第6話 最弱ネズミと絶望と
※残酷な描写がありますご注意下さい。
苦手な方は第7話までとばす事を推奨致します。
「つまり、神の天啓なのですよぉ」
「そんな……馬鹿な!?」
「良いよぉ……その顔最高だ!! ぎゃははは!!」
「ふぅ、危うく笑い過ぎてぇ、天に昇ってしまいそうでしたぁ。つまりぃ、神の御指示に従いステータスを管理しぃ、人々を間引いていく事でぇ、優秀な人々が増えて行くわけですよぉ。ちなみにそこのドブネズミのステータスはぁ、歌唱力のスキルだけですぅ。戦いにも農作業にも使えない訳ですしぃ、ほっといても増えるだけのドブネズミなんて不要ですぅ」
戦争に使えない能力ってだけで、ドブネズミと罵るこいつらは狂っている。
「そういうドブネズミは、俺みたいな優秀な血筋の者に、せめて玩具として使われてさぁ。光栄に思わないといけないんだよ!!」
バシィィィィ!!
「ぎゃぁあああああ!!」
「やめろ!!」
「……あれ?? 司祭、この威勢の良い最弱ネズミにステータス教えて上げたの?」
「あぁ、そう言えば、あの時は新しい演技に夢中になって忘れてましたねぇ。我ながら上手に出来ましたよぉ。えぇっと、そうそう!! 最弱ネズミ君はぁ、何も無かったんですよぉ」
「演技?? 何も無かった??」
司祭が何を言ってるのか分からない。
「あの色が変わる水晶あったでしょう?? あれは特注で作って貰ったんですよぉ。最近演劇にはまっていましてねぇ。やっぱり、雰囲気は大事だと改めて感じましたよぉ。あぁ、いけない、また話が脱線しましたぁ。私は教会内でも特に珍しい【鑑定】スキルを持っていましてねぇ?? 君をひと目見た時に直ぐ無能ネズミだと分かったわけですぅ。だから、【洗礼】と称し罠を仕掛けぇ、迫真の演技で捕まえたと言う訳ですぅ」
「嘘だ……【洗礼】を受けてないからステータスは無い状態だってバイエルさんが言っていたぞ!? 無能かどうかなんて分からないだろう!?」
「はぁ……ドブネズミは頭が悪いから困りますねぇ。そもそも【洗礼】なんてものも無いんですよぉ。民達には七歳を超えてから【洗礼】無しでステータスを開くと、女神様の罰があると長年刷り込んでいますからねぇ」
(そこから嘘なのかよ!?)
「そぅそぅ。面白い事に君はスキル以前の問題なのですぅ。君は珍しい病気持ちだったんですぅ。あの時はこんなドブネズミが居るのか!? と、驚きを隠すのに苦労しましたよぉ」
「な、どう言う事だ!?」
「うるさいですねぇ、もう話し疲れましたよぉ。ベルブ卿、ご希望通り説明は終わりましたからねぇ。教会への御布施は頼みますよぉ??」
「あぁ、勿論分かっているとも。でもそれなら最後まで教えて上げたほうが良いと思うなぁ」
そう言って、クソ野郎はゆったり近寄り右手を出して魔法を唱えた。
【バインド】
(ぐぁ!! 何だ!? 体が動かない)
俺は立ったまま大の字に体を固定された。
「君の質問は君の身体で証明しないとねぇ。さて、君はどんな声で鳴くのかなぁ!? あははは!!」
バシィィィィ!!
「ぐぁあああああ!! 痛い!! やめろ!!」
鞭で打たれた箇所からは猛烈な火傷のような痛みが拡がり、激痛が脳の奥にまで響く。
「頼み方もわからないからドブネズミなんじゃないかなぁ!?」
バシィィィィ!!
「がぁああああああ!! やめろ! やめて!」
「おいおい、さっきの威勢はどうしたんだ? 俺を楽しませてくれよ!!」
バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!バチン!
