第65話 左手と右手
パンドラさんと秘密を打ち明けあってからの冒険は、順調そのものだった。
あれから一週間。
午前中は相変わらず薬草採取で稼ぎ、午後からは条件付きだが、隠していた無属性魔法で、新しいコンビネーションの練習も行っている。
そして何より、うひょさんのご機嫌が良い。
皮袋の中ばかりで、いつも機嫌が悪かったしな……
今も草原で、一角兔を追いかけて楽しそうだ。
「うひょぉおおお!!」
「か、可愛い……」
(あんたは知らないんだ!! 朝の苦しさを!!)
「兄さん、気配察知には獣とゴブリンぽいのが、あっちに二匹いるよ!!」
「有り難う、ナナ」
ナナに御礼を言い、追い掛ける様に木霊を使う。
『山彦』
いつも通り、鮮明な情報が入って来る。
木の棒を握りしめたゴブリン達が、森の近くを歩いているのが見える。
「パンドラさん、ナナの気配察知でゴブリン二匹を見つけました。行きますよ」
そう、俺達は一角兔を卒業して、今日からゴブリンをターゲットに朝から行動していた。
「わ、わかりました」
「うひょ?? うひょ!!」
「駄目よ、うひょ私達の練習なんだから」
「ぷっひょ!! ぷっひょ!!」
「ナナちゃん羨ましいです。うひょさんとお話出来て」
「えへへ……有り難う??」
(うひょは超毒舌だからな……聞かない方が良いんだぞ??)
しばらく察知した方向に進むと、ゴブリンが見えて来た。
向こうもこちらに気付いたや否や、襲い掛かって来る。
「来たぞ!! ナナ、出来るだけ引きつけてからだ!!」
「ガッテン!!」
(やめなさいよ!!)
ちらっとパンドラさんの様子を見ると、真似されて照れたのかクネクネしている。
(しっかりやらんかぁああああ!!)
「今!!」
『ダークバインド』
ナナが魔法を展開するタイミングに合わせ、パンドラさんが接近して、二体が重なる点を狙い突きを放った。
ドォオン!!
一体は横腹のど真ん中が吹っ飛び、もう一体は頭が吹っ飛ぶ。
まるで大砲にでも当たったかののうな惨事で、どちらも即死だ。
「やったね!!」
「や、やりましたぁああ!!」
「…………」
「どうしたの?? エント兄さん」
「……俺の出番」
「「……」」
(結果はどうあれ、一角兔での練習は効果があったな)
実際、ナナのダークバインドは正確にゴブリンを補足していたし、さらにあり得ない力を発揮するパンドラさんの攻撃は、掠っても重症になる。
ふと、赤色の箱を被っているパンドラさんに、気になっていた事を確認しておく。
「今俺達はFランクですが、どれ位でランクアップ出来そうですか??」
「どひゃ!? え、えぇと恐らくですが、新人冒険者はクエスト回数10回達成か、ゴブリン等を10匹程度倒す事がEランクになる条件だったはずです」
(どひゃ……だと??)
「大丈夫ですか!? 息が荒いようですが……」
あんたのせいだよ、とは言えずグッと言葉を飲み込んで続きを聞いた。
「だ、大丈夫です。討伐を証明する方法は、左耳を斬って持っていくので合ってますか??」
「はい。過去に数を誤魔化す人が居て、それからは必ず左耳を見せる事になっています」
「ナナは、そこのゴブリンの魔石と左耳を切り取ってくれ。俺とパンドラさんは、頭が吹っ飛んだ方を探してくるから。あれば良いんだけど……」
「ご、ごめんなさい!! やり過ぎちゃって……」
「初めてなんですから仕方無いです。それに、変に手を抜いて怪我をする方が危険です」
「は、はぃ……」
フォローしてみたものの、パンドラさんは落ち込み気味だ。
「あ、あった!! パンドラさん、多少千切れた耳でも大丈夫なんですか??」
「だ、大丈夫です!! たぶん……」
「……そうですか」
(彼女は自信が付くタイプか、もう一方のタイプなのかを確認しておかないとな……)
二人でナナの元へ戻り、みんなで身体から魔石を取り出して少し考える。
「ゴブリンは討伐報酬と魔石売却で約1銀貨になる。目標の一日20銀貨と、ランクアップも兼ねて今日は森に入るぞ」
「は〜〜い!!」
「うひょぉおおお!!」
ナナとうひょは久々の森と聞いてとても嬉しそうだ。
「き、危険です!! そう言って新人冒険者さんは無理して、帰って来なくなる事が多いんですよ!?」
反対に、パンドラさんは予想外にも全力で止めた。
「パンドラさん……もしかして森が怖いの??」
ナナがパンドラさんに近付き、箱に空いた穴を覗き込む。
(近い!! 近すぎるよナナちゃん!!)
「しょんな、こちょこちょナイデスヨ?」
(こそばゆい言葉使うな!!)
「パンドラさん、俺達はずっと森の中の村で生活して来ました。謂わば、森は得意なフィールドなんです。あれだけ訓練したし、今二体倒してこれなら大丈夫だと判断しました。何かあれば助けますから行きましょう」
「……」
説得を試みたが、パンドラさんの脚は震えているままだ。
「兄さん、何だか可哀想だよ??」
「……仕方無い置いていくか」
「え!?」
下向き加減の箱が上を向く。
「パンドラさんが、過去の話してくれて概ね予想は付いています。森に悲しい想い出があって、怖いのでしょう??」
「……はい」
「頑張って向き合う気があるなら、その恐怖を克服させてあげれるかもしれません。だけど、まだ早いとパンドラさん自身が思うなら、無理をする必要はないので、今日はここで待っていて下さい。念の為、うひょにも居て貰いますから」
「うひょ!?」
「ふふふ、仕方無いでしょ??」
「……ぷっひょ」
それでもまだ頭を抱えて悩むパンドラさん。
「じゃあ、久々に兄さんと二人で森のお散歩だね」
ナナは俺の左手を握って嬉しそうにブンブン振った。
小さい頃から、ナナは俺の左手が定位置で一度気になって理由を聞いた事がある。
「にぃちゃ、ひだり、見えない。あたし、守る」
俺が守るつもりで握っていたのに、実は守られていたのだと知った時、目から汗が溢れないよう空ばかり見ていたのは言うまでも無い。
良い想い出に浸って、森に向かおうとした時だ。
「わ!! 私も手を繋いで下ふぁい!! そ、そしたら森に入りますから!!」
どうしてこうなった……
命の危険がある冒険の最中、左手ブンブン、右手ギシギシだ。
ギシギシッ!!
俺の身体強化した右手が悲鳴をあげる。
「パ、パンドラさん!! もう少し優しくしてぇ!!」
「す、すいません!! でも怖いので……」
「はぁ……ナナ、気配察知に反応はあるか??」
「数匹ゴブリンの反応はあるんだけど、同じ方向に移動していて追い掛けてる感じ??」
「……森の奥に進んでいるなら、巣がある可能性もあるな」
「それとーー」
ナナが話している最中、まだ目新しい戦闘の痕跡とそこら中に飛び散った真っ赤な血が、視界に飛び込んで来た。
「ーー人間を運んでるよ??」




