第92話 使徒VS使徒
コツンコツンとアストレイアの足音が響き渡る。
『クロースも馬鹿な事を語っておったな。争いの無い共存の道を……とな。全てがズレておる。だが、我はそんな愚かな子もまた、愛している。今までのヘルメスでの働きぶりを鑑みて、良き糧となって貰う事にした』
「…………」
アストレイアの胸元にあるペンダントが、キラリと輝いて見える。
じわりと近付きつつある死に、激しい恐怖を感じたが、じぃちゃんの教えを何度も頭で思い出し、ギリギリのところで冷静さを保ち、苦し紛れにこう言った。
「……そう言えば神は干渉出来ないと聞いていたが、使徒を殺すのは、ルール違反じゃないのか??」
『面白い事を言う。だが安心しろ、私ではなく同じ使徒であるリュウがお前を葬る』
アストレイアの言葉でチャンスの髪が見えた。
それは前の世界のどこかで聞いた御伽話。
何故か俺はその御伽話を思い出した。
チャンスと呼ばれる神は、突然目の前に現れて、すっと目の前を通り過ぎるらしい。
その風貌は前髪が長く、直ぐに掴まなければならない。
チャンスの神が行き過ぎた後に、慌てて掴もうとしても掴めないと言う。
何故なら、後ろ髪は生えていないからだ。
(このチャンス、全力で掴む!!)
寝かされて後から俺の首をグイッと持ち上げ、リュウの手刀が輝き出すのが見える。
「リ、リュウさん? 俺は使徒になったばかりで、わからないんだが人族の使徒って、存外卑怯でビビリだったんだな……後から押えて殺すなんて、使徒じゃなくて、暗殺者じゃないか??」
「……黙れ」
ゴン!!
「グハッ!! た、戦わずに後ろから倒して勝利を喜ぶ使徒……ってか。ぷ、笑える!!」
『……ふふふ。挑発が下手過ぎてかえって面白い。が、まぁ良いだろう。リュウよ放してそやつの相手をしてやると良い。アオイも手出しは無用』
「「仰せのままに」」
そう応えると、俺はリュウに投げ飛ばされた。
ウォーターヒールを使い、色々潰された顔面を治した。
鼻の中から血が口内に流れたものを吐き出し、一つ呼吸を整えた。
これは良い余興とばかりに、アストレイアは椅子に腰掛けた。
『リュウは前勇者同士を交配させた、優秀な血を持つ者。あの時は中々交配せぬから、薬を使って無理矢理交配させたのだが、その苦労のかいがあって過去最強の使徒だ。貴重な使徒同士の戦いだが、我を楽しませる為に、直ぐには死ぬな??』
(ち!! 今は駄目か。ひとまず首の皮一枚繋がったけど、目の前のこいつは、やばい!!)
無機質な表情で、剣を構えるリュウに、打ち込める隙は微塵も無く、空気で感じる威圧感と練り上げる魔力は目で見える程濃厚なのだ。
なら、なりふり構ってなどいられない。
身体強化を爆発的に増やし、濃度を凝縮していく。
蒼白い輝きを纏い、俺は叫んだ。
「星装ぉおおお!!」
『ほぅ、無属性の高みか……まぁ良い。始めよ』
初見で殺るしか可能性は無いと思い、俺は最大限姿勢を低く保ち、全速力で接近する。
(今だぁあああ!!)
リュウの懐に入ると、右脚を地面に突き刺し、左下から右上に星刀を抜き放つ。
はずだった……
「ゲボッ!?」
だが、斬られていたのは俺だった。
本能的に慌てて後ろに飛び退き、左肩から胸に深く浴びせられた傷を、急いで魔法で治療する。
が……深い。
「な、何をした……」
「それすらわからぬ弱者、我が前に立つ資格無し!!」
『つまらんな……興が冷めた。終わらせろ』
「承知」
次の瞬間、俺の目の前にリュウが現れ、腹には剣が突き刺さっていた。
(嘘だろ……星装を簡単に……)
「ガハッ!! ま、まだだ!!」
必死に両手を使い、剣を握って押さえ込む。
「何もかもが足りぬ……弱者よ」
こちらの必死さなど、まるで関係無いかの用に、俺の顔を押え付け片手で剣を引き抜いていく。
腹の中の内蔵が引き抜かれるような悪寒と激痛。
「ぐぁあああああああああ!!」
俺は立て膝となり、自分の腹から流れる大量の血をただ呆然と眺めた。
『ふ、回復もしないとは……諦めたか。リュウ、召喚の準備を急いで進めよ。同じような者がいないでもない。アオイは変わらず木霊で警戒し、邪魔者があれば王を使って排除せよ』
「「仰せのままに」」
涙で霞んだ瞳には、アストレイアから再びルーに変わるあの奇妙な様が目に入った。
どうやら、賭けに勝った。
俺は震える手で左目の眼帯を外し、不安定になった魔力を集中して整えていく。
だが、リュウがこちらの動きに気付いたのか、俺の目の前に剣を振り上げて瞬時に現れたが、もう遅い。
【時の瞳】
一秒 ありったけの身体強化を掛けながら、リュウを避けルーの前に到達。
二秒 ペンダントを握り潰して破壊し、アオイを気絶させる手刀を放つ。
三秒 頭上の窓を打ち破って脱出。
四秒 部屋に多種多様の状態異常を発生させる種をばら撒き、木属性魔法のグロウを発動。
五秒 更に擬態エントを複数作成する。
六秒 俺が選りすぐった硬度の高い木の実を取り出し、上から覆いかぶす様に成長させる。
残りの時間を使い、ポーションをがぶ飲みしながら、回復魔法を掛け、なるべく気配を殺して全力で城を脱出した。
ここからは時間との戦いだ。
◆
ドガァアアアン!!
