第8話 魂と身体
俺は手術を受ける事に決めた。
あの後、少女の亡骸を弔いたいと旅人に頼むと、彼女は気持ち良く了承してくれた。
【レクイエム】
旅人さんがその魔法を唱えると、少女の亡骸は僅かな灰に変わり、小さめの皮袋に入れて俺に渡してくれた。
この灰は、俺がもし手術に成功して生き残れたなら、少女が喜びそうな場所を見つけて撒こうと思う。
彼女が見る予定だったかもしれない、そんな素敵な場所が良いだろう。
何となくそれが一番いい気と思った。
もしも手術が失敗に終わった場合も抜かりなく、代わりに旅人さんにお願いしてある。
その後、動けない俺を抱えて牢屋から抜け出したみたいだが、気が抜けたせいか、俺は意識を失ってしまっていてその辺の記憶は無い。
次に目覚めた時には、俺はお姫様だっこをされて猛烈なスピードで移動中だった。
旅人さん曰く「手術に必要な物を取りに行く」らしい。
俺の残された体力が尽きる前に、急いで移動してくれてはいるんだろうが、空気の抵抗が半端なく強くて、呼吸する事も目を明ける事も難しい。
(……このスピード、やばい!! 車、いや、飛行機並かも!?)
瞬きする度に景色がコロコロ変わっていく感覚だ。
「着いたわ」
数十分程経った後、旅人さんが向っていた場所に到着したようだ。
その場でゆっくりと降ろされ、ここが何処なのかと周りを見回すと樹海的な場所に思える。
真夜中という事もあるけど、遠くで月の光が僅かに差し込んでいる程度でしか景色は見えない。
たまに聞こえる何かの鳴き声や物音は、沢山の生き物がいる事を報せている。
(しかし……寒い……)
凄いスピードで移動したせいなのか、それともこの樹海の環境のせいなのかは分からないが、身体が冷え切ってガチガチと歯が歯に当たる。
旅人さんを見ると、何故か目を閉じて頷いたり首を降ったりしていて不思議な行動を続けている。
何をしているか分からないが、この短時間で学んだ事は彼女がやる事は、俺には理解出来ないって事だけだ。
「少しここで待っていなさい」
「ゲホッ……わかりました」
言われた通り少しの間、僅かな木々の隙間から星空を眺めて待った。
まぁ、それしか出来ないんだけど。
限られた夜空を残っている右目で見上げる。
そこには見た事がない密度で、星々が輝いていた。
(子供の頃は良く星を見ていたっけ、大人になってからは忙しくって殆ど見なくなったけどなぁ)
少し懐かしい気持ちで、知っている星座が無いか探してみたかったけど、ここからの景色ではやはり探すのは無理そうだ。
この世界には星座という概念など、同じ様に存在しているんだろうか。
異世界に来て初めて見る夜空が、最後の夜空なんて笑えない。
今更かも知れないが、生きてもっと星が沢山見える場所に行ってみたい。
そんな他愛のない事を考えていると、旅人さんが戻って来る足音が聞こえた。
彼女を見付けると、何処から持ってきたのか手には赤黒く光った謎な石を持っている。
ナンデスカソレハ!?
「さて、始めるわよ」
突然、何かの力で俺の体は仰向けにされ、手足が何かでシュルシュルと巻かれて固定される。
「!?」
ちらっと見えたのは蔓っぽい何かだ。
徐々に地面から持ち上げられ、旅人の腰辺りで止まる。
「な!?」
「大丈夫よ。少しでもズレると不味いから、助手をしてくれるっていう娘がいてね?? 協力して貰う事にしたのよ」
(誰にですか!?)
旅人さんは俺の服を坦々とナイフで切り裂き、準備してる間にアドバイスする。
「魂と体は密接な関係がある。君のいた世界ではどうだったかは知らないけど、この世界では確かな真実。君が魂の底から強く生きたいと思える事はとても重要になる。とてもね……」
保健体育の授業で習ったような話だと思ったが、今の俺にとって重要な事ならと、必死で意識する事に努めた。
俺は無自覚で、誰かの人生を生きて来た。
前世で苦しんだ末に、一度死んで、また痛い思いをして、だけど運良く教えて貰って、遅かったけどようやく気付けたんだ……
(俺はこれからなんだ……これからやっと、自分の人生を自分で歩んで行けそうなんだ!! だから!! 死んでたまるかよ!!!!)
