第71話 どんな人生を描くのか
食事を終えて、ニ階の部屋に戻る。
「ナナ、ちょっとパンドラさんと話してくるから、うひょと待っててくれ」
「わかった〜〜」
「うひょ!!」
ベッドで横になりながら二人で楽しそうに、今日の事を話し合っているようだ。
二人の会話はよく分からないけれど、去り際に聞こえて来た内容はーー
「血だらけになった時のお兄さんの顔、笑ったよね〜〜??」
「ぶひょひょ!!」
ーー碌でもない話に違いない。
二つ隣の部屋まで行き、扉をノックする。
コンコンッ
「どひゃ!?」
ガタゴトン!!
扉の向こう側からは、大惨事の音がした。
(大丈夫かよおい……)
「エントです。入って良いですか??」
「は、はい!!」
扉を開け中に入る。
僅かなカンテラ風の灯りで、部屋の中は薄暗い。
(な、何!?)
ベッドの上に腰掛けた彼女の箱が……おかしい。
いや、いつもおかしいんだが、今回は黒を基調としたもので星やら月やらの絵が可愛く描かれた物を被っていた。
「オ、オシャレな箱ですね」
パンドラさんは何故か白いネグリジェを揺らしクネクネ踊り出した。
こんな薄暗い部屋で、箱を被った奴がクネクネしてたらもうホラーだ。
「そ、それで。大事なお話があるとか!? ゴクりんちょ」
(やめろ……そのツボを攻撃するな!!)
「冒険中に話そうかと思っていたんですが、中々タイミングが無くて……」
「な、ナナちゃんの前では恥ずかしい事なんですね!?」
「違います」
今の俺は死んだ魚のような目になっている事だろう。
「座っても良いですか??」
「へい!!」
(狙ってるだろ、貴様ぁああああ!!)
改めて部屋を見ると、部屋の片隅には頭に被る箱が何個も積み上がっているだけで、後は備え付けの机と椅子がある程度だった。
いや……箱が積み上がっているのは異常か。
一度、深呼吸して部屋の椅子を借り、俺も腰掛けると本題に入った。
「お話と言うのは、森の件についてです」
ビクッとベッドに座る彼女の身体が強張る。
「め、迷惑をお掛けしているのは分かっているんです。でも!! 森に入ると記憶が蘇って……それで……」
「怖いんですね??」
「はい……」
膝の上に作る握りこぶしは、小刻みに震えている。
「……僕も昔、同じような事があったんです」
もっともそれは、前の世界の出来事ではあったが。いや……
「え??」
予想外だったのか、彼女は驚いて顔を上げた。
「これより、恐怖についての勉強をはじめます!!」
「えぇ!?」
突然始まった授業に、動揺するパンドラさん。
「返事は!?」
「は、はぃ!!」
ゴリ押しではあるが、今後を考えると大切な事だと割り切り、話を進めた。
「まず、怖いと感じている時点で、あともう少しなんです」
「言ってる意味が……」
「まぁ聞いて下さい」
俺はその後、じぃちゃんから教わった事を思い出しながら説明した。
それぞれが持つ恐怖はそれぞれ違う。
だが、どんな恐怖も、向き合わないと出て来ない。
言い方を変えれば、向き合っているから恐怖が出てくる。
「そう、つまりパンドラさんは、既に向き合って頑張っているという事です」
「な、なるほど」
でも、多くの人は恐怖が漠然としていて、分からない事も相俟って勝手に大きく捉えていたり、魔物や魔獣に襲われるような、命が掛かった恐怖と、心の恐怖を同じように感じて、勘違いしている人も多い。
相手が自分をどう思っているか怖い。
お金が減ってこれからの将来が怖い。
昔、失敗したから挑戦するのが怖い。
これらの恐怖で、腕が折れたり血が流れて死ぬ事は無い。
無いけれど、同じ恐怖だと思い込んでいるのだ。
では、どうすれば良いか。
恐怖は、分からないから怖いのだ。
なので、一つ一つ明確にしていく。
「パンドラさんは何故森が怖いんですか??」
「だから、その……母が無くなった記憶が蘇って来て……」
俺はそこから具体的な部分を聞いていく。
母を失った辛い気持ちを思い出すのが怖い。
