第86話 目には目を
次の朝は、どんよりとした曇り空だったが、予定通りの時刻に出発した。
ピコ村からセピアまでの道のりは、山間部の麓を通る必要があり、両側は森に面しているおり、度々盗賊や魔物の被害が出ると言う。
麓に差し掛かり、何事もなく抜ける切るかに思われたが、そうはならなかった。
「……兄さん、九時の方向に気配がする」
ナナがこちらを振り返り、気配のある方角に目を向ける。
「魔物か??」
(この辺に生息する魔物なら、問題はないけど……)
「……これは、人っぽい」
木霊を使いたい衝動を抑え、舌打ちしてガウルさんの所へ報告に向かったが、彼等は既に気付いているようで、戦闘態勢をとっていた。
直ぐに私兵達にも伝わり、緊張感が一気に高まった。
しかし、しばらくしても一向に襲って来ない。
「ナナ、まだ気配はあるか??」
何度も同じ質問をするが、答えは変わらなかった。
「うん。やっぱり一定距離でついて来てる感じ」
(前方に別の仲間が待ち伏せして挟み撃ちでもする気か?? いや、それとも……)
護衛任務な為、こちらから向かう訳にもいかず、いつでも動ける態勢で、延々と感じる道のりをただ進むのだった。
結局、戦闘にはならなかったものの、それでも麓を抜けるまでずっとついて来た事実が、気持ち悪い余韻を残して行った。
私兵達が話す内容は『俺達の人数に怖気づいた』的な楽観視したものだったが、俺はそうは思わない。
何故なら、行動には必ず理由があるからだ。
それ以降は順調に進み、懐かしい街に辿り着いた頃になって雨が降り出した。
門番にギルドカードを見せ門を潜る。
(バイエルさんじゃなかった……まぁ、今のこの姿を見ても分からないか)
この街に来て、親切に街を案内してくれた唯一の良い想い出。
馬車は街の中央にある教会を過ぎ、奥に見える壁に囲まれた領主の屋敷に向かった。
通り際、あの豚野郎が居ないかを必死に探したが、残念ながら見つからなかった。
「……兄さん。怖い顔して、どうかしたの?」
妹は眉をしかめ、のぞき込んで来る。
「ん? 何でもない……ちょっと疲れただけだ」
はやる気持ちを押さえ、笑顔で応える。
上手く笑えただろうか。
それからすぐ領主の館に到着し、私兵が門番に何か話をすると、前もって知っていたのか、すんなりと中に入れた。
ガウルさんから聞いたが、今夜クロースさんは、領主の館で泊まり、俺達は万が一に備えて、敷地内の従業員が使っていた小屋で寝る事になった。
皆が寝静まった頃合いを見て、催眠効果のある花を咲かせた。
辺りを見回し、全員寝ている事を確認したが、念の為厠に行くふりもしつつ外に出る。
スキルの『忍び足』を使い、身体強化で門の外に跳び、死神のマントから事前に買っておいた、厄祓いのお面をかぶる。
範囲を教会の建物に限定して調整を行い『山彦』を使った。
気配を消し、教会内に入り込んで祭壇奥の懐かしい道を行く。
古びたアストレイア像の見詰める祭壇を押すと、下に続く階段が現れた。
…………
……
「バイエル、いい加減吐いたらどうなんですかぁ? 他に協力者がいるのでしょうぅ??」
「……お、俺だけだと、何度言えば分かるーーがぁ!?」
バシィ!!
激しく鞭で打ち付けられる音。
「今のセピアは、大事な時なんですよぉ。困るんですぅ……不安材料は根本から根絶しなければなりませんぅ。その為にもぉ、手段は選ばないんですぅ……ブヒヒ」
シャランと金属音が響き、何かを取り出した。
「そ、それは妻に渡したペンダント!?」
「いやぁ……美人な奥さんで羨ましいと思っていたんですぅ。少し味見させて貰いましたが……グヒッ! 『貴方助けて!』と良い声で鳴くんですぅ。これがまた最高でねぇ……グヒヒ」
「き、貴様ぁあああああ!!」
「貴方が正直に話して下さるのならぁ……奥さんを解放しますよぉ。さぁ、あの事を嗅ぎまわっていたのは他に誰がいるんですぅ??」
「……知らん」
「おのれ、このネズミがぁあああ!!」
バシィ!!
