第4話 始まりの街セピア
「ステータス!!」
「…………」
MPが足りないようだ……
(終わった……)
兵士は何も言わず目を細め、じっと俺の顔を見てくる。
「……坊主、お前何歳だ??」
「た、たぶん八歳くらい……だと思います」
「自分の歳がはっきりしないのか?? ふむ、ならお前は七歳以下か『洗礼』を受けていないかのどちらかだな」
「『洗礼』ですか??」
「はぁ……まったく!! 自分の子供に歳も洗礼の事も教えてなかったのかお前の親は!! 良いか?? ステータスは七歳の誕生日を過ぎてから教会でスキルと伴に女神様から授けて頂けるものだ。それが洗礼と呼ばれる儀式でな、ステータスを発現出来ないと言う事は、教会に行っていない七歳以下の者と言う事になる。受け答えがしっかりしているから年齢的に洗礼は終わっておると思っていた」
「し、知らなかったです……すいません」
「ま、仕方ない。そうとう貧しい村だったんだろう。……よし!! こういった案件はたまにあるんだが、その場合は教会で対応する決まりになっている。今日はもう私の勤務時間も終わるから案内してやろう」
「あ、ありがとう御座います!!」
一瞬冷っとしたが首の皮一枚繋がって、なんとか街に入る事が出来そうだ。
「ああ、名乗るのが遅れたな、私の名はバイエルだ。宜しくな坊主」
「バイエルさんですね。宜しくお願いします!! 僕はカケルと言います」
「カケルか……珍しい名だが良い名前だな!!」
お互いの挨拶も簡単に、いよいよ門を越えて街に入った。
最初に目にしたのは、門から真正面に伸びる石畳で出来た中央道路だった。
ゆっくり登り坂になっていて、その道沿いには焦げ茶色の瓦で統一されて建てられた商店や雑貨屋っぽい建物が立ち並ぶ。
さらに奥には、また別の城壁が見えていてなんとも立派な建物を囲っていた。
「どうだ、この街は中々だろう??」
「はい!」
俺がキョロキョロと興味深く見ていたのが面白いのか、バイエルさんは目的の教会に着く間、街の事を沢山教えてくれた。
この街の名前は『セピア』と呼ばれる辺境の街で、農作物が豊富に取れる農業主体の街だ。
セピア内はこの通りを含め、中央道路が教会の建物を中心に東西南北に伸びており、門があるのは東と北の二ヶ所、街の中央部分にある教会は、人神の女神アストレイアを信仰する教会だそうだ。
中でも良い情報だったのは、東西南北の方角や太陽等の知識は以前の世界と殆ど同じだと分かった事と、街の中心地点にある教会は、この街一番の建物で、お祭りなどがあれば凄い人々で賑わう事などなどだ。
そして、最奥に見える二つ目の城壁だが、その奥にある立派な建物には領主様が住む屋敷があるらしい。
(領主……か、俺が関わる事もないだろうけど、静かに暮らしていくのなら関わらない方が吉っぽいな)
あぁ……それにしても腹が減った。
ちなみに道中には何件も屋台が並び、時折肉の香ばしい香りが俺の食欲を刺激して来る。
さすがにバイエルさんに「おごって下さい!!」なんて、このタイミングで言えるわけが無いし……とほほ。
腹の我慢大会を乗り越えた後は商店街に入った。
道沿いに敷物を敷いて商売をしている者や簡易テントに棚を置いて商品を並べている商人もいた。
見た事がない色鮮やかな野菜や果物、良くわからない置物なども沢山あって見ているだけでも面白い。
仕事を見つけてお金を稼いだら、是非堪能したい。
だけど、なんだろう……何処か違和感を覚える。
(活気があるっちゃあるが、どこか緊張感というか警戒心を感じるな……これがここの普通なのか??)
俺がしばらく考えこんだ顔に気付いたのか、バイエルさんは手を添えて小声でその理由を教えてくれた。
「最近、この街では『魔女狩り』があってな、領主と教会が躍起になって探している最中なのだ。衛兵も非番無しで駆り出されていて、住民もピリピリしているって訳だ」
「魔女狩り……ですか??」
「そうだ。聞いた事がないのか?? そいつらは邪神を崇拝する奴らでな、人目のつかない場所で集まり、女神アストレア様の信仰を汚そうと企んでいる愚か者達だ。子供の心臓を抜き取り、怪しい儀式に使うなんて噂も聞いた。坊主お前も気を付ける事だ」
身震いした俺を見て、バイエルさんがしたり顔で愉快に笑っている間に、気付けば教会のすぐ近くまで来ていた。
間近で見る教会は双塔の建物で、思った以上に巨大かつ美しさも兼ね揃えたそれは見事なものだ。
青い煉瓦の屋根と白い壁は清廉された雰囲気を出し、窓も鮮やかで多種多様な色がふんだんに使われているステンドグラスの絵なんか、相当手が掛かっているに違いない。
(凄いな、これは住民達も自慢したくなる訳だよ……)
教会前には広場が有り、今も大勢の人々が行き来していた。
バイエルさんと俺はそのまま真っ直ぐに入口に向かった。
入り口もまた大きくて、大人を縦に三人並べてもちょっと足りない程の高さだ。
扉を越え彼のあとに続くように教会に入る。
「これはこれは、バイエルではありませんかぁ」
「これは司祭様、ご無沙汰しております」
司祭と呼ばれた男は色んな部分で肉付きが良く、服がはち切れそうな着こなしだが、服は全身真っ白の高級そうな法衣で金の刺繍があちこちに施されている。
(おおお……色んな意味でビッグな人が出てきた。教会の偉い人か??)
