第85話 大金貨
初日は街に近い事もあって、特に何事もなく予定より、少し早めに村に到着出来た。
今夜はピコ村と呼ばれる小さな村で一泊し、早朝に出発だ。
護衛の際、村で寝泊まり出来るのは運が良い方だと、ガウルさんは言う。
冒険者の俺達も、村の空き家を借りる事になり、屋根の下で寝れるのを喜んだ。
「でも、護衛のクエストって、野宿になる事も多いんですよね??」
パチッ
部屋の真ん中にある囲炉裏では、時折木が燃えて音を起てる。
灼熱メンバーと俺達は、夕飯を食べた後に暖を取りながら、会話を楽しんでいた。
「そうだ、天候が悪い場合や魔物との戦闘で、予定より遅れた場合は大概そうなるな。ま、その時は交代で見張りを置いて睡眠を取るんだが、これがまた若え頃は辛くてなぁ」
「今でも『眠みぃよ眠みぃよ』って、言ってる人は何処のどいつ??」
「ちょ、コラ! ミスティ!! 先輩冒険者としの威厳が無くなるじゃねぇか!?」
殆どが昔話の様なものだったけれど、中には凄く為になる話もあり、笑いの混ざる実りある話だった。
ただ一つ気になったのは、一見、彼等は気を緩めている様にも見えたが、何処か緩み切ってはいない……そんな違和感を覚える。
首を撚って、思い切ってその事も聞いてみた。
「くっくっく、エント。おめぇは気付くのか……」
「ふむ、Dランク冒険者でありながら、鋭き事は良き事かな」
彼等が言うには、パーティ以外の冒険者と行動する機会も多く、交流する事もまた多い。
そして、その中で重要な事は、どんな時も絶対に油断しないという事だと言う。
「冒険者ってのは昔と違って、だいぶん礼儀正しい仕事みたいに言う奴も中にはいるが、中身は未だに荒くれ者が多くいやがる。寝てる時に貴重品が無いだの、自分より名声があるのがむかつくからと、殺されるなんて事もある。いいか?? 他の冒険者と行動する時は、パーティ以外は信じるな。けして油断はするんじゃねぇぞ?」
赤髪の男は、どうやらその事を教える為に、夜中に叩き起こす予定だったと後に教えてくれた。
(危ねぇ……聞いておいて良かった)
「で、でも、冒険者同士の争いなんて、ギルドに報告はーー」
信じられない、と言わんばかりのパンドラさんだったが……
「あはは、ギルドは冒険者同士のいざこざに関与しないからね。ましてや冒険中なら証拠なんて残らないし、皆わざわざ報告なんてしませんよ」
ナイフを研ぎながら諭すニックさん。
「そんな……何故」
そんな厳しい現実を知り、落ち込む彼女には悪いが、俺にとってはある程度予想していた現実とほぼ同じだった。
人が人を襲う理由の多くは、富、名声そして金だ。
時には色恋沙汰なんかも、あるかもしれない。
(どの世界でも、人の欲望って変わらないんだな……)
人の醜さと冒険者の過酷さを耳にした後、唐突にガウルさんが聞いてきた。
パチッ
「そういやぁ、お前らは人を殺した事はあるのか?」
少し重くなった空気の中、パンドラさんは下を向き、ナナは隣でうとうとしている。
「……ありません」
「そうか……じゃあ、これだけは言っておく。もし、その時が来たら迷うな。迷ったら自分か、自分の仲間が死ぬと思え。くれぐれも迷うなよ?? わかったな……」
(ガウルさんは、優しい人だ……ここまで教えてくれる人は中々いないだろう)
未だ経験した事のない同族殺し。
(いや、体はもう人間とは言えないが、魂は人間……あれ?? 魂も混ざって、人間とは言えないのか??)
などと少し混乱してしまうが、兎に角、この世界では命はとても軽く、いつそういう場面になるか分からない。
今出来る覚悟と伴に、静かに頷き、また過去の冒険の話に華を咲かせ始めた。
そんな時だった。
コンコン
ノックの音が部屋に響く。
一瞬で緊張感の糸が張り巡り、皆の視線が扉に集まる。
「こんな夜更けに誰だぁ??」
こういうケースにも経験豊富なのか、ガウルさんはいつもの調子で相手に問いかける。
「夜分にすまんな。デナーリスだ。少し話したい」
「「「デナーリス様!?」」」
予想外の人物に、慌ててニックさんが扉の隙間から本人かを確認し、すぐに扉を開けると、そこには黒いローブに身を包む、背筋の真っ直ぐな老人が立っていた。
「夜分に済まない。今はただのデナーリス……いやクロースとして来たのだ。そんなに畏まらないでおくれ」
既に俺達は、ガウルを始め全員片膝を付き、胸に手を乗せて畏まっていた。
俺達も慌てて場に合わせ、同じ様にポーズする。
「……ぷ。あははは!! クロース様、またですかい!? さぁこちらへ!!」
唐突に、緊張感から反転して気さくな空気に変わり、俺達も何が何やらわからぬまま、すぐに暖がある場所へ移動して、クロースさんをさっきまでの輪に加わえて話始めた。
「クロース様は、たまにこうやって夜に遊びに来て下さるんだ!! 面白い方だろう!? がはははは」
「誰でも……とは行かないが。はっはっは!!」
優しい目尻でとても楽しそうに笑う老人は、朝の威厳ある雰囲気とは違い、何処か柔らかい感じがした。
