第83話 一難去らずにまた一難
装備が完成するまでの間、俺達はオークを討伐したり、近々受ける護衛任務で必要になる、簡易テントや火打ち石等の物を、少しづつ用意していた。
ようやくジンザブロウ(面倒なので纏めて呼ぶ事にした)から、新装備を受け取った時には、準備はほぼ万全となっていた。
「エントさん!! 指名クエストの詳細が来ました!!」
ふっくら亭のテーブルで、ナナと晩ご飯を楽しんでいた時だ。
店の扉を勢いよく開き、息を切らせてこちらにやって来たのはパンドラさんだ。
「それが!! な、な、なんと、初代デナーリス様の護衛なんですーー!!」
賑わっていた店内は、まるで時間が止まったかの様に静まり返り、不思議に思った次の瞬間には、盛大な歓声が上がった。
「すげぇ!!」「あいつらが!?」「ふっくら亭も株が上がったな!?」「おれも混ぜろ!!」
話した事もない人達からも、わいのわいのと盛大に声をかけられたが、俺達はイマイチぴんと来ていない。
気付けば目の前には女将さんがいて、ドン! とテーブルに飲み物を置く。
「この街の住人にしてみたら、初代デナーリス様はヘルメスを作った英雄なのさ、そんな方を守る仕事だなんて、あんた達大したもんだよ!!」
バシッ!! っといつも以上に気合いの入った愛情を受け、目が飛び出そうになった。
「縁起が良いからその飲み物はサービスだよ。たんと食べてしっかりやるんだよ!!」
腕をグッと曲げる女将さんは、女性なのに何故かかっこいい。
「とはいえ……」
こんな状況で、詳細を話し合うなど出来るはずもなく、急いで食べ物を口に掻き込み、部屋に戻って打ち合わせをする事になった。
「ふぅ……酷い目にあったな」
「ぎょぎょぎょめんなさい!! あんな場所で言ってしまって!!」
(ここに魚はいません)
「大丈夫ですよ。それより早速ですが、詳細を教えて貰えますか?? ナナもちゃんと聞いておくようにな」
窓際の自分のベッドの上で、うひょを膝の上に置いて一緒に遊んでいるナナに声をかける。
「ガッテン!!」
こちらに身体の向きを変え、腕をグッと曲げて答えるナナは、きっと女将の真似をしているのだろう。
(色々混ざって来て、お兄ちゃんはなんだか心配だ!!)
「コホン。では指名クエストの詳細を説明しますーー」
彼女が報告してくれた内容は、二日後に初代デナーリスを連れ馬車五台で人族の村や街を経由し、王都ベルモントへ向かうという内容だった。
基本、デナーリス側が雇用している専属の私兵十名と協力し、護衛するのだが、冒険者ギルドからは我々の三名と、Bランクパーティ五名が参加する。
「なんと、その冒険者パーティは今最もAランクに近いと噂の『灼熱の虎』なんですよ!! 経験豊富な冒険者さんと一緒で、更に報酬も一人金貨十枚だなんて、ラッキーだらけですよね!!」
俺の内心とは裏腹に、浮かれた雰囲気でクネクネ踊り出した。
「つまり、私兵とBランク、Dランクパーティの俺達で三台の馬車を護衛し、片道三日の滞在一日で王都を往復するって事か……パンドラさん、王都までの地図はありますか??」
違和感は、じわじわと嫌な予感に変わって行く。
「え、えっと。ギルドに戻れば借りられるはずです。でも、エント君は心配し過ぎじゃーー」
「死にたいんですか??」
「え??」
「無名の俺達への指名依頼もそうですが、馬車三台に対して護衛の人数が多過ぎる。何かきな臭いと感じた時は慎重な方が良い」
(これで道中の危険度が高いか低いかで、ある程度は予想は立てられるが……)
一先ず地図は後回しにして、話を進めた。
「あと、わかっているとは思いますが、今回の護衛任務ではこのマジックポーチは使いません。各自分担して、背負袋で運ぶ事になります。もちろん、非常時の食料は入れておくので、そこは安心して下さい」
「ガーン」
さっきまであんなに楽しそうだったのに、今はかぶっている箱を抱えて落ち込む。
「あはは!! パンドラさんはやっぱり面白いね」
「うひょひょ!!」
パンドラさんが、一旦ギルドに地図を取りに戻っている間に、ナナとも大事なポイントだけ打ち合わせした。
今回の護衛クエストでは、盗賊の警戒やそれ以外の情報収集は、基本ナナ頼みになるからだ。
Bランク冒険者や手練の私兵達の中で、木霊を感知出来るスキルを持っている者が居るかもしれない。
「ごめんな。今回は、ナナに頑張って貰わないとならなくて……」
「いつも兄さんを守るって言ってるでしょ?? 気にしないで良いんだよ。その代わり……」
…………
……
「ぁ、あん!!」
熱がこもる艷やかな声を出し、涙目になってこちらを振り向くナナ。
「ちょ、ちょっと変な声を出すなって」
外に声が漏れていないか、気が気じゃない俺は手を止めた。
「だ、駄目。兄さんやめないで……」
求める瞳で望んで来る彼女に、俺は早くこの行為を終わらせる為、必死に手を動かす。
「ん゛ーー!? あ゛ぁあ!!」
全身に電気が走った様に、小刻みに身体がビクつく。
バタン!!
「な、な、な、何やってんですかぁあああ!?」
突然、壊れるかと思う勢いでドアが開き、頭から湯気が出そうなパンドラさんが入って来た。
(何って尻尾のブラッシングです。なんて、秘密にしてるから言えないーー!!)
「パンドラさん。お帰り~~はぅう」
クタッとそのままベッドに沈み、脱力する彼女とは違い、俺は非常事態で頭の中は真っ白だ。
「こ、これはその!!」
何故なら、今までブラッシングしていた尻尾が、既に隠蔽スキルで隠されていたからだ。
(何ぃいいい!? ど、どうするんだ俺!?)
「マ、マッサージを頼まれて、やってただけですよ」
ほっぺたが痙攣しているのを感じつつ、無理やり笑顔を作って見せた。
「へ、変態!!」
くるくると巻かれた地図が、あり得ない速度で顔面に直撃した。
バチィイイイ!!
「痛ぁああああ!!」
顔を擦り、再びドアの方を見た時には、既に彼女の姿は消えていた。
しかし、その後すぐにそんなに遠くない場所から、激しい音と伴に扉が閉まる音がした。
「どうしてこうなった……」
問題が立て続けに起こり、ため息を吐きつつ気を落ち着かせ、手元の地図を広げた。
ヘルメスから王都ベルモントまでの道を、視線で辿る。
が、俺の視点はある一点から動かない。
「ん?? 兄さん、紙をみてどうして笑っているの??」
「あぁ、何でもない。少し外の空気を吸ってくるよ」
思わず腹の底から、黒いものが溢れそうになるのを我慢して、部屋を出た。
ふっくら亭の裏庭に行き、外の冷えた空気を肺に入れた後、我慢出来ずに言葉が漏れた。
「そうか、セピアか……くっくっく」