…………
……
俺は何度も意識が飛びそうになったが、次々起こる痛みで何度も起こされては、また意識が飛ぶといった虐待を繰り返された。
まるで無限地獄だとそう思った。
顔から足下まで万弁なく叩かれ、顔はもう血や涙、鼻水まみれで呼吸もままならない。
全身の皮という皮が剥がれ、焼かれ続けているように痛んだ。
「はぁ、スッキリしたぁあああ。さて、答え合わせといこう。司祭やらせて」
俺は磔られたままで朦朧とする中、教徒が近寄って来た。
「な゛……な゛にを……」
《ハイヒール》
一瞬、この痛みから救われると頭を過ぎった……
「司祭から事前に聞いてたけど、ほんとだったんだね」
「な……なぜ……」
俺は回復の魔法をかけられたのにも関わらず、変化がまるでなかった。
「君の持つ病気はぁ、たまに赤ん坊に見られる非常に珍しい病気でねぇ。赤ん坊は確実にそのまま死んじゃうようなそんな病気なんですよぉ。何故この年齢まで生きてるのかが不思議でなりませんがねぇ」
(痛みで頭が働かない……病気って俺の話か……??)
「君の病気は、通称『魔素欠乏症』と呼ばれ、この世界のどこにでも存在している魔素が使えない。つまり、治療魔法がほとんど効かないし、魔法もスキルも無いのは当たり前なんだよ。つまり君は、ネズミはネズミでも無能で病気持ちの最弱ネズミって訳だ」
(何だよそれ……ふざけんな……)
「まぁ全く効かない訳では無さそうですねぇ。ある程度の血は止まりましたがぁ、それでも治療魔法がほとんど効かないのでぇ、そのうちこの最弱ネズミも死ぬでしょうねぇ」
「勿体無いなぁ……せめて、次来る時まで頑張って生きておいてくれよ?? 最弱のドブネズミ君?? あはははは!!」
そう言い捨てると、奴らは楽しそうに扉の向こうに戻って行った。
俺は焼けるような体の痛みで倒れ込み、もう動けるはずも無かった。
「大丈夫!?」
少女の心配そうな声が聞こえた気もするが、俺はそのまま気を失った。
ガンガン!!
「ゔぅ……」
金属が激しくぶつかる音で目が覚めた。
(熱い、痛い……まだ、俺は生きている、のか……??)
「ち、生きてんのかよ。飯の時間だ!! 早くこっち来いや!!」
ガラの悪い男が面倒くさそうに呼んでいる。
全身の痛みで何故呼ばれているかも理解出来ず、俺はなんとか立ち上がって向かおうとした。
が……熱が酷いのか、フラフラして上手く立てない。
結局、そのまま体をズルズルと芋虫の如くはって牢の鉄格子まで向かう。
「俺を待たせやがって!! この屑が!!」
怒りで頬を打たれると、力任せに俺の頬を鷲掴みにして、口に何か筒のような物を突っ込んで来た。
そこに何かをドボドボと流し込んで来た。
胃に直接、物を流し込まれるという気色悪い感覚は堪らないものだった。
「うぐぅ!! ゔぇゔぇええ!!」
「け、お前の分はこれだけだからな!!」
乱暴に頭ごと投げつけられて、そのまま倒れ込む。
絶え間ない痛みと熱の中で、前世の死とあまりにも違うなと少し笑えて来てしまうのは、もう狂ってきたからだろうか??
「大丈夫なの!?」
遠くの方で少女の声がまた聞こえる。
「あ゛ぁ」
もう上手く声も出ないのか。
「ごめん……ごめんね。何もしてあげられなくて、ごめんね……」
消え入りそうな声で彼女の声は震えていた。
知り合って間もないが、悪い事などしていない幼い子が虐待され、俺の心配までしてくれるのだ、この子を責めるはずが無いじゃないか。
「だ、大丈夫だ。 泣くな」
(あぁ……せめて、この子だけでも救えないだろうか……)
奴らが言っていた事が事実なら、俺の身体は魔法での治療は期待出来ない。万が一逃げるチャンスがあっても、もうこんな状態ではどうにもならないだろう。
それに、頭の悪い俺でもわかる。
魔女狩りの事実や教会が関わっている事、そして女神の天啓とやらを知ってしまった俺達を生かすはずはない……
(クソ!! 前の世界でもこの世界でも何も!! 何も出来ていないじゃないか!!)
