第49話 魔女の契約
「じぃちゃんから、もうその花は貰ったんだ」
後悔のない決心の末、俺は魔女へそう答えた。
「小僧……死を選んだか」
目の前の深淵の魔女から、息が詰まるほどの殺気が飛んで来る。
「違う、そう言う意味じゃない!!」
「……そぅ、そう言う事にしたのね」
旅人さんには、俺の言っている意味がちゃんと伝わっているようだ。
《ぬぅ?? どう言う事なんじゃ?? 分かりやすく言わんかい》
「今日、俺はみんなと花見を楽しんだ。準備は結構大変だったけど、だからこそ良い思い出になったと思う。それに何より、じぃちゃんが見た事も無い花を俺の為に見せてくれた。星みたいな輝きのその花は、多分一生忘れない」
俺はそう言って、再び星花に目を向ける。
(やっぱり、凄い綺麗だ……)
背景に満月が浮かび、巨大な星花の光と混ざり合うその光景は、辺りを昼間のように明るく照らし、それがまた美しい。
《エントよ、本当にそれでえぇんかの?? この花はもう二度と咲かせられぬであろう代物じゃ。儂も後悔はしたくない。故に今一度問う。本当にソーマはいらぬのか??》
いつもとは少し違い、何処か必死さを感じるのは、本当に俺の事を思っての事だろう。
「じぃちゃんに教えて貰った事を思い出したんだ。この世のどんなものも、見ている間は自分だけのもの。だから、記憶の中で残るこんな素敵な記憶は自分だけの宝物だ。ソーマはいらない。この思い出での方がずっと俺には価値があるから……」
《……エント》
「生意気な小僧の癖に中々どうして、面白い考え方をする。まぁだがこれで、私の目的は達せられるがな」
魔女は蠢く闇を仕舞い込み、黒衣の中から片手に瓶を持ち出し、魔王樹の元へ向かった。
向う先には、あの少女が横たわっていた。
「その前に、ゴミを処分しておくか……」
ボキッ!!
「ぎやぁあああああ!!」
魔女は小枝を踏むように、少女の腕を踏み付けた。
「な、やめろ!!」
「ん?? これは私が作ったもので、私の所有物だ。どうしようと私の勝手。そうだろう?? 旅人」
「……そぅね」
魔女はしゃがみ込み少女を物のように観察する。
「しかし、自己修復も遅い、成長速度も遅い。生物として形にはなったが、私の細胞とあれで作ったにしては貧弱過ぎる。やはり相性の問題か?? まぁ兎に角、これは失敗作だな……」
魔女は右腕を腰の辺りまで上げ、その掌から真っ黒な炎を呼び出した。
まるで火を付けたマッチ棒を捨てるように、ゆっくりと手首を下に回していく。
ドックンッ
忘れたくても忘れられない、あの記憶が蘇えって来る。
自分では救えなかったあの少女の事を……
(ふざけるな!!)
あの時と似ている。
相手は、力でどうにか出来る相手じゃない。
だけど、あの時と違う事もある。
「取引だ!!」
ピタッと魔女の腕が止まる。
「魔女の私と取引?? クックック。小僧、それがどう言う事かわかっているのか??」
「そんなのは知らないし、知る必要も無い」
相手のペースに乗るのは愚策。
(俺が駆け引きのプロだったのをお前は知らないだろう。元だけど……やってやるよ、本当の交渉ってやつをな!!)