「いつもお世話になっているガウル君に、今日は懐妊祝いを渡そうと思ってな」
「お、俺にですか!? で、でもどうしてそれを!?」
「私はデナーリスの名を持つ者、これくらいは当然だ。はっはっは!!」
そう言いつつ、ローブの中から小包を取り出しガウルさんに手渡した。
ガウルは改めて畏まり、体を震わせ少し涙目になりながら、大事そうに受け取った。
「光栄の極み……です」
彼は小包を少し震える指で開けると、そこには鎖付きの銀で作られた、懐中時計が丁寧に仕舞われていた。
「ガウル君、子は宝だ。君の子が生まれた時、その時計を動かしなさい。君は冒険者で中々家に居られないだろうから、自分の子が生きている時を感じると良い。命と時間は、お金では買えない貴重なものだ」
また、優しい微笑みを浮かべ、ガウルさんの肩に手を添える。
「あ゛り……ぅう」
ガウルのグシャグシャな泣き顔を見て、周りの皆も笑って祝うのだった。
「有り難い事に、私には少し商才があった。それを磨き上げ夢を形に出来た。が、親の才能は無かったようだ……私の様にはならない様にな。はっはっは!!」
「そんな事はないのでは?? 実際、現デナーリス様も立派に運営されていると思いますが……」
ミスティさんはガウルさんに対してとは違い、優しくフォローしたが、クロースさんは急に厳しい顔で呟く。
「あの子は駄目だ。カネに使われている」
皆は首を傾げ、言っている意味が分からず、頭の中で冒険中だ。
「はっはっは、『一流は一流でしかない』と言い残した、エント君なら分かるかもしれないな」
(げ!? そんな事まで把握してるのかよ!?)
なるべく失礼の無いよう自己紹介を済ませる。
「その眼帯、アラクネの布だね?? 良い冒険者は良い物を身に纏う。それは見た目や貴重さではなく、自分を活かすものと言う意味でね。君はきっと良い冒険者になるだろう」
褒められた事が少ないせいか、ちょっぴりむず痒い気持ちと、アラ子姉さんの眼帯を見抜いた眼力はさすが、世界トップクラスの商人だと鳥肌が立った。
そして、クロースさんは懐からゴソゴソと小さな皮袋を取り出し、一枚の大きな金貨を手の平に乗せて見せて来る。
「「「大金貨!?」」」
俺以外(ナナは寝ている)が驚き、よだれが出そうな顔に変わると、夢中に食いつく様に見始めたので、俺も混ざって見せて貰った。
大きな金貨には、立派な城の絵が繊細に描かれ、小さな宝石が所々に埋め込まれてとても綺麗なものだった。
この世界の通貨で、最上級のお金である大金貨は、金貨100枚分の価値がある。
「これは大金貨と呼ばれる硬貨だ。だが、敢えて問う。皆、これは何だと思う??」
どんな答えが返ってくるか、なぞなぞを披露する子供の様に、にこにこ顔で彼は皆の答えを待った。
大金貨ではないなら何か、その問題に頭を撚る者、目を閉じて考えにふける者、考えを諦める者、そして……答える者もいた。
「夢だ!! 大金貨を稼ぐってのは、冒険者なら一度は夢見るだろう!?」
ガウルの答えに、他の冒険者達もなるほどと、目を輝かせた。
「はっはっは!! ガウル君らしいと言うべきか、冒険者らしい良い答えだな」
クロースさんの言葉に褒められて、場がまた盛り上がる。
「この質問に、答えはない。何故なら人それぞれで答えが変わるからだ。先日、儂の息子にも同じ事を試してみたが、あの子は『力』と答えたのだ……力と」
白い眉毛が下がり、少し寂しそうな顔だなと思った。
「その後すぐに、うちに訪ねて来た白髪の隻眼の若い冒険者の話を耳にした。門前払いされたその者は『一流は一流でしかない』と捨て吐いたと聞く」
(俺だけど、俺だけどね!? みんな、何やってんだ的な目で見ないでぇ!?)
慌ててその件について、お詫びしたが途中で遮られる。
「いや、感謝しているのだ。私の中で現せられなかった、しこりの様な気持ちが、まさに言い当て妙だったのだから」
怒ってはいないと聞いて、ようやく肩の力が抜けた。
「はっはっは!! さて、君も自分の答えを持っているのだろう?? 顔を見れば分かる。是非、答えて見てくれないか??」
ドンドン!!
その時だ。
激しく扉が鳴ると同時に、大声がする。
「デナーリス様はおられるか!?」
「楽しいひと時はここまでか……皆、遅くに申し訳なかった。嫌でなければ、こんな老いぼれとまた遊んでくれ」
去り際の振り返った時にはもう、厳しさのある顔に戻っていた。
「私はここにいる!!」
…………
……
彼が部屋を出た後、明日も早い為すぐに寝る事にした。
「なぁエント……あの時、なんて答える気だったんだ??」
余程嬉しかったのか、銀の懐中時計を眺め、寝付けないガウルさんが、ふと思い出したかの様に聞いて来た。
あの時、ガウルさんが答えた回答はとても素敵だと思ったけれど、自分で考えて導き出した答えとは違っていた。
そんな大した答えではなく、格好良くもなく、ただ、この世界に来て変わった俺の価値が、導き出した答え……
「それはーー」




