第91話 理
「お、おはよう御座います!!」
何故かパンドラさんは朝から部屋でクネクネ踊っていた。
目の前でぶるんぶるん揺れる胸を見ても、寝不足気味でそれ程テンションは上がらなかった。
今日は一日自由行動で、隣にいるナナが起きるまで、俺も二度寝する事にした。
パンドラさんはギルド職員の仲間にお土産を買うのだと、一人で出かけたが、何度かギルマスと一緒に来たことがあるらしいので心配はないだろう。
結局、昼近くまで眠ってしまい、ナナに腹が減ったと起こされた俺は、街の商店街へ向かい適当に腹を満たしつつ、忘れる前に女神達にお土産を買う事にした。
黒い手紙恐怖症のせいか、選択には慎重に慎重を重ねて時間を費やし、最終的に死神には赤い花の一輪飾りを、時神にはピンクの花の一輪飾りを購入して、左ポケットに手紙を添えて入れておいま。
(ど、どうか……気に入ってくれますように!!)
ナナにも一緒に選んでくれたお礼にと、青い花の一輪飾りをプレゼントしたら、その場でぴょんぴょんと喜び、その姿を見てついつい頬が緩んだ。
そして、昨日ナナが調べてくれた貴族街の入口付近に到着すると、串肉を頬張りつつ様子を伺う。
「むぐむぐ……ナナ、どうだ?」
「はむはむ……やっぱり夜の方が楽ちんだね」
「ま、そうだよなぁ……むぐむぐ」
今夜、決行する内容はすでにナナと打ち合わせ済みで、ライチとの取り引きも上手く行った。
彼女が教えてくれた捕まっている人達の居場所は、当初手書きして貰う予定だったが、ライチの絵が壊滅的に下手くそで、途方に暮れていた矢先、死神と時神が手紙で地図を作って送ってくれた。
さすが神様だけはあって、細かく丁寧に書かれていて非常に役立ったが……ただ、ただ言っておきたいのは、手紙の文字の線に違和感を覚えた俺は……見つけてしまった。
線をじっと近くで見てみると、『お土産お土産お土産』の文字で構成されていたのだ。
まさにホラーだった。
(……これぞ神業って、思ってるかもしれんが、怖いからホントやめてくれ)
何はともあれ、今夜、俺が巫女に会って、首に掛けているペンダントを破壊しライチの封印を解かないと、この計画は始まらない。
そして、その後の事も用意が必要だった。
◆
夜の冷たい空気を吸い込み、頭は冴えていた。
出来る限り気配を消し、貴族街、そして王城への警備を掻い潜り、なんとか無事に侵入を成功させた。
だが、順調とは真逆な気持ちが徐々に芽生え、確信へと変わって行く。
(おかしい……城内ってのはこんなに無防備なものなのか? いや……これはおそらくーー)
奥歯を噛み締めて頭から不安を振り払い、静まり返った通路を急いだ。
ライチから得た情報をもとに、巫女がいるであろう塔を登り、巨大な扉の前に辿り着く。
「……遅かったわね。入りなさい」
ひどく耳障りの良い女性の声に、体がビクリと反応する。
呼吸を整え、覚悟を決めて俺は部屋に入った。
部屋は石作りで思いの外広く、高級そうな赤い絨毯で敷き詰められていたが、それよりも頭上が全てガラスで造られていて不思議な空間になっている。
灯りは夜空の光と僅かな魔導具のランプ程度しかなかったが、入口からでも、椅子に一人、左右に一人づついる事ぐらいは分かる。
(……巫女はどいつだ)
逃げ出したい気持ちが口から溢れそうになるが、成し遂げなければならない使命感で無理矢理押さえ込んだ。
そう思わせる程、ここにいる三人は強いと肌で感じた。
「あぁそう。どんな者が来るかと思えば、お面を被った恥ずかしがり屋さんだったのね。それで? 何用で来たのかしら?」
中央の椅子から立ち上がり、コツコツと前に進み出た。
月光に照らされた姿はまるでーー
「た、旅人さん!?」
翡翠色の髪、造り物のような整った美しい顔に尖った耳、それらは俺が何度も見た事があるあの人そのものだった。
「あぁそう。あの人の知り合いなのね。でも残念、私の名はルー。人族の巫女であり、アストレイア様の人柱。昨日から妙な気配がしたと、この娘から知らされて、ずっと監視させておいたのよ。そしたら地下に閉じ込めている魔族のゴミと、何かしてるって聞いてね。そうよね? アオイ」
ルーと名乗るエルフが、グイッと右腕を引っ張ると、後ろに控えていた者が見えない何かによって、彼女の足元までふっ飛ぶ用に引っ張られて来た。
「ゲホゲホ!! は、はい。この者が、そ、そうです」
首には奴隷紋の跡があり、酷く怯えながら咳き込む魔物。
彼女が視野に入った途端、俺の鼓動が跳ね上がる。
(次から次へと、ふざけるなよ……)
目の前に転がされたのは、ここにいないはずのヒスイ姉さん……いや、彼女によく似たドリアードだった。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け!!)
度重なる悪戯のようなイタズラに頭を振り払い、ガリっと唇を深く噛みんで、やるべき事に集中する。
「……そうか。俺はただ確認したい事があって貴方に会いに来た。勇者召喚を行うってのは本当なのか??」
「……そうね。それで??」
「人々を犠牲にしているのは、分かってやっているのか??」
「えぇ、勿論」
「……なら、そのせいでこの世界の寿命が縮んでいるのを知っているのか!?」
「それは……!?」
ルーが突然ビクビクと痙攣した次の瞬間。
ゴン!!
アオイと呼ばれるドリアードは跪き、俺は何者かによって頭を地面に激しく叩きつけられていた。
「……跪け愚弄者」
「ぐ!!」
(は、はやい!!)
『表を上げよ』
翡翠色の目が、いつの間にか金色に輝き、雰囲気がガラリと変わる。
『我はアストレイア。美と愛を司るこの世界の神である』
『リュウ……その者の面を取れ』
言われるまま、男は俺の面をむしり取る。
『……やはり、あの者らが転生した者か、それにしてもよくあの条件で生き残れたものよ。愚かにも使徒にするまで愛でるとは、誠に……誠に愚かでならぬは。ぷ……あははははは』
自分の事はまだしも、死神と時神を馬鹿にされるのは、何故か無性に腹が立った。
「ふ、ふざけるな!! この世界の事を壊そうとするバカ神なんかより、よっぽどーーグハ!!」
後から髪を掴まれ、また地面に顔面を叩きつけられる。
『なんの事かわからぬな……ふふふ。もしそうなるとしても、それまでに決着を着ければ良い。我は長きに渡り、召喚した勇者や末裔達を優秀な者同士で交配させ、数多くの者達を作り上げてきた。無論、無能な愛しき子らも良き糧として大義を尽くし、そしていよいよ大規模な勇者召喚によって、全ては万全と成るだろう』
「な、戦争する気か!?」
『哀れな……使徒でありながら、何も知らされておらぬのか』
争う理由など聞いていなかった。
『この星が生まれる前から決まっておる理。人族、魔族、獣族で争い、生き残った種族を導きし神が、唯一神となり、この星のみならず、この世界全ての神へ至る』
(なんだ……と? 争い、滅ぼす事が決められている世界とでも言うのか!?)
『戦は必然。我は愛しき子らを導き、神の位を昇る。そして、お主はここで死ぬのだ』