「そぅ、準備は良いみたいね?」
「……」
グッと覚悟を決めて頷いた。
そして、いよいよ手術は開始される。
旅人の全身が淡い光で包まれていき、何処からか持って来たか分からない赤黒い石を、俺の胸に近づけた途端、ズブズブと押し入れて来た。
「ぐぁあああああああ!!」
「そぅ、男の子なんだから我慢しなさい」
その辺の枝を咥えさせられて、焼ける痛みと共に走馬灯と向き合う。
「やる事が出来たんだ、死んでたまるかよ!!」と何度も何度も心で叫び続け、どれくらいたったのか、意識があるのか無いのかも、生きてるのか死んでいるのかも曖昧になった……
◆
俺は夢の中にいた。
何故それが夢と分かるかというと、木というか木のモンスターになっていたからだ。
恐らくラノベで出てくるモンスターで言うところのトレントっぽい奴だ。
俺は森の中で仲間のトレント達と生活していた。
彼らの生態はとても興味深くて、普段は木々の隙間から漏れた太陽の光を浴びて、クネクネ楽しそうに日向ぼっこして過ごしていたりする。
たまに他の生き物の気配を察知すると、すぐさま木の近くに逃げて、ピタリと動かなくなる事で擬態して生き延びるのだ。
ただ、俺だけが他のトレント達と違う点があった。
生まれつき足が悪いのか、そのせいで身動きが鈍くていつも仲間を羨ましく思う日々を過ごしていた。
危険な生き物が近くに来た時は、目を瞑って必死に息を殺して生き残れる様にただただ祈ってやり過ごす。
強運が続き、運良く生き残っているような状態だった。
仲間は普段、太陽の光がある場所によく集まるので、寂しがり屋の俺はいつもそこに居続けた。
突然、夢が切り替わる。
俺はまだ同じトレントのままだったが、酷く動揺していた。
理由は不思議と理解している。
それは、中々仲間が帰って来ない事だった。
毎日、数匹は来る人気スポットに全く仲間が来ない。
それから更に、太陽が三回も頭を過ぎたが彼等は現れなかった。
俺は仲間に置いていかれたと思った。
それに気付いたら、いても立ってもいられずになって、仲間を探す事にしたが、やはり足が上手く動かないので、何度も倒れながらも暗い森の中を探し続けた。
どれくらい彷徨っただろう。
擬態を繰り返しなんとか生き延びながら、探し続けていたそんな最中だ。
突然、強烈な甘い香りを感じた。
嗅いだ瞬間、本能が爆発する。
(向こうに行かねば!! 早く行かねば!! 早く!! 早く!! 早く!!)
本能がその欲求を一刻も早く満すのだと叫び出し、転がるようにその方向へ向かった。
「ギギッ!?」
仲間の悲鳴が聞こえて、突然我に帰った。
(あの声は!?)
俺は急いで向かう。
もう少しという所で、足が絡んで転けてしまった。
(クソ!! こんな時に!!)
焦る気持ちで視線を上げると、草木の隙間から仲間が見えた。
(や、やっと見つけた!! ここだ!! 俺はここにーー)
しかし、俺の目に入りこんだのは、仲間が真っ二つに切られた瞬間だ。
(やめろぉおおおお!!!)
「はぁ、また雑魚かよ。俺達は勇者なんだからさぁ、もっと強い敵と戦いたいぜ!!」
「哲哉、女神様の指示だし、きっと意味がお在りなんだろう」
「へいへい。相変わらず真司は女神様にベタぼれだねぇ。いや巫女様か。」
「な、そんな事は無い!! 俺はただ使命をーー」
「はいはい。哲哉も真司もお喋りはそこまでにして魔核取るの手伝って下さいね」
「そうよ!! 凛と私はそれで無くても森なんか来たくなかったのにぃ!! 付いて来て上げたことに感謝しなさいよね!?」
仲間の体が引き裂かれ、体の中から魔核と呼ばれる小石を取り出しつつ、四人は話し合いながら作業していく。
その傍らには、あらゆる種類の魔物達が屍となって山積みにされていた。
(ぐ……またこの匂い……行かねば……いや…駄目だ……行ったら……ヤラレル)
彼らは小さい入れ物の中で何かを燃やしているのか、青い煙が辺り一面に立ち込めている。
「しっかし、この【魔寄せの香】は凄いな、魔物が勝手にうじゃうじゃ集まるから狩りが楽ちんだもんなぁ。そう思うだろ真司??」
「そうだな、国から貰ったそのお香のおかげで、この三日間で皆一気にレベルアップできたし、資金や装備の素材も充分手に入ったのは有り難い」
「私は虫系のモンスターのせいで、さらに虫が嫌いになったわよ!!」
「あかねちゃん。それは私も同意見よ」
「真司、俺の索敵スキルにはもう雑魚意外は殆んど引っ掛からないし、そろそろ切り上げないか?? 俺、風呂入りてぇ」
「そうだな。疲労を溜めての戦闘は危険だし、片付けが終わり次第帰ろうか。凛とあかねもそれでいいかな??」
「「もちろん!!」」
「んじゃ!! とっとと片付けますか……って、なんだこれは!?」
「どうした哲也??」
「300m先にでかい反応!! 真っ直ぐこっちに来てる!!」
「全員戦闘態勢だ!!」
『ヴォオオオオオオ!!』
徐々に地面から伝わる振動が激しくなり、何かが現れるその瞬間ーー
また、意識を手放した。
〈ワールドシステム コネクトエラー〉
〈システムコネクト サイシッコウカイシ〉
〈コネクトエラー ハイジョシステムサドウ〉
〈ハイジョシステム ボウガイセイコウ〉
〈システムコネクト サイシッコウカイシ〉
………
……………
〈システムコネクト サイシッコウカイシ〉
〈カンリホジョプログラムガセツゾクサレマシタ〉
〈システムコネクト セイコウ〉
〈ダウンロードカイシ〉
〈ダウンロードセイコウ〉
〈ワールドシステムリンクスタート〉
…………
頭の中で機械的な声が聞こえた気がした……
だが、次に聞こえた声は耳元から響いていて、その声は……その声は……お爺さんのような声だった。
え?? なんで、お爺さん!?
《友よ、この子は助かるんじゃろうのぉ?》