第63話 パンドラメモリー
私はパンドラ。
一番古い記憶は泣いている母の姿だ。
何故か父さんは居なかったけれど、お母さんが居てくれたから寂しくなかった。
ボロボロのお家で、食べるのがやっとの生活だったけれど、お母さんが居てくれるから幸せだった。
私は昔から力持ちで、よくお手伝いをした。
「有り難うね」と言われるのが嬉しかったから、いつも一生懸命頑張った。
お母さんは、何故か近所の人に馬鹿にされていたけれど、動じずに凛としていて、かっこいい。
物心ついた頃、一度だけ教えてくれた事があって、母さんはお貴族様のお屋敷でお務めしていた事があると聞いて驚いた。
お母さんは凄い人なんだと心から尊敬した。
ある日、生まれて八歳の誕生日だからと、魔神様の神殿につれて行かれた。
母はいつも以上に嬉しそうだった。
神殿で怖い顔のおじさんの前で跪き、何かよく分からない儀式を受けた。
終わったと思ったら、周りの人達が何故か叫び出したけれど、よく分からないまま鎖をつけられて、町の外に連れて行かれた。
「お母さんは何処??」と鎖を持つ人に聞くと、後から来るからと言っていたので、心配だったけれどそれを聞いて安心した。
それから暫く歩いて森の中に入ると、太い木に繋がれた。
連れて来た人は少し哀しそうな顔をして言った。
ここで待っているとお母さんに会えるから、と。
お母さんが来ると信じて私は待った。
何度か森からわんちゃんが遊びに来て、噛み噛みして来たけど、くすぐったくてお礼に撫でて上げたら、最後は悲しい顔をして帰って行った。
本当はぎゅってしたかったけれど、お母さんとの約束でぎゅってしちゃいけない事を思い出して我慢した。
私はまた一人になった。
お日様が真ん中を過ぎて、お家に帰る時間になった頃だ。
遠くから人影が見えて来た。
「お母……お母さん!?」
走り出そうとすると鎖が邪魔だったので引き千切った。
怒られるかも知れないけど、お母さんに会いたかったからで、後で謝れば許してくれるはず。
私とお揃いの鎖に繋がれたお母さんが見えて来た。
とても疲れているのか、フラフラ歩いて来る。
あんなに疲れたお母さんを見るのは初めてだ。
早くお家に帰って寝かせないといけない。
私を見つけたお母さんは、何故か凄く驚いていた。
次の瞬間、隣にいたおじさんを蹴り飛ばし、私を抱えると森の中に走った。
抱えられている私は、よく分からなかったけれど楽しくてお母さんの胸の当たりに頬をすり付けた。
その日はいつものふわふわの感触は無く、べっとりと湿っていた。
不思議に思って見てみると、真っ赤な染みが徐々に広がって行った。
「お母さん!! 血が出てるよ!?」
「はぁはぁ!! 大丈夫よパンドラ……」
「だ、駄目だよ!! お家に帰って手当てしないと!! お母さんに何かあったら私……」
お母さんは私を優しく撫でた。
暫くして、森の奥深くまでやって来た。
お母さんの容態は良く無い。
お母さんは立ち止まり、荒い呼吸を整え周りを見回した。
「はぁはぁ……ここまでね」
「お、お、お母さん!! 口からも血が!!」
優しい顔で膝を曲げると、私と目を合わせる。
「パンドラ、良く聞くのよ。今から言う事を、忘れないで約束してくれたら、ぎゅってしてあげる」
今までずっと願い望み続けたお母さんとのぎゅっ。
「ほ、ほんとに!? で、でもお母さん辛そうだから……我慢するよ……」
「ふふふ。優しい子に育ってくれて、お母さんは嬉しいわ」
お母さんに撫でられるのはとっても大好きだ。
「ゲホゲホ……お母さんとはここでお別れ。この先まで私は入れないようにされているから」
「嫌!! お母さんと離れるなんて絶対嫌!!」
「泣かないでパンドラ……私はパンドラを産んで、この八年間とても……とても……幸せだった……」
「お母さん……」
「だから……今度はパンドラが幸せになる番よ」
笑顔で泣くお母さんを、いつもしてくれたように優しく撫でた。
「……有り難うパンドラ」
何かを感じ取ったお母さんは、突然後ろを振り返ると、慌てて続きを話した。
「良い?? これを持ってこの森を真っ直ぐに進みなさい」
渡されたのは、お母さんがいつも首から掛けていた小さな布袋だ。
「この布の中には、私の古い友人から受け取ったお守りが入っているの。きっと、貴方を助けてくれるから」
深く息を吸って続けた。
「忘れないで、貴方は魔族だけど特別な魔族……力が強いのはそれが原因だった。神殿に行ってそれが確信に変わり、見つかったら間違い無く殺されてしまうわ。だから、もしも無事に森を抜け生き残ったのなら、大きくなるまでなるべく顔を隠して生きるのよ。魔族は変装が得意な者もいるから決して油断しては駄目」
「む、無理だよ!! 私一人でなんて!!」
「パンドラ、やれば??」
「……出来る」
「そうね……この世界には……貴方がいつも言っていた、何度ぎゅってしても、笑ってくれる運命の人は必ずいると母さんは思うの。貴方は貴方の……」
…………○▲■!!
……○っだ!!
追手の声が聞こえて来た。
「……お別れよ。私の愛しいパンドラ」
『死装』
お母さんの身体が黒く黒く輝き出した。
「ふふふ、私もずっと、ずっと、ぎゅってしたかったのよ?? パンドラ……我慢させ続けてごめんね……」
両手を広げるお母さんに、私は飛び込んだ。
「お母さ゛ぁああん!!」
その一瞬とも呼べるひと時を、私は決して忘れる事は無い。