バイエルさんが頭を下げたのを見てそう思った。
「あなたがここに来るなんて珍しいですねぇ」
「実はーー」
バイエルさんは先程のやり取りを丁寧に説明し、ここに来た理由を伝えると司祭と呼ばれる男は、うんうんと頷きながら理解を深めていった。
「なるほど、それは困りましたねぇ。わかりましたよぉ。他の民達と差を付ける訳にはいきませんのでぇ、無償でとは参りませんがぁ、教会で奉仕して頂くという代わりに『洗礼』を行う。と言う事にしましょうかぁ。カケル君と言いましたかこちらに来なさぃ。あぁ、バイエルさん、ここからは私が面倒を見ますよぉ。いつもありがとう御座いますねぇ」
粘り気のある独特な話し方が少し気になったが、異世界ではこう言う人もいるんだろう。
「司祭様、では宜しくお願いします。カケルよ、また何かあったら俺の所に来ると良い。その時は力になろう」
「バイエルさん、色々ありがとう御座いました!!」
初めて受けた印象は、厳つい顔をしていてちょっと怖いかったけど、本当は優しいバイエルさんに出会えて良かったと心からそう思った。
俺はさっそく司祭に案内されて、教会の奥に進んだ。
教会内は吹き抜けの空間で構成されていて、中には長椅子が数え切れない程置かれている。
祭壇に向かう道は、外から入る光が神秘的な雰囲気を演出している。
真ん中の通路を通り祭壇に付くと、更に奥に続く道が有ってそのまま進んで行く。
「司祭様、まだ奥があるのですか??」
「えぇ、洗礼場所はこの奥にある女神アストレイア像の前で行われるのですぅ」
少し狭く薄暗い通りを進むにつれて、建物の造りが徐々に古いものに変わっている気がする。
(昔の教会と繋げて作ったのか??)
通りを抜けた先にあったのは、巨大な女神像だ。
(これが女神アストレイア像!?)
「これが女神アストレイア像ですぅ」
「!?」
慌てて振り返り、司祭の方を見ると笑いながら彼は答えた。
「ふふふ、だいたい皆同じ事を考えますからねぇ」
改めて女神像を見上げると、女神と言うだけあって誰が見ても美人の顔立ちで、髪は長く肩から胸元まで伸びている。
右手には剣を左手には天秤を持ち、視線は自然と足元の祭壇に注がれているように見える。
造りはかなり古そうで、とても歴史を感じさせる像に思える。
司祭が祭壇に置かれたベルを鳴らすと、直ぐにローブを纏った教徒達現れ、丸い水晶っぽい物を大事そうに運んで来る。
「さてぇ、さっそく洗礼を行いますよぉ。私の前に跪くのですぅ」
直ぐに洗礼が始まるみたいだ。
言われる通り司祭の前に赴き、両膝をついて司祭を見上げる。
片手を俺の頭に乗せ、教徒から受け取った水晶をもう一方の手で持ち理解出来ない言葉を並べた。
いや、言葉は分かるんだが、お経と同じで意味が分からないと言った方がわかりやすいか。
…………
……
数分が経ち、司祭が言葉を止めたその時だった。
水晶が徐々に輝き出し、白い光を放ち始めると徐々に強くなっていく。
すると今度は色がゆっくりと薄い黄色、ピンク、赤、紫へとどんどん変わって行った。
「な!? これは、まさか!?」
やがて鮮やかな紫は黒へと至り、ピシッ!! っと音を立てて真っ二つに割れてしまった。
「ひぃいい!」
司祭が驚いた顔で後ずさる。
(こ、これはまずいのか!?)
だが、俺には何がなんだか分からない。
「し、司祭様、これはどうなったんでしょうか?」
「こ、こ……」
「こ!?」
「この邪神教徒めがぁ!! 皆の者、この者を捕らえよ!!」
「なっ!?」
(何ぃいい!? 意味が分からない!!)
宗教は前の世界でも特に入ってないし、こっちで邪神教徒に入った覚えなんて全く無い。
このままではと、立ち上がったその瞬間だった。
ガン!!
衝撃と伴に、視界が激しく揺らぐ。
クラっとして後ろを振り向くと、ローブで身を隠した教徒が、手に持った太い棍棒を使ったのを理解する。
「な、なぜ……」
目の前が暗くなり、俺は意識を手放した。