第69話 オークチャレンジ
晴れてEランクにランクアップした俺達が、最初に選んだクエストは【オーク討伐】。
理由は単純、休暇をより早く取りたいからだ。
俺をそう強く思わせたのは、パンドラさんの一言がきっかけだった。
「本……ですか?? 確かこのヘルメスにあるデナーリス商会で扱っていたはずですね」
「あるんですか!?」
この世界でも本が普及しているのを、旅人さんからは聞いていた。
しかし、ヘルメスは多種族が交流する特殊な町であり、日頃探し回る余裕など無い中、本が売っている場所などまるで知らなかった。
まぁ最近まで一日寝泊まりする事すら危うかった身としては、そんな贅沢品が頭に浮かぶ事なんて事も無かったしな。
ギルドにも冒険者用の参考資料程度の物はあったが、本らしきものは見当たらなかった。
「え、えぇ。ですがとても高いですし、代表であるデナーリスさんはギルドと言うか、冒険者がとてもお嫌いなので売ってくれるかどうか……」
「いえ、あると分かっただけでも良かった!!」
俺が読みたい本は、魔法やこの世界の植物などが書かれている本だ。
じぃちゃんやヒスイ姉さんには魔法を教えて貰ったけれど、旅人さん曰く、「魔物はその生活圏で使う魔法は得意だけれど、世界にはまだまだ沢山の魔法がある。特に人族はそれを本にして伝承しているから、機会が有れば探してみると良いわ」と言っていた。
色んな場所に行く予定の俺としては、少しでも便利な魔法を覚えたい。
そんな訳で一刻も早くオークで目標の金貨1枚を稼ぎ、休暇を取って本探しに行かねばならない。
そもそもオークと呼ばれる魔物はヘルメスから東側に位置する場所に生息しているらしく、俺もまだ見た事は無いが、ふっくら亭で仕入れた情報だと、顔は豚に似ていて身体はでっぷりした魔物だが、その体型から力は相当強いらしい。
肌はゴブリンより濃く、討伐証明には口から生えた大きな牙が必要になる。
兎にも角にも、討伐に必要な物を念の為パンドラさんに確認していった。
「パンドラさん、台車はギルドでレンタルするとして、後は何か必要な物はありますか??」
「は、はい!! 討伐した後は、解体作業があるので、内蔵等を地面に埋める為にスコップやロープは必要かと」
「穴掘りは『アース』が使えるので問題無いです」
「ほぇ……本当にエント君は、何でも出来るんですねぇ」
羨望の眼差しで見つめて来るけど、箱の穴から光る目で見られても怖いだけだ。
「森の中での生活には必要だからと、家族に徹底的に仕込まれただけですよ……徹底的に……あれ?? なんだか目から汗が……」
隣でぶるっと腕を組むナナを見て、同じ事を思い出しているのだろうとそう思った。
台車以外はロープと硝石、それにボロ布を何枚か購入して東の門を潜り目的の場所へ向かった。
ギルドで貸して貰える台車には大、中、小と三種類あり、一日の貸付金も比例して変わる。
今回俺達が借りたのは、畳四枚分のスペースがある中サイズだ。
(中サイズで一日銀貨4枚か……ちょっと高いかな??)
俺が前方で台車を引き、ナナとパンドラさんは万が一に備えて左右で護衛しつつ移動した。
ヘルメスの町から畑を抜け、草原をニ時間程行くと小さな丘が増えて来た。
「兄さんまだ〜〜?? ナナもう疲れて来たよ」
「もう少しだ。ここから街道を少し離れて、ほら、あそこに見える川沿いが目的地だ」
「…………もぅ駄目」
バタッ
「え??」
反対から変な声がしてそちらに振り向くと、その場で倒れている人がいた。
「パ、パンドラさん!?」
どうやら箱の中がこの暑さでサウナ状態になっていたようで、箱を触ると目玉焼きが出来そうなくらい熱くなっていた。
(あほかぁああああああ!!)
ここからは人気が無くなる場所な為、気にせずかぶっている箱を外すと荷台に乗せて運んだ。
(さっそく台車が活躍したな……)
川沿いへ近づくに連れ、小石が増えてガタガタと台車が跳ねる。
到着した川と森の境には日陰が有り、涼しい風が心地良く流れた。
「はぁ……やっと着いた」
「川だぁ!!」
ナナは元気良く川へ走り出した。
楽しそうな妹を横目に荷台へ視線を移すと、心地良さそうに寝ているアホがいる。
「起きんかい!!」
「ふぉぁあああ!?」
パンドラさんは慌てて起き上がり、涎を袖で拭きながら寝惚けた顔で謝まって来たが、今日はちょっとお仕置きが必要だ。
「うひょさん、やっておしまい!!」
「うひょ!!」
ガポッ
「ん゛ーーーー!?」
…………
……
「さて、冗談はこの辺にして、此処からの行動は危険が伴うので、気を引き締めて行こう」
準備を終え、いよいよオーク狩りを始めた。
「ガッテン!!」
「は、はい」
さっそく、ナナの気配察知と俺の木霊で周辺の情報を集めながら進んだ。
「兄さん、南二百メートル先に大っきい反応が一つ、東に進むと範囲ギリギリに小さいのが三つ反応があるよ??」
俺の木霊で見ると、オーク1体とこれは……スライムって奴か??
