第75話 お見舞い
思わぬ形で目標金額を手にした俺達は、予定していた休暇を取る事になった。
各自それぞれ自由行動を呼びかけた所、パンドラさんはふっくら亭の部屋で、うひょとゴロゴロする予定らしい。
「うひょ!! うひょ!!」
本人曰く、もっと仲良くなりたいとの事で、特に問題無いと言うか面倒を見てくれる人がいて、正直助かった。
うひょも1日中遊んでくれると聞いて、嬉しそうだ。
下を向いてニヤッとしていたのは、見なかった事にしよう。
予想外だったのはナナだ。
てっきり一緒について来ると思っていたのに、一人で行動してみたいと言い出したので、お金の使い過ぎと人影が少ない所には行かない様にと、注意して行かせてみる事にした。
「心配しなくても、ナナは大丈夫だよ!!」
正直、心配で仕方無いんだが、過保護過ぎるのもナナの為にならないと思ってグッと我慢する。
そして、俺はと言うと、昨日の後遺症が出て全身が酷く痛むが、全く動けない程では無いので、朝はゆっくり起きて、朝食後も少し休んでから街に出る予定だ。
「ず、随分痛そうですけど、身体は大丈夫なんですか?? あ、あれなら良い治療魔法を施してくれる所を知ってますが……」
パンドラさんは、食事中に余りにも苦痛に歪んだ顔をしているものだから、心配して声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫です。少し休んでから出る予定ですから。それにこの痛みは、魔力回路由来の痛みなので、治療魔法はあまり効果が無いのは自覚しています。でも、心配してくれて、有り難う御座います」
「い、いえ!! 早く良くなると良いですね」
【星装】は、魔力を身体に高濃度で纏うだけでは無く、体内の循環している魔力濃度や流れも、上昇させる事によって発動する荒技だ。
高濃度で魔力が目まぐるしく流れるので、鍛え足り無い俺の体内では、細かい傷だらけになると言う訳だ。
そして、体内においての魔法での裂傷は、自然治癒以外方法は無いと、昔じぃちゃんに教わっていた。
兎に角、身体を少しでも癒すべく、部屋に戻り少し横になって、今日の予定を楽しく考える。
日がある程度登ってから部屋を出て、いよいよ街に繰り出した。
「さて、まずは……」
街のメイン道路の歩道を通り、中央へ向かって歩き出す。
石畳で出来た道路の様子を改めて観察すると、荷物を沢山積んだ馬車があちこち走っている。
たまに、馬だけでは無く、でかい鳥や小型恐竜みたいな蜥蜴も引っ張っていている。
冒険者になって直ぐは、その日の宿代すら危うかった状況なのもあって、まじまじと街を見る余裕なんて無かった。
(こうやって、街の中を普通に恐竜が走ってるのを見ると、異世界に来たって実感するよなぁ)
ファミリアでの生活も、勿論驚きの連続だったけれど、人が生活する空間に、見慣れ無い物があるとついつい驚いてしまう。
すれ違う人々も、人間、獣人と呼ばれる者達が、入り混じっていて不思議な感じがする。
魔族もいるらしいが、元々個体数が少ないと噂を耳にした事があって、余り見かけない。
徐々に目印となる建物が近付いて来た。
ヘルメスにおいても、街の中央には教会があり、円柱状の塔のような外観をしている。
真下から見ると、ビル5階程高さがありそうなこの建物は圧巻だ。
ぐるりと教会を周り、裏側にある施設に到着した。
「こんにちは」
「はーーい。あら? 貴方は……」
こちらを振り返った途端、三毛猫柄の可愛い耳が、ぴょこんと反応する。
「えと、エントです。リチェル……さんですよね?? あれからどうしてるかと、ルカさんの様子を見に来ました」
「まぁ。改めましてリチェルです。ふふふ、名前を覚えて下さって有り難う御座います。彼女は、あれから少しづつ元気になっていますよ」
彼女がそう言って、しっぽを優雅に動かすものだから、じっと見詰めてしまいそうになるのを我慢しつつ、後を付いて行く。
リチェルさんの後ろを歩く際、ガン見したのは仕方の無い事だ。
