第77話 女神の儀式
忘れるものか。
「森野走。いや、今はエントじゃったのぉ」
真っ白な空間の中、ふわりと黒い洋服を纏い、目の前に降り立つ死神。
「……」
不意に怒りが込みげてくる。
思い出すのは、理不尽な身体に、救えなかった少女。
(やつあたりだって事は、わかってる……けど)
気付けば、俺は胸に下げたあの子の灰を握りしめていた。
「……そう睨むでない。わしが悪かった。この通りじゃ」
そう言って、死神は頭を下げた。
予想だにしなかった俺は、慌てて止める。
「いえ!! 俺が無力なだけだったんです」
ガコン
後ろから久々に聞いた時計の音。
振り返った時には、いつもの柔らかいものが顔に当たる。
「!?」
そのまま、ぎゅっと抱き寄せられた。
谷間から顔を出して見上げると、目の見えない時神が眉毛をハの字に、泣いている子をあやす様に俺の頭を撫でる。
「儂も、時もずっとお主の瞳を通して見ておった。力になりたかったが、何も出来んかった儂を恨んでおくれ」
そう言って死神も、そっと頭を撫でる。
「○▲□☓!!」
「……時。死神にでも転職する気かえ?? いい加減離してやらねば、そやつ死によるぞ??」
苦しくて手足をばたつかせていた事にようやく気付いてくれた。
「ぷはぁ!! 死ぬぅ!!」
「あははは!! 時は、お主がいつも胸に挟まれて、喜んでおるのを見ておる故、時なりに励ましたかったんじゃろう」
時神の方を確かめると、ウンウンと頷く。
「ちなみに、儂は……ヤランゾ??」
(危険なフリはやめて下さいよ!!)
「ち、のって来んか……つまらん奴じゃの!? そこは『何とかお願いします!!』と言って、じわりじわりとわしに近付き、ボコられる所じゃろう!?」
「ぺっちゃいは……ちょっと」
「貴様ぁ!!」
「ぎゃあぁああああああ!!」
不可思議な力で、全身を大根絞りにされた。
………
……
「さて、すっきりした所で、久々の再開を喜んでいる時間は、そう多くはない。これから重要な事を話す故、ちゃんと聞くんじゃぞ?」
(なんて理不尽な……いや、理不神!?)
「……懲りぬ奴じゃ。もう一度かの??」
(心を読むのは止めて下さいよ!!)
慌てて必死に謝った後、ようやく本題に入る。
死神曰く、俺と交信出来る場所はこのアデナの世界で、ヘルメスだけだった様で、偶然とは言え会えたのは奇跡との事。
そして、俺の目を通してわかった事は、魔物を倒した際に、魂から魂へ移動する魂魄、いわゆる経験値の量は、問題無かった。
しかし、死神が管理している世界の魂魄量は長年徐々に減っていて、このまま行けば、世界で生まれる生命が減って行くらしい。
「それはつまり……」
「うむ。世界の死じゃ。本来、魂魄は循環して継続的に世界を維持するように創られておる。ふむ……そうなると、怪しいのはやはり神絡み……か」
本来、神の干渉はルール違反。
「わしの予想が正しければ……いや、どちらにせよ情報を集め、主に報告せねばならん」
「主ですか??」
「そうじゃ。この世界を創られた創造主じゃの。お忙しい方故、儂らが代行して管理を任されておる。主がお留守なのをいい事に……他の神と言ったら……ぐぬぬ!!」
死神は地団駄を踏み、時神はほっぺを膨らませている所を見ると、仲は良くないのだろう。
ガコン
「おお、いかんいかん。そ・れ・で・じゃ。前にも言っておったが、お主に頼みがある。暫く様子を見てからとも思ったが、そうも言ってられぬ状況になっておる故……」
少し陰りのある雰囲気で、下向き加減な死神は少し頼み辛そうにこちらを見る。
話の流れからして、良い話ではなさそうだ。
「はっきり言って下さい。どんな状況なんですか??」
「……早くて50年で、世界が維持出来る魂魄量を下回る。無論、決まった訳ではない。じゃが、何もしなければ止められぬ……」
「……わかりました」
「わかっておる!! 儂らが勝手な事を言っておるのは!! じゃが……え?? 良いの!?」
(地が出てますよ……)
「自分がこの世界に来た時、滅べば良いと本気で思った事もありました」
二人揃って、しゅんとなる。
「でも、運良く生き残り、沢山の出会いがあって、今は守りたいものも出来たから。だから、この世界が無くなるのは困りますからね」
(恥ずかしいセリフは、やっぱり性に合わないな。って、おい!! 二人揃って何処から出したんだ、そのハンカチは!?)
