第90話 なぞりし笑顔
「すいませんでした!!」
慌てて扉を締め、俺はゆっくり顔を上げて目を瞑る。
(おぃいい!! ノックしたら返事しろよぉおお!! いやいやそうじゃない!! なんでこんな所に魔族の少女!?)
深く呼吸した後、仕方無く再びノックした。
「おい。もういいか??」
「……殺す」
「あ、じゃあ帰ります」
「待て……優しく……殺す」
どうやっても殺したいらしい。
「…………」
「?? 早く……入れ」
(いやだって、殺されたくないし……)
「なら……『魔物召喚』」
!?
目の前の地面から、ズブズブと靄のようなものが出たと思ったら、何かが現れ始めた。
(魔物だと!?)
初めて見るその魔物は、全身フルプレートで、所々数え切れない傷後、そして赤いマントを纏ってこちらを睨み付けた。
だがその頭部はあるべき場所にはなく、腕に抱えている。
「こ、こいつはーー」
「デュラハン……早くな……」
扉の向こうから、声だけが聞こえて来る。
《はぁ……またか。我しかいないからと、ライチ様は扱き使い過ぎる。まぁ良い……さっさと終わらせるのみ!!》
(知恵のある魔物なのか!?)
デュラハンと呼ばれる魔物は脇の剣を抜き放ち、切っ先を向けて突進して来た。
(速い!!)
身体強化を厚く纏いかろうじて躱したが、面に掠って少し欠けた。
《ほう、我が突進を躱すとは、中々やるではないか。だが、まだまだ!!》
俺は魔刀を発現させて応戦する。
《無属性魔法の使い手とは珍しい。何処までやれるか見ものだな!!》
激しくなる剣撃は徐々に加速していくが、この狭い通路なのが幸いし、斬るより突き中心の攻撃な為、身体強化の強度を上げれば何とか捌けている状況だ。
(だけど、つ、強い!! どうする!? ここで派手な星装を使う訳にもーー)
「デュラハン……まだ??」
金属音が続く中、扉の向こうから異様な魔力と声に、デュラハンが僅かに反応した隙に、俺は距離を取り右腕を上げた。
【ファイアランス】
右手の上空に炎の槍を作り出すと、デュラハンに解き放つ。
ドォン!!
土煙が舞い上がり、しばらく祈るように待っていたが、そこには赤いマントを拡げたデュラハンと呼ばれた魔物が立っていた。
(あのマントは魔法を打ち消すのか??)
「デュ、デュラハン……大丈夫!?」
少し涙声が混じる声が響く。
《ライチ様!? く、早く倒して安心させなければ!! このままだと、不安になってまた暴れてしまわれる!! ぐぬぬ、言葉が通じないのは誠歯痒いが、我が結果で示すのみ!! うぉおおおお!!》
「…………」
俺はこれを聞いて確信する。
ライチと呼ばれる魔族と、呼び出したデュラハンは言葉が通じていない。
(仕方無い……か)
俺自身で決めているルールがある。
知恵のある魔物と遭遇した場合、話をしてから殺るかを決めると言う事だ。
リスクはあるがやむを得ないと判断し、行動に移した。
ガキィン!!
《デュラハン……さん?? 少しお話を聞いてくれませんか??》
打ち合って小霊を使用した。
《な、なに!? お、お主は我の話が分かるのか!?》
《ええ。私は訳あって王都の情報を知りたいだけです。人伝えにここに来ただけなんですが、その……入った時にーー》
事情をデュラハンに話した。
《ーーふははは!! だからあれ程いつも鍵をかけて置くようにと、注意しておったのだ!!》
ライチと呼ばれる少女を狙っていない事が分かると、誤解は直ぐに解け、デュラハンを先頭に二人で部屋に入った。
「足音が二つ……デュラハン……どうして??」
目を開け、視点ら見当違いの方を見る少女がいた。
首を傾げて、現状を理解出来ていないようだ。
《デュラハン、もしかして……この子は目がーー》
《ライチ様は遥か昔、この世に初めてダンジョンスキルを発現された偉大なるお方、だがその代償に視力を失ったのだ。今は忌々しい封印のせいで、部屋からも出れず、体も小さくなっておられるが、本来とは別のお姿なのだ》
「デュラハン……何故……殺さない??」
俺は少女に敵意がない事やデュラハンと会話が出来る事、そして、ここに来た理由などをライチに話し、少しでも情報が欲しいとお願いしてみた。
「名は……エント?? 欲しいのは……王都の情報。教えてやっても良い……でも、等価……が必要。情報には情報を……余は……デュラハン……と……会話がしたい。通訳せよ」
どうやらライチは、デュラハンと会話がしたいようだった。
感情は大まかに伝わるらしいのだが、細かいコミュニケーションは取れず、長い間共に過ごした友として、ずっと気にしていたそうだ。
《姫様!! 我の事をそんなに大事にして頂けるとは……このデュラハン!! ずっとお側におりますぞ!! ただ……一つお伝えしたい事が。……ゴミはゴミ箱にちゃんと入れて下さい。 あ、あと歯磨きをサボろうとしないで頂きたい!! ああ!! それとーー》
初めは感動的なシーンだと思ったが、通訳する度にだんだんとライチは暗い顔になっていく。
「思っていたより……デュラハンは……意地悪。ショック」
まぁ少し几帳面過ぎる魔物ではあるとは思うが、真面目なのだろう。
「まぁ、それだけライチさんを大切に思っていると言う事です」
彼は隣で片膝を付き、腕に抱えた頭がうんうんと頷く姿は、見ていて違和感でしかないが、何処か憎めないと思った。
「エント、有能……でも……変態。死ぬか……死ぬかだ」
(死ぬしかねぇのかよ!?)