「ルカさん、また御見舞の方が来ましたよ??」
すっとカーテンを開けると、必死な表情で編み物に集中しているルカさんがいた。
「ひ!? 何しに来たのよ!?」
遅れてこちらに気付いた彼女は、びくっと身体を強張らせた。
「何って、見舞いに来たんです」
「こんな、ボ、ボロボロの冒険者を見に来て、何が……いえ、なんでも無いわ……」
下を向き、少し涙声になる彼女。
「そんなつもりで、来た訳じゃありません。携わった者として、今後どうされるかぐらいは、知って置きたかったんです」
「……」
黙り込むルカさんに変わり、リチェルさんが話し出す。
「ルカさんは体調が戻り次第、教会の修道士として生活して行く事になっています。多種族が共存するここヘルメスでは、少し特殊な教会ではありますが、余り動けないルカさんが安全に生きて行くには、それしか道は有りませんし……」
「教会なんて入ったら、獣人や魔人共に弄ばれて、何かの生け贄にされて終わりかも……いや、嫌だぁ!!」
情緒不安定なのか、大きな声で泣き始めた。
そんな彼女の隣に、リチェルさんはそっと座り、背中をゆっくりさする。
「人族の教会の事は、良く分からないけれど。ヘルメスの教会は大丈夫よ。それに、獣人は人を食べたりしないし、儀式なんて無い。魔族の友達に聞いても、そんな事するのは深淵の魔女くらいって笑って教えてくれたもの」
思わぬ所で、あの魔女の話が出て来た。
「ルカさんの手足が、元に戻る可能性はあるんですか?」
「実は有ります。ヘルメス教会では、負傷して行き場を失った者達が修道士として修行し、聖女さまに認められた者は、奇跡をお与えになられます」
「!? そんな話、聞いて無いよ!?」
ガバッと顔を上げ、驚いた表情でリチェルさんを見る彼女。
「ふふふ、それはルカさんが、お話を聞ける状況では無かったからですよ」
「ウッ……でも、それなら……それなら頑張れる!!」
「ルカさん、良かったですね!!」
「あ、あぁ。なんだかんだ、当たってしまって……その、悪かったよ」
ばつの悪そうな雰囲気で、彼女は頭を下げて謝った。
「いえ、怖い思いをして、大切な人も亡くなったんです。仕方無いです。それに自分もあの時、強く言ってしまったのでおあいこって事にしましょう」
その後、少し雑談した後には、すっかり生気が戻ったルカさんを見て、俺は安心した。
治療院から出る際に、リチェルさんに気になる事を確認する。
「深淵の魔女……って一体?」
「あら、初めて聞きましたか?? 良い話では無いんですが……」
耳を前後左右にぴょこぴょこ動かし、辺りを警戒して話してくれた。
「魔族の中でも異端の存在らしく、種族関係無く自分の欲望のまま行動している古い魔王。それが深淵の魔女です」
さらに警戒して、かすれる程小さな声で続けた。
「かつて、獣人の王である、獣王の毛が欲しいとやって来ました。当然断ったらしいんですが、深淵の魔女が怒り狂い街を一つ消し飛ばしたと聞いています。獣王さまも激怒して軍隊を派遣して追い出したんですが……」
ゴクッとリチェルさんの喉が動く。
ちょっと可愛いなんて思ってしまったが、慌てて耳を傾ける。
「来るんですよ……」
「え?」
「毎年来たんだそうです……」
(うわぁ……あの魔女ならやりそう)
「獣王様も途中から馬鹿らしくなって、結局何本か毛を渡したら、それ以降、来なくなったと聞きました。随分前のお話みたいですけどね」
「しつこいのも、そこまで大規模だと恐怖ですね……」
「はい。なので、獣人族の間では、深淵の魔女に出会ったなら、命以外は直ぐに渡した方が身の為だ。なんて云われていますね」
「なるほど。長々と貴重なお話有り難う御座いました。凄く勉強になりました」
「ふふふ、お気になさらず。でも、そう言って貰えるのでしたら、お時間があれば、教会でお心遣い頂ければ幸いです」
その時の優しい笑顔は、とてもじゃ無いが断れるものでは無かった。
「わかりました。今日は有り難う御座いました」
「今度は兄弟一緒に来て下さいね」




