第34話 涙の味は
「そぅ、そんな事があったの」
旅人さんはそう言うと、何処か楽しげに俺の話に耳を傾けた。
あれから少しして、雪が完全に溶け花が咲き始めた頃、待ちに待った旅人さんが遂にやって来た。
「旅人さん、そう言えば頼んでいた物は手に入れてくれた??」
「えぇ、勿論」
旅人さんは、小さなポーチにゴソゴソと手を突っ込み探し始めると、突然、俺の頭くらいの岩をガバッと取り出し、まるで当たり前かのようにこちらに渡して来た。
(何そのポーチ!?)
謎めいたそのポーチが凄く気になるけれど、目の前に出された待ち焦がれた例の物に俺は釘付けになった。
「おおお!! 初めて見たけどこんな感じなんだ!?」
俺が頼んでいた物、それは岩塩だ。
ここに来てから数カ月が経った頃、俺は等々我慢出来ず聞いた。
「ヒスイ姉さん、物凄く言い難いんだけど……木の実と果実、それとキノコばかりなんだけど、お肉は無いの??」と。
あの時のヒスイ姉さんの凍りついた顔は、今でも忘れられない。
「え、ええ!? エントお肉食べるの!?」
どうやら人間は元より、人魔になった俺が何を食べるか分から無かったらしく、手術後から文句も言わず食べ続けていた事から、メニュー的に問題無いと思っていたらしい。
次の日、ヒスイ姉さんは、気を使ってお肉を出してくれた。
気持ちはとても嬉しかったけれど、文字通り、血が滴るようなお肉が出て来て、今度は俺が凍りついた。
(葉っぱの上に、乗せられた食欲をそそる赤々しぃ塊、俺はその分厚い肉を夢中に齧り………つかんわぁあああああ!! 無いわぁああああ!! 野生動物じゃ無いんだからさぁああああ!!)
頭の中でそんなツッコミを入れつつも、折角用意してくたので、ある程度薄い石を探し出し、その上で焼いて食べてみた。
その時、俺は猛烈に思った。
(せめて塩が欲しい!!)
と言う事で、さっそくファミリアの皆に聞いてみたけれど、残念ながら近くに塩は無いみたいだった。
閑話休題。
岩塩が手に入ったからにはと、キラ兄さんと一緒にすぐ狩りに出掛け、ジャイアントボアを狩って血抜きをして、さっそく石で焼き始める。
ジュワー!!
油の塊をまずは塗りつけ、焦げ付かないようにする。
手をかざして、ある程度温度が上がった所で、ナイフで食べやすく切り分けた肉を焼いていく。
そして、旅人さんから渡してもらった岩塩を、前もって手の平サイズに砕いた塊を取り出し、ナイフでガリガリと肉の上にふりかけた。
肉が焼けるまでに、自分と旅人さん用の箸を、枝を削って用意しておいた。
「うひょぉおお!! うひょおおお!!」
「うひょ!! まだだ……まだその時じゃない!!」
そんな会話を聞いてか、はたまた匂いに釣られてかは分からないが、ファミリアの兄弟達がぞろぞろと集まって来た。
「シューシュシュ!!」
「えぇ!? 本当に期待できるの!? 不味かったら刺すからね!! いやもう刺しちゃう!?」
「いやいや、刺さないで!! てか、ヒメ姉さん達も食べるの!? ひぃ!? わ……わかったから!! 取り敢えず針しまって!!」
「ヒメ姉さん!! あたいのエントが作ってんだから旨いに決まってらぁ!! なぁエント!!」
アラ子姉さんが、ガシっとしがみついて来る。
「アラ子姉さん……胸……で……苦しい……」
「あらあらまぁまぁ、美味しそうな匂いね。私も少し頂いていいかしら」
「私は食べられないけれど、雰囲気を楽しむわ」
《ほっほっほ、皆で楽しそうじゃのぉ》
まぁ、ヒスイ姉さんが食べられる物も用意してあるんだけどね。
そんなこんなで、ただ塩で焼いただけの、まるで料理とは言えない料理で、何故か昼間から食事パーティが始まった。
旅人さんに完成したばかりの箸を渡してみたが、首を傾けながらどうするのかと、目で語りかけて来たので、実際に俺がやって見せる。
「そぅ、よく考えられているのね……でも……いや……なるほど」
普段教えて貰ってばかりなのに、今は俺が教えた事を、旅人さんが練習している姿はとても新鮮で、少し可笑しかった。
ジュー!!
