第43話 長男
魔王樹ファミリアには、ヒスイ姉さん、キラ兄さん、クイン姉さん、ジャイ兄さん、ヒメ姉さん、アラ子姉さんに最近俺が加わり、今まで七人兄弟で生活していた。
そして、もう一人……行方知れずの長男が存在していた。
この人がーー
「やぁ。みんな久しぶりだね」
俺以外の兄弟に囲まれ、その人は優しく微笑んだ。
人、どう見ても人だった。
黒いローブの帽子の部分を取ると、長い黒髪がサラサラと流れ、笑顔で細くなった隙間からは、青い瞳が少し垣間見えた。
パッと見は二十代後半の風貌で、十人女性が通れば、九人は振り返るくらいの超絶イケメン。
(イケメンキライ、イケメンキライ)
《……よく戻って来たの。お主が求めたものは、もう見つかったのかの??》
「父さん、お久しぶりです。まだまだ道半ばですよ。今日は風の噂で、ジャイアンが決闘したと聞いて、近くにいたので来てみただけです。それに新しい弟が出来たとも聞いていたし、長男としては、挨拶しておかないと」
そう言うと、青い視線が俺を捕えた。
「は、はじめまして。エントと申します」
「ジャックだ。君がエントだね?? 宜しく」
ジャック、それが彼の名前。
「こちらこそ宜しくお願いします。貴方が魔王樹ファミリアの長男なんですか??」
「ははは、長男と言っても殆どいないようなものだからね。それにしても君は変わった存在だね……」
こんなイケメンにじっと見られるのは初めての経験だけど、ちょっと苦手だと思った。
俺は気持ちを紛らわす為、話しを続けた。
「色々とあって、今は人魔と呼ばれる種族です。自分でもよく分からないんですけどね……」
「へぇ……人魔か」
「ジャック兄!! 変わってるけど、あたいの大事な弟さ!!」
後ろから突撃して来たアラ子姉さんに、ガバッと羽交い締めにされる。
後頭部はぷるるんと幸せな感触だけど、腕が首に、首に入ってるよ!?
「い゛……息が……いき……」
「アラ子、すっかりお姉さんしてるじゃないか。驚いたよ」
「な!? そんなこともない事もないけど……ごにょごにょ」
あ、意識が……
ガジガジ!!
アラ子姉さんの腕をうひょが噛み付く。
「痛!! うひょてめぇ!!」
「ぷはぁ!! はぁはぁ!! 死ぬかと思った!! うひょ有り難う」
「うひょおおおお!! うひょぉおおお!!」
「うひょまで……興味深いな。ちょっと覗かせて貰おうかな」
《……止めよ》
重いプレッシャーがのし掛かる。
(ぐ!! これは……じぃちゃんの……)
「ははは、冗談ですよ」
そう言ってジャック兄さんは背を向けると、ファミリアが集まる場所へ向かって行った。
ジャック兄さんはファミリアの中で凄く信頼されているのが、直ぐに分かった。
みんなジャック兄さんに色々話したくて、そわそわしながら順番待ちしてるって感じだった。
クイン姉さんなどの話は普段とても長いのに、少し先のポイントを押えて質問を交え、上手く会話を成り立たせて省略していたし、ヒメ姉さんが興奮して針を刺そうとしても、笑顔で話しながら避け続ける。
(顔も会話も対応も一流……ふ、完敗だよ)
愕然と膝を着き、自分の小ささを恨んだ。
「エント、君の話も聞きたい。こっちにおいで」
そう声を掛けられ、ふらふらと隣に座ったものの、何を話すか考えてなかった。
「ふふふ……そんなに緊張しなくてもいいんだぞ?? 取って食べたりなんかしないさ」
「緊張してる訳じゃなくて、その、ジャック兄さんが余りにも、何でも出来る人っぽくて、接し方が良く分からないっていうか……」
「そんな事はないさ。私もまだまだ足りないんだ。まだまだね……そう言えば、エントはどんな経緯でファミリアに入ったんだい??」
俺はジャック兄さんに、ざっくりと今までの事を話した。
勿論、前世の部分を除いてだけだ。
じぃちゃんから以前に釘を刺されているからな。
「……そうか、あの旅人が選ばせたか。じゃあ……なるほど……」
「どうかしたんですか??」
「いや、こっちの話しだ」
やはりジャック兄さんも旅人さんとの面識はあるようだ。
「……そうだ。もし失礼じゃなかったら、教えて欲しいんですけど」
「なんだい?? 弟の質問にそう簡単に怒る兄はいないよ。言ってごらん??」
「では遠慮なく。ジャック兄さんは『人』なんですか??」
「違うよ」
「え?? でもその姿はーー」
「高位の魔物や一部特殊な魔物には、『人化』と言うスキルを持つものがいる。その一人が私ってだけだよ」
「そんなスキルもあるんですね!? はぁ〜知らない事が沢山あり過ぎだ」
「君は楽しそうだね。たった一年で弟や妹達とも上手くやっているし、私も安心して出かけられるよ」
「ジャック兄さんが、出かける理由ってーー」
そう言いかけた瞬間、突然ジャック兄さんは立ち上がった。
目を閉じて何かを感じ取ると「そろそろ行かないと」そう言って、身支度を整え出した。
「ジャック兄さん〜〜来たばかりだよ〜〜??」
みんな残念がる声の中、ジャイ兄さんがそう言った。
「ジャイアンの強くなった姿も見れたし満足したよ。それに、俺にはまだまだやらなきゃ行けない事があるんだ。ヒスイ、また任せてしまう事になるが頼んだよ」
「……えぇ」
そう言い残すと、そのまま森の方へと向かった。
「それと、父さんーー」
ジャック兄さんが不意に立ち止り、ゆっくりと振り返った。
(え……)
さっきまで綺麗な青色だった瞳は、今では紅く変わり果て、その瞳孔は人のそれではなく、縦長に伸びるまるで獣のようだった。
風がヒュウっと通った後、突然、激しい重圧が襲い掛かって来る。
(な、なんだ!?)
「それは……その子の為になるの??」
赤い瞳が流れ、俺の視線と重なる。
《……お主の理解出来ぬ事じゃ。儂の勝手な想いも重々承知。故に、選ばすつもりじゃの》
「……そう、それなら良いけど」
俺が関係している事なのか??
「危ない……危ないなぁ父さん。たまに頭を過ぎるんだ。俺の進む先に貴方がいそうで怖くなる。だけど……もしもそうであるなら……いや、もう話は済んでいましたね」
《……ジャックよ。気を付けてのぉ》
ジャック兄さんは、後ろ姿で片手を上げて答え、そのまま森へ消えて行った。
ジャックと呼ばれたファミリアの長男は、結局、謎だらけの兄さんだとそう思った。