「ま、まぁ。大口叩いた様に聞こえたかもしれませんが、出来る事しか協力は出来ませんけど……って、ちゃんと聞いてますか!?」
「時〜〜よがっだよ〜〜」
今度は抱き合って泣いている。
(グダグダじゃねぇか!!)
「コホン。さて、頼みたい事は、難しい話ではない。今より広範囲で情報を集めて欲しいのじゃ。時間が無いとは言え、数年でどうこうする話ではないのでな。じゃがその前に、お主はか弱過ぎる。故に……」
ゆっくりと死神が近付き、続けて語る。
「お主を、使徒とする」
死神が腕を払うと、指先が赤黒く光輝き、そっとその指先を唇に触れさせた。
光が収まると、ピンクだった唇が、赤い口紅の様に化粧されて、俺の前まで立ち止まった。
俺より少し背が低い死神は、顔を真っ赤にして何か言いたそうにこちらを睨んで来る。
「は、早う跪かんか!!」
ようやく儀式的なものだと察して、言われるまま慌てて跪いた。
少し小さめの手で頭を掴まれた瞬間、額に柔らかい感触を感じた。
(こ、これは儀式とは言え、何だかとても恥ずかしい!!)
額に触れた瞬間、莫大な赤黒い光で目を瞑る。
光が収まった気配を感じて、瞼を開けると死神はかなり遠くで真っ赤な顔はそのまま、煙を上げて倒れている。
「だ、大丈夫で……って、あれ?? 何だこのコート!?」
全身黒く、赤いラインが入ったコートが、いつの間にか装着されていた。
「しょ……しょのコートはの、死神のコートでの」
「死神様……ちゃんとこっち向いて説明してくださいよ」
「乙女心がわからん奴じゃの!!」
不機嫌そうに説明する死神の話によれば、神一人に付き使徒を一人選ぶ事が出来るらしく、その際に一つだけアイテムを渡せるルールらしい。
「その死神のコートは、右手に入れるポケットはマジックポーチになっておるし、左側は……まぁ楽しみにしておくがえぇ」
(おおお!! 今一番欲しい機能じゃないか!!)
「凄い!! 死神様有り難う御座います!!」
「ふ、ふん!! 儂にかかれば、大した事ではないわ!!」
(口がニマニマしていて、可愛いな。おい)
すると、背中から殺気に似た、痛い程の何かを感じて振り向いた。
時神が両手で握り拳を作り、わなわなと震えていらっしゃる。
「と、時は封印がある故、儂が代わりにと話し合ったではないか!!」
ぷるぷる怒りを顕にしながら、ツカツカと時神が近付いて来る。
彼女が右腕を真上に掲げると、指先が七色に輝き出し、左腕を真横に振りぬくと金色に輝いた。
「本気!? 嘘でしょ!? えぇ!?」
隣でパニック状態の死神を見ると、俺も不安全開になった。
(こちらオールドファルコン!! 状況を報告せよ!? 繰り返す!! 状況を報告せよ!!)
金色に輝く左腕の指先を縫われた口に触れさせると、黒い糸が霞の様に消えて行く。
威圧感のある時神がすぐ近くまで来た。
掲げた右腕をゆっくりと下げ、唇に触れさせるとピンク色の唇が、キラキラと七色に光り出した。
あまりの非日常な出来事に、ふらっと腰が抜けそうになった。
その時だ。
腕をとられ、反対の手で腰に腕を回され……
俺の唇に、柔らかい感触があり、目を開けると時神の顔をがある。
「ん……んん!?」
こうして、俺のファースキスは時神に奪われたのだった。
しかし、俺を支える力が抜けていく。
エント……頑張れ
聞き漏らしてしまいそうな小さな声。
初めて聞いた時神の声は、酷く優しく慈愛に満ちたものだった。
「いかん!!」
いつの間に現れたのか、死神が彼女を支えてその場で寝かせると、黒髪の毛を数本抜き、唇に添えて巨大な魔法陣を展開する。
俺は呆然と見ている事しか出来なかった。
そして今ならわかる。
圧倒的な力を目の辺りに、やはり神は別次元の存在だと。
魔法陣が収束し、死神がほっと一息ため息を漏らす。
「この戯けが!!」
本気で叱る死神の方を向き、時神は苦笑いしている。
「まったくもう……」
ガコン
時計の音と共に、辺りの白さに光が差し込み始めた。
「時間か……」
「え!? 結局一体何がどうなったんですか!?」
「お主は、儂と時の二人の使徒となった。まぁ、前代未聞じゃが問題無いじゃろう。時の与えたものについては追って連絡する故、問題無い」
当たりはもうほとんど何も見えなくなる中、最後に死神の声が聞こえた。
「エント……有り難う」