「泣いているの……??」
「泣いてない……」
「……そう」
再びしばらく静寂が訪れた。
何度か眠ろうとしたが、全身の痛みと熱で苦しくて眠れない。
(このまま……終わるのか……)
生きる事を諦めそうになった時、不意に歌が聞こえて来た。
優しい歌。
それでいて、どこか牧歌的な歌だった。
歌声に耳を集中していると、痛みが少し和らぐ気がした。
知らぬ間に涙が出ていて驚いた。
その曲を歌い終わった後、少女はお母さんから教えて貰ったお気に入りの歌だと教えてくれた。
俺が掠れる声で小さく「ありがとう」と言ったら、眠れるまで歌ってくれると彼女は言った。
救われる想いで、いつの間にか俺は眠りについていた。
いや、ついてしまった……
「い゛あ゛ぁあああああああ!!!!!!」
気が付くと狂気の宴が始まっていた。
俺の体調は益々悪くなっていて、耳も遠く高熱のせいかもう目の焦点も上手く定まらない。
「ゃめ!! ゲホ!! ゲホ!!」
「おおお!! 言いつけ通りちゃんとまだ生きてるじゃ無いか!! 今日は収穫の日だから、是非君にも見てもらわないとね!!」
何故かクソ野郎は、以前にもまして気分が高揚している様子。
「しゅ……うかく??」
「そう!! このドブネズミを好きに殺していい日なんだよ!! ずっと楽しみに待っていたんだ!!」
「まぁ、あまり連続でぇ、民達に魔女狩りの生け贄を晒し続けてもぉいけませんからねぇ。ふひふひ」
「僕はねぇ、ドブネズミ達の最後の顔が大好きなんだよ!! 良い顔の時は、記念に切り取って家に保管してるぐらいさ!!」
(狂ってやがる!!)
「だずげてぇええ!! おがぁざぁあん!!!」
「ああ、そういえばドブネズミの母親知ってるよ。今街に居るはずだったな?? 司祭そうだよね??」
(解放されたのか?? いや……そんなまさか……)
「おかあさん!?」
「えぇ。あなたを待ってますよぉ」
「街で元気に磔にされて、カラスに肉を食べられながらなぁ!! ぎゃははははは!!」
少女は一瞬目を見開いたと思ったら、ショックの余り意識を失った。
バチン!!
「へ?? おいおいおい!! 嘘だろ!? ここに来て気を失うとか……ふざけるなぁああああ!!」
バシィィィィィ!! バシィィイイイ!!
強烈な鞭が彼女を体ごと揺さぶるが何も反応しない。
「はあ……最悪だ……もういい、殺す」
興味を失ったように鞭を乱雑に捨て、腰にあったナイフを取り出した。
「ま゛っで!! 待ってぐだざい!!」
(駄目だ!! 俺がなんとか!! なんとかしないと!!)
他人からしたら何故?? って思うかも知れない。
俺が今まで生きて来た人生で、一番辛い時に俺だけの為に歌ってくれた人なんていなかった。
いなかったんだ。
それに、まだ俺は何もしていない……
だから……
「何でもしまず。何でもしますがら、その子を助けて下ざい!! お願いじます!!」
床に頭を擦りつけ、必死で懇願し続けた。
何とか少女の命が繋がる様に、何度も何度も叫び懇願し続けた。
「……どうしようか。だけど、まずこのドブネズミに期待を裏切られた私の気持ちへの責任を取ってもらわないとなぁ」
「そ、それは予定と違いますぅ。物凄くぅ困りますよぉ」
司祭が予想外の自体に戸惑う。
チャンスは今しかないとそう思った。
「ぞの責任も喜んでわだしが取りまずがら!! だがら彼女を助げて下ざい!!」
「ふ、ふふ……良いだろう。そうだなぁ……責任を取る方法は、うーーん」
いかに楽しめる方法がないか、楽しげに考えた末に提案して来る。
「そうだ!! 自分で自分の目をくり抜く……なんて面白そうじゃないか!?」
「な゛!?」
「嫌なら……このドブネズミはすぐ殺すが……どうする??」
濁った少女の目がゆっくり開き、少女と目が合った。
(もう腹を決めたんじゃないのか!?)
