第5話 教会と少女
※残酷なシーンが有りますのでご注意下さい。
苦手な方は、第7話からお読み頂くのを推奨致します。
「痛っ!!」
重い瞼を開けると、肌寒く薄暗い場所に居た。
ぼんやりした視界を擦り、ようやく意志がはっきりして来ると、俺は牢屋の中に入れられているのを知った。
「嘘だろ……」
痛む頭を片手で押え、誤解を解かなければと、重い体を引きずるように太い檻を掴んだ。
「誰か!! 誰か居ませんか!?」
牢屋の通りに自分の声だけが響き渡る。
「誰かぁああああ!!! 誰か居ませんかぁああああ!!!」
不安から解放されたい気持ちもあって、何度も声を張り上げ人を呼んでみるが全く反応が無い。
ここで諦めたら駄目だと弱気になりそうな気持ちを押さえ、再び叫び出そうとした、その時だ……
「もう止めて!! 呼ばないで!!」
向かい側の牢屋の影から、唐突に叫び声がした。
唖然とする中、必死に目を細めてしばらく待つと、向こう側から少女らしい者が現れた。
彼女は何かに怯えた表情をしており、牢屋の入口から目を離そうとしない。
よく見ると、腕を強く握りしめ体を小刻みに震わせてもいた。
歳は今の俺と同じか、少し上だろうか? 痩せ細っている姿は骨ばっていて見ていられない。
身に付けている服や髪はボロボロで、暗くてもだいぶ汚れているのが分かる。
彼女は震える両肘を強く握り締め、未だに通路の奥から視線を離そうとしない。
「……君は??」
「………私はユイ」
一瞬だけ彼女は俺を見る。
「ここが何処で何故捕まったか分からないんだ、何か知っているなら教えてくれないか!?」
「代わりに、もう叫ばないって約束するなら……」
「……わかった。約束するから教えてくれ、俺も訳がわからずここに入れられて……それで色々知りたいんだ」
「いいわ……ここは魔女狩りで捕えた邪神教徒って人達を入れる牢屋。実際は……」
「俺は邪神教徒なんかじゃない!!」
「さ、叫ばないって、約束したでしょ!!」
「ご……ごめん」
「あなた喋り方は賢そうに話すのに、中身はやっぱり子供ね」
「ぐ……それよりもこの牢屋は、教会のどこかなのか??」
「そんな事も知らないの?? まさか他所者??」
「今日この街に仕事を探しに来たばかりだったんだ」
ユイと名乗るその少女に、ザックリと今までの経緯を話すと、ある程度現状は理解してくれたようだ。
勿論、異世界から転生した事は伏せてある。
まだこの世界で当たり前にある事なのか、異常な事なのかが分からないからな。
少女から知っている範囲で教えて貰った事は、この牢屋は教会の地下に存在しており、邪神教徒やその疑いをかけられた者が入れられる場所らしい。
今度はこちらから少女の経緯を聞いてみたところ、彼女は母親と一緒にこの街で暮らしていたと言う。
母親は衣服屋の下働きで裁縫などをして日々働いていたが、少しでも生活を楽にする為にと、時間がある日は森の近くの草原に行き、薬草の類を採取しては、街で稼ぎの足しにしていたそうだ。
だがある日、母親が取ってきた薬草の中に邪神教徒が儀式用に使う物があったと、意味不明な密告が入ったらしく、衛兵によって母親と一緒に捕えられた。
「ユイのお母さんはどこに??」
「分からない。捕まった後、途中で離れ離れにされたの」
「そうか……だけど、そんな密告だけで牢屋に入れるなんて変だろ」
「うん。私も何度も違うって話した。けど、アイツ等は、本当はそういう事が目的じゃ無かったんだ……」
「どういうーー」
その瞬間、牢屋の奥で音が鳴る。
ガチャガチャ
「い……嫌!!」
少女は凄い勢いで、牢屋の奥に座り込んで震え始めた。
複数の足音がこちらへと、近付いて来るのが聞こえる。
鉄格子に顔を付けて奥を覗いて見ると、司祭と教徒、そして高級そうな服を着た中年ぐらいの男がこちらに向かっている。
「あの可愛いドブネズミはまだ生きてるかい??」
「ベルブ卿、もちろんで御座いますぅ。」
「それは良い!! あれは最近のお気に入りだからな!!」
「新物も入りましたが、アレはあまりおすすめ出来ませんがねぇ」
「ほぅ……また新物が入ったのか」
彼らはそんな話をしながら、いよいよ牢屋の前までやって来た。
ベルブ卿という男は、まるで俺を品定めをするように、下から上へと舐めるように見てくる。
「また子供か……だけど、悪く無い」
「司祭様!! 私は牢屋に入れられるような事、一切していません!! 出して下さい!!」
「ああ、なんて煩わしいぃ。黙らせて下さいぃ」
司祭が指示すると教徒が右手を向けて何かを唱えた。
手からよく分からない白く光る魔法陣が展開された。
【サイレント】
「な!? 汚らわしい事なん……ん゛ん゛!?」
喉が急に熱くなった気がして、反射的に喉を抑える。
教徒が使ったであろう魔法のせいなのか、俺は突撃声が出せなくなってしまう。
戸惑いながらもなんとか弁明しなければと、牢の檻を握りしめガタガタと音たてたが、司祭は興味もないのか目も合わせようとしない。
隣の偉そうな男だけがニタニタと笑いながら、嬉しそうにこちらを見ている。
(何が面白い!?)
馬鹿にするような笑みは、不愉快で仕方無い。
「あぁ、やっぱり君も良いねぇ!! だけど今日はこの子が目的で来たから……ねぇ!!」
持っていたスティックを突然、少女の檻に叩きつける。
ガァァァアン!!