肉を箸でひっくり返し、また塩を振りかける。
約束の時は近い……
「エント!! あたいも箸?? ってやつ使ってみたいねぇ」
「シュシュシュー」
「キラ兄は鎌があるからいらないって言ってるけど、私もやってみたいから作りなさいよ!! 刺すよ!? ねぇ!? 刺すからね!?」
(ぐぬぬ!! 今は肉に集中したいのに……えぇい!! やったらぁああああ!!)
俺は猛烈な勢いで、必要な数の箸を作りまくった。
「エント!! 肉もう良いんじゃないかい!?」
慌てて肉を見てみれば、ちょっと焼き過ぎくらいになった頃合いだ。
「よし、みんな良いよ!!」
久々の塩ふり焼き肉だ!!
箸を持ち、目の前の肉を取ろうとした瞬間だった。
フッ
あれ!? 目の前の肉が消えた!?
目をゴシゴシと擦り、おかしいなと不思議に思ったが、飢えたライオン状態の俺は、気にせず急いで別の肉に箸を向けた。
フッ
「…………」
顔を上げ兄弟達を見ると、皆もぐもぐと口を動かしている……
「く!! 負けやしない!!」
フッ
「…………」
そうこうしてる間に、いつの間にか石板の上には肉が無い。
「シューシュシュ!!」
「旨い、旨いぞエント!! と言ってるわね」
「塩かけりゃ滅茶苦茶美味しくなるんだな!! 流石エントだねぇ!!」
「あらあらまぁまぁ、このお肉美味しいわね!! なんのお肉かしら、今度ご近所さんに配れないかしらぁ」
「美味しいからさっさと焼くんだ弟よ!! 早くしないと刺すよ!!」
「…………」
目から流れる液体は頬を伝い、僅かに口に入るとある事に気付く。
(は、ははは……ここにも塩ってあったんだな)
結局、焼き肉パーティ後半戦になり、ようやく肉を食べられた俺だったが、久々の塩味の肉を口に入れた瞬間、鳥肌が立つほどだった。
「うんまぁああああああいい!!」
あ、今度は嬉しい塩が出た。
「そぅ、良かったわね。私も岩塩を持ってきて良かったわ」
「ふふふ、美味しそうに食べるのね。折角だから私もここで、木の実でも食べようかしら」
「あ、ヒスイ姉さん待って。ヒスイ姉さんも食べられる物も用意してあるんだ」
そう言って、出したのはタマン(玉ねぎっぽい野菜)のスライスだ。
ドリアードであるヒスイ姉さんは肉を食べないのは既に知っている。
「あれ?? これは何??」
「旅人さんに頼んでおいた野菜だよ。実は、岩塩と合わせて野菜も試しに買ってきて貰ったんだ。ちょっと食べてみて!!」
俺は箸で刺して差し出し、食べるように勧めた。
恐る恐るヒスイ姉さんが食べるのを、みんな注目して息を呑んだ。
もぐもぐ……
「……あ、美味しい。シャキシャキしていて、水々しいのに少し甘いのが良いわね!!」
「「「おおお」」」
それを聞いて安全だと思ったのか、他の兄弟達も同じように食べ始めた。
タマンのスライス焼きは、想像以上に女性陣達から人気が高く、用意しておいて良かったとそう思った。
あれだけあったジャイアントボアの肉も、あっと言う間に無くなり食事パーティは無事?? 終了した。
最後に前からやってみたかった取り組みについて、俺からみんなに聞いて貰った。
「俺が来てもうすぐ一年になる。慣れるまで時間がかかったけれど、俺もファミリアの為に出来る事が無いかってずっと考えてた。それで……俺はまだ全然上手じゃ無いけど、皆が喜んで貰えるような、こんな食事パーティを提供していきたいって思ってるんだけど……」
「シュシュシュー!」
「それは楽しみだと言っているわ」
「弟よ!! よく言った!! 刺してあげようか!?」
「エントの手料理……い……いいんじゃねぇか!? 仕方無いから食べてやるよ!!」
「うひょぉおお!! うひょおおお!!」
「あらあらまぁまぁ、なんだか泣けて来ちゃったわ……」
「私のお弁当のお仕事が…………」
「あ、ヒスイ姉さんのお弁当は一緒に作るから!! 俺が一品足すとか出来たら良いなって思ってる」
「なるほど、それなら一緒に用意しましょう」
《ほっほっほ、良いの良いの!! 何事もやってみんとの!! ところで、盛り上がっとるところ悪いんじゃが……》
「どうしたの?? じぃちゃん」
《儂のお肉まだかの??》
「「「…………」」」




