第72話 木登りの真髄
あの後、部屋に戻ると、ナナに顔が赤いと心配されてしまい、慌てて動揺している自分に気付いた俺は、素早く布団に潜り込んだのだった。
「ふわぁ〜あ」
重い欠伸をしつつ、寝不足気味の頭に酸素を送る。
俺のベッドに、いつの間にか忍び込んだナナを慎重に引き剥がし、裏庭の井戸水で顔を洗う。
(中身は良い年のおっさんが、おでこにキスされたぐらいで動揺してどうする!!)
パシッっとほっぺたを叩き、気持ちを切り替える。
やがて日が登り出し、1階の食堂で朝食を摂った。
「お、お、およよよざます!! ざます!!」
(少しは落ち着かんかい!!)
「パンドラさん、おはよう御座います」
「おはよう〜もぐもぐ」
中身が大人の俺から、気不味い雰囲気になる前に、話を切り出す事にした。
「今日は、うひょを入れて午前中は森で遊びます。午後からはオークを1匹狩りましょう」
「むぬむむ!?」
「ナナ……食べながら喋らない」
「き、昨日言ってた事ですね?? で、でもご迷惑をお掛けする訳には……」
「やったぁ!! 久しぶりに木登りレースしたいね!!」
「パンドラさん、ナナも僕も丁度息抜きしたかったですし、気にしなくて良いんですよ。それに、オークの肉質について考えていたんですが、夕方に向こうを出て、日没前にヘルメスに戻った場合の査定がどう変わるか試してみたいんです」
「な、なるほど。それなら……」
真っ白な箱を縦に動かす彼女は、何とか納得してくれたようだ。
準備は昨日経験したかいもあって、比較的短時間で終える事が出来た。
その成果もあって、今日は日差しが強くなる前に川原に到着した。
(今回はパンドラさんが、倒れ無くて良かったな)
ナナと俺で周囲を確認しても近くには誰も居なかったので、うひょを背負い袋から解放する。
「うひょぉおおお!! うひょぉおおおお!!」
ぴょんぴょん石の上を跳ねて、嬉しそうに動き回るうひょ。
「はぁ……うひょさん可愛い……」
胸元で両手を握り締め、クネクネしている変態。
(お前の目は大丈夫か??)
「兄さん!! 魚いるよ!!」
(妹よ、最近君のキャラが、食いしん坊キャラに固まりそうで、兄さんは心配だよ……)
「あ、あれはアムですね。癖の無い川魚で、美味しいみたいですよ??」
「へぇ……なら今度、道具を揃えて魚釣りもしてみますか??」
「兄さん……また、ナナに泣かされちゃうんだね……」
哀れな子羊を見る瞳でナナが見詰める。
「こ、今度は普通の魚だから負けないさ!!」
「わ、私は釣りした事無いんですが、だ、大丈夫ですか?」
「誰でも初めてはありますよ。その時はしっかり教えますから、安心して下さい」
「教えるのだけは、上手だよね!!」
「やかましいわ!!」
そんなこんなで、川原近くの浅い森で遊び始めた。
安心して貰う為に、パンドラさんには予め、ナナの気配察知を常に行っている事を伝えてある。
勿論、俺も定期的に山彦を使っている。
森での遊びと言えば、まずは木登り競争だ。
「よ〜い。どん!!」
俺は兄としての威厳を守る為、身体強化を使いロケットスタートから素早く登って行く。
「あぁ!! ずるい!!」
しかし、細かい身のこなしが上手なナナも、無駄が無くて食い付いて来る。
シュル
突然足に何かが巻き付いた。
「ぷっひょ!! ぷっひょ!!」
「な!? うひょ!! 離せ!!」
うひょのツルだと気付き、藻掻いている間にも、ナナとうひょが追いついて来る。
ちらりとその下を見ると、パンドラさんが慎重に登っては、枝をバキバキと折りまくり、全然登れず涙目になってこちらを見上げているのが見えた。
(パンドラさんには不利な遊びだったかな……だが!! 勝負とは非情なものなのだ!! ふはははは!!)
魔刀でうひょのツルを切り(直ぐに再生して問題無い)、再び全速力で木を登ろうとしたその時だ。
【ダークミスト】
「目がぁあああ!! 目がぁああああ!!」
思わず例の名ゼリフが漏れてしまう。
「兄さん、おっ先〜」
「うひょひょ!!」
耳元で二人の声が聞こえた。
「ふ、ふふふ……俺を本気にさせたのは、お前らが初めてだ……良いだろう」
俺は真っ暗な霧の中、そっと目を閉じる。
(負担が大きいけど、今の俺なら十秒程度!!)
山彦の常時発動で空間を把握していく。
【山神】
ぐっ!!
直ぐに酷い頭痛が襲って来た。
「だ、だが、この一瞬に全てをかける!! うぉおおおお!!」
「えぇ!?」
「うひょぉおおお!?」
…………
……
結局、俺、うひょ、ナナ、パンドラさんの順で決着がついた。
俺が何とかトップで天辺に登ったと知ったナナとうひょは、その後壮絶な争いの末にうひょが勝利を納めた。
パンドラさんに至っては、みんなで協力して引っ張ったり、支えたりしながら、何とか木の頂上にまで連れて来た。
木登りの結果は散々だったけれど。
でも、頂上での景色を見た時の彼女が、凄く感動していたので、俺達みんなも、嬉しい気持ちになった。
「す、凄い……」
人は、本当に美しいものに出会った時、言葉が上手く出ないと聞いたことがある。
彼女にとってそうであればと、そう思った。