「前方のオークへ向かう。パンドラさん浅い森ですが大丈夫ですか??」
「な、なんとか」
(昨日は結局、森を克服するトレーニングは出来なかったからな……)
「良し。今までの練習通りに行きますよ」
俺達は風下から周り込み、オークのいる場所へと向かった。
東の森は木々の密度が少ない分、光が入り込みやすいのか生えている草の丈は意外と長い。
そのせいで俺とナナは問題無く対応出来たものの、パンドラさんは歩く度に草の擦れる音が鳴ってしまう。
ガサガサ
(駄目だ、これじゃあ気付かれる)
すかさず片手を挙げ、一旦進行を止めようとした時だ。
「ブォオオオオオ!!」
「チッ!! 遅かったか。ナナ!!」
斜め前方に居たナナに、先制攻撃させる。
視線を走らせパンドラさんを見るが、魔物の威嚇に動揺し身体を強張らせていて駄目だ。
彼女は一旦そのままに、ナナに合わせるため前に出る。
初めて見たオークは、聞いていた情報とほぼ合致していたが、間近で見ると思っていたよりも大きく感じ、それに意外とがっちりしているようにも見える。
(でっぷりって聞いてたけど、お腹以外はムキムキじゃねぇか!!)
『ダークバインド』
オークの陰が、奴自身を縛ろうと絡まり始めた。
がーー
ブチ、ブチブチッ!!
「ブォオオオオオオ!!」
下半身の力が半端無く強いのか効果が薄い。
俺は身体強化を纏い、周り込んで後ろから魔刀で首を狙う。
「ブオ!?」
しかし、ギリギリのところで横に躱され、その反動を使った頭突きが来る。
「クッ!!」
ドゴン!!
両腕を強化して受けたので、怪我は無いが距離をとらされた。
「兄さん!? 貴様ぁあああ!!」
「馬鹿!!」
頭に血が登ったナナは、ナイフでオークの胸元に刃を突き立てた。
「ブギャァ!!」
オークの悲痛な声が上がったーー
「な、なんで!?」
やはり分厚い胸板に対して、ナイフでは急所に届かなかったようだ。
「すぐ離れろ!!」
オークは両腕でナナを思いっきり掴む。
「あ゛ぁあああ!!」
バチッ!!
防衛本能で電撃を出したのか、オークは突然の痛みにナナをその手から離した。
その隙に全速力でオークに刺さったナイフを握り締め、力一杯押し込む。
「うぉおおおおおおお!!」
すかさず魔力を押し込み、ナイフの先から魔法の刃を展開して貫通させた。
「ブギャァアアア!!」
背中を突き抜けた魔刀を確認した時には、ズルッとオークの全身から力が抜けていくのを感じた。
崩れ落ちるオークはそのままに、俺はナナの元へ急いで向かった。
「ナナ!! 怪我は無いか!?」
「う、うん。大丈夫」
(嘘だな……)
ナナのローブを外すとオークに掴まれた両腕がくっきりと痣になり、紫に変色していて痛々しい。
『ヒールウォータ』
「怪我をしたらちゃんと言えって、いつも言ってるだろ……」
「ごめんなさい……」
今にも泣きそうな顔で下を向く。
(多分、カッとなった自分が仕留められなかったのと、雷魔法を使ってしまったのを気にしてるんだろう)
「命より大切な物は無いんだ……あれを使ったのは間違いじゃ無い。だけど、もう少し冷静にな」
そう言ってナナの頭を撫でる。
えへへと、照れ笑いを見せるナナはもう大丈夫だろうと判断し、パンドラさんの様子を見に行った。
少し離れた木の影に彼女は居て、座り込んで涙目で震えていた。
足元には水溜りが出来ていたが、紳士な俺には何も見えない。
見えないったら見えない。
「よ、良かった……怖かっ……あれ?? あ…………」
ようやく今の自分の惨事に気付いた彼女はーー
「うわぁああああああああああん!!」
恥ずかしさの余り、林檎のようになる顔を両手で隠すと、ただただ泣き叫ぶのだった。
本人の前では言えないけれど、その日のパンドラさんの泣き声は、相手をしたオークよりも相当大きかったというのはここだけの秘密にしておこう。