「不可抗力、事故、やむ無し……です。それよりも時間が惜しい。約束通り近況の王都について教えて下さい」
何とか話しを軌道修正し、本題に入った。
「約束は……守る。王都の地下は全て……余のダンジョン領域。ここ数カ月……奴隷商の建物、貴族の地下牢……王城へ繋がる……地下通路に人が飼われている……警備も厳重」
(このだだっ広い王都全てだと!? しかし、それよりも思ったより状況が悪い。聞く限り場所は点在していて、解放出来ても全部は護衛し切れない。時間もかるし手が足りないぞ……くそったれめ!!)
「等価交換……」
にたっと何処を見ているかわからない目と、口を見開いたまま笑うので、実に不気味な笑顔でそう言って来た。
《デュラハンさん。この笑顔……怖いですよね?? とても等価では済まなさそうですよ!?》
《な、なんて恐ろしい事を!! わ、我は何も思わぬ!! ライチ様の笑顔はいつも素晴らしい……素晴らしいのだ!!》
再度ライチを見ても、ずっと恐ろしい顔のままで笑っているので、俺はとうとう我慢出来なくなった。
「……ライチさん。せっかくの可愛い顔が勿体無い。ちょっと失礼しますよ??」
彼女に近付き手を伸ばす。
《き、貴様!! ライチ様に、何をするか!?》
「危害を加えたりなんてしませんよ」
「あ……」
顎をクイッと上げさせて、優しく指で瞼をなぞる。
「目は力を抜いて閉じるくらいで良い。口も同じように力を入れ過ぎずほんの少しで、そうそう、うん。とても可愛い」
昔のナナがそうだったんだ。
来たばかりの時、何度説明しても不器用な表情にしかならなくて、同じような彼女は見ていられなかった。
《ぉおおお!! お主、凄いではないか!! 悪魔のようなライチ様が見違えるように優しそうだ……》
「悪魔のようだったと、デュラハンが楽しそうに言っています」
《き、貴様ぁあああああ!!》
ライチは顔を真っ赤にして、こちらの話が聞こえていない様子だった。
「等価交換。こちらも……願いが、ある。それを約束……すれば、エント……殺さない。手を貸す」
その後、ライチとデュラハンの話をまとめると、彼女は過去の大戦で魔族側の切り札として、この王都で禁術である【ダンジョンクリエイト】を発動させた。
が、何故か人族側の巫女によって、直ぐさま阻止されて力を封印されたのだとか。
ダンジョンは生まれたてで階層も浅く、ダンジョンの核であるコアも直ぐに壊せる状態が災いした。
つまり、コアを人質にライチはこの部屋で監禁され続けていたのだ。
人族側はダンジョンの不思議な能力に目を付け、それを上手く利用しようと、兵の実践訓練や冒険者のクエストによる戦闘力の底上げ、さらには、財宝を作らせる事によって資金と需要を生み出し、経済の底上にも利用したのだ。
ダンジョンを操作する方法はコアに触れる必要があり、必要な時にのみ部屋にかけられた封印が解かれ、厳重な監視の元で作業させられたという。
ダンジョンで道や財宝を作らせるには、魂魄が必要だった為、女神アストレイアは巫女を通し、スラム街へと道を作らせた。
「ち、魔女狩りか」
俺がそう言うと、ライチもデュラハンも頷いた。
理由は明白、セピアでも行っていたネズミ狩りを、このスラム街にいる人間を使ってダンジョンで淘汰させ、財宝や経験値に換えさせていたという事になる。
デュラハンは自衛と淘汰の為に、ライチが作り出した唯一許可された魔物だという。
「エントは……ここの封印を解く。その後、余は……コアを使って、道を繋ぎ……逃がす。等価交換……だ
俺は少し考えた後頷くと、最重要となるその封印について話を聞いた。
「巫女の……ペンダントを壊すだけでよい。ただし……奴等は皆、不思議な力を使う。一度見た」
もうすでにハードルは十二分に上がってはいたが、少しでも可能性が上がるならと、俺は黙って耳を傾けた。
「植物を……操る」