また拷問が開始された。
興奮している人間程、スキが多いと言うのは嘘ではなかった。
俺は気配を消しつつ、豚野郎の背後に回り込むと腕を押さえ込み、ナイフを突きつけた
「こんばんは司祭様」
この場所に来て、あの時の残酷な記憶が過り、胸の辺りからドロッとした殺意が溢れそうになるのを、必死に抑え事を進める。
「ブヒィ!? な、何者だ!?」
「答えませんよそんな事、貴方が答えるんです。あぁ、そこの人、動いたら司祭を殺す。魔法を使っても殺す。口を出しても殺す。いいね??」
一緒にいた教徒は動けず睨み付け、バイエルさんは驚きの眼差しでこちらを見詰める。
(あ、この教徒、俺の口に無理やり食事を、ぶち込んで来た野郎だ)
「さて司祭様。貴方が魔女狩りと称して、アストレイアの指示で領主の息子と伴に、鑑定スキルを使ってネズミ狩りを行っているのは知っています」
「ど、どうしてそれを!? し、知っている者は……ま、まさかーーぎゃぁぁぁ!!」
少し刺したナイフを抜くと、血が溢れ出た。
「あぁ……つい刺してしまった。余計な事は答えなくていいです。私の質問に答えて下さい。ちゃんと答えたら救ってあげます」
わざわざ水魔法で傷を直し、さっき言っていた『あの事』について聞き出す事にした。
「い、今、王都では勇者召喚の準備をしているのですぅ。教会の一部の人間しか、教えられてはいませんがぁ、勇者召喚には沢山生け贄が必要なのですぅ」
(勇者召喚には、生け贄が必要……?)
「ただ、今回は未だかつてない数の勇者を召喚するらしくぅ。アストレイア様と王から、各領主に生け贄を集めよとお達しが来たのですぅ。貢献した度合いで領主は出世が約束され、どの領主も総出を上げて生け贄を掻き集めているのですぅ」
反吐が出そうだった。
「ーーそんな事の為に!! 護るべき人々をさらったと言うのかぁあ!!」
「ブヒィ!? 貴方には分からないのです!! この国は弱く、いつ燐国に喰われるか時間の問題なのですぅ。アストレイア様から頂いたこのチャンスで、この国は変われるのですよ!? それに、領民は領主様の物、貢献出来る事を幸せに思いなさーーぎゃぁぁぁ!!」
「あ、すいません。少しうるさかったので……それで、その集められた人々は何処にいるのですか??」
「い、一定数になったら……王都へ送っているのですぅ。それまではこの地下で……がは!?」
もう聞く事もないので、首を強化した手刀で叩き気絶させる。
「貴様!!」
『バインド』
俺は魔法を受け、固定されて動けなくなった。
地味に無詠唱で魔法が使えるとは、意外に優秀なのだろう。
「ぎゃは……ぎゃははは!! やったぜ!! お前らと司祭を殺っちまえば、俺が司祭になれるかもしれねぇ! しっかし、このアホは喋り過ぎだ。ま、領主様にはそれを口実に取り入るってのもありだな」
「つ、妻は何処にいる……」
「ああ!? 誰に口聞いてんだ!! これから俺は司祭になる男だぞ!?」
そう言って、バイエルさんを殴る。
(こっちも、もう出て来ないか……)
同じ事があった時の対処法を持っておいて良かったと思う。
無属性魔法『マジックブレイク』
ガラスが割れる様な音と伴に、俺を拘束していた魔法が解けた。
驚いた教徒に瞬時で近付き、同じ様に気絶させる。
俺は直ぐにバイエルさんの拘束を解き、司祭と教徒を担ぐ。
「あ、貴方は一体!?」
背後からバイエルさんに声をかけられた。
「私はある神の使徒です。そして、前からバイエルさんの善意ある行動を知っている者でもあります」
「そ、そうでしたか!!」
彼は慌てて膝まずき、ボロボロの手を胸に添えた。
(え、えぇ!? ちょ、やめて!!)
「私も使徒様について行きたいのですが……しかし、妻が……」
「貴方の奥さんと、最近捕まった住民は古きアストレイア像の裏に閉じ込められています。行きなさい」
「な!? い、いつかこの御恩は!!」
既にこの教会内は、俺の手によって全員眠らせてあるので、大丈夫だろう。
慌てて飛び出した彼を見送り、俺は俺のやるべき事を成す。
「まずは一人……目には目を、歯には歯をってな」