俺がダンジョンに付いた時には、王城の塔が一つ爆発するのが目に入った。
ダンジョンは前に来た時とは違い、俺を誘導する様に一直線に道が続いている。
昨日見た扉を急いで開けると、ライチが丸いガラス玉の様な物を持って、椅子に座っていた。
「ライチ!! 状況はどうなってる!?」
「予定通り……最後尾は私達なのだ。急げ」
それを聞いて、俺達の計画は順調だと分かり、俺はにやりと笑った。
もう一つある扉からライチを抱え出ると、全速力で走り抜ける。
「こ、これが生の……お姫様だっこ。やば……」
何かライチが腐女子のような事を言っていたが、今は突っ込む余裕などない。
全力で数十分走った後、前を走る者の背中が見えて来た。
よく見るとデュラハンが子供を何人も抱えて走っている。
《エント、ライチ様をくれぐれも頼むぞ!! 怪我をさせたり泣かせたら、蜂の巣にしてやるからな!!》
「わかった!! 約束する!!」
ようやく出口が見え、俺達は走り抜ける。
後ろを振り向くと子供達を丁寧に下ろし、デュラハンが優しく手を上げ別れを告げる。
「ヨロイしゃん!! また!! またあしょんでね!!」
運んで貰った子供達は、必死に手を振り返す。
「デュラハン……御苦労であった。時が来れば……直ぐに呼ぶ」
《御意》
ライチがガラス玉(後から聞いたが、これがダンジョンコアらしい)に何かを唱えると、ダンジョンの入口はゆっくりと閉じ、今までそこに何もなかったような、自然な風景に戻っていった。
「兄さん!!」
「エント君!!」
俺を見付けて、ナナとパンドラさんが勢いよくやって来た。
ナナは俺の大量の血跡姿を見て青くなり、次の瞬間カンカンになって怒り始め、次はもう絶対離れないと傷跡をバシバシ叩いて来る。
「相談が遅すぎますよ!!」
と、憤慨するパンドラさんにも睨まれて散々だったが、兎に角、なんとか二人に合流する事で安心した。
遅れて、灼熱の虎のメンバーと、デナーリスさんが五百人を越える人混みから姿を現した。
「エント何が何だかわからねぇ。移動しながら説明してくれ!!」
「そうだな……怪我人や弱っている者は、馬車に乗せよ!! 急ぎ出立する!! エント君はこちらへ来てくれ」
二人はこの切迫した状況にも呑まれず、迅速に対応する必要性を、すぐに理解しているようだった。
夜の道は危険だが、それでも今は王都を一刻も早く離れる方が安全だ。
ご老体のはずのデナーリスさんが、一般民の為に馬車を譲る姿勢は人々の心を強く打ち、思ったより行動が早くなったのも嬉しい誤算だ。
「はっはっは。たまには皆と歩くのもまた良いものだ。それでエント君……やはり、昨日話していた事態になった。そう言う事で良いのかね?」
俺が静かに頷くと、彼は唸って思考に入る。
そう、俺は昨日の夜のうちに、掴まったデナーリスさんの情報を入手し、忍び込んで会っていたのだ。
俺が使徒である事、世界の魂魄減少とその未来について、そして、今回の捕虜解放計画についても説明し、協力を求めた。
つまり、ここまでの計画はこうだった。
俺がペンダントを破壊し、ライチがダンジョンコアを使い各捕虜の場所に脱出口を作る。
ナナとパンドラ、そしてうひょ(看板使用)の協力の元、捕虜をダンジョンで保護し、いま出て来た出口へ誘導。
あとは前もって牢屋の中で、手紙を書いて貰い、私兵とガウルさんに渡しておけば、指定した場所で待機して貰えるという訳だ。
「依頼人無しで、夕方に出発して外で待ってろなんて命令は、生まれて初めてだったぜ!! 所で……そのお姫様だっこしてるちびっこは何もんなんだ??」
周りも気になっていたのか、そうだそうだと頷いている。
「ちびっこではない……余はライチ。なのだ」
「ああ、今回の作戦の協ーー」
「余は、エントの……妻……なのだ」
「「「えぇ!?」」」