「ゃりまず!!」
「ふはははは!! 君、最高だぁあああ!!」
新しいおもちゃを手にした子供のように、俺のやろうとしている事を、少女に面白可笑しくペラペラと話し出した。
少女の目に光が戻り、驚いた様子で叫びだす。
「もう良いの!! 私はもう良いから!!」
「ち、黙れ!! 最弱ネズミ……あと10秒だ。10、9、8,……」
少女の首元にナイフをグッと突き付け、クソ野郎がカウントダウンを始めた。
心臓が耳元にあるかのように激しく打ち付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!!」
(俺が救うんだ、俺が救うんだ、俺が救うんだ、俺が救うんだ、俺がやるんだぁあああああ!!)
ブチュ…
「ぐがぁあああああああああああ!! があ゛ぁあああああああ!!」
「凄いぃ!! 凄い凄いよぉおおお!!」
俺は、激痛でこみ上げる物を吐きながら、抜きとった自分の左目を男に差し出した。
床には血が飛び散り、自分の左頬からは温かいものが流れ続けている。
「ゃ……約束でず……どうが、その子を」
「あぁ、私は紳士だからなぁ、約束はちゃんと守るさ。だが分かっているだろう? 代わりにお前がどうなるかなぁ」
「……分かってい゛まず」
「ならばいい。司祭その子を放してやってくれ」
司祭はブツブツ文句を言いながら、教徒に指示を出して彼女の傷を魔法で綺麗にしてから少女を解放した。
あぁ……良かった。
もう想い残す事は無い。
「なんで!? なんで……」
牢の直ぐ向いに彼女がやって来た。
今までで一番近く少女の顔を見た。
(可哀想に、やっぱり痩せこけているじゃないか……)
だけど、少女の目の輝きは涙と混ざってとても……とても綺麗に見えた。
(これから先、この少女の瞳は何を見るだろう。願わくば俺の代わりに、美しい場所や風景を沢山見て欲しい……)
「幸ぜにな……」
俺は少しでも罪悪感を捨てて貰おうと、下手な笑顔で笑って見せた。
上手く笑えただろうか。
「私の方が……お姉ちゃんなのに……」
少女は泣きながら、下手くそな顔で笑い返した。
ズバッ!!
見上げていた少女の顔が落ちてくる。
「え……??」
「やった……最高のコレクションが出来たぁあ!! 司祭、見てこの顔!! 未だかつてない芸術だぞ!?」
「な゛……何故、何故殺したぁあああああああ!!!」
「え?? だってお前らドブネズミは死んだほうが幸せなんだ。だから、私が救ってやったんじゃないか。約束はこれで守った事になる。俺は紳士だろ?? ふはははは!!」
俺は生まれて初めて殺意を知った。
「ごろず……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺じでやる゛!!」
「あああ!! なんてことだ。最高の顔がもう一つここにあるなんて!! 司祭良いよね!? 良いよね!?」
こうなったら、もうどうにもなら無いと言わんばかりに、司祭は手を額に当てた後、ため息を吐きながら手を上げた。
終わりの時間がやって来る。
(あぁ、この世界よ……壊れてしまえ。あぁ……もう壊れているんだったか。死神と時神よ、お前らの助けたい世界は既に終わってるよ。だがなぁ!! 最後にこいつだけは何としてでも殺す!!)
【バインド】
「く゛そがぁあああああああ!!」
「そんなヤル気満々のやつに、何も対策しない訳ないだろ馬鹿が!! 最弱ネズミな上に馬鹿とは……ぎゃははは!!」
クソ野郎はナイフを握り、俺の首を狙って右腕を振り上げた。
不覚にも反射的に目を閉じてしまう。
…………
……
が、痛みが来ない。
(なんだ!? まさか目を開けた時を狙っているのか!?)
残された右目を確かめるように開くと、クソ野郎が目の前で固まっていた。
司祭や教徒も同様に動かない。
まるで、そう、まるで世界が止まってしまったかのように……
静寂を壊したのは何処からか聞こえる声だった。
「そぅ、珍しいものが見れると聞いて来たのだけれど。お取込み中だったかしら??」