「ひぃ!!」
少女の悲鳴が聞こえる。
「あははは、まだ元気そうで良かった良かった」
そして、ガチャリと少女の牢が開けられると奴らは悠々と入って行く。
何が行われるのか分からないが、兎に角悪い予感しかしない。
彼女は魔女なんかじゃなく、冤罪だと知っている俺は、必死に牢を握りしめて彼らを止めようと、檻を叩いて音を出そうと拳を上げた……しかし、目にした光景に思わず手が止まってしまう。
そこで目にしたものは、平和ボケした世界から来た俺には、余りにも異質で異様なものだった。
彼女は魔法か何かで磔られ、ベルブ卿と呼ばれる男が鞭を取り出したかと思えば、狂ったような奇声を上げて叩き出したのだ。
バシィィィン! バシィィィン!
「い゛やぁああああああああ!!」
「あははは!! いひひひひひひひ!!」
(や、やめろぉおおおおおおお!!)
唖然として固まっていたが、我に返ってひたすら全力で檻を蹴り、叩いたりして止めようと必死に頑張ったが、奴等は全く気にせずに止めようとしない。
その行為は俺の目の前で、何度も何度も繰り返された。
少女の背中は痛々しい傷が広がり、激痛により気絶したのかぐったりした状態になった。
もう血だらけで何処が傷かわからない……糞が!!
(こいつ等、なんて事するんだよぉお!!)
チラリと男がこっちを振り返り、ニタニタ笑っている。
(このクソ野郎がぁあ!!)
【ハイヒール】
(は……??)
ユイの背中の傷が、綺麗に治って行く。
そして……
バシィィィン!!
「いやぁぁああああ!!」
そう、こいつらは死なない様に遊んでいるのだ。
「あははははは!!」
(貴様らぁああああああああああ!!)
怒りで頭が沸騰した俺は、全力で牢屋に体当たりする。
もう痛さなどどうでもいいと言わんばかりに、俺は何度も何度もぶつかり続けた。
何の前触れもなく、鞭の音が止まる。
「ひっぐ……ひっぐ……おがぁざぁあん」
少女のすすり泣く声が、牢屋に響き渡る。
ベルブ卿……いや、このクソ野郎は、こちらの檻の前にゆっくり近付いて、狂ったような目でじっと観察した後に言い放った。
「司祭さぁ、このドブネズミの声戻してくれる?? その方が盛り上がりそうだ」
「はぁ……わかりましたよぉ。おい、戻しなさいぃ」
司祭に言われた教徒が【解除】と一言唱えると、喉の違和感がスッと取れるのが分かった。
「お前ら!! 何故こんな事をする!!」
「ドブネズミにはぁ、知る必要もありませんねぇ」
司祭は馬鹿にしたように取り繕う気が全く無い。
「まぁまぁ司祭教えてあげなよ。知った後の反応が楽しみだし、僕はその間もうちょっと楽しんでおくから」
「やめてぇえええ!! 誰か助けてぇええええ!!」
「やめろぉおおおおおおおおおおお!!!」
いつの間にか流れ出た涙で、前が霞んでよく見えないけれど、俺は叫ばずにはいられなかった。
「はぁ……とてもとても面倒ですがぁ、御命令ですからぁねぇ。聞いてなくてもぉ、関係無くお話ししちゃいますからねぇ」
やる気が無さそうに司祭が言う。
「彼女が何をしたって言うんだよ!!」
「最近、街で魔女狩りが行われているのは知っていますかぁ??」
「……邪神教とかいう怪しい組織があって、女神の信仰を汚しているって話だろ!? だが、その少女は違うだろうが!!」
「そう、あれねぇ……実は国策の一つなんですよぉ」
「は??」
国策が魔女狩り??
「近隣諸国はぁ、獣人族や魔人族との戦いが多いんですぅ。そんな激しい環境からか日々鍛えられてぇ、対抗する為の軍隊や兵器開発が活発になっているんですぅ。そんな中、我が王国は良いか悪いか戦火から遠くぅ、食糧供給国などと他国に馬鹿にされているんですよぉ。実際問題その通りだったんですがねぇ。食糧が豊富でぇ人口だけ多い脆弱な王国……それがこのベルモント王国だったんですよぉ」
「それと俺達が牢屋に入れられるのは、関係無いだろぉ!!」
「それがぁ、あるんですよぉ」
「どこが!?」
「まずぅ、魔女狩りのデマを流してぇ、無駄に増えすぎた民達を教会と国が管理するのですぅ。そしてぇ、無能なネズミ共を洗い出しぃ間引く事にしたんですよぉ」
「な、無能だなんて分からないじゃ……いや……まさか!?」
「そう、教会ではわかるんですよぉ【洗礼】でねぇ。ふひふひふひ!」
「ふざけるな……教会がこんな事して良いのか!? 仮にもこの世界には神様が居るんだろ!? 天罰みたいなのが来る前に、早く俺らを解放しろ!!」
「な……!?」
何故か司祭の顔が驚きで固まる。
よく分からないが、俺は一縷の望みを賭けて畳み掛けた。
「神は慈悲を与えてくれる筈だ、俺もその子も今までの事は許すと誓う!! だから出してくれ!!」
「て、天罰!? ゆ……許す……?? ぶ……ぎゃははははは!! ひぃいっひっひっひ!! お腹が痛いぃいいいいいい!! そうか!! これが天罰なのですねぇ!! ゲホゲホ!! 死ぬぅ! 死んでしまいますぅううう!!」
司祭もクソ野郎も今にも転がりそうな勢いで笑い出した。
「な……何が可笑しいんだ!?」
涙を拭い司祭はこう答えた。
「その女神アストレイア様の御指示で行っているからですよぉ」