「小僧、調子にノルナヨ……」
魔女の目が紅に染まり、あの闇が再び徐々に広がり始めた。
「あ゛ぁあああああ!!」
少女は既に闇に触れ、狂ったように叫び出した。
急がなければーー
「おいおい、さっき言ったはずだ、その花はもう俺のものだと、もう俺の所有物だ。それを仕舞わないと、ソーマは処分する」
《ほっほっほ、なるほどやりおるわい。じゃがその通りじゃな。この花を消すのは一瞬で済むぞい??》
「ふふふ」
頭上で小さな笑い声が聞こえた気もしたが、それより今は魔女がどう出るか、まだ油断出来ない。
魔女は少しこちらを見て動かなかったが、次の瞬間、闇と炎を仕舞い込んだ。
(ふぅ……取り敢えずは助かった)
「やめだ。こんな事で、ソーマを失うのは馬鹿らしい。それで?? 取引は今ので終わりか??」
「そんな訳無いし全然足り無い。この世界でも貴重なソーマだろ?? まずはその少女を貰う。無論生かしたままでだ。後は、魔王樹ファミリアに危機が迫った際は助力する事。あとーー」
「クックック……あははは!!! 【強欲】を持つ私に一方的に要求するとは大した小僧だ。だがその辺にしておけ、それ以上は私が私を抑えられ無くなるからな……」
魔女の腕が突如グニャグニャと、伸びたり縮んだりして暴れだす。
「エント……落とし所だわ」
「このゴミは小僧にやろう。それと魔王樹ファミリアへの助力は一度だけ、それ以上は無しだ」
「……分かった。それでいい」
返事を確認した魔女は、今度は炎ではなく、赤く光る良くわからない文字を浮かび上がらせ、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「『魔女の契約』と呼ばれるものだ、破った場合は相応の罰が発動する。と言っても、今回の内容は大した事ではないが、魔女との契約には気を付ける事だ。さもないと身も心も魂までもが……呪われる」
毛が泡立つような寒気が襲い、本能的に悟る。
この魔女が言っている事は恐らく真実。
魔女が言い終わると、光る文字を俺に放ち、胸の辺りにそれが吸い込まれた後、一瞬ズキッ痛みが走り、そこに痣のような模様が浮き出て来た。
「やれやれ、貴重な時間を浪費してしまったな。魔王樹よ、さっさとそれを寄越せ」
じぃちゃんは言われた通り、花を魔女の持つ瓶に近づけると、黄金に輝く液体を入れた。
あれがソーマなんだろう。
注ぎ終わり瓶に蓋をした彼女は、こちらに振り返って少女を見ると、こう言い残した。
「それはホムンクルス。私の細胞とあるものを混ぜて、ユニコーンの子宮で育て作ってみたが、まぁ失敗作だった。小僧、これは忠告だが、それは直ぐに処分した方が良い。もしペットとして育てると言うなら好きにすれば良いが、それといるという事は、後々悲劇を招く事になるだろう。夢々忘れない事だ……また会おう」
魔女はまた闇を呼び出すと、ズブズブとそこに沈み消えて行った。
変な汗を拭い俺は慌てて少女の元に近寄ると、回復魔法をかけて治療した。
旅人さんやうひょ、それに兄弟達も来てあれやこれやと手伝ってくれる。
肩を支えた時に気付いたが、碌に食べ物が与えられていなかったのか、触れば直ぐに骨が当たるほどガリガリで酷く軽い。
切なくなる気持ちを抱えながら、気を失っている少女を見詰めていると、ボサボサに伸びた髪の隙間から、僅かに見える瞼がゆっくりと開いた。
「あ……あぅ」
「気付いたかい??」
「あぅ……!? がぁあああ!!」
驚かせてしまったのか、振り払うように暴れ、俺達から距離を取って唸り出す。
「がぁああああ!! が……ぁ」
隙を見せないように周りを確認していたが、やはり弱っているのか膝から崩れ落ちた。
「ねぇねぇ!! 弟!! どうするの!? 刺すの!?」
「刺しちゃ駄目でしょ!?」
「じゃあ、あたいがバシッとぶん殴って、気絶させてぐるぐる巻きにして来るか??」
「いやいや!! どうして姉さん達は攻撃しようとするのさ!?」
「だけどエント、それならどうするつもり??」
ヒスイ姉さんの質問に、俺は考えていた事を試そうと思った。
だが、その前に今後の事が頭を過る。
「……じぃちゃん」
《ほっほっほ、なんじゃ??》
「もしも、この子がここに居たいって言ったら、ファミリアに入れてくれる??」
《……それは直ぐには答えられぬ案件じゃ。じゃが、お主とその子次第とだけ、言っておこうかのぉ》
「……分かった」
「シューシュシュ??」
「どうするつもりだ?? って聞いてるわ」
「まぁ、見てて」
俺はゆっくりと震える少女へ歩み寄る。
立て膝で肩を落としていた少女は、こちらに気付くと再び唸り出した。
手の平の中に何もない事を見せた後、その手を握り込んで彼女の前に少し出すと、そのままもう少し進む。
「がぅう!!」
いよいよ歯を見せるほど警戒が顕になる。
「俺はエント、ただのエントだ。宜しくね」
なるべく優しい声で話し掛けた。
「うう??」
「そうエント。僕は君と仲良くなりたい。だから、プレゼントを上げるよ」
俺は驚かさないようゆっくり右腕を上げ、少女がじっと見ているのを確認すると、ゆっくりと指を一本づつ開いて行く。
掌には、小さな丸い種。
『グロウ』
木属性魔法を掛け、種を慎重に成長させて行く。
徐々に成長し、やがて花が咲いた。
白く光る提灯のような可愛い花。
名前は知ら無いけれど、俺のお気に入りの花だ。
彼女は興味深そうに夢中で花を見詰めた。
髪の毛の隙間から見える彼女の瞳は、月の光が反射して銀色に輝き、とても綺麗だとそう思った。




