でぇえええ!!」
ガウルの右腕が上がり、魔法陣が形成される。
【ファイアストーーー】
俺もまた右腕を上げ、思い通りにはさせない。
【マジックブレイク】
ガラスが割れるような音が鳴り、ガウルの魔法は発現しなかった。
「それは孤独。孤独でした。私はこう思ったんですよパンドラさん。人は孤独になりたくない。誰かと繋がっていたい。だから、人は人を殺さない。だけど!!!!」
舌打ちしてガウルは再び炎の剣を構えると、前回よりも激しく燃え盛る巨大な剣で、上段から振り下ろす。
ギィィイイイイン!!
こちらも巨大な星刀で対抗する。
「自ら人を辞める者がいる!! 自ら人の道を外れる者がいる!! そいつらは、いとも簡単に俺達から命を奪う!! だからぁあああ!!」
俺はしゃがみ込んで炎剣をずらし、上空に向かって跳躍する。
木属性魔法のグロウを使い、瞬時に蔓を作り出し、しなる弓のように踏み台にした反動を使い、ガウルに突っ込んだ。
『星刀一線 流星』
ガウルの肩から腰にかけて、光の太刀筋が耀くと、ズルリと身体が崩れ落ちた。
パンドラさんに向かって振り返り、俺はこう言う。
「だから、俺は人を辞めた人を殺します」




