第76話 白き光のその先に
治療院を出た後、そのまま目の前にある教会へ向かった。
仕方なかったんだ。
だって、リチェルさんが手を振り、ずっと見送り続けて来るもんだから、変な方向には行きづらい。
(お布施の話の後に、それは反則だよ!!)
この世界の女性は、怖いものだと心にメモしつつ、塔の入り口らしき場所まで来た。
人族の間では、普段聖堂と呼ばれる施設だが、多種族が入り混じるこの街では、『聖塔』と呼んでいるとリチェルさんに教えて貰った。
聖塔の大きなアーチ状の門を潜ると、赤い絨毯が祭壇まで続き、その先にある巨大なガラス張りの窓が、眩しいまでの光を注ぎ入れていた。
「こんにちは。お困りですか??」
突然、後ろから優しい声で話しかけられる。
立ち止って眺めていたので、困っている人に見えたのかもしれない。
慌てて振り返ると、白く少し薄汚れた布に、一本の青いラインが入った、修道着を着ているお婆さんが居た。
「こんにちは。治療院のリチェルさんに、ここを教えて頂いたので、来てみたのですが……」
「まぁ、あの娘の紹介でしたか」
しわの多い顔が、優しい笑顔に変わる。
「私はマリーと申します。この教会の司祭なんて肩書を任せれてはいますが、名ばかりのものですから、気軽に話して下さいね」
(あぁ……俺、こういうお婆さんに弱いんだよなぁ)
ついつい甘えたくなると言うか、何を言っても許してくれそうな雰囲気と言えば分かるだろうか??
「マリーさん、有り難う御座います。自分はエントと言います。リチェルさんに御礼をしたいと言ったら、それならこちらでと言われたんですが、どうすれば良いでしょうか??」
お金や寄付と言った単語は、リチェルさんとの会話の中で、余り適切では無さそうだと感じたので、取り敢えず聞いてみる事にする。
「……そうでしたか。あの娘がお役に立てたのなら、それは私達にとって喜ばしい限りです」
マリーさんは少し目を瞑り、手をそっと胸に置いて、笑顔で喜びを味わっている。
「あらあら、すいません。つい嬉しくなってしまって。我々としても、お布施を頂くのはとても有り難いのですが、けして無理はなさらないで下さいね」
マリーさんが言うには、祭壇でのお祈りを提供する代わりに、お布施を頂く事になっているらしい。
銀貨1枚を彼女に渡し、二人で祭壇に向かった。
(あれ?? そう言えば、ここには像が無いな??)
ふと気になり、マリーさんに聞いてみる。
「えぇ。ここでは様々な種族の方が祈れる様に、神像物などは置いておりません。我々はそれぞれの信じるものに、祈りの場所を提供しているに過ぎません」
「なるほど……」
よく考えられていると思う反面、前から気になっていた事も確かめる。
「僕はこの町に来て日が浅いんですが、よく多種族で町が維持出来ていますよね?? 争いなどは起きないんですか??」
少し驚いた顔で、マリーさんが話し始める。
「なるほど。では、お祈りの前に少しお話しましょうか」
彼女は祭壇前に並んだ長椅子に座り、ぽんっと隣に座るように促して来た。
「ふふふ、エントさんの質問に答えるには、この町の成り立ちを話さねばなりません」
マリーさんの話はとても丁寧で、わかりやすいものだった。
…………
……
昔から何度も戦争がが繰り返されていた。
戦況が激しくなればなるほど、民達は貧しく疲弊して行った。
そんな状況から、戦争に対して疑問に思う者が現れ始める。
しかし、そうはさせない抑制もまた必然であり、悲しみは増えるばかりだった。
それでも諦めない者達に、ある日偶然が重なる。
三人の商人が出会った。
一人は人族。
一人は獣人。
一人は魔人。
前代未聞の、種族を越えた商談が始まった。
彼らには才能と情熱、そして共通の夢があった。
それは、自分達で理想の町を作る事。
彼らは難民や、貧しい者達に新しい町を説明し、誘導して行く。
小さな集団生活から、村となり、やがて町になった。
勿論、何度も争いもあった。
食べ物や習慣、信仰どころか、文化そのものが違う。
それでも三人の商人は、幾度も知恵を絞り改革を進めた。
食べ物は新しい料理を産み出し、習慣は教育で理解させ、信仰も自由にと聖塔を建てた。
治安維持には当初、傭兵を雇っていたが、荒くれ者達が多く彼らの頭を悩ませたが、新しい形のギルド設立に何とか成功し、解決へと向かう。
「とわ言っても、ギルドだけで対応するのは困難。なので、今も門兵や護衛などは、傭兵の方にお願いしている部分もあるのよ」
自分の事の様に、自慢気に話すマリーさんは、ちょっとお茶目だと思った。
「なるほど。疑問に思っていた事がわかってすっきりしました。この建物も歴史が深そうですよね」
そう、この聖塔の外観も内観も素人が見ても古いとわかる。
「そうね。この聖塔の最上階では、今も昔も変わらず、町の重要な事を話し合う場所になっていて、最古の建物ではあるわ」
「そうだったんですね。でも、偶然とは言え、その商人達の努力でこの町が出来たんだと思うと凄いなぁ……」
(商人魂って半端ないな)
「ふふふ、今思えば全てはなる様になっていた……と、言った所かしらねぇ」
「え?」
マリーさんを見た時には、彼女は既に立上がっていた。
「さて、長話をしてしまってごめんなさい。私もそろそろ行かないとならないので、これで失礼しますね。お祈りはその祭壇前で自由に行って大丈夫ですから」
俺は慌ててお礼を言い、奥の部屋に消えるマリーさんを見送った。
少し迷ったが、お布施をしたのに祈らないのもどうかと思い、言われた場所に足を進める事にした。
祭壇前は、目が眩む程の光が降り注ぎ、周り全てが白く見えた。
(な、何も見えない。でも……同じ様な事が前にもあった気が……)
誰も居ないはずなのに、目の前から声がした。
「久しぶりじゃの」
忘れもしない、死神の声。