大切な人が目の前で死んでしまうのが怖い。
森は魔物が多く、突然危険な状況になりそうで怖い。
死ぬのが怖い。
「んーーこんな所ですかね」
「こんな話あまりした事無いので、何だか不思議な感じですね……」
「誰かが教えてくれるものでは、ありませんからね」
俺も学べて良かったと思ってる。
「さて、次がとても重要なので良く覚えておいて下さい」
「は、はい!!」
彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。
「難しい事ではなくて、具体的に対策して行けば、恐らくパンドラさんの恐怖は解決出来ます」
「え?? どういう……」
「まず、森での唯一の辛い思い出は無くなりません。ですが、楽しい思い出を作る事は出来ます。例えば今働いているギルドも、辛い思い出も良い思い出もあるから貴方は居場所として選んでいるんです。なので、今度は森での楽しい思い出を作る事にしましょう。凄く楽しい遊び方を教えますよ。ふふふ」
「と、とても悪い顔をしてますよ!?」
「次に、大切な人が目の前で死んでしまうのが怖い。……これは僕も同じです。なら、強くなれば良い。自分が守れると、守りきれると思うまで自分を鍛え続ければ良い」
「それは、そうですけど……」
どこか納得のいかない顔を浮かべ、下を向くパンドラさん。
「パンドラさん、一つ面白いお話をしましょう」
昔、一人の怖がりの少年がいました。
彼は、とてもとても怖がりでした。
父親が隣町へ買い物に行こうと誘っても、途中で盗賊に襲われるかも知れないからと、行きませんでした。
母親が近くの川に水を汲みに行こうと誘っても、足を滑らせて溺れ死ぬかも知れないと、行きませんでした。
少年はどんどん怖くなりました。
ある日、外で転んで怪我をしてしまいました。
彼は、打ち所が悪かったら死んでいたと、家から出なくなりました。
そんな彼を見てお父さんとお母さんは叱りました。
しかし、彼は心が傷ついて死んでしまうと思い、とうとう部屋から出て来なくなりました。
そして、彼はベッドで何年も何年も過ごし、とうとう寿命がやって来ました。
ですが、死ぬ直前に自分の人生を振り返った彼は気付いたのです。
「あぁ……自分の一生は、死んでいるのと同じだったのか」
「パンドラさん……僕らは必ず死ぬんです。貴方も私も必ずいつか死にます。それは人によって短いか長いかの違いでしか無くて、人生という一本の線を見て、悲しんだり、怖がったりしてるだけじゃ駄目なんです。自分自身でその線を使い、どんな人生を描くのかが重要なんですよ」
「ッ!?」
彼女は顔を上げ、俺の右眼を見つめて来た。
箱の穴から覗く金色の瞳は、今までで一番真っ直ぐな視線だった。
「…………後悔の無いように、自分の人生を、描く……」
今教えた事を、暫く繰り返し思考し始めた彼女を見て、伝えたい事を終えた俺が腰を上げようとした時だった。
ガチャ
唐突にパンドラさんが箱を外し出すと、艶のある綺麗な紫髪が花びらのように揺れ落ちた。
「エント君、有り難う……なんだか、救われました」
そんな言葉を呟きながらベッドから立ち上がり、そっと近付いて来る。
(え、ちょ、えぇ!?)
彼女の甘い香りが、ふわりと感じるほどの接近を許した俺は、どうしていいか分からず身体をただ強張らせる。
少しの間、額に何か柔らかいものが触れる。
予想外の事態で頭は真っ白になる。
彼女が少し離れると、俺は我に帰り彼女を見ると、真っ赤になって固まっていた。
ガタッ
「ぎょ、ぎょめんにゃさぃいいい!!」
俺は居たたまれず席を立つ。
「い、いえいえ!! 役に立てて良かったです。今日は遅くにすいませんでした。まだ伝え切れてない部分もありますが、またお話しましょう!! じゃあ!!」
真っ赤になったほっぺたを、両手で抑えて固まっているパンドラさんを見納め、部屋のドアを閉めた。
(な、何が起こったんじゃあああああ!?